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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
五章
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境の神 四

「三限早退して、すぐ電車に飛び乗ったんや」



 予定よりも早く現れた尋巳は、そうあっけらかんと言った。

 だから制服姿なのか。

 急いで来てくれて心強いと言えばそうなのだが、まさか早退してまでとはと、直は呆れる。



「早退って、先生になんて()うたんよ」


「爺の危篤(きとく)


「うっそくさ! 勢いで出てきたな?!」



 鉄板過ぎて逆に新しいわ!

 嘘を吐くならもう少し上手くやれと、直は頭を抱えた。

 尋巳の胸ポケットから顔を出した浮子星は、「完全に勢いじゃったよ」と遠くを見る。

 二人の反応などどこ吹く風の尋巳は、石段に座って「で?」とふんぞり返った。



「例のアレは見つかったんか?」


「…………」



 ちーんと黙り込む直に、尋巳は鼻で笑う。

 これでも一生懸命探したのに、この仕打ち。

 くっと拳を握りしめ言い返そうとすると、尋巳は身一つの身軽な恰好で立ち上がって言った。



「まだなら、ぐずぐずしょうる暇ない。 あと一、二時間しかないや。 早う見つけるぞ」



 境内や神社周りは無かったんやな?

 聞かれた直が首を振ると、尋巳は裏山を振り返って腰に手を当てた。

 だとしたらやはり、山中が怪しい。

 だが、なんの手がかりも無しに探すのは時間がかかり過ぎる。

 何か怪しい箇所は無かったかと問われ、直はおずおずと答えた。



「裏に『猿神社』()う、小さいお(やしろ)があったんよ。 そこがごっつ怪しいんやけど、全然それらしいもん無くって……」



 既に十分調べたことを強調してはみたが、直はまだその社の辺りが怪しいと思えてならない。

 言い終えてから、自分だけもう一度そこへ行ってみようかと言いかけると、話を聞いた尋巳が先に制した。



「やったら、無闇やたらに探すより、もう一回そこ行った方がええやろ。 俺も確認したいしな」



 言いきるが早いか、「それどこや」と尋巳が歩き出す。

 一泊遅れて荷物を引っ掴み、直もその後を追った。



 『猿神社』へは、左右に木々が立ち並ぶ、踏みしめられた土の道が続いていた。

 夏のむっとした草いきれが立ち込める中を、二人は足早に進む。

 途中、八景が「いい加減、人型にしろ」と声をかけてきたが、着いてからにしてとあしらった。

 道をしばらく行くと、自然にできたような乱雑な石の階段が見えてくる。

 (こけ)に覆われたそれを注意しながら登れば、見上げるほどの岩肌が山中に露出し、その下に抱えられるほどの小さな木製の社が現れた。



「ほぉ~ また小さいお社さんじゃのぉ」



 ポケットから伸びをして、小魚の浮子星が言う。

 それにリュックから()い出てきた八景が、「社は上のだぞ」と注釈する。

 屋根のある木組みの小屋は、二つあった。

 下側のものは赤い人形が奉納されていて、上側の小さい方は岩の段になっているところに乗せられ、注連縄がかかった両雨開きの扉が閉じている。

 出てくるんならとリュックを下ろして八景を肩に乗せた直は、尋巳と一緒に社の前の開けたところに並んで立った。

 そのまま岩肌を見上げるが、戻ってきてみても、やはりここが一番怪しい。

 直は尋巳の方を向いて、なぁと声をかけた。



「さっき尋兄が来る前、ここの神主さんっぽい人に、この社の伝説聞いたんよ」



 辺りをジロジロと眺めていた尋巳は、へぇと言って、言外に話せと伝えてくる。

 直は老人に聴いたまま、簡潔に古い(いわ)れを語った。

 (けが)れに(まみ)れていたという、傷ついた猿と境界の神のお話。

