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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
一章
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明津宮神事 三


 見上げれば雲の無い空を、数多(あまた)の星が埋め尽くしている。

 今宵は(さく)、新月の夜である。

 暗い境内(けいだい)の夜道を、段ボール箱を持った影が二つ。

 衣装を着替えた直と尋巳が、Tシャツに半パンの出で立ちで歩いていた。



「お前、外野気にしすぎ。 そんなんで(ゆる)い『(さかき)して(しょっ)たら、動きが悪ぅなるんも当然や」


「ちょっと、ミスっただけやろ。 それ()うんやったら、尋兄の動きやって一々粗雑なん、直ってなかったやろ。 柾の伯父さんが言ったこと、全然聞いとらんし」


「けっ そんな重箱の隅つっつくようなこと()うな、みみっちい。 それに俺のは、それが味なんや。 勇猛果敢、――――陸弥彦(くがみひこ)ぽく(ぽぅ)てええやろ」


「勇猛なんと、大雑把なんは違う(ちゃう)からな。 尋兄のは、明らかに後者やからな」




 神事の締めは、本家での宴会と決まっている。

 人影の無くなった境内は常夜燈(じょうやとう)(あかり)だけが揺らめき、しんとした静けさに包まれていた。

 祭事のために持ち出された用具の撤収は、夜も深いことから、翌日に持ち越されて行われる。

 そんな境内の裏手。

 本家とは山の反対側に降りる階段の途中に、大道具などをしまっておく納屋(なや)が立っており、直と尋巳はそこへ最後の片づけのため、やって来たのだ。



「なぁ、箱、ここやったら入らんのやけど、どうしよう」


「親父等が出す時、動かしたんやろ。 そっちの(かご)、適当に寄せてみぃ」


「適当にって、これ以上寄らんっての……」



 暗い納屋の中。

 脚立(きゃたつ)に乗った直は、運んできた段ボール箱を収める場所を探して四苦八苦する。

 内部は木製の棚が二段取り付けられ、所狭しと物が押し込められていた。

 (ほこり)っぽい荷物を何とか押しのけつつ、段ボールの入るスペースを作る。

 適当にと言われても、今の状態で棚は一杯一杯だ。

 せき込みながら、直は先ほどまでの会話を混ぜっ返して、ブツブツと足元の尋巳に文句を言った。



「てゆうか尋兄、ホンマに神楽くらいガサツなん直してよ。 一応、神事なんやけんな」


「引っ張るなぁ、お前も」


 

 下段で箱を突っ込みながら、尋巳が呆れた風に声を上げる。

 身内行事とはいえ、神事とういう格式のあるものだ。

 直の方は真剣に取り組みたいと思っているが、尋巳にはその辺りの真剣さが足りないような気もする。

 神事の主題である神使をもてなそうという意気込みよりも、神楽を演じる事を楽しめばいいという呑気(のんき)さの方が勝っているように見えるのだ。

 そこがどうも直としては納得できないような気がして、無意識に口を(とが)らせてしまう。



「大体、尋兄は――――」


「やったらお前、この神事が何で始まったか、知っとるか?」



 いくらか文句を言ってやろうと直が口を開きかけた時。

 突然直の言葉を遮って、尋巳が得意げに問いかけてきた。

 直は、きょとんとして固まる。

 神事が始まった、理由?

 祭に対する根本的な指摘だ。

 急に()かれた直は、それでも答えを用意しようと、黙り込んで眉間に眉を寄せる。

 しかし、いくら考えても、頭の中を探してみても、どうして祭りをやるのかは知っているが、何故始まったかということはまったく知らなかった。

 大人たちから聞いたこともないし、自分でも考えたことも無い。

 それをどうして今問うのかと、直は(いぶか)しげに尋巳を見下ろした。



「それは…… 知らんけど……」


 

 尋巳はその理由を知っているのだろうか。

 言外に問い返すと、尋巳は荷物を収めて立ち上がり、にやっと笑って肩を(すく)めた。



「俺もよう知らん。 前にそこら辺はっきり知りとうて、柾のおっさんや親父連中に聞いてみたら、『最初ははっきりせんが、古いもんやゆうことは確かや』って口そろえて言うだけやった」



 気の抜ける返答に、脚立が揺れる。

 体勢を崩しかけた直が言い返そうと口を開きかければ、けどな、と尋巳が続けて言った。



「なんで、十二年に一度(いっぺん)なんか。

 なんで神さん御当人じゃなくて(やのうて)、神使さんをもてなすんか。

 なんで神使ゆう神さんに連なる地位に居るもんを、怨霊でもないのに、わざわざ慰める必要があるんか。

 なんで、こっちの世に神使さんを呼ばんといかんのか。

 この神事をやる理由ゆうんは、謎だらけや」



 すらすらと疑問点を連ねる尋巳に、直はじっと脚立の上で話に聞き入る。

 確かに、小さい頃から行われるのが当たり前で、神事に対して疑問を持つことなんてなかったが。

 こうやって指摘されると、そこにある不整合な点がふつふつと浮かび上がってくる。

 祭に対して呑気に構えている裏で、そんなことを考えていたのかと、直が尋巳を見直していると、



「でもま、俺はそこら辺の整合性は気にしたところでどうになるもんでもない、思うとるけどな」


 人を食ったような顔で振り返られ、今度こそ脚立から落ちかける。


「なんっや、それ! 結局、何が言いたかったんや」



 もう付き合っていられないと直が悔しそうにすれば、からから笑った尋巳は、手を振って続けた。



「つまり、どうせ祭なんてもんは騒ぎたいだけで始まったくらいのもんなんやろう、いうことや。 特に理由も無く始まったもんに、しかめつらしく臨むんも阿呆らしいやろ。 騒ぎとうて始まったもんなら、思う存分騒がにゃ損、ってな」



