美少女だけの学園生活 こいつら全員奴隷にしてやりたい
◇◇◇◇◇
この世界でたったひとつ、たった一回だけ奇跡の起きた学校。それは間違いなくここ美九進高校だろう。男女比なんと1対600。男がたった一人しかいない学校で、それだけならまだあり得るのかもしれないが、女は全員美少女とかいう神のいたずら。(特に何の理由もなく)この地域では数年にわたって女しか育ってこなかった。一年に一人ぐらいは男が生まれたかもしれないが、謎の強制力によってどこか他の県へと移り住む事になる。男の受験生はもちろん全員落ちた。美少女じゃない女ももちろん落ちた。(これといった伏線もなく)来年からは普通に男が入ってくる予定なので、やはりこれは奇跡だ。
右を向けばボクっ娘美少女。左を向けば眼鏡美少女。前も後ろも、時々下にも美少女がいる。俺っ娘だって日本生まれ日本育ちの銀髪美少女だっている。探せば獣っ娘もいるんじゃないのかなどうでもいいけど。
さて……世の男共は果たしてこれを羨ましいと思えるのだろうか? ここの現状を知っている俺としては、そこの辺りがよく分からない。
そう、俺は今の環境を好んではいない。近いからという理由でこの学校に入ってしまった(入れてしまった)のだから文句は言えないが、それでも思うのは自由だ。
正直毎日がクソくらえ。
「ねえ中野さん、今日私消しゴム忘れちゃってさ……」
ただでさえ鬱陶しい月曜日の一限目、追い討ちをかけるように左の眼鏡美少女が早速俺の1日を台無しにしてきた。
名前は一発で覚える。伊達 レンズさん。きっとその眼鏡はただのオシャレアイテムなのだろう。
だが、外面は美少女な俺も不満を顔には出さずに彼女に笑顔を向ける。
「あ、いいよ。俺ちょうど2個あるから……」
「だから一回学校の外に出て近くのコンビニで買ってきて欲しいんだけど、いいかな?」
想像通りの言葉がきた。美少女検定一級の俺はこの程度で驚きはしない。
一応反論はしてみる。
「えっと、2個あるんだけど……」
「え? いやいやっ、ないないナイよー中野さん! もー面白いんだから。私がその他一般ピーポーの使用済みの消しゴムなんか使えるはずないのにー。今日の中野さん、ギャグセンス高めだねっ」
本心で言っているのだとしたら俺じゃなくてお前のギャグセンスが悪い。悪過ぎて引く。人が悪いとかじゃなくて、もはや悪い人。あと一階に売店のないこの学校が悪い。
誤解のないように言っておくが、特段俺がいじめにあっているとかではない。こいつらは単に美少女なだけで、生まれも育ちも美少女だったから頭のネジが美し過ぎて思考が日向ぼっこの様にポカポカしているのだ。
だからまあ、もしも誰かが間違っているのだとしたらそれは社会とか世界の方で、こいつらこそ実は正常なのだろう。そして俺は異端なのだろう。
「何、中野んコンビニ行くの? だったらボクもお願いしたい事があるんだけど」
「あーキララちゃん、中野君は私の消しゴムを買ってくれるだけで、これ以上何かをお願いするのは流石に図々しいと私は思うなー」
「そうかな? っていうか、何でレンズさんが決めてるの? ボクは中野んに話してるんだよ」
そう、異端だ。
こんな現代社会で俺は……
「そういえばそうね。ごめんなさいキララちゃん。自分一人だけで決めて私が間違ってた」
「ううん、分かってくれればいいんだよ。良かった。これで中野んは私のお願いを聞いてくれてコンビニで消しゴムも買ってくれて、全部解決だね!」
「やったね!」
こいつら全員、奴隷にしてやりたいなーとか思ってしまっているのだから……
◇◇◇◇◇
大体、ホームルーム終わってから言うなよあの眼鏡。お陰で1時間目は遅刻だ。
断れない性格をしている俺も悪いんだけど。お、モノの消しゴム発見。こいつで間違いないだろう。
「あ、ボクこれがいい! ね、これがいい!」
というか何でお前も付いてきてるんですかねー。ナチュラルに俺にねだるな。お前絶世のボクっ娘美少女なんだからレジに持っていけばタダで貰えるだろうに。
「これ、欲しいなぁ」
分かった、分かったからチョコレート指差してウルウルとした目で見つめてくるな! うっかり惚れちゃうだろう!
