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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
五章
60/73

『その時』へ駆けて 四

 絢爛豪華、荘厳華麗。


 華々しい語句が、頭の周りをぐるぐる回る。

 目を上げられず俯いたまま、直は出せるなら今、大量の冷汗をかきたかった。



 なんせ、目の前の光景がすごい。



 煌びやかな建物の通りには、橙の明かりがついた常夜燈。

 珊瑚・海藻が舞い踊り、夢世界のようなそこを行きかう潮守たちは、皆一点を見つめてほうっと感嘆を上げている。

 観衆の目を一手に集めて憚らないのは、通りの中心を陣取る長い長い潮守の列。

 着ているのが女衣装ばかりなのは、これがこの彩街(いろまち)・《(あわい)》の遊女――――ではなく、『彩鱗(さいりん)』というのだが、彼女たちの見世物だからだという。



 その先頭。

 見世物の一番前には、美しい彩鱗たちの中でも一際輝く美貌を持った潮守がいた。

 彼女は、この淡一番の彩鱗・『星珠(おいらん)』。



 なんとこの女潮守の列は、遊楽街一の花『星珠道中(おいらんどうちゅう)』らしい。

 


 そして、これ以上の場違いがあるのかと益々直が頭を下げるのは、直たち四人がいるのが、その星珠道中のド真ん前だからだ。




「(浮子星さん、浮子星さん、浮子星さん! どうすんのコレ! どうなんの、コレ!)」



 駄目だ。

 道中を(さまた)げ、衆人環視の中、こんな所にいる度胸が直にはない。

 何とかこの状況を打開してほしくて、前に佇む浮子星の背を(すが)るように見た。

 いきなり直たちを連れて道中を妨害した浮子星は、真っ直ぐに星珠を見上げている。

 どうするのかと見ていると、大胆不敵なハリセンボンはぐっと口を引き結び――――クルっと体を丸めて尾ひれに頭をつけるような仕草をした。





「スマン、白尾(しらお)! 道中を妨げたことは後々埋め合わせる! 緊急なんじゃ、ワシに手を貸してくれ!!」




 土下座?!

 突然の平身低頭に、直も尋巳もぎょっと目を瞠る。

 そして、その相手である星珠・白尾の方を、おずおずと見遣った。


 白尾は、白銀の揺らめく尾に、透き通るような金の肌をした、大変美しい熱帯魚のような潮守だった。


 その体をこれまた煌びやかな衣装で包み、まだ小さい娘の潮守に(えら)を取られている白尾は、高みから浮子星を睥睨(へいげい)して、つんと言った。




「浮子星、お前様…… わっちを長ぁああいことほったらかしてくれた上に、道中を(さえぎ)るとは、如何(いか)な料簡でありんしょう」




 声すらも鈴を転がすような玲瓏さで、直は一時焦りを忘れて聞き惚れる。

 しかし、今はそんな場合ではない。

 我に返った直は浮子星の後ろで、尋巳、八景と一緒に息を呑みつつ二人の様子を窺った。



「悪い、悪かった白尾! これには深い、深ぁい、訳があってだな……」


「やめなんし、聞きとうも無い! どれだけ長い事、わっちをほったらかしておったと思うておりんす。 その上、この騒ぎ…… どう始末をつけるつもりか、この(たわ)け、針頭、甲斐性なし!」


「スマン、スマン、白尾。 ちょ、痛い、痛い!」



 土下座状態の浮子星を足蹴――――鰭蹴? にする白尾。

 その様子に周囲者は、ポカーンとして見入っている。

 白尾を勝手に雲上の人だと思っていたが、浮子星とのやり取りはまるで痴話喧嘩の様相だ。




『公然の秘密だが、白尾星珠と浮子星は古馴染で、星珠は浮子星にぞっこんなんだ』


 コソコソと八景が教えてくれる内容に、度肝を抜かれる。

 あの浮子星が、星珠のいい人?

 あのハリセンボンが?


