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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
四章
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花火 二


 パチパチと揚げ物の揚がる音が弾ける。

 辺りにはぷうんと立ちこめる、熱せられた油のにおい。

 夕方の台所で、直は菜箸片手に天ぷら鍋と向き合っていた。



「危ないですから、あんまり顔近づけんでくださいね。 火傷(やけど)しますよ」



 横で物珍しげに揚げ物を見つめる文都甲を振り返り、それとなく注意する。

 最初の頃はコンロの火を見て騒いでいたというのに、今は料理の一つ一つに興味をそそられるらしい。

 開いた小魚をするんと油に入れるだけで、ぷつぷつと上がる気泡を興味深そうに眺めている。



「『あげる』という調理は興味深いですね。 『にる』とはまた違った形に出来上がる。 それに癖はありますが、とても良い『におい』です」


「味も気に入るとええんですけど」


「お楽しみやねぇ」



 夏子と一緒にふふっと笑い合っていると、廊下の暖簾(のれん)を割って尋巳が入って来た。

 仕事のため缶詰めになっている嶋に電話をかけていたのだ。



「あ、どうやった? 嶋先生」


「奴は今晩いっぱい(こも)るんやと。 飯も遠慮する、|言《よ》うったわ」



 出来上がた天ぷらをつまみ食いしながらの返事に、夏子はあらまぁと頬に手を当てる。

 じゃあ、これも参加できんかなぁ。

 そう言って、先ほど帰って来た買い物の袋に手を突っ込む。

 直たちが不思議そうに見ていると、



「じゃーん! 今日行ったら見つけてしもうて~ 買っちゃったぁ」



 満面の笑みで掲げてみせたのは、手持ち花火の特大セットだった。

 さっき帰って来た時、妙に機嫌がいいと思ったのはこれだったのだ。



「珍しいね、夏ちゃんが自分で花火買うてくるなんて」



 そういうのは、年下の孝介か、中身が小学生の尋巳の役回りだと思っていたから。

 揚げ物をトレーを置いて花火を眺めていると、夏子がまあね、と文都甲に目をやった。



「折角文都甲さん等居るし、花火して見してあげたいなぁって思って」



 なるほど、火を珍しがる潮守たちのためか。

 直は夏子の気づかいに納得して、花火を手に取った。

 これを見て、文都甲たちがどのような反応をするだろう。

 それがちょっと楽しみで、夏子と二人、悪戯っぽい目で目配せする。

 しかし、それにしても、



「それにしても、沢山買うたね。 夏ちゃん、お小遣い大丈夫なん?」



 人数が多いとはいえ、夏子が引っ張り出して来た花火は中々の量だ。

 それほど安い買い物でもないのにと直が心配すると、夏子は苦笑して晴真を見た。



「それがね。 実は買い物先で、杉田の小父(おじ)さんに会うて…… いいです言うたんやけど、ついでにって買ってもらっちゃたんよね、それ」


「え、小父さんが?」


「そう。 『爺さんの面倒見てやっりょんやろ? じゃあご褒美や』って、言ってくれて。 晴君も一緒におったから、小父さんも奮発してくれたんよ」



 なるほど、だからこんなに買ってこられたのか。

 ()に落ちた直は、夏子に花火を返して横でおかずを皿に盛る晴真を見た。

 


「そっか。 良かったね、晴」


「…………別に。 俺は関係ないよ」



 ぼそりと呟かれた言葉に、直はぱちりと(まばた)きする。

 なんてことはない雑談なのに、晴真の声は固い。



「晴?」



 おずおずと名を呼ぶと、晴真ははっとして直の方を見た。



「あ、いや、……何でもない。 ごめん」



 そうぼそぼそと言ったっきり、また箸を動かす作業に戻ってしまう。

 なんだか、変な調子だ。

 それ以上声をかけるタイミングを失って、直は夏子と顔を見合わせるのだった。





***





「ふはは、あっはっはっ! 愉快じゃあ! 愉快じゃなあ!」



 あははははっ

 シュババババッ



「うわっ 馬鹿浮子星! こっちに向けるなっ」


「振り回さないでください浮子星! ――――わぁ!」



 ふはははは――……




「…………ガキかお前等は」






 日の暮れた宵の頃。

 家の前の庭に水を張ったバケツを置き、それを囲んで直たちは花火を始めていた。

 夏子が買って来た花火は全て手持ち用で、各々好きな一本を選んで火をつけていく。

 しっとりと湿った夏の夜に火花は明るく燃え上がり、白に黄に、鮮やかな色を散らしていた。

 火に馴染みのない潮守たちは、最初こそコンロの時のように花火の勢いに戦々恐々していたが、何本か燃やしているうちに慣れたのか、ついには自分で持ってみるようにまでになった。