はぁ……予想外の出費だ。
「すみません、レジお願いします」
「……アンタならタダでいいよ」
なんか俺もタダで貰えそうになったし。これも美少女効果か? まあ、お金は払ったけど。
「やったー中野んからチョコレート貰っちゃった!」
必要以上に喜んでくれるボクっ娘キララ。クソみたいなシチュエーションだったが、ここだけ切り取ってみるとやはりこいつらは異常なまでに美少女なのだと実感する。
全くどうしようもなく残念な性格をしているのに、買ってよかった……なんて思えてしまう。
「はい! 中野んにプレゼント!」
思った矢先に。
キララは俺があげたチョコレートをそのまんま、丸ごと綺麗に渡し返してきた。
一体何がしたいのこいつ?
「チョコレート、あげる」
喧嘩売ってんの?
「中野んが好きそうだなぁって思って選んだんだけど……もしかして、嫌い?」
「いや嫌いじゃないけど」
「良かった! えへへぇ、実は中野んの喜ぶ顔が見たくてね。甘いお菓子好きだから、今回はいつも頑張ってる中野んにプレゼント! ……もしかして、あんまり喜んでない?」
「ん、そんな事ない。ただ、びっくりしただけだ。ありがとうキララ。大事に食べるよ」
「えへへぇ」
「……」
待て。危うく騙されそうになるが、それ俺のお金で買ったチョコレートですからね? ついでに言えばレジに持って行ったのも俺だからな? だから何故そんなに照れた表情を出来るのか心底不思議なんですけど。こいつらの思考回路はチョコレートなんぞよりもよっぽど甘々なのだろう。
だから、そんなに嬉しそうな顔をされても、俺は全く喜べないというか……うん…….いくらこの世のビューティーを極めたスーパー美少女だとはいえ、これくらいじゃ全然評価はプラスになんかなったり……
「あ、ちなみに今度から喜んでいるときはちゃんと明確に相手に伝わるように表情に出してね? プレゼントしたボクが気を使う羽目になっちゃうから、よろしくね!」
あー奴隷にしてぇ。
◇◇◇◇◇
ちなみに後から発覚したもう一つの事実。キララは一限目の数学の男教師が苦手で授業を休みたかったらしい。そんな事しなくても男教師の悪口をネットで呟けば世界中の人間が束になってそいつの人生を粉々にしてくれるというのに、美少女にもせめてもの良心くらいはあるのだろう。
まあ、よくよく考えてみればあの二人に悪気などない。良くも悪くも裏表がない奴らだ。ただ言動と思考が気持ち悪いだけで。
「ただいまー」
モヤモヤとした気持ちを抱えたまま家に帰宅。学校で精神的に参った心を癒そうと冷蔵庫に向かう。
「おかえりー」
そんな俺を出迎える一言。
冬に出されてそのままの、電源は入っていない掛け布団状態のこたつに全身を包んだ妹がみかんを食べていた。そして俺は棒アイスを食べている。さて、今は何月だったかな。
ああ、言うまでもなく妹ですら超絶美少女だ。SSSランクだ。例に漏れず、家から追放してやりたいくらいこいつも性格鬼である。いっそ異世界転生でも転移でもしてくれねぇかなー。
「聞いてよ、今日も担任がめちゃんこ害悪だったんだー。ちんたらかけ算の勉強なんか教えてるのね。よって私が効率の良いカリキュラムを提案してあげたのに、既に決まってるものは変えられません! なんて言って絶対思考停止マンしてるから、担任の改善すべき点を10個にまとめた分かりやすい内容を一から丁寧に説いてやったら哀れにも泣き出しちゃったの。朝から大の大人の女性の泣き顔見せられて気分ちょー萎え萎えまくりんだったんだよ」
名も知らない先生可哀想。俺だって多分泣く。
そりゃあ幾ら天才だからといって、小学二年生の言うことを聞くのは難しいだろう。それに、言うべき相手は担任じゃなくてもっと上の立場の奴じゃないと意味がないんじゃないか。まあ俺は天才じゃないから知らんけども。
天才美少女小学生なんて、俺たちには早すぎた存在なのだ。
「ねーねー、どう思う? これって私が悪いのかな?」
「うーん十華の担任は、ちょっとメンタルが弱かったんだね」
