表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
一章
7/73

迫る影 三

 白煙に浮かび上がる影に、直は目を見張る。

 影は三つ。


 立ち姿は全て、人の形をしていた。



「何が起こったんや」



 嘔吐(えず)く夏子を支え、尋巳は人影を睨みつけた。

 煙が徐々に立ち消える。

 その向こうから、声は聞こえた。


「書で読んだきりの古い術でしたから、――――成功して本当に良かった」

「やれやれ、(あや)うく死にかけたわい…… やはり(おか)は恐ろしいところじゃのう」


 最初の声に応えるように、返事が二つ。


 化物の姿はどこにもなく、見知らぬ男が三人、直たちの目の前に(たたず)んでいた。




「なに、一体…… 誰?」




 思わず(こぼ)れた疑問を聞き拾ったか、直の向かいに立つ青年が目を細める。

 青年は直と同じような年回りに見えた。

 白熱灯に照らされる頭髪は砂色。

 目鼻立ちは日本人のようだが、肌は青白くすらあり、目元には朱の塗り物が施されている。


 こちらを睨みつける目に、直はハッとする。


 鋭く光る金の虹彩の中央には、まるで筆で引いたような墨の一本線。



「た、こ……?」



 小さな呟きに、青年がにやり、冷たく笑った。



「ほう、見抜いたか。 猿とはいえ、多少の能はあるらしいな」



 高飛車な物言い。

 だがその態度よりも、肯定の言葉に気を取られる。

 化物は消えた。

 消えた場所に、男が三人。

 あの青年は、自分を蛸だとのたまった。



「人になった、ゆうんか」



 戸惑いながら立ち上がる尋巳に、一番背の高い男が前へ出る。



「まぁ、そうゆうことじゃ。 お前さんらぁには苦しい思いをさせたが、おかげでこちらは陸で生きれるようになった」



 感謝じゃのうと呑気(のんき)に笑う彼は、直たちよりも年嵩(としかさ)に思えた。

 (しゃべ)る言葉には癖があり、すらりと背高く引き締まった体と、目元には青年と同じ濃紺の塗り物。

 頭はターバンらしき布で包まれていて、その隙間からは黒い頭髪がのぞいていた。



「浮子星、あまり気安い態度でいないで。 目的を忘れたのですか」


 笑顔で話す男を(たしな)めるように、最後の一人が後ろから釘を刺す。

 その人は一瞬、女性のように見えた。

 長く滑らかな銀の髪に、美女と見紛(みまご)うばかりの美しい(かんばせ)

 その容貌には不釣り合いとも思える低い声は落ち着いていて、楚々(そそ)とした所作が、白い着物の身なりにふさわしく優美である。



 三者三様、この国ではとんと見かけない身なりに頭髪だ。

 これがテレビの企画だと言われても不信が拭えぬくらい、男たちは異様だった。



「目的? 何のことや? 何の目的があって、俺等を襲ったんや」



 夏子と直を背に回し、返答次第ではただじゃ置かないと、尋巳が低く声を上げた。

 驚きに呆けている場合ではない。

 男たちの言を信じるなら、あれは先ほどまで自分たちを襲っていた化物だ。

 まだ危険が去ったわけではないのである。

 一番非力な従姉(あね)を庇わねばと、直も尋巳と同様に前へ出る。

 威嚇する二人に、青年が口を開こうとする。

 それをすっと制し、女顔の麗人が一歩踏み出でた。



「突然危害を加えた事、申し訳なく思います。 しかし、こちらにもあまり猶予(ゆうよ)はないのです。 訳は後々お話ししますゆえ、今は大人しく(わたくし)共に従ってくださいませ」



 丁寧な物言いだが、その内容はあまりにも身勝手である。

 納得できるかとばかり、尋巳が噛みついた。



「いきなり襲いかかって来よって、勝手な事ばぁ抜かすな! 正体も分からん奴らにほいほい付いて行くほど、こっちも暇やないんや」



 失せろッ、と吐き捨てられた言葉に、麗人の横で青年が気色ばむ。

 怒りのためなのか、髪がぞわりと(そよ)ぎ、赤黒く色を変えた。



「猿が…… 話など無駄だ、文都甲(あやつき)。 力づくでも連れ帰るぞ」



 怒声を受け、今度は尋巳が(いき)り立つ。

 一色触発の中、尋巳が勢いよく立ち上がった――――しかし。



 「浮子星(うきぼし)っ」と青年が口走り、背の高い男がそれに応えて拳の右手を前に掲げ、何か(・・)をぎゅっと握りしめた。

 直はその動きを目で追う。

 一体何を?

 困惑して男を見つめると、その指の合間から青く澄んだ光が(にじ)み出始めた。

 不思議な光に直たちが目を奪われると、



「なん、や、――――ッ!?」



 光を見たと思った途端、突然尋巳が喉を押さえて苦しみだした。

 ズサッと倒れ込む体に、尋兄っ、尋ちゃんっ、と直と夏子は飛びつく。


 何が起こっている?


 直は男の青く光る手を見遣り、従兄(あに)を背に庇った。

 そんな姿を気の毒そうに見つめ、男は手から力を抜く。

 すると光が消え、尋巳がゴホゴホと息を吹き返した。

 混乱する直を嘲笑うように、青年が口元を(ゆが)める。



悪足掻(わるあが)きはやめておけ。 これ(・・)がある以上、貴様らを生かすも殺すも、我等次第。 ここまでの命と観念することだな」



 そう言って、青年は(かざ)した手を開いた。



 暗闇に、何かが光る。


 

 目をすがめてみれば、それは空色に澄んだ『勾玉(まがたま)』であった。



「これは『荒渦(こうか)(ぎょく)』。 元は『流力(りゅうりき)』の固まりのような石だが、先の術で貴様等の気の(めぐ)り、つまり命を思うままにできる力を宿したものだ。 流力のある者がこれを握って命じれば、簡単に息の根を止めることが出来る」



 命を思うままに? 息の根を止める?

 青年の言葉に、直は荒く息つく尋巳を振り返る。


 あの男が握りしめた拳から光が漏れ出た途端、尋巳は苦しみだした。


 まさか青年の言う通り、あの勾玉は自分たちの命を握っているのか。

 

 そんな。


 直は息を呑んで、青年の手の中にある石を見上げた。



「大人しくついてくるなら、ただの石のままにしておいてやろう。 しかし、逆らうなら――――」



 青年がゆっくりと勾玉を握り込む。



「(まずいっ)」



 来る。


 その手から(あふ)れる光が、自分たちの命を掴まんとする予感に、直は全身を硬直させて息を呑んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