迫る影 四
光が漏れる、呼吸が止まる。
恐れて目を閉じた瞬間、
直の頭上を何かがひゅんと空を切った。
「づッ……!?」
「!?」
呻いたのは、異形の青年だった。
身構えた直の目前で勾玉が弾け飛び、青年が苦痛に顔を歪めて指を庇う。
その足元に転がり落ちたのは、一つの飛礫。
勾玉は青年の手を離れた途端、さっと光を失い、背後へと弾け飛んだ勢いのまま転がってゆく。
一投目から間をおかず、続けざま、二つの音が迫る。
石は正確に標的を捉え、男と麗人もそろって痛みに声を上げて、手を庇った。
誰かがいる。
直は周囲に素早く視線を走らせた。
すると納屋の上、白熱灯に照らされた小さな影が視界に飛び込んでくる。
星空を背にして、影は二つ。
「晴、孝介!?」
屋根から身を乗り出していたのは、石を構えて立つ、晴真と孝介だった。
驚きに目を白黒させる直に、晴真が「立って!」と石を投げながら叫ぶ。
「今のうちっ 早く!」
焦れる声に頬を張られ、直は立ちあがって男たちに向きなおった。
孝介の放った石は狙い過たず、男たちの一番近くに転がっていた勾玉へと直線を飛ぶ。
石は今まさにその勾玉へ手を伸ばしかけていた麗人の指先をかすめ、青い玉をさらに遠くへと弾き飛ばした。
鮮やかな手並みに、尋巳が「でかした!」と膝を叩いて立ち上がる。
「クソッ 卑怯な猿め!」
じりじりと後退しながら小石を袖で払い、青年が憎々しげに孝介たちを睨む。
その視線に二人はびくりと固まったが、青年の注意が逸れた隙をついて、尋巳がダッと飛び出した。
素早く青年に駆け寄り、正面から殴りかかる。
相手は一瞬遅れてそれを両手で受け、顔を歪めながらなんとか振り払った。
しかしその動きはどこかぎこちなく、体の動かし方自体に不慣れを抱えているといった様子だ。
「(ぎこちない……?)」
「下がりねぇ、八景! お前ぇまだ、よく体動かせよらんわッ」
尋巳の一撃に踏鞴を踏む青年を引き寄せ、男がひらりと前に出る。
間髪入れず蹴りを放つ尋巳のそれを男は既でいなし、青年を追いやって距離を取った。
「そっちのよりは、腕立ちそうなな」
男の身のこなしを見て、尋巳は好戦的に嗤う。
一方の男は困り顔で肩を竦めてみせ、
「いやいや、こっちの体はまだ勝手が分からんもんやから難儀しとるとこよ。 お兄さんが、ちょっとは手加減してくれりゃぁ、ありがたいんじゃけど」
と、弱気を見せる。
「そりゃあ、無理な相談やろ」と嗤い飛ばす尋巳に、男は分かっていたというふうに苦笑した。
そのまま、じりじりと双方が出方を窺う。
対峙する二人を、直は固唾を呑んで見守った。
その時。
ふと目に映した地面に、なにやら光るものがあるのに気が付いた。
「(あれは……)」
そこにあったのは、青年と男が取り落とした勾玉だった。
麗人の握っていた勾玉は、孝介たちが放った石に弾かれて繁みに消えている。
咄嗟に直は、直感する。
『あれを押さえなければ』
気配を押さえて、周囲を見回す。
敵も味方も、尋巳と男に注意が行っていて直の動きに気づいていない。
行くなら今しかない。
直は二つの勾玉めがけて、一気に走り出した。
「――――あ! 貴様!!」
突然の直の動きに、青年が遅れて気が付いた。
焦ったように、同じく勾玉へ向かって駆け寄ってくる。
しかし間一髪、伸ばされた青年の手を躱し、直は彼の目前で二つとも掠め取った。
その勢いのまま、急いで青年から距離を取る。
「(やった、取った!)」
青年の背後から男と尋巳が、こちらをを振り返る。
勾玉を握りしめ、直は仁王立ちして青年をじっと睨みつけた。
青年は苛立たしげに地団駄踏んで直を睨み返し、
「それを返せ!」
と、手を前に突き出す。
しかし、そう言われて素直に従う馬鹿はいない。
「断るッ これがこっちにある以上、アンタ等に従う理由ない。 アンタ等こそ、さっさと諦めて帰れっ」
青年は悔しそうに歯噛みして、腕を払う。
「流力のない貴様に、それが扱えると思うなよ。 確かにそれが無ければ貴様らを従えさせることはできんが、それを取られたところで、俺たちには何の枷にもならん!」
青年の言う通り、こちらの弱みは取り返したが、彼らを退ける理由を手にしたわけではない。
直は舌打ちして、考えを巡らせた。
「(なんか、なんとかならんの…… アイツ等がウチ等にしたみたいに、アイツ等を無力化できる何か)」
焦りに汗の滲む手で、ぎゅうと勾玉を握りしめる。
なにか、なにか…… ――――こいつを無抵抗にできること!
するといきなり、握りしめていた勾玉の片方が淡く光り出し、
「え?」
「な?!」
直と青年の驚きの声が重なる。
――――ぼふんっ
突如大きな音を立てて、青年が白煙に包まれた。
仰天して立ち尽くす直。
その向こうで男と麗人が血相を変えて「八景っ」と青年の名を叫ぶ。
呆気にとられる直の目の前で、白煙が掻き消える。
だが、そこに人影はなく、青年の行方を捜して直はきょろきょろと辺りを見回した。
すると。
「貴様ぁぁあ……!」
地の底を這うような怨念のこもった声に、直は「えっ」と足元を見下ろした。
それからぽつりと、一言。
「……たこ?」
青年の姿は、影も形もない。
だが煙の立ち消えたそこには、まさしく地を這うように一匹、足を掲げて威嚇する蛸がいた。
突然の軟体動物の登場に場が沈黙に包まれる中、
――――ぷっ、あっはっはっ!
いきなり呵々大笑する声が響き渡り、その場にいた全員がびくりと肩を揺らしてして、その人を見た。