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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
四章
37/73

満月の海 一

 月曜の朝。



「あーもう、ええ加減観念しない! こればっかりは仕様(しよう)がないんやけん。 な?」



 嶋に貰った防水バックと勾玉。

 それらを両手に掴み、直は居間で仁王立ちしていた。

 目の前には、腕を組んでむっつりと座り込む八景の姿がある。

 勿論人の姿で、だ。



「…………」


「もう家出るまで時間ないんよ。 家に帰ったら戻してあげるけん」



 聞き分けてくれ。

 直はじれったく思いながら詰めよった。


 紋様を探しに行った翌日、直たち学生陣は登校という重要な使命がある。

 それを前にして直の相方であるこの青年は、再びタコの姿になることを渋っているのだ。



「…………このままじゃダメか」


「駄目に決まっとるやろう?! なんや、気に入ってしもうたんか? 人の姿、ジャストフィットなんか?」


「そりゃあ、あの姿より不便が無いのだから。 ――――当たり前だ」



 分かる、気持ちは分かる。

 誰だって面倒見てもらわなければならない不自由な姿より、自分で何でもできる姿がいいに決まっている。

 しかし、部外者である八景を、人の姿でも高校まで連れて行けるわけがない。

 そんなこと、この青年も理解しているだろうに。



「さっさと変えたらええやないか」


「いいんよ、ちょっとほっといて」



 勝手に変身させてしまえとばかり言う尋巳の言葉を遮って、直はもう一度相方に向きなおる。



「な? お願い」



 折角昨日、少しかもしれないが、わだかまりが解けたのだ。

 余程緊急でない限り、変身一つでも互いの合意を大事にしたかった。



「……分かった、好きにしろ」



 とうとう八景が折れ、直はほっと息を吐く。

 ごめんなと言いながら勾玉をぎゅっと握ると、ぽんっと軽い音と共に、八景が白煙に包まれた。

 現れた一匹の蛸をそっと持ち上げて、直はバックに入れてやる。



「家帰ったらすぐもどすから、な?」


「分かってる」



 ぶっきら棒だが、柔らかくなった八景の対応に、直は内心安心する。

 それを見ていた尋巳と浮子星は、目をぱちくりとやりながら顔を見合わせた。



『なぁ、アイツ等、昨日から何かおかしぃないか?』

『そうじゃなぁ…… なんとなぁ~く、丸うなったような気もするのう』

『二人ん時に、なんかあったんか?』

『さぁて……?』



 ひそひそと直たちの様子を話し込む二人に、直は頬をひくつかせて腕を組む。



「(聴こえとるってぇの)」



 余計な話ばかりしていないでさっさと準備しろ。

 そう言いつけてやろうと振り返った時、廊下の襖が開いて、寝ぼけ(まなこ)の晴真が入って来た。

 そういえば最近、起きて出てくるのがずいぶん遅い。



「おはよう……」


「おはよ。 どしたん、まだ眠いん?」


「んー……」



 すっきりとしない受け答えだ。

 睡眠が足りていないのか。

 夜更かししている訳でもないのに、どうしたのだろう。



「とりあえず、早うご飯食べな。 遅刻してしまうけん」


「ん」



 おっとりと動く晴真を追い立てると、首を捻りつつも、直は登校の準備にかかることにした。





***





 直の高校は、実は新体操が男女ともに盛んだ。

 昼休みになると第二体育館ではバトミントン部と一緒に、男女新体操部が練習に打ちこみ始める。

 その練習風景の一角で、直は一人、体操着を着て立っていた。


 今日から新体操部に所属している友人を頼って、舞の技の練習を行うことにしたのだ。



「桧原~ 兄貴にも入部しろゆうてや~ てか、二人そろって入部しろコラ」


「兄じゃない、従兄(いこと)や、間違えんな」



 新体操男子の声援(?)を聞き流しつつ、体育館の端で側転の構えをとる。

 校内で尋巳は中々の有名人で、その抜群の運動神経を狙って運動部からの声がかかることが少なくない。

 しかし当人は特定の部に所属するのを嫌って、三年の今に至るまで延々と帰宅部を貫いているのだ。

 ちなみに直は現在同じく部には所属していないが、選考中だと言い張っている。



 すっと息を吸い、勢いつけてマットを踏み切る。

 視界がめぐり、とんと足が地についた。

 成功。

 ようやく最近になって、綺麗な姿でできるようになってきた。



「よし、次」



 続けて前転宙返りだ。

 周囲の部員たちは、はらはらとした様子で遠巻きに見守っている。


 ちらり、時計を見るともう次の授業まで間がなかった。

 直は友人と女子部部長に向かって手で拝み、邪魔を()びた。



「ごめん、最後。 これで最後やから」


「直ちゃん、もう入部しちゃったら?」



 その方がこちらとしてもありがたいのだが。

 部員たちはうんうんと頷く。

 新体操部の心はばっちり一致していたが、直は黙々と演技に集中して、それを聞き流してしまうのだった。





***





 次の日の放課後。

 突然入ったSNSの連絡を読み、直は嶋のラボへ足を向けた。

 部活へと人が()けて、この時間の校内は静かだ。

 道中、やめろと言っても聞かない八景は、バックのすき間から外を眺め、アレはソレはと質問を投げかけてくる。




「ここは、俺が傷を負わされたところだな」


「家庭科室な」


「あの並んでいるのは美術品か?」


「フェイクやけどな。 美術室や」


図書(ずしょ)、とはなんだ。 書ということは、書庫か」


「正解、正確には図書(としょ)室」


「書か…… お前、ここに来ることがないではないか。 書を読むことは書生の本分だろうが」


