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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
五章
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境の神 三

 駅で神社までの道のりを紹介してもらい、バスに乗って二十数分。

 最寄りだというバス停で降りて、さらに徒歩で数分。

 地元の酒蔵などが(のき)を連ねる通りを進んだ先に、



「(あった…… 多分あれや)」



 直は被っていたキャップ帽のつばを持ち上げ、正面を見遣った。


 道沿いにある青々とした(けやき)の大木と、その向こうには、石造りの鳥居。

 ネットで見てきたままの光景である。

 近づくと、鳥居には『仲山神社』の文字。

 やっと着いた。

 直は鳥居を見上げたまま、リュックサックを背負い直す。

 左手にしていた腕時計を見た。

 時刻は正午前。

 もう地元では、尋巳が高校を出た頃だろうか。

 調査を始める前に、昼食を取っておくほうがいいかもしれない。



「よし」



 一人意気込み、直は境内に足を踏み入れる。

 尋巳が来るまでには紋様を探し出してやる、そう決意して。






***






「あー… ない……」


 なんだか既視感を覚える台詞(せりふ)である。

 拝殿の石段に座り込み、降るように鳴く蝉の声を浴びながら、直はだらだらと流れ落ちる汗を拭った。

 境内は思っていたより広く、かれこれ二時間近く探し回ったが、どこにも紋様は見当たらない。

 神社は山に囲まれており、もしや山中にとそちらもくまなく探してみたが、まったくの無しの(つぶて)であった。


 ただ、唯一手掛かりになりそうなのが、神社の裏の山中にあった小さい(やしろ)だ。


 敷地から山に入り、しばらく階段を上がった先にあったそれは、幟に『猿神社』と書かれていた。

 大きな岩肌を背にして建てられた社は(こけ)に覆われ、赤い猿らしき人形が奉納されていた。

 もしやこれは神使様に由来しているのだろうかと、直はその一帯を特に念を入れて調べてみた。

 が、そこにも紋様はおろか、手掛かりとなりそうなものは見当たらず――――こうして座り込んでいるという訳である。



「はぁ…… グダグダしょったら、尋兄ぃ着てしまうわ……」


「だが、いい加減疲れているだろう、お前」



 俺を人にして、少し休め。

 背後からファスナーを開けて、八景が顔を出す。

 直はリュックを下ろして、肌色の戻った蛸を見下ろした。



「あ、なに、酔い覚めたんや?」


「もう随分前から平気だ。 お前が動き回り過ぎて、言う暇がなかったんだ」



 そりゃあ、すみませんね。

 皮肉っぽく言って肩を(すく)める。



「収穫なしか?」


「駄目やな。 見落としはないと思うけど、もし裏山の奥深くやったら、今日一日では無理やわ」


「尋巳はまだ着かないのか?」


「あと一時間くらいするんちゃうかなぁ…… 来ても帰りの時間考えると、そんな探しておれんし」



 晴真を信じないわけではないが、もしかしたらここが間違いという場合もある。

 近隣の神社を、今からでも検索してみようか。

 そう考えを巡らせていると、




「のう、御嬢ちゃん」


 バシーンッ!!


「グエッッ!」




 突然脇からかけられた声に、直は勢いよくリュックの中に八景を押し戻した。

 その時懐かしい、潰れたような声が聞こえたが、顔には出さず振り返る。



「は、はい! 何でしょう?」



 焦りながら答えると、そこには白い着物に袴姿の老年の男性が立っていた。

 

 もしやここの神主か。

 話していたのを聞かれただろうか。

 

