表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
一章
9/73

迫る影 五

「こりゃまた随分と可愛らしゅうさせれしもうて、八景。 その(なり)じゃあ、手も足も出せんかろう」



 はっはっはっはっはっ。

 この場にいる全員の目を集めながら、異形の仲間――――長身の男が、さも愉快と笑っている。

 その敵意の無い面持ちに、直たち従兄妹(きょうだい)は毒気を抜かれて立ち尽くした。



浮子星(うきぼし)、笑っている場合か! 奴等(やつら)玉を扱えるのだ。 取り返さぬと、面倒な事になるのだぞっ」



 苛立った様子で蛸が叱咤(しった)する。

 しかし男は「面倒ならもうなっとろうが」と気にする素振りもなく、よっこらせと座り込んでしまった。



「取られたもんは仕様がない。 そもそもワシはこの(はかりごと)には最初から乗り気でなかった。 幼子を(にえ)にするなど…… 悪鬼羅刹の所業ぞ。 ワシは降りる」



 お前等も諦めてしまえ。

 そう言って後ろで手をつき(くつろ)ぎだした男を、「浮子星っ」とあとの二人が血相変えて(とが)めた。

 しかし、男の方はもう一切知らぬ存ぜぬといった風情(ふぜい)で、そっぽを向いてしまう。

 一方の直たちは何事かと戸惑い、立ち尽くした。

 そんな中、尋巳がわずかに警戒を解いた面持ちで、男に声をかける。



「なんや、仲間割れか、アンタ」


 固い声で尋ねられた男はにっこりとし、


「そうじゃのう、ワシの方はお前さん等に(あだ)なすつもりは無く(のう)なった。 敵をやるのは、もう()めじゃ」


 そう言ってからからと笑った。

 止めとはいっても、つい先ほどまで自分たちを襲ってきた相手だ。

 どう対応すればよいのかと直たちが間誤(まご)ついていると、仲間の麗人が思い詰めた様子で男に近寄った。


「浮子星、いい加減にしてください。 彼らを連れて行かねば…… 私たちがしくじれば、取り返しのつかぬことになるのですよ?!」


 悲壮な哀願に、男は一瞬憐れんだような目を向けるが、ふっと目を閉じて首を横に振った。


「分かっとる。 だがの、文都甲(あやつき)、八景もあのザマじゃ。 しかも全てはワシらの身勝手、過去の遺恨にすぎん。 それに何も知らんこの子等を巻き込むんは、非道とゆうものじゃろう」


 巻き込むなら巻き込むで、事の次第を話してやるのが筋というもの。

 泣き出しそうなほど儚げに立ち尽くす麗人をそう諭すと、男はくるりと座ったまま直たちの方へ向きなおり、



此度(こたび)の一件、手前等の(はなは)狼藉(ろうぜき)たる振る舞い、(かしこ)まってお()び申し上げる。 ――――若い女子(おなご)も居ったのに、悪いことをした」



と、(なま)りのあった口調を正して、深々と頭を下げた。

 その真っ直ぐな謝罪に面食らい、直たちは互いに顔を見合わせる。

 襲われた経緯からくる不信感は完全には消えないが、男の誠実な態度は、それを幾分薄れさせる。

 話に応じるべきか困る直たちに、男はにかっと笑った。


「まぁ、戸惑うのも無理はない。 話をしようというのもこちらの勝手じゃ。 気に病まんでくれ。 ――――取りあえず、名を名乗ろう。 ワシの名は浮子星(うきぼし)。 《竜宮京(りゅうぐうきょう)》の楽芸座(らくげいざ)久々螺屋(くぐらや)の浮子星と申す」


 まるで演者の台詞(せりふ)回しのように耳触りのよい名乗りを上げ、男――浮子星は、直の足元に(うごめ)く軟体生物を顎でしゃくって示した。


「そこの()かん気は、ワシの古馴染みで弟分の八景(やかげ)。 そんでコヤツが、」


 と言葉を切って、浮子星は脇で青い顔をしている麗人を見遣る。

 麗人はそれを受けてくたりと目を(つむ)ると、悄然(しょうぜん)とした様子でその場に手をついた。


「先ほどは、ご無礼を、致しました…… 御初にお目にかかります。 私は、竜宮京、《水緒之杜(みおのもり)》が神司(かんづかさ)落明子(らくめいし)文都甲(あやつき)と申します」


 お見知りおきくださいませ。

 声はか細く、つられてこちらも静かに聞き入ってしまう。

 すると、麗人――文都甲の諦めたような様子に焦りを感じたのか、蛸――八景が切羽詰った声を上げた。



「文都甲、お前まで……ッ ――――何故『法術(ほうじゅつ)』を使わない! お前なら一人で此奴らを捕まえることも可能だろう?!」



 『法術』とは、先ほどの不思議な力の事だろうか。

 確かに、あんなおかしな力を使われてはこちらに勝ち目はない。

 やはり警戒を解くには早かったかと直たちが身構える中、(うつむ)いた文都甲は首を左右に振って声を落とした。


「私も、使おうと思いました…… けれど、先ほどから何故か、力が使えぬのです」


 力が使えぬ以上、自分には手立てが無い。

 力及ばず申し訳ないと肩を落とす返事に、八景は愕然とした様子で「そんな……」と呟いた。




「『竜宮』って……」




 黙り込んだ男たちを前にして、直は尋巳と視線を交わし、ぽつりと零す。

 男たちは名乗りの中で『竜宮』と口にした。

 それはもしや。


「『竜宮』って、あの『竜宮』か? 乙姫様が治めとって、鯛や平目がひらひらと、つうアノ(・・)


 直の言葉尻を拾い、尋巳が男に問いかける。

 そう。

 それは御伽噺(おとぎばなし)に出てくる、架空の地の名前。

 その空想のはずの場所が、彼らのやって来た所なのだろうか。


「『アノ(・・)』言うんはよう分からんが、多分合っとるじゃろ。 正確には海神尊(わだつみのみこと)(まつ)る、大海の(みやこ)じゃ。 深い深い海の底、(おか)の者の手が及ばぬ場所にある。 ワシ等はそこから来た」


 至極当然のことといった顔で、浮子星は肯定する。

 にこにことした表情の奥に嘘は見えず、尋巳以外の面々は目配せし合った。

 そんな直たちに、変わらず笑みを浮かべたまま、浮子星は告げる。






「ワシ等は、『潮守(うしおもり)』。 海の底、大海神(おおわだつみ)のお膝元・竜宮京よりやって来た」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