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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
四章
38/73

満月の海 二

 結局、二か所目の調査は、今週末に決行となった。


 先週に引き続いて図書館通いは続けながらも、調査までの日々は舞の稽古に打ち込むこもうと直は決めていた。

 今週中に、祭まで半月を切る。

 尋巳との合わせ稽古の時間まで考えると、もう出来ないなんて言っている暇がないのは明らかだったからだ。


 そんな中。


 桜の話が出た日の翌日から、何故か晴真が夜の稽古に顔を出すようになった。





***





 (一日目)「次の動き意識しろっ 流れ(よど)ませんな!」


 (二日目)「上が弱い、筋トレちゃんとしょんかお前!」


 (三日目)「全体的にナヨすぎるッ 見てられんわボケナス!!」 




「きゅうーけい! いったん休憩じゃ、休憩!」


 

 激しく降り注ぐ尋巳のしごきを遮って、浮子星が練習に割って入る。

 全身運動の連続に肩で息どころではない直は、その声にぐったりと床へ倒れ伏した。

 そんな暇はないと頭では分かってはいても、浮子星のストップがありがたくて仕方ない。



「嬢ちゃん、お水飲み? ほれ、たおる(・・・)



 ペットボトルでも越しでも触れるのは躊躇(ためら)われるのか、タオルに包んで水を渡される。

 いつの間にかマネージャー的役目に落ちついた浮子星には、毎日甲斐甲斐しく世話を焼かれて頭が上がらない。

 直はありがとうございますと言いながら、体を起こして胡坐(あぐら)をかいた。



「足は平気か? さっき強う打ち付けたろう」


「大丈夫です、もう慣れてます」


「痛かったら、そう言うんじゃで? 怪我したら元も子もないんじゃからのう」



 気にかけてくれる浮子星に応えながらも、直の意識はその背後へ向いていた。

 そこでは壁の前に仁王立つ尋巳が、演技表を難しい顔で睨みつけ、何事か思案している。

 その表情からは進捗が思わしくないことが読み取れて、直はぎっと体を固くした。

 浮子星が尋巳に近づき、今までの練習について話しかける。




「さっきのは、嬢ちゃんも結構よかったんやないかのう」


「どうやかな…… まぁ、前半はええわ。 まだぎこちないけん、それを直すんは()るとしても。 問題は後半や」


「後半を鍛える前に、前半を整えたほうが良うないか?」


「分かっとる。 けど、それやったら確実に合わせ稽古まで間に合わん」




 的を射た尋巳の指摘に、直は項垂(うなだ)れた。

 全く進歩していないわけではない。

 けれど、人に見せられるまでにはまだまだ足りないと、自分で自覚できることがきつかった。


 汗が髪から滴り落ちる。

 板床にはすでに点々と雫が散っており、手持無沙汰らしい八景が、黙々とそれを雑巾で()いてくれている。




「おい……」


 日を追うごとに焦燥感は(つの)っていた。

 それが舞にも悪影響だと分かっていたが、できない自分の不甲斐なさを目の当たりにしていると、自分に苛立つことを止められない。

 繰り返し、繰り返し。

 技だけを何度も練習して、それでも届かない。

 舞にすらできない、バラバラの形のまま、


「おい、」


 前半を鍛えていくという浮子星の助言は、後半を『いつ安易なものに変えても構わないように』という前提がある。

 そんなことも分かっていた。

 もう我が(まま)も言っていられない。

 こんなに練習していても、駄目なものは駄目なのだ。

 不甲斐ない、きつい、出来ない、――――申し訳ない、自分は。



「おい!」


「えっ」



 突然背後で大きいな声をかけられ、直はびくりと跳ねた。

 片耳を押さえて振り向くと、雑巾を片手に握った八景が、渋い顔をして膝をついている。



「大丈夫か、お前。 その、」


「あ、」



 視線を逸らし、様子を窺ってくる八景に、直はぽかんと口を開く。

 何を言われたか、まるっきり聞いていなかった。

 全く、心ここに在らずだったのだ。


 きっと疲れている自分を案じてくれているのだろう。

 咄嗟(とっさ)にそう気が付いた直は、ごめん、大丈夫と、言って返そうとする。


 しかし、




「直」



 背後から名を呼ばれる声に、直は息を呑んだ。

 振り返ると、紙束を握りしめ、尋巳が腕組みをしてこちらを見ている。

 嫌な予感がした。



「もう、余裕ない。 お前も分かっとるな」



 ひくりと喉を鳴らす。

 尋巳の次の言葉が予想出来て、ああ、駄目だと、直は泣きそうに顔を歪めた。



「後半、お前に合わせてもう少し演技の内容変える。 そうせんともう、」


「ッ、兄ちゃん!」



 咄嗟に、だった。

 久しぶりに尋巳のことを「兄ちゃん」と呼んだ。

 子供っぽい自分が、尋巳を呼ぶときの言い方だった。

 直の切実な声に、浮子星と八景が虚を突かれた顔をする。

 直は熱くなった口内の息を呑みこんだ。

 何か言わないと。

 尋巳がじっと黙って、直を見つめている。

 けれど、結局何も言葉が継げなくて、口を開きかけたまま、直は俯いてしまう。


 