『まぁ、星珠の片想いで、浮子星は全く気が付いていないがな』


 派手な喧嘩を眺めて八景が言うと、防戦一方だった浮子星がばっと白尾の尾ヒレから抜け出した。




「白尾!」


「!」




 情けない有様から打って変わって、真剣な声で名を呼ばれ、白尾がびくりと体を震わせる。


「白尾、」


「な、なん、」


「寂しい思い話させたのは謝る、スマンかった。 ワシもお役目を頂いておる間、お主がどう過ごしておるか気掛りじゃった。 じゃから、こうして会えたのは嬉しい。 ――――相変わらず、綺麗な奴じゃの」


「!」



 白尾の鰭を取って顔を突き合わせる浮子星。

 突然の睦言のような甘ったるい言葉に、直と尋巳は目が点になる。

 真剣な物言いに()てられた白尾は、金の肌色をさあっと濃くしてびくりと体を引いた。

 まさか、あの朴訥(ぼくとつ)な浮子星があんな事を言うとは。

 あれは素だぞ、と隣で八景が半眼になっている。

 確かに、あれを日常的にやられては、参ってしまうのも分からなくもない。

 顔を見合わせる尋巳と直の前で、浮子星は力強い声で白尾に詰め寄った。




「白尾、再会は喜ばしいが、今は時間が無いんじゃ。 どうかワシに手を貸してくれんか」



 そうして何やら白尾に小さく(ささや)いて、そっと身を引いた。

 それを聞いた白尾はびっくりした様子で浮子星を見ると、小さな少女のように頬を染めて想い人を見つめた。



「その策……手伝ぅたら一晩、わっちを買ってくれなんし」



 期待のこもった甘い願い事に、浮子星は苦笑する。



「ワシの(ふところ)具合を知っとろうに、無茶な奴じゃの。 ――――いいよ。 この街一の真珠に、会いに行かせておくれ」




 色づく囁きに、周囲がわっと沸き立つ。

 直は蛸肌を赤っぽく変色させて頬を覆った。

 何やらすごい現場を見せつけられてしまった。

 横で八景が『奴の一晩は、添い寝だけだぞ』と肩を(すく)めているが、知ったことか。


 背後の行列に向かって指示を出し始めた白尾。

 彼女から離れて戻って来た浮子星に、尋巳は「どうするんだ」と問いかける。

 額を突き合わせる三人に、浮子星はにっと笑い、言った。



「星珠道中を市中に放つ。 危急の(とき)じゃ、派手に行くぞ」








***








 黒都の淡への門は、二つある。

 市井と遊楽街を分ける水壁と岩壁に等分に配された両開きの門。

 夜出琉の昇り始めと共に開き、一刻ののち閉ざされる門は、夜出琉が沈むまで開かない。




 それが、今日は――――




「お、おい、見ろよ。 こんな時間に『(そろ)い門』が開くぞ」


「本当だ…… 何事だ、一体?」



 市中の潮守たちが、口をそろえて開き始めている彩街への門を指し示す。

 戸口からは常夜燈の光が溢れ、その向こうから、物々しい影が。



 シャラン… シャラン…



 響く美しい音色。

 どよめきが起こる。


 淡の花・星珠道中。


 それが祭でもない日に塀の外へ出る。

 京始まって以来の珍事に、市井は狂喜と興奮の渦に包まれた。








***







「あはははは! 随分派手にいくなぁ、浮子星ッ」


 呵々大笑して門の裏から景色を眺める尋巳に、浮子星は悪戯っぽい顔つきで笑った。

 市中は大混乱だった。

 突然現れた憧れの見世物に、市中の潮守たちが我も我もと建物から飛び出してくる。

 浮子星が頼んでおいた漁師たちが星珠道中を守り、絢爛な行列は京のど真ん中をゆっくりと進む。



「これだけの騒ぎになれば磐座の官たちも泡食って飛び出してくる。 その混乱に乗じて、人手の薄くなった磐座に侵入するんじゃ」



 浮子星の策は単純だった。

 しかし、だからこそ十分な効果が見込める。

 現に道中の向こう、磐座の大門が開き、数多くの士官たちが飛び出してきた。