 ぐるぐると頭を回していると、老人はいやすまないね、と近づいてきた。

 座っても? と目で問われたので、おずおずと頷く。

 よっこらしょと腰を落ち着ける老人を見守っていると、細い目で面白いものでも見るかのように見返された。



「なに、さっきからウチの中をうろうろしておるのを見とってな。 何事だろうかと思うとったんや」


「あ、すみません。 怪しいもんじゃないんです、ちょっと探し物をしてて…… 決してこちらを汚したりとかは!」



 まさか見られていたとは。

 境内に気配がないので、人の目のことなど失念していた。

 直があわあわと弁明すると、老人はまったく気にしないといった様子で手を振った。



「しかし、探し物? うちには見つけ出せるようなお宝なんぞないはずやが」



 面白そうに(あご)に手をやる老人に、直はちょっとためらってから、スマホの画面を見せた。



「実は、こんな変わった紋様を探してるんです。 心当たりがあれば教えていただきたいんですが」



 老人はスマホの画面を顔から遠ざけて、じっくりと紋様を見つめる。

 直はドキドキと期待して返事を待った。

 しかし、老人はふるふると首を横に振るうと、直の手にそれをほいと返してきた。



「だめやな、見たことないわ。 しかし、あんたはこんなもん調べて、どうするんや?」



 興味深そうな問いかけに、直は掻い摘んだ経緯を話すことにした。

 勿論潮守たち関連の話はせず、自分たちの神社の神使の由来を調べていること、個人的な興味でこの紋様を手掛かりに追っていることを説明する。

 話をふんふんと聞き終えた老人は、膝に頬杖をついて遠くを見遣った。



「猿の伝説なぁ。 ――――猿と言えば、あんた、うちの裏の猿神社は見たか」



 あの、人形のぶら下がった社の事だろう。

 直はこくりと頷いた。

 自分も猿繋がりでアレが手掛かりになるのではないかと考えていたと話すと、老人はうむと口元を引き締める。



「あれは今でこそ猿田彦神として祀られとるが、元々は大昔、ここを訪れた一匹の大猿に由来して建てられた、ゆう謂れがあるんや」



 猿田彦神と言えば、記紀神話にも登場する有名な神様である。

 直でも名前と神話くらい知っている。

 けれど、気になるのは元々(まつ)られていたという大猿の方だ。

 直はぐいっと身を乗り出して、



「そ、その話、詳しく教えてくれませんか?」



と、続きを強請(ねだ)った。

 詳しくとゆうても、短い話やで? と老人は前置き、古い話をしてくれた。





 この神社が祀っている神は神話でも語られる、鏡を作った鋳物・金属加工に精通した神なのだという。

 鏡は、異界に通ずる境を司る力がある。

 境界の司り手であるこの神社の神には、本州の西・中国山地の初めに位置するこの土地で、東からの流れ者を見張るという役目があった。


 ある時、(うつつ)ではなく、異界を通って一匹の大猿が現れた。

 ひどく傷ついていた大猿はそれでも境を渡すよう、神に脅しをかけてきた。

 神は問うた、『そう傷ついてまで、何故異界を渡ろうとするのか』と。

 猿は言った、『自分は逃げているのだ。 故郷である土地を遠く離れるまで、足を止めるつもりはないのだ』と。

 何故逃げるのか、猿はそれだけは語らなかった。

 神は通すことは構わないが、しばらくはここで傷を癒すよう猿に勧めた。

 全身に手傷を負った猿は、その身にひどい(けが)れを(まと)っていたのだ。

 このままでは荒れ狂う怨霊に身を堕としてしまう。

 神は鏡を通り、猿を穢れ払いの旅へと導いた。

 穢れの晴れた猿は神に礼を言い、神社に縁のある一族を供に旅立っていった。





 話はこれでおしまい、そう言って老人は両手で膝を叩いた。

 直はすぐに声が出せず、二人の間に、境内の蝉の鳴き声が降り注ぐ。



「……その猿は、その後、どこへ行ってしまったんでしょうか?」


「さあ、伝説もそこまでは()うてないなぁ」



 さて、そろそろ戻らんと。

 よっこらせと立ち上がると、老人は暇つぶしに付き合ってくれてありがとうな、と手を振って戻っていった。

 取り残された直は、しばらくそこで座り込んでいた。


 傷ついて現れたという大猿の事を考えていた。

 どうして大猿は傷だらけで現れたのか。

 どうして故郷から逃げていたのか。

 もしかしてこの大猿が、自分たちの神社の神使様なのだろうか。


 ぼんやりと物思いに(ふけ)っていたので、直はじっとこちらを見つめる目に気が付かなかった。



「…………」


「ぅわ、」



 蓋を被せただけのリュックの隙間から、一本線の目がじとりとこちらを見ていた。

 何も語らない視線は、オドロオドロしい気配を発している。


 そういえばさっき、顔を掴んで突っ込んだりなどしたかもしれない。



「ご、ごめんて。 緊急やったんや」



 咄嗟(とっさ)のことだ、悪気はなかった、と直は赤黒く変色している八景に頭を下げ、手を合わせて謝った。

 八景はその姿をしばらくじっと見ていたが、何度も謝るのに留飲を下げたのか、「はー」と息を吐いて腕を組む。



「で、どうするんだ? まだ探すか?」


「それしかないやろ」



 老人の話は参考になりそうだが、紋様を見つけないことには次に進めない。

 帰りの時間までもう少し。

 できる限り手は尽くそうと、直が立ちあがった時。



「おーい」


「!」



 遠くから聴こえる聞き慣れた声に、直はばっと振り返った。

 見ると神社の門の向こうから、小さい人影が手を振っている。

 白いシャツに黒の学生ズボンを穿()いたのあの姿は、



「え、尋兄ぃ?! なんで?」


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