 はぁ――――



 尋巳が長い溜息をつき、直はすっと体の芯が冷えるのを感じた。

 そうして無意識に口をついて出た自分の未練たらしい声音に、表情を硬くする。


 演目を今のモノにすることを強請(ねだ)ったときに、それ以上我が儘を言わないと決めたのに。

 言い訳なんてしなくていいように、練習して必ず完成させると決めていたのに。

 いざこんな状況になっても、まだ、まだと、願っている。


 直は、しなりと項垂れて言った。




「――――ごめん……何でもない。 演技、変えて。 それで、ええから」


「…………お前なぁ、」



 尋巳が、何故か声を張り上げる。

 次に何を言うのか、直はじっと続く言葉を待ったが、尋巳はちっと舌打ちをして黙り込んでしまった。

 直はその音に身を縮こませる。

 駄目だ、怒らせた。

 自分がちゃんと、神楽を完成させられなかったから。

 きっと約束を破って、苛立だたせてしまったのだ。


 目標を達成できなかったのは自分の落ち度だ。

 これ以上、我が儘は言っていられない。

 完成しなければ、本番自体に響く。

 尋巳だけでない、祭りに来てくれる全員に迷惑がかかるのだ。

 何も言わない直をしばらく見下ろしていたかと思うと、尋巳はガシガシと頭を掻いて、もう一度直を見た。



「…………後半は変更や。 内容はこっちで考え直す。 お前は前半の練習しょうれ」

 


 ええか?

 (くすぶ)る未練を見せぬよう、直はきっちりと頷いた。

 こんな風に迷惑はかけたくなかったのに。

 今日は仕舞いだと戸口に向かう尋巳の足音を聞きながら、直は床に目を落とした。


 あとはもう、前半をきっちりと仕上げて尋巳に追いつくこと。

 これ以上待たせぬよう努めること、それだけ考えるしかない。

 

 泣き言が零れないように、直はきっと顔を引き締める。

 首を落としたまますっと立ち上がり、乱暴に腕で顔を拭った。

 歩み出す足取りは、少し重い。


 


 そんな出口に向かう直の背を、晴真と八景が、じいっと見つめていた。






***




 

