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#4 偽りのいのち

#3 偽りのいのち


村に戻るのは三年ぶりだ。

荒神への生贄として山の中の神社で暮らすようになってからというもの、一度も村に下りたことはない。

おゆうとも、手紙のやり取りは頻繁にしていたが、実際に顔をあわせるのは、三年ぶり。

ずいぶん大きくなっているだろうか?

心の臓の病は少しはよくなっているのだろうか?

待っていろ、おゆう。

もう寂しい思いはさせない。

これからは、一緒に暮らそう。

たくさん働いて、どんなことをしてでも、お前の病気は治してみせるから。


武流は、山の麓の村に戻ってきた。

村の風景は、三年前と全く変わっていない。

武流がこの村を出て行った時とまるで同じ顔で、ふるさとの村は武流を迎えてくれた。

実りの重みに頭を垂れている稲穂を脇に見ながら、田んぼをつっきって、武流は懐かしい我が家へと向かう。

「おにいちゃん、だれ?」

途中で子供に声をかけられた。

畑で働いている両親を待つ間、野原で遊んでいた子供たちがわらわらと近付いてくる。

見知らぬ顔が村にいるのに気付いて、興味津々といった表情だ。

この子らは、武流が村にいた頃は、まだ赤ん坊だったのだろう。

「どこからきたの?」

「あの山から下りてきたんだよ」

武流が答えると、子供たちの顔がぱっと輝いた。

「じゃ、荒神さまに会ったことある?」

「あるよ」

武流の返事に、子供たちはどっと沸いた。

「わーすごーい!」

「荒神さまの顔みたんだー」

子供たちは無邪気に喜んでいる。

「こら、お前たち、何を騒いでいるんだ」

男の声がした。

振り返ると、鍬をかついだ男が近付いてくる。

その顔には見覚えがあった。

武流は、軽く会釈する。

すると男は武流の顔を見て、驚きに目を丸くした。

「武流!どうしてこんな所に?」

「妹の様子を見に」

武流が答えると、男は慌てた様子で、

「荒神さまのお世話はどうした?

妹のことなら心配はいらぬと、村長から聞いているだろう?

荒神さまのお世話はお前にしか務まらん仕事。

何しろ、荒神さまはお前のことを大層気に入っているんだから・・・

お気に入りのお前がいなくなったと知ったら、癇癪を起こすかもしれん。

暴れられでもしたら・・・」

「大丈夫。

おれ、もう荒神さまには嫌われたから」

「なに?」

「もうお前のようなバケモノとは一緒に暮らせないって言ってきた」

「なんということを!!」

男は顔を真っ赤にし、その後、先々のことを思って真っ青になった。

そんな男の反応を、武流は冷ややかに見ていたが、

「それじゃあ、おれ、おゆうのところに帰るから」

武流が背を向けると、男はその肩をつかんで引き止めてきた。

「ま、待て、武流。落ち着け。

今からなら、まだ間に合うだろ。

戻って、荒神さまに謝ってこい。

一人で行くのが嫌なら、おれたちも一緒に行って謝ってやるから。

な?」

それから、男は周りの畑で野良仕事をしている村人たちに向かって、助けを求めるように声を上げた。

「みんな!武流が!武流が戻ってきたぞ!」

その声に、村人たちが何事かと集まってきた。

武流を見たその顔には、一様に動揺の色が浮かんでいる。

「おれは、おゆうと暮らすから」

集まってきた村人たちにそう宣言すると、武流は妹の待つ家に向かって歩き出した。

「ま、待て、武流」

「おゆうのことなら、おれたちが面倒みてるから」

「お前は、荒神さまのそばにいてやってくれ」

「神官の仕事が辛いのは分かるが」

「荒神さまのお気に入りにしかできぬ事なのだ」

「この村のためだと思って」

「山に戻ってくれ」

「その方がお前のためにもなるんだ」

村人のたちの声が、武流にすがりつく。

しかし、武流はそんな声を振り切って、家に向かって走った。

――おゆう。

お兄ちゃんが帰ってきたぞ。

これからは、何があっても離れない。

おれがお前を守ってやるからな・・・!


「武流、家に入ってはいけない!」

「ダメだ!」

村人たちの間から、悲鳴にも似た声が飛んだ。

武流は、家の扉を開いた。


家の中は静かだった。

質素だったが、きれいに片付けられていた。

そこには、妹が寝ているはずの布団もなかった。

そう。

荒神が見せた、土蔵の中のあの幻そのままに。

武流は、縁側の障子を開いた。

庭では、銀杏の木が青い葉を風に揺らしている。

ひらり、と葉が落ちた。

落ちた先の地面が、こんもりと盛り上がっていることに、武流は気付いた。

小さな野の花が生けられている。

そして、そこには、折り鶴が供えられていた。

これでは、この土まんじゅうは、まるで――


「おゆう!」

武流は妹の名を叫ぶなり、裸足のまま庭に飛び出した。

「おゆうはどこだ!」


「・・・武流、おゆうは死んだよ」

いつの間にか立っていた村長が告げた。

その後ろには、村人たちが悄然としてたたずんでいる。

「・・・うそだ」

武流は血走った目で睨んだ。

「そんなの嘘だ。

だって、おゆうから手紙が・・・」

村長は、黙って首を振った。

そうして、武流は全てを悟った。

「おれを騙していたのか・・・!!」


庭の土まんじゅうは、昨日今日作られたような新しいものではない。

もう、何日も・・・何ヶ月も前に、おゆうは死んでいたのだ。


「どうして・・・

どうして、おゆうが死んだのを教えてくれなかった!?」

血を吐くような武流の叫びに、答える者は誰もいなかった。

答えを聞かずとも、武流には分かった。

おゆうが死んだことを隠していたのは、武流に今のまま荒神に仕えてもらいたかったからだ。

病気の妹が死んだとなったら、武流が辛い務めに耐える意味などない。

神官の仕事など放り投げて、逃げてしまうだろう。

誰がそれを止められる?

だから、村人たちは黙って、おゆうが死んだことを隠していたのだ。

武流に、荒神の鎮め役であり続けてもらうために。


――おゆうがとっくに死んでいたなんて。

それでは、おれが今まで耐えていたのは、何のためだったんだ。

おれを騙していた連中のためなんかに、おれはバケモノに玩ばれる屈辱に耐えていたというのか・・・!

武流の体は無意識に動いていた。

白い手が、庭先に放置されていた小刀をつかむ。

――おゆうがもういないというのなら、これ以上、耐えることなどない。

おれは、ひとりぼっちになってしまった・・・

おゆう。

おれを置いていかないでくれ・・・

鈍く光る刃の切っ先が喉を貫く寸前、武流の体に無数の腕が伸びてきて、小刀は奪われた。

「武流。

荒神さまは、いたくお前のことをお気に召されている。

お前に死なれては困るのだ」

無情な声が武流の頭上から降って来た。

「舌を噛めぬよう、猿ぐつわを」

もはや抵抗する気力もなく、武流はされるがままに体を投げ出した。

つづく

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