 お前も肩の力を抜いておけばいい。

 自分の荷物をしまい終えた尋巳は、愉快(ゆかい)そうに納屋を出て行く。



()よ、それ片せよ。 夕飯に間に合わんくなるぞ」



 外から()き立てられ、その背を見送っていた直は、置いて行かれたような顔をして棚に向きなおった。

 結局、神事に対する疑問は宙に浮いたまま。

 すっきりしないまままだ。

 それはしっかり考えてみた方がいいモノなのか、尋巳のように意味ないものとして片付けてしまえばいいのか、直にもはっきりしない。

 しかし今はそれを考えるよりも、家に戻って夕食にありつくほうが先決だと思い直して、直は手の中の段ボール箱を棚へ持ち上げた。



「早よせぇって()われても、中に照明ないから、分っかりにっくいての……」



 納屋に(あかり)は一つ。

 入口の斜め上にあるだけだ。

 そのため外壁が陰になって、夜ともなると内側はとりわけ暗い。

 これでは手間と思わず懐中電灯を持ってくればよかったと、直が思った時。

 ぱっと明るい光に手元を照らされて目が(くら)んだ。



「蛍光灯くらいないとやっぱり不便よね、ここ」



 脚立の上から振り返ると、入り口で夏子が懐中電灯で照らしてくれていた。

 その手の反対側には、今朝方の臨終した炊飯器がぶらさがっている。



「夏ちゃん! いつの間に…… ありがと、よう見えんかったけん、助かった」



 無事荷物を片付けた直が「捨てに出すん? それ」と炊飯器を見れば、夏子はうんと頷いて裏の階段を示してみせた。



「おばあちゃん()のほうにも粗大ゴミがあるんやって。 一緒に出してくれるらしいから、置いてこようと思って。 朝はバタつくから、今のうちにね」



 そういって炊飯器を揺らす。

 ついて行こうかと尋ねれば、平気よと尋巳を振り返って、



「後始末はちゃんとやってくれるもんね?」



 と、(すご)みのある表情で笑ってみせた。


 有無を言わさぬ笑みに、尋巳は「ぐ、」と半歩ひく。

 その様子にああ、まだ許してもらってないな、と直は遠い目をした。

 妹には弱いくせに、尋巳は許してもらうのは下手なのだ。

 今回はこうして捕まってしまったことだし、さてどうするのかと様子を窺っていると、尋巳は諦めたように息を吐いて、妹の手から炊飯器をひったくった。

 どうやら言う通りにする方を取ったようだ。



分かった(わぁった)、やりゃええんやろ、やりゃあ。 あとやっとくけん、お前()は先戻っとけ。 ――――俺の晩飯、ちゃんと()けとけよ」



 きまり悪げに言い捨てたかと思うと、そのままずんずんと下りの階段のほうへ歩いていく。

 それを「待って、懐中電灯!」と夏子が追いかけ、直はぽつねんとその後姿を見送った。

 並んで階段に消える二人に手を振り、ふぅと一息つく。

 さて、言いつけられた通り夕飯を確保していないと、尋巳に文句を言われてしまう。

 早く帰って宴会に参加しようと、直は納屋を振り返って戸を閉めた。


 鍵を回して電気を消せば、月のない夜に、辺りの雑木林は闇深く暗い。

 ふと空を振り仰ぐと、一面の星々がチカチカと瞬いていた。

 


 今夜は星が良く見える。


 

 そう目を細めて首を戻すと、先ほどより少し暗さに目が慣れていた。

 これなら、夜道も多少は危なくないだろう。

 納屋の鍵をズボンのポケットに突っ込みながら、歩き出そうとする。





 その時。




 ザザッ


「!?」




 枝葉一つ(そよ)いでいなかった雑木林の奥で、根元の茂みが強くしなった。

 突然の気配に、直はぴたりと動きをとめる。

 なんだ。

 狸、いや猫だろうか。

 不審に思いながら音のした方へ近づこうとすると、

 



 ガサガサっ


 「!」




 最初の音の出所とは反対方向から、また大きな葉擦れの音が上がった。


「…………」


 立ちすくんだ直は、他に音はしないかと、じっと辺りを探る。

 しかし、それ以上生き物の気配はなく、枝がしなる音も聞こえてこない。

 一体何なのか。

 どうにも気味が悪い。

 見通しの悪い夜の深さが一層不気味さを際立出せて、直は後じさる。

 狸にしろ、猫にしろ、わざわざ確かめるより、早く戻ったほうがいいかもしれない。

 こんなところで灯りもなく一人っきりより、その方が賢明だ。

 そう結論付けると、じっと雑木林の闇を見つめたまま、ゆっくりともと来た道へ足を向けた。

 視線が、林の闇から逸れる。


 ――――そこへ、






 シュババッ……!





 長く太い、(むち)のように(うごめ)く何か。

 静かな木立の奥から空を切って、それはぐるりと踏み出した直の足首に巻きついた。


「なっ…!」


 目にも止まらぬ速さに立ち尽くし、次の瞬間、直はずさりと地に引き倒されていた。


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