 稽古場を出て家に戻ると、居間にいた夏子に風呂を(すす)められた。

 この頃の八景のとの距離は、大体十二、三メートルほど。

 風呂場の前で待ってもらわなくても良くなったため、八景は浮子星たちに続いて居間に入っていく。


 直はバックから寝巻と下着を取り、暗い廊下に出た。

 痛む足を庇いながら歩き出そうとすると、奥の風呂場の前に、晴真が一人ポツンと立っていた。



「晴? 何してるん、こんなとこで。 居間行かんの?」



 直が不思議そうに声をかけると、晴真は唇に指をあてて「しー」というジェスチャーをする。



「?」



 すぐそこに全員が集まっているのに、何を隠したいのだろう。

 (いぶか)しげにしつつも直は晴真のいう通り声を低くして、顔を寄せた。



「なに? どうした?」



 晴真はぐいっと居間の方へ首を伸ばし、誰も出て来ないことを確認する。

 稽古場でも一切口を挟まず見ているだけだったり、かと思えばこうして一人の時に話しかけてきたり。

 桜の話が出てからというもの、どうも様子がおかしい。


 何を話し出すのかとじっと待っていると、晴真はちらりと直の顔を見て階段に腰を下ろした。

 そうして何かを逡巡して、強い目付きで直を見上げてきた。



「直姉ぇはさ、なんでそんに頑張ってるん?」


「え?」


「御神楽のこと。 ちゃんと練習してるし、あんなもん(・・・・・)、できた範囲でええやんか」


「あ……」



 いきなりの指摘に、直は戸惑った。

 つい先ほど打ちのめされた神楽の事を(あげつら)われ、ちくりと胸が痛む。


 どうして神楽舞にうちこむのかなんて、聞かれるとも思わなかった直は、口にできる理由を探して黙り込んだ。

 そんな直を待たず、晴真は次々と何故を重ねて問い詰める。



「別に神楽くらい、すごいんやって見せたって、表彰されるわけでなし、無駄な努力やんか。 そんなことの為に、痛い思いする必要ないやろ」



「尋巳はええよ、元々できるし、男やし。 けど直姉ぇはちょっと前に始めたばっかりやん。 女子、やし。 差が出るん、あたりまえや」



「それなのにから、どうして尋巳に合わせて出来ん事頑張るん。 高々、祭りの演技やろ。 無理してできんことせんでもええやんか」





「……」



 何も言えなかった。

 晴真の行ったこと、全てその通りだったから。


 問い詰められたことへの(いらだ)立ちも起らないない。



「……晴、」



 けれどそれは、辛そうだったからだ。

 言葉にしている当人が、痛そうに吐き出していたからだ。


 晴真は、ひどく苦しげに顔を歪めていた。



「晴、あんな、」



 直は廊下に膝まづいて、晴真を見上げた。

 納得させられる理由は、出てきそうにない。

 それでも泣き出しそうな顔に、何か言ってやらなければと、視線を彷徨(さまよ)わせた。



「晴の言うてること、最もや。 反論ない、その通りやで」


「…………」


「ウチは()らん努力をしょうる。 ――――我が儘なんよ、結局」



 バカみたいやろ、苦笑して肩を(すく)める。

 そんな直を、晴真が一層顔を歪めて見つめた。

 ああ何か間違ったかと内心慌てるが、他に(すべ)もなく、言い(つの)る。



「それでもな、頑張りたいと思ったこと、頑張りたい。 技量が足りんからって、投げ出したくない。 それだけなんよ。 馬鹿みたいでもな」



 ありがとう。

 危なっかしいて、心配してくれたんやろ?

 そう言って丸い頭に手を乗せ、くしゃっと撫ぜる。

 言葉はきつくても、この子に自分を傷つけるつもりがないことは分かっていた。

 だから、ごめんの意味も込めて、ありがとうと言う。


 心配させて、ごめん。

 心配してくれて、ありがとう。


 晴真は苦しそうに俯いて、なされるがままになってくれた。

 柔らかい髪を撫でながら、意図せず出た気持ちに、直はぼうっとする。


 そうか、自分は、そう思っていたのか。

 頑張れるだけ、努力したかった。

 

 しかし、それももう、できない努力なのだ。

 今更先ほど下された尋巳の決定が思い出され、直は心が(きし)んだ。





「直姉ぇ、」



 手の下から、囁きが零れ落ちる。

 泣いているような濡れた声に、はっと手を退ける。

 晴、そう呼ぼうとして、声は続ける。





「あんな、俺…… 夢を、見るんや」






「夢?」




 なんの?

 垂れた前髪の奥を探った。

 けれど暗い廊下の闇に隠れて、伏せられた両目の色は見えない。

 伸ばした手をはねつけるように、押し殺した声は(あふ)れだした。



「ちょっと前から、毎日見る。 夢ん中で、俺は猿になってる」



「猿?」



「全身白い毛に、紫色の目ぇした、猿」




 銀のようにも(きらめ)く、白毛の大猿。

 夢の中で、自分は見たのだと、晴真は言う。



「俺は猿になって、色んなところ移動してる。 それを逆さに辿(たど)ってる夢。 まるで逆再生するみたいに」



 夢はひどく生々しく、起き抜けの体にそれは強く、真に迫った。



「この間の桜の事。 その日の前の晩に、見たんや、夢ん中で。 桜、あの近くにある石に、俺がなってる猿が、紋様を刻んでた」



 晴真の急な告白に、直は訳が分からず混乱する。

 行き場のない手が、空で惑う。


 晴真が顔を上げる。

 ばんやりとした表情に、色はない。

 まるでガラス玉のように焦点のない目が、どこか遠くを見ていた。



「多分、俺、神使さんの夢、見てるんやと思う」



 唐突に温もりを取り戻した声が、耳を撫ぜる。

 見上げてくる表情はどこか頼りなげで、(すが)るような目だった。

 直はその場に縫い付けられたように動けない。

 薄い肩が、小さく震えている。

 晴真の、噛みしめて白い唇が開く。






「どうしよう、直姉ぇ…… 紋様を読めるんも、夢見るんも、俺だけや」




 どうしよう。




「俺が、神使様の生まれ変わりなんかもしれん」





 押し殺していた重大な秘密を吐き出すように、晴真は言う。

 耳の奥で、波の音が聞こえる。

 さざめく響きが、満ちては消える。




「文都甲さんが欲しがってたんは、俺の肝なんかもしれん」




 可哀想なほど震える声に、直は呆然と聞き入っていた。


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