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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
三章
32/73

紋様と調査 四

 湿り気を帯びた風が、肌をさらってゆく。

 汗が揺れて、直はがくっと頭を落とした。



「あー…… 無ーいなぁー……」



 登って来た石段の天辺に座り込み、遠い青空へ独り言を投げかける。

 間延びした声は、夏らしくなってきた入道雲に吸い込まれて霧散した。


 担当になった寺を訪れて一時間半。

 敷地内をくまなく探し回ったが、目的の紋様はどこにもない。

 寺の住職にも確認してみたが、この寺自体が比較的新しく、そういった古い遺物は心当たりがないと無しの(つぶて)だった。


 これ以上は無駄足だと、ここ(・・)に座り込んだのが数分前。

 薄く浮く汗を拭い、だらりと頬杖をつく。


 

「どっちかには()ったかなぁ……」



 推察が間違っていないといいのだが。

 ペットボトルに口をつけて、最後の量を飲み干した。

 乾きが潤い、ほっと息を吐く。





 まぁ、全てがうまく事が運ぶ訳ではない。

 解読が不十分だったのかもしれないし、まだ他がハズレかどうかも分からない。

 とにかく、ここは違ったというだけのことで、神使への道が途切れたわけではないのだ。


 そう思い直した直はスマホを取り出し、尋巳へと連絡を取るべく画面を操った。

 結果が出たのなら、それを報告しなければ。


 画面をタッチして、電話ツールを表示させる。


 通話ボタンに指を置きかけて…… そこで、ちらりと横を見遣った。



「…………」



 流した視線の先。


 敷地の鳥居の陰には、腕を組んで目を(つむ)る八景がいた。


 その顔つきは直の挙動に一切興味がないと無言のうちに叩き付けてきて、全身が周りを遮断したかのような雰囲気に包まれている。




「…………はぁ(怒」


 直は呆れ交り、聴こえるように鼻を鳴らした。


 聞こえているだろうに、八景は眉ひとつ動かさない。

 それが一層腹立たしく、直はぎゅうと渋面を作った。



 ここに来てからというもの、八景は文字通り、何一つしていない。

 うっとおしいことに、直から離れられる限界の距離を保ったまま、その後ろをついて回っていただけだ。

 探索をしようなどという心胆はまるっきり無く、直のように汗のひとつもかこうとしていない。


 端から頼りにしていなかったとはいえ、ここまで意固地を貫くとは。

 こうなると直としても面白くない。

 会話など一切なく、二人のともお互いが居ないものとして振舞っているようなものだった。



「(こっちに協力する気がないんは分かるけど、可愛げないわぁ……)」



 直は髪をガサガサとかき上げて唸る。

 せめて、後ろを不機嫌に歩き回るのはやめられないのか、と指摘してやりたい。

 生まれたての雛じゃあるまいし。

 雛の方が可愛い分、何十倍もマシだ。

 このままでは、体力でなでなく、精神力的なモノも削られる! と、直が頭を抱えた時。



 いきなり手の中のスマートフォンに着信が入り、直は慌てて画面に指を滑らせた。


 着信は尋巳からだった。



「ない、じゃない、はい!」


『――――なんや、そっちも空振りか』



 電話越しに尋巳の声が届き、ああ、あっちもかと察する。



「てことは、そっちも?」


『おー 特に目立った遺物無し。 歩き回り損やったな』


「こっちの寺は結構新しいみたいでさ。 とりあえず探しはしたけど、古いもんは一個もなかったかんじ」


『どっちも外れか。 あとは、嶋やが…… この感じやと、『僕の方も駄目だったよー』



 耳元で尋巳の声に重なるように、嶋の声が向こうで割り込んできた。

 おやっと思い、直は一度離したスマホを耳にあてる。



「あれ、嶋先生、もう合流したんですか?」


『ちょうど今ね。 僕の行った方は規模が小さかったからね~ くまなく探しはしたんだけど、二人と同じだったよ』


「じゃあ、全滅ですか」




 「だね~」とのんびり相槌を打つ声に、直はがっくりと肩を落とす。

 ほんとに上手くはいかない。

 これでにまた振り出しに戻るのかと汗を拭ったとこころで、



『ダメもとだけど、残りの二山も調べてみようか』



 スマホの向こうで、嶋がぽんと軽く言った。



「え、残りって……」



 寺のなかった、残り二つの圏内の山のことだろうか。



『うん、そう。 探索範囲を広げてみる前に、潰しておいた方がいいでしょ。  僕等は栗谷君の担当してた山の西側あった山へ行くよ。 桧原さんは、そこから北東に見える山、――――覚えてる? そこに行ってみて』