 特に浮子星の浮かれ様は、尋巳ですらツッコみを入れるほどである。



「ま、まぁ、気に入ってくれて良かったか、な」



 孝介や尋巳に混ざって騒ぐ三人を遠目に、直は縁側に一人腰を下ろして、ゆっくりと花火に火をつけていた。

 今年初めての花火のにおいが、ふわりと鼻をくすぐる。

 緑から黄に変わる火花をぼーっと眺めていると、そこへ騒ぎに()きたのか、晴真がやれやれというふうに首を振りながら近寄ってきた。



「エエ大人がはしゃぎ過ぎや。 子供(おれら)の立つ瀬がないっての」



 言いながら、直の隣にドカッと座る。

 混ざってなくてもいいのかと目線で聞けば、ひょいっと肩を竦めて明後日を見る仕草。

 いつも通りの変に大人びた仕草に苦笑すると、直は取っておいた花火を半分分けてやった。




「こっちいらした晴真君は、何が気に入らんかったんですか?」


「別にぃ。 あんなバカ騒ぎしてたら、花火する情緒がのうなる思うて」


「まぁた、年寄り臭いことゆうなぁ。 あれはあれで正しくエンジョイしてるやん」


「やとしても、俺はお断りですぅ」




 じゃあ、ウチ等はこっちで『しんみり』やっりょりましょうか。

 お道化て蝋燭(ろうそく)(すす)めると、晴真は素直に花火に火を着けた。

 縁側に二人、煙を上げながら(ほとばし)る光を静かに観賞する。

 燃え上がる赤が最後の白へと変化するのを見つめていると、不意に晴真が口を開いた。





「直姉、結局神楽、変更せんかったんやな」


「ん? ――――ああ、うん。 やっぱり、諦めるんは性に合わんて思ってね」

 



 海中での練習は、技の慣れに一役買っている――――と、直は思っている。

 一度動きに慣れてしまえば、踏み切るときの恐怖心もいくらか軽減される。

 海と陸ではやはり勝手は違うが、以前の遅々として進まない状態よりも、進歩があるのは実感できていた。

 それに、完成させなくてはと自分を追い詰めていた心理が前より薄らいだのも大きいだろう。

 今は余計な焦燥感が無い分、一回一回の練習に集中して打ち込めている感がある。

 楽観的かもしれないが、きっとできると自分の中で思えるようになったのも、一つの進歩だと思う。

 手の中の一本が燃え終わり、直は次に手を伸ばす。



「まぁ、カツカツやけど、何とか間に合わせるわ。 頑張るけん、本番楽しみにしとって」



 鼠色の火薬の先を火にさらして、軽く宣言する。

 祭りまで半月過ぎ。

 自分に気合を入れるつもりで言い切った。

 パチパチと細い火花が幾重にも広がりはじめる。

 それと入れ替わるように、晴真の花火は下火になった。

 燃えカスになったそれを(もてあそ)び、晴真は直の手元を眺めてぽつりと零す。




「直姉はすごいな、家の事、一生懸命やれて。 俺は……」




 俺は――――

 語尾を飲み込み、晴真はぐいと上半身を捻る。





「なぁ、直姉、」


 

 ん? 何?

 直はぼうっと花火を見ながら聞いた。



「俺だけが見たり、読めたりするんは…… 俺が生まれ変わりなんは、本家の生まれやからやと思う?」



 ――――え?

 耳を通り抜けて言った言葉に目を(みは)り、直は伏せていた顔を上げる。

 動かした視線は、じいっとこちらを見る真剣な目に行き当たった。

 その目はどこか曇りがかっていて、そこに映り込む直の姿を滲ませている。




「最初に蛸がゆうてた、『神使さんの《導》は、ここを任された一族の血の中にある』ゆう話。 もしかしたら、生まれ変わりは『神社の血筋の』一番血の中心の、本家に生まれるもんなんちゃうんかな」




 捻っていた上半身を戻し、晴真は前を向く。

 燃え()しの細い棒を撫で、目元を険しくした。




「考えてたんや、俺だけが読めたり夢見たりする理由。 多分、俺が生まれ変わりやからなんやと思う。 それで、どうして俺が生まれ変わりやったんか。 もしかしたら神社に一番近い、本家の子やからなんちゃうかって」