「アンタ連れてあんまり動き回れんやろ。 言っとくけど、これでも本は好きな方やからな。 前はちょくちょく来ょったし」


「なら俺に気を使わず来ればいい。 ちゃんと大人しくしておいてやる」


「…………もしかして、アンタが来たいだけちゃうやろな」




 来ても出さんけんな、と忠告して廊下を外に出る。

 外廊下で尋巳と合流し、部室棟の一階のアルミ扉の前に立った。

 ノックして中に入ると、何やらデータを書き込んでいる嶋がのんびりと迎えてくる。



「いやぁ参ったね。 これは時間がかかるかも」



 鞄を下ろして席に着く直たちに、嶋は全く参っていない様子で肩を(すく)めてみせた。

 また購入して来てのだろうか。

 昨日、目的地に定めた川の分岐地点の詳細地図を持ち出し、乱雑な机の上に広げる。

 そこには、川の支流と本流の周りを囲むように、四つの町が分かれて広がっていた。


 町の面積は近辺では一番大きく、薄グレーの分布の中と外には、赤で鳥居のマークが印されている。

 その数に、直と尋巳は難しい顔をする。




「え、こんに……? 一日…… 二日、で行ける?」


「二日あったら何とかならんこともないやろうが、行きと帰り考えると…… 大分手間やな」




 社の数は十一か所。

 それも町のいたるところにあり、移動だけでも時間を食うことが予想できる。

 規模の大きい小さいはあるだろうが、一つ調べ回るのに一時間から二時間かかるとすると。

 三組で手分けするにしても、一日では確実に足りない。



「孝介には遠慮してもらうしかない……? 夏っちゃんの手も借りんと、二日でも無理かも」



 うーーん。

 額を突き合わせていた三人は難しい顔で腕組みをし、頭を捻り合う。

 そうして互いの顔を見合わせ、誰からとなく(こぶし)を振り上げた。



「じゃーんけーん、――――」





***





「うそッ 連れて行ってくれんの? そんなぁ~」


「いや、後ろに三人乗るんやったら、連れて行ってあげれるけんやけどな? ちょっと今回は……」



 本腰を入れて探さなければならないだろうから、と理由を連ねる。

 

 じゃんけんの負けは、直だった。

 ペナルティーは、孝介の説得である。


 孝介が邪魔になるとは言いたくないが、連れ歩いている猶予がないかもしれない。

 今回は家で大人しくしていてもらえないかと、説得することになったのだ。


 しかし、それを聞いた孝介は、予想通りみるみるしょげ返ってしまった。

 慌てた直は、わたわたと手を振りながら(なぐさ)めの言葉をかける。



「ほら、行っても何も面白いことないかもしれんし、長い事炎天下の中探し物せんといかんやろうから、孝介にはきついかも知れんのやわ」



 だから今回は諦めてと、自分で言っていてもつらい。

 あんなに喜んでいたのに、一日でこの掌返しでは納得いかないだろう。

 直は尋巳に助けを求めるように視線を送る。

 しかしこうゆうときだけ、尋巳はあらぬ方向を向いてこちらには目もくれない。



「(ぐう……ッ 卑怯もの!)」



 繊細な言葉を必要とするとき、この従兄(あに)はまるっきり役立たずだ。

 さてどう(なだ)めるべきか。

 直が途方に暮れていると、



「なぁ…… この辺て、大きい桜の木、ある?」



 孝介の様子をそばで見守っていた晴真が、広げていた地図を指さして聞いてきた。



「桜かい? たしか…… ここだ、高津(たかつ)神社。 ここには樹齢千年越えの桜の木があったはずだよ」



 それは川の右岸側にある町の、山の際に建つ神社だった。

 嶋がそこを指さしながら、「ここがどうかした?」と晴真に聞き返す。





「多分、そこにある。 次の紋様」





 (にら)みつけるようにして地図を見つめ、晴真が言う。

 あまりにも確証に満ちた口振りに、地図を囲っていた面々はそろって晴真を見つめた。

 どうしてそんなことが言えるのか、眉を(ひそ)めて晴真を(うかが)う。



「どうゆうこと? なんで分かるん? 晴くん」


「…………」



 夏子がやんわりと問いかけるが、晴真はちらりと潮守たちを見ると、ぐっと唇を噛んでしまった。

 そのままそれ以上語ることなく黙り込み、直たちは困って顔を見合わせる。


 晴真の言葉を信じるなら、調査はすぐに終えられる。

 目的地が絞られたのだ、人手はそんなに必要ないし、孝介も連れて行ってやれる。

 けれど晴真の言葉には、信じるに足りる証拠がない。

 

 ――――証拠は無いが、真っ直ぐな口振りは、単純に嘘と断ずるには真摯すぎる。

 その後、いくら聞き出そうとしても首を振り続けた晴真は、「嘘ちゃうから、ホンマやから」と言い張って、二階へと上がってしまった。




「――――どうする? 高津神社、一択で絞ってみる?」


「そうだねぇ……」


「無かったら、結局全部調べるんや。 ええんやないか?」




 尋巳の一声で、まずは高津神社を捜索することに決まった。

 そこで紋様を見つけられなければ、残りの神社を回る、ということで予定を組むことにする。



「晴君、どうしたんやろうね……」



 夏子がポツリと呟く。

 それには答えず、直は晴真が消えた階段の方を見遣った。

 何故、晴真はあんなことを言ったのだろう。

 何故桜の古木を根拠に、あげたのだろう。

 それにあの思いつめたような顔は――――



「……また、落ち着いたら聞いてみたらええよ。 今はそっとしとこ」



 直が振り向いて笑って見せると、夏子は「そうやね」と相槌(あいづち)を打った。

 言いたくないときに、無理に()くものでもないだろう。

 晴真が言いたくなった時に、聞いてやればいい。

 

 そう直は心に留め置いて、もう一度階段の方に目をやるのだった。



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