 最後に、話中の大猿こそ、自分たちが追っている神使なのではないかと付け加えて。

 社を睨んだまま聞いていた尋巳は、難しい顔をして腕を組んだ。

 直は、尋巳がどう考えるのかとじれったく思い、意見を聞こうと声をかけようとする。

 同時に尋巳の方も何事か言いかけてこちらを向き、二人が一緒に声を上げようとして、




 ――――コトン


「「!」」




 微かな音を立てて、何かが動く物音がした。

 乾いたその音は、二人の目の前から聴こえたようだった。

 中途半端に開いた口を閉じ、二人はゆっくりと首を巡らせる。

 正面には、人形の奉納された小屋。

 二人と二匹の視線はそれを通り越し、一段上の岩の段に乗っている、社本体の方へ。


 よく似た二対の目は、同時に見開かれる。



「…………な、なん、ど、どうして……」



 直はひどく狼狽(うろた)えて社を指さした。

 失礼なんて考えは、頭の中から吹き飛んでしまっていた。


 社の扉は開かれていた。

 それも、偶然なんて理由付けはできない開き方で。

 しっかりと張られていた注連縄は完全に外れ落ち、人の手で開かない限りありえないほど、両開きの戸は左右対称に開き切っていた。

 この日は風なんてほとんど吹いていない。

 自然ではありえない扉の動きに、直は尋巳を振り返る。



「え? 触ってないよな? 生きもんが出て来た訳でもなし、なんで? なぁ?」


「俺が知るか。 ひとりでに開いたんやろ」


「ひとりでにって、こんな綺麗な開き方ある?」



 直の指摘に、尋巳も目を(すが)める。

 納得ができる説明が見つけられず、沈黙した二人は再び社を見上げた。



「あ、この中……」



 社の内部は、完全にこちらから見えていた。

 いけないと思いつつ、直は中に納められたものを目に映す。



「銅、鏡……? これがご神体、なんかな」



 中にあったのは。コンパクト大の小さな銅製の鏡だった。

 台に据えられているらしいその鏡面は曇り、最早本来の用途としては使えそうにない。

 (たたず)まいからは、随分古いものだという事だけは(うかが)えた。

 直が呟きながら、もっとよく見ようと首を伸ばした、その時。




 かたんと単純な音をたて、安置されていた鏡が転がり落ちた。



「「「「ああああ??!」」」」



 

 いきなりのことに驚愕した四人が叫ぶ間に、鏡は岩縁で跳ねて、ゆっくりこちらに向かって転がり落ちてくる。

 八景が「受け止めろッ」と叫び、直と尋巳はそろって鏡に向かって腕を伸ばした。

 落下の光景は、焦る二人の目にスローモーションで映り込む。


 真っ直ぐに伸ばした手が、鏡の下に届く。





 (つか)める!


 直が確信した瞬間、




「(!? 何?)」




 こちらに向いた銅鏡の鏡面の中に一瞬、誰かがゆるりと笑ったように見えた。

 曇って何も映さないはずの鏡の中に、何故。

 疑問を消化しきれぬうちに見開かれた直の目を、突然目映い光が刺した。



「なっ」


「わっ!」



 小さな鏡から突如、閃光が走る。

 あまりの眩しさに顔を覆った途端、二人を強く引き込むような力が襲った。

 腹の真ん中から()じられるような力が、二人を鏡へと引きずり込む。



「直!!」


「兄ぃちゃ――――」



 互いに伸ばした手は、届くことはなかった。

 叫んだ声すら吸い込んで、鏡は発光をやめる。

 空中に浮いていた鏡は、とさっと音を立てて踏みしめられた草の上に落ちた。

 その鏡面は数舜前と同じ、何者も映さない曇った状態に戻っている。




 ジー ジー ジー…………




 社の前には、木々の合間に響く蝉しぐれが降り注ぐ。

 鏡を手に取る人影はどこにもない。

 動く影ひとつ見当たらない山中には、空のリュックだけが岩に立てかけられているのだった。


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