 確証ないけど、ちゃんと理由になるやろ。

 自嘲気に言う晴真の横顔が、陰になって暗い。

 消えてしまった花火を放り出し、咄嗟(とっさ)に直は声を上げた。




「ちょ、待った、待って? どしたん? 晴」




 一体何を言い出すんだ。

 恐々と薄い肩に手を伸ばし、(なだ)めるように(さす)る。

 晴真はなされるがまま、何も言わない。

 それが心地悪くて、直は言い重ねた。



「そりゃ、晴だけが読めたり、見たりするんは確かやけど、それと『生まれ変わりかどうかは』無関係やろ?」



 確かに直も、多分尋巳も、その可能性は考えた。

 けれど、どんなに疑わしくても、確定の話では無い。

 確実に晴真が生まれ変わりと、決まったわけではないのだ。

 思いつめたような晴真を落ち着かせようと、直は言い継ぐ。




「まだ決まったことやないんやけん、そんなこと言わんで――――」


「直姉は自分がそうじゃないからそんなこと言えるんやろ」


「!」





 触れていた手が、びくりと固まる。

 叩き付けられた訳でもない言葉に、直は全身が強張ったのが分かった。

 拒絶された。

 それに驚いて、直は再び晴真に触れるのを躊躇(ためら)った。




「晴、」



 何を言おう、どう声をかけよう。

 混乱して迷っている間に、晴真が「ごめん」と小さく言った。



「直姉に、あたりたかったわけちゃうんや。 ――――馬鹿みたいやんな、こんな」




 ぐしゃり。

 小さな手の中で、花火がへしゃげる。




「分かってるんや、こじつけやって。 でも、生まれのせいかもって、家のこと考えたら、むしゃくしゃして……」





 押し殺したような言葉が、歪んだ口元から零れ落ちる。

 怒りよりも寂しさの勝る声に、直ははっとした。

 暗い廊下で、どうして舞にしがみつくのかと言った晴真の声が蘇る。



「ごめん、直姉。 前に神楽の事できつく当たったんも、イライラしとったからなんや」



 命を狙われているのではと、疑いが芽生えたからだけではない。




「俺、本当は、本家の子って言われるん好きやない。 こんな家の生まれなんて、何もええことないんや。 神主の家の子やゆうて人には見られるし、そのせいで下手なことできん。 ちゃんと礼儀正しうせんと後ろ指指されるし、挙句の果てに命まで狙われんといかんのかって思うたら、」




 なんの(しがらみ)も無い分家の直たちとは違う、本家の子ども(あとつぎ)としての晴真の立場。

 確かに直の中にも、晴真は自分たちとは違うという認識はあった。

 けれどそれは、本家と分家という単純な違いで、自分たちと晴真とが大きく違うなんてことは考えたことが無かった。

 しかし、晴真にとっては違ったのだ。

 (いきどお)りを吐きだす姿に、思い知る。



「跡継ぎも、生まれ変わりも、勝手に決められて…… 俺の事なんやと思ってるんやって思うたら、」



 腹が立って。

 小さな体に溜まった、跡継ぎとして生まれた事への、日頃の鬱積(うっせき)した思い。

 親戚の小父たちに、聞き分けのいい笑顔を向けていた横顔は、今は見る影もない。




「たくさんや、こんな家、――――生まれてこんかったら良かった」



 

 晴真の手から、花火が滑り落ちる。



 直は動けなかった。

 思いがけない独白に張りつめた空気を、壊すことが出来なかったから。

 晴真は俯いたまま、花火を失った手を握りしめている。

 どう返せば良いのか、直は視線を落とした。

 確かに、本家の晴真は、事あるごとに近所の者や親戚連中からも『お宮の僕』として話題にされることは多い。

 宴席で盛り上がる伯父・伯母たちを前に、控えめに笑っている姿もよく見ていた。


 あれは、自分を押し殺した笑みだったのだろうか。


 きっと今の言葉は、晴真の簡単には触らせられない場所にある想いだったのだろう。

 声を震わせるほど、それほど言葉にするのが難しい場所の。

 そんな想いを前に、傷つけないよう触れる術を、直は持っていなかった。

 分かるよ、でも、違うよ、でもなく――――




「晴真君は、家の(しがらみ)が辛いのですか?」


「「!!」」


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