 誰んちの山か分からないから、隠密にね。

 明るい声と共に、通信が切れる。

 それはええんでしょうかねと内心思いつつ、直は了解と呟いて電話を切った。



 望み薄とはいえ折角ここまで来たのだ。


「乗り掛かった舟や、とことん調べてやる」




 腰を上げてぐっと伸びをすると、直は自分に言い聞かせるように雲へ向かって投げかけた。



 すると、


「ねぇ、君」


 突然背後から声をかけられ、直はびくりと肩を揺らす。

 慌ててくるりと首を回すと、敷地内の木の陰に、紺の作務衣を着た男が立っていた。


 先ほど話を聞いた、この寺の住職だ。



「あ、さっきはどうも……」



 スマホをズボンにしまいながら頭を下げれば、四十がらみの住職は「うん」と言って近づいてくる。

 紋様を探す時に、なにか無礼があっただろうか。

 直がおっかなびっくり立ちすくんでいると、住職はタオルで顔を拭いながら話しかけてきた。



「君、さっき話してるとき、古いお寺を調査してるって言うてたやろ」


「あ、ハイ。 学校の研究で……」



 直が話した時の方便を繰り返すと、住職は後ろを振り返って山向こうを指さした。



「そういえば思い出したんじゃけど、この向こうの山にも、今は廃れたお寺がるんや」


「え?」


 廃寺?

 指さす先にあるのは、嶋の指示した山だ。

 そこにもう一つ、地図に載っていない寺がある?


 直は頷く住職を前にして、ぱちりとゆっくり瞬きした。





***





 蓋をとった缶を構え、一思いに上部を押し込む。


 

 プシュウ――――ッ



「ぅわあ! なっ、な、なん、なんだこれは! ――――っ、(ここ)の奥がピリピリするっ」


「吸い込まんの、体に悪いやろ」


「だから、なんだと言っている!!」


「虫よけスプレェよ。 (やぶ)ん中突っ切るから、せめてふっとかんとな。 毒やないから大丈夫や」




 出発前に尋巳から渡されていたスプレー缶。

 それを自分にも振りかける。

 泡を食って薬剤を払う八景に鬱憤(うっぷん)を晴らしつつ、直は缶をポケットにしまった。

 


 最初の寺があった山から歩いて数十分。

 到着した目的の山には外周を回る道があり、それを辿っていくと一か所、人が通った形跡のある細い坂道があった。

 しかし辺りには高い竹藪が生い茂っており、いかにも藪蚊が生息していそうである。

 