 大方、町を混乱の坩堝(るつぼ)(おちい)れている星珠道中を規制するつもりなのだろう。




「よし、今じゃ! 道中の混乱を避けて磐座に入るぞ」




 浮子星の合図で、四人は門から飛び出した。

 目指すは磐座、そしてその先にある兄媛の寝所だ。

 直は、泳ぎながら昇りつめようとしている夜出琉を見上げた。

 寝所が開くまであと少し。




「(姉ぇちゃん、考、晴、待っとってな……っ)」








***







 大門は開かれたまま、門番すらなく無防備に磐座への道を開いていた。

 警備の者は全て、星珠道中へ向かったらしい。

 人員を裂く余裕もない辺り、余程の混乱状態が窺える。

 四人は一切止められることなく、無事磐座へ忍び込んだ。




「父の部屋はこちらだ! ついて来いっ」




 八景の先導で、長く複雑な廊下を進む。

 途中、何人かの潮守と行き会ったが、出会い頭にぶつかっても構わず、全速力で泳ぎ続けた。

 そうして大分泳いだ頃、ようやく見覚えのある扉の前に辿り着いた。


 以前来た時と名何ら変わらない入口。

 肩で息をしながら、八景が扉を睨む。

 中のほとんどの人員が()けたとはいえ、八景の父親が中にいる確率は高い。

 しかしここで鉢合わせしなければ、寝所へ忍び込むことはできない。

 直が不安げに八景の裾をひくと、ぐっと眉を寄せて頷いてきた。



「――――行くぞ、」



 扉に腕をかける。

 音もなく開いた戸に隠れ、中を窺った。

 正面の机には父親の姿はなく、ほっとして中に身を滑り込ませた、



 その時。




「グッ……!」


「八景!」




 横から襲いかかった影が、八景を巻き込んで部屋の隅に彼を叩き付ける。

 直は八景の名を叫んで、そちらへ顔を向けた。

 八景を抑え込んでいたのは、この部屋の主、八景の父親だった。

 吏使庁長官は傍目に見てもすごい力で息子を締め上げて離さない。



「っ、父上……!」


「外の混乱はお前たちの仕業か? こんなところまで忍び込んできて、一体何が目的だ」




 八景に詰問する長官に、背後から尋巳と浮子星が飛び掛かろうとする。

 それに目を止めた八景は、懐から瑚亡に預かった鍵を取り出し、二人へ向かって投げつけた。



「構うな、先に行け! 早くッ」



 鍵を取った尋巳は一瞬逡巡し、それから身を翻して机の背後へと飛び込んだ。

 背後の垂れ幕を払うと壁と同じ色の扉が現れ、鍵が差し込める鍵穴が真ん中に開いている。




「! 貴様等っ」




 長官は慌てて尋巳と浮子星に襲いかかろうとするが、抑え込まれていた八景が、今度は逆にその体に絡みつく。



「このっ」


「早くしろ!」



 八景の叫びを受けて、尋巳は鍵を開けようとする。

 しかし、潮守の姿では上手く鍵を扱えないらしい。

 くそっと短く吐き捨て、変化していた自分の月の真珠を握った。

 軽い音ともとに、淡町で見た半魚人の姿になる。

 慣れた体を手に入れた尋巳はすぐさま鍵を開け、開いた扉に飛び込んだ。




「八景、貴様っ 媛様の寝所に忍び込むとは、この()れ者が!」



 尋巳と浮子星を追えなかった長官は、怒りを顔に浮かべて自分の息子を睨んだ。

 一部始終を突っ立って見ていた直は、混乱して絡まり合う二人を見ていた。

 まだ術の制約が解けていない直は、八景から離れては行けない。

 そもそも、このまま八景を置いていくことなどできるはずもない。




「(どうしよう、どうしたら……)」




 乱闘を続ける親子に、直は必死に考える。

 何とかあの父親を八景から引き離せないか。

 そうして早く、囚われた三人の元へ。


 瞬間、八景に抑え込まれ、父親の頭が無防備になる。




「!」




 脳裏に、空を舞う炊飯器が思い浮かんだ。




 一瞬できた隙へ、直は無意識に勾玉を握る。

 人の姿へ、早く!