「そうなんだよ! 授業放棄されたらみんなが困るしさ! お陰で私が慰める事になっちゃったし、ほんと最悪! 褒める点は10個どころか全然ないから凄く大変だったよ!」
「……」
うーん、家から追放とか勢い余って言ってしまったが、妹は結構マシな方だよな。学校のナチュラルクズ共と違って意外と良いところあるし。妹だから愛しているし。
こいつが他人だったら絶対に関わりたくない。絶対俺も泣かされる。
「あーあ、世界中の能無しども全員生まれた事に懺悔しながら消滅しないかなー」
ホントなんでお前ら口を開いちゃうんだろう。喋らなければ惚れてるのに。惚れまくってるのに。
その口に返し縫いしてやりたい。
「俺もその内の一人かもな」
「えー! それはないよ。仮に例えそうだったとしたら私が責任持ってレベルアップさせるからやっぱり絶対にありえないよー」
「そうか。優しいな十華は」
「急にどうしたの? 変なの」
そうだな。俺は変なんだ。そんな事最初から知ってる……厳密に言えば冒頭のセリフ辺りから自覚している。
「そうだ。ねーねー、お母さん達帰りが遅くなるっていってたからさ、今日は一緒にお風呂入ろーよ。ね、いいでしょ?」
「別にいいけど、さっきもそうだったが俺のことをねーねーって呼ぶのやめてくれよ」
「だって、お姉ちゃんなんだからねーねーって呼ぶの普通でしょ? これは全く変じゃないよ」
「理由は至ってまともだよ。だから、変なのは俺の方なんだよ。あまり女を意識するような言葉を言わないでくれ……そんなの学校で十分過ぎるほどに十分なんだ」
「ふーん?」
明日にはまた眼鏡美少女が理不尽な事言ってきたり、ボクっ娘美少女が気味の悪い事してくるんだから。今日は偶々関わらなかったがもっと危険で恐ろしくむごたらしい美少女達が俺の生活を無意識にぶち壊してくるのだ。
いくら愛する天才美少女の妹とお風呂に入れるからといって釣り合わない。
心休まる日常が欲しい……その為の一番手っ取り早い方法としては、やっぱりあれだ──あいつら全員奴隷にしてやりたい。
◇◇◇◇◇
生徒名簿を見ると、全員が美少女だ。
思わずため息をつく。
「どうしたんですか佐藤先生? お疲れですか?」
隣の心優しい職場の先輩も紛れもなく美人だ。最初こそ緊張していたが、最近はもう辟易としている。
性が足りないと友人からオススメの動画とやらを借りたが、内容はどれもイマイチ。そりゃあ当然日常の方がよっぽど刺激的なんだもん。
「私、コーヒーでも作りましょうか?」
「そうですね……前みたいにワサビが入ってなければ」
「あ、あれはちょっと、辛味もあった方がいいなぁーと思ってですね! うーんマヨネーズの方がマイルドだったかなぁ?」
「備品の冷蔵庫を有効利用しないでください」
一段調味料が支配していたのはやはりこの人のせいだ。隅にあった豆板醤、あれ絶対に使うなよアンタには使いこなせない。
ご覧の通りこの人は絶世の美人ながら味音痴。他にもこの学校の生徒職員全ての遍く女性は何かしら欠点を持っていると俺は思っている。
学校で唯一の男性だと、ピクニック前の少年みたいに期待と不安で胸を躍らせたのも束の間。現状は恐ろしい。メガネすら侍らせた傲慢な女、俺の授業を俺が嫌だからという理由で抜け出す女、他にも一癖も二癖もある奴らばかりだ。
……たったひとり、常識のあるまともそうな俺っこ美少女も、この前俺のプリント作業を手伝ってくれていた時に、俺の方を見てぼそっと「奴隷にしたい」とか聞こえた気がする。危ない奴だ。
「はあ、顔はいいから、心休める方とお付き合いしたいもんだな」
そんな事を切に願うと、辺りに香ばしい匂いが漂い、女性職員の叫び声が職員室に響き渡る。
「きゃー! 美九進さんがコーヒーの上にチーズを乗せて180度オーブンしてる!!」
「人を見て叫ぶなんて失礼ですよ! パ、パンも入れて軽いランチ風にしているだけですからー!」
「また彼女が前人未到を極めているわ」
「料理好きな味音痴ほどこの世に邪悪なものはないわね」
……料理上手も付け加えておこう。