「(こればっかりは、尋兄に感謝やな)」



 すぷれぇ? と、海の文化圏には存在しない概念に、八景は戸惑っている。

 だが、ここで一々説明していても(らち)が明かない。

 直は折っていたパンツの裾を伸ばすと、さっさと藪へ足を踏み入れた。



「口でゆうても分かりづらいやろし、自分で見たほうが早いわ。 |早《は》よ行くで」



 さて、話に聞いた廃寺は、見つかるだろうか。

 上へ続く道は細くて頼りない。

 木漏れ日の降り注ぐ山道を見上げ、直は歩を進めた。





***





「な、んだ、コレはっ!! かゆい!?」


 道を幾分もいかないうちに、八景が全身を()(むし)りながらてんてこ舞いし始めた。

 自身も腕を数か所叩き、直は悠長に振り返る。

 辺りは孟宗竹の竹林。


 竹林にはアレ(・・)がつきものだ。



「こんだけ居ったら流石に食われるわな…… 止まらん方がええで、より食われる」


「何なんだコレは!? 疫病か何かか!?」


「いや、さっきからそこらへん飛び回っりょるやん」



 どんなものか分かっていないと、意識がフォーカスされないものなのかもしれない。

 「ほら、腕」と直が指さしてやると、自分の腕を見た八景が、うわあと情けない叫び声を上げた。



「ななななな!!!? なんだこれ、なんなんだ!?」



 半袖の八景の腕は青白い。

 そこに、浮き立つように黒っぽい蚊が二匹、羽を休めて血を吸い上げていた。



「蚊やって、蚊。 それが血ぃ吸っよんよ。 痛うはないやろ。 かゆうなるだけや」


「ぉお、おい! こいつら大量にいるぞ!? わああ!! 寄るな、クソッ」


「寄るなと言われて「ハイ、そうですか」で通じる相手やったら、キ〇チョーも虫コナー〇も要らんわ」



 勾玉のせいで、あんまり離れて行動できない。

 早く藪を抜けたいのを我慢して、直は立ち止まって腕を振り回している八景を待った。



「ほら、あそこまで行ったら抜けるから、()よしぃ」



 竹藪の端を指さし、直は八景を呼ぶ。

 なんとか登ってくる八景を確認すると、直はまた山を登り始めた。




「掻いたってひどうなるだけやから、ほっときよ。 我慢できんのやったら叩くとかしとき」


「あんなのがいるのなら、先に言えッ」


「スプレーしといてやったやろ、気休めやったけど。 どうせ口でゆうたってよう分からんのやから、次から気ぃつけたらええやん」


「二度とごめんだッ」




 金輪際ごめんだ! と八景は(わめ)く。

 帰りも同じ道を通らなくてはならないことは、言う必要もないので黙っておく。


 山道は中々に距離があった。

 所々不規則に段になっていたり、道が崩れていたりと登るのが難しかったが、直は何とか乗り越えた。

 一方の八景は人の体に慣れていないせいか、事あるごとに足止めを食らう。

 直はそれを、毎度離れたところで辛抱強く待ち続けた。

 あの利かん気は手助けなど望まないだろうし、いざとゆう時にだけ、手を貸せばいいと思ったからだ。

 結局、覚束(おぼつか)なくではあるが、八景は自力で山道を乗り越えてきた。



 時折頭上で(さえず)る鳥たちが枝を揺らすのと、虫の鳴き声以外、辺りはあまり音がない。

 風のないせいで噴き出す汗を垂らしながら、ただ上を目指して足を動かす。

 そうして落ち葉で滑る坂道を登り切った先に、いきなり開けた土地が広がった。





「――――あった」



 息を整えながら、直は真っ直ぐにそれ(・・)を見た。

 それ(・・)は予想よりも大きく古い、廃寺だった。



 斜面を背に(たたず)む建物はひどく(こけ)むし、雑草の生えた屋根はへしゃげ、大きな穴が開いている。

 入口の戸は打ち破られて内部が丸見えで、屋根の穴から崩れ落ちた瓦が床を突き破って光を通していた。

 壁板には(つた)()いまわり、今にも全体が崩れ落ちそうになっている。



 周囲に他の人工物はなく、雑木林の柔らかな光の中、その寺は人々に忘れられて長らく時を過ごしているようだった。



「…………」



 直は辺りを見回した。

 しかし、周囲に紋様が刻まれていそうな石は見当たらない。

 となると、



「あ、おい!」



 落ち葉の積み重なった地面を踏みしめ、廃寺に近寄る。

 後ろで上がって来たばかりの八景が、息も絶え絶え呼び止めてくる。

 寺をぐるっと一周してみるが、斜面になった背後のすき間にも石らしきものはなかった。


「無いな……」


「おい、いきなり、離れるな。 ついていく方の、身にも、な――「よし」



 ひとつ頷いた直は、追って来た八景を押しのけ、スマホを操った。

 照明アプリでライトをつける。

 それで寺の床下を照らすと、臆面もなくそこへ潜り込んだ。



「な! 待てっ」



 八景が驚き声を上げたが、構わず床下を進んでいく。


 きっとある。

 その直感に突き動かされ、直は土臭いそこへ()い入るのだった。


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