 音とともに、白煙が直を包む。

 だが、焦りで思考が中途半端だったためか。


 煙から現れたのは、尋巳と似たような半魚人姿の体だった。

 

 それに気が付かず、直は部屋の床を蹴った。

 

 狙うは、一点。




「!?」




 背後に迫る直に、長官が目を見開く。

 同時に腕が一本、八景を振り払って直に迫るが、



「(遅いっ)」



 振り上げた踵が、長官の眉間を捉える。

 滑らかな皮膚が沈み込み、腕の脇の目が驚愕する。



 ――――とった!



 足を引いた直は、とんっと床を蹴り、距離を取る。

 目の間を突かれた長官は、一瞬硬直して、ゆっくりと体を弛緩させていった。

 意識が飛んだらしい。

 直は八景に飛びついた。



「八景!」



 覆いかぶさる体を押しのけた彼は、倒れ込んだ父を見て、ふと痛ましげな顔をした。

 緊急時とはいえ、自分の父親だ。

 危害を加えてしまった事を後ろめたく思っているのだろう。

 直はしでかしたことに思い至り、はっと眉を顰めて口を開いた。



「あの…… ごめん、八景、」



 助けるためとはいえ、ひどいことをしてしまった。

 謝る直を見た八景はしかし次の瞬間には首を横に振り、直の手をとって「行くぞッ」と開いたままの扉を目指した。


 八景に引かれるまま、狭い空間に飛び込む。

 扉の先は長く、螺旋のように曲がりくねった廊下が続いていた。

 まるで底へ落ちていくような感覚に襲われながら、最速でそこを泳ぐ。

 そうしてしばらくすると、道の先に光が見え始めた。

 振り返った八景が、準備はいいかというふうに直を見る。

 直は力強く頷き、二人して光の中に突進した。



「「!」」



 飛び出したのは、あまりにも広い空間だった。

 狭い空間からは解放されたが、床らしきものはどこにもなく、海中に浮いているように二人はぼんやりとそこに漂った。

 辺りは仄かな光に溢れ、空間を形作るのは竜宮の骨格である巨大な珊瑚の樹である。



「ここがお媛様の寝室? お媛様はどこなん?」



 尋兄と、浮子星さんも。

 手を繋いで浮遊したまま、直は人影を探して辺りを見回した。

 重力に引っ張られ、ゆっくりと空間を落ちていくと、



「あそこだ」



 足元を指さして八景が叫んだ。

 見れば仄かな光の発生源らしき、舞台のようなものが足元に広がっている。

 その上に、小さい人影が二つ。

 目を凝らせば、浮子星と尋巳が立っていた。

 二人を確認した直たちは、急いで海水を蹴った。

 空間を横切って舞台の上に足をつけると、一点を見つめている二人に近づく。



「尋兄! 浮子星さん」



 夏子たちは?

 見つかったのかと声を掛けかけて、――――「来るな!」




 尋巳の制する声に、足を止めた。


 一体どうしたのか。

 戸惑って手を伸ばしかけた直は、次の瞬間、はっと手を引いた。


 指先が、何か細い糸のようなモノに触れた。


 よく見ると二人を絡めとるようにして、無数の糸がその体に巻き付いている。

 糸の先はどこにも結び付けられておらず、海中に漂っているだけなのに、二人はそれを振り払えずにいるらしい。



「なに、コレ?! 誰がこんなこと……」


「阿呆、ちゃんと見ろッ アイツや!」




 唯一自由な首を振って、尋巳が前方を示す。

 アイツ?

 二人の視線の先を見遣った直は、目を見開いた。



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