表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
三章
31/73

紋様と調査 三

 日曜日。

 午前の陽射しが照りつける中、直と尋巳、八景と浮子星は、家の前で嶋の到着を待っていた。


 家の正面の海からは、さざめく波音が響いている。

 三人から離れたところにいた直は、一人その音を聞いていた。

 波音の中、表を行き交う車のエンジン音に耳を澄ます。



「…………」



 ふと顔を向けると、直以外の三人は濡れ縁に集まって、何やら(にぎ)やかにしている。

 あの三人で盛り上がれる話題などあるのだろうか。

 その辺りは謎だが、そろって(たむろ)している様子は、遠目に見れば友人同士のじゃれ合いにも見えた。



 ――――そう、寄り集まっているのは、『三人』。



 人型の八景を囲って、尋巳と浮子星がちょっかいをかけているのだ。

 最初の夜に見たっきりの、人姿の八景。

 その白い肌と短い砂色の頭髪を眺め、直ははぁとため息をついた。



「(夏ちゃんも、自分が来れんからってなぁ……)」


 

 従姉(あね)(まぶ)しい満面の笑みを思い出て、腰に手を当てて首を落とす。



 *


 昨晩のこと。


 晴真と孝介は家の呼び出し、夏子は部活の集まりで調査の欠席を余儀なくされたため、調査に向かうのは直と尋巳だけとなった。

 嶋も参加するとはいえ、三人では人手として少々心(もと)ない。

 そこで、夏子が言ったのだ。



『八景さんにも、手伝うてもろたらえんやないの!』



 手伝ってって、なにを…… と、唐突な提案に一人と一匹は戸惑った。

 手伝うなんて友好的な事、八景が「うん」と言うはずがない。

 しかし、そこは夏子である。

 及び腰の八景を捕まえて人型にさせると、見(つくろ)っておいた尋巳の服を持たせて、個室に放り込んだのだ。

 その間、八景はなされるがまま。

 尋巳に手伝わせて着替えさせると、出てきた兄の私服姿をした青年に、夏子は手を叩いて喜んだ。



『ばっちり! これで外出しても「おーけー」やね』と。



 *




「(ごり押しやんなぁ、夏ちゃんも……)」



 今の八景は、紺のポロシャツに、白っぽいジーンズ姿の出で立ちをしている。

 足元のスニーカーも尋巳のもので、背格好が同じくらいなのでよく似合っていた。

 目立つ目元の朱紋と砂色の頭髪さえなければ、どこにでもいる男子高校生くらいに見える。(ちなみに浮子星の服は、嶋の借りものだ)

 

 今朝は時間があったので、八景を人型にしてからもう一度離れられる距離を調べてみた。

 が、結果は前回から五十センチほど伸びているだけ。

 相も変わらず、制約は付きまとうらしい。


 つまり、今日の調査はあの潮守と一緒ということだ。



「…………」



 もう一度人の姿をした八景を見て、直は溜息をつく。

 あの小うるさい蛸の事。

 小さい姿の時の方が、マスコット的で気が楽だったのは確かだ。


 人の姿だからと言って中身が変わる訳ではない。

 しかし、今日一日あの不機嫌面と顔を突き合わせなければいけないとなると、先が思いやられてしまうのも本当である。

 蛸の姿の時と違って、あちらが「いやだ」と言っても、勝手に持って歩くという訳にはいかないのだ。



「((おんな)し大きさってのも、面倒やんなぁ……)」


 

 浮子星が、楽しそうに八景の頭を撫でている。

 人の姿で一緒に居られるのが嬉しいのだろう。

 それを躍起になって払いのける八景に、尋巳が何やら揶揄(からか)いを言った。

 再び笑い声が上がる。


 直はその様子を、腕んを組んで眺めた。

 


「(ま、あっちが嫌がっても、離れれんのやから、勝手について来るやろうけど)」



 何事もなく穏便に探索に集中できればよいのだが。

 浮子星に食って掛かっている八景を盗み見て思う。


 その時、敷地の入口の方から「ブロロロ……」という排気の音が聞こえてきた。


「!」


 雑草を踏み越えて入って来たのは、古いタイプの白いワゴン車だった。

 小径(こみち)(わだち)の終わりまで来て車は止まり、運転席から浮子星と似たような格好の嶋が下りてくる。



「やぁ、ごめんごめん。 ちょっと出かけ際に、こっちの研究について連絡が入ってね」



 そう言って呑気そうに笑い、嶋は頭を掻く。

 直は、現れた車をきょろきょろと観察した。



「おはようございます。 ――――これが()うてた借りもんですか? 軽四とかで来るんかと思うてました」


「流石に五人じゃ狭いからね。 知り合いに一日、貸してもらったんだよ」



 と言っても、後ろは詰めてもらわないとならないけど。

 嶋の言う通り、リアシートは三人掛けとはいえ、あまり余裕はなさそうだ。

 じゃあ行こうか、嶋が言いかけたところで、


「ちょぉ待っとれ。 忘れもん」


 尋巳が慌ただしく家の中に入っていった。

 財布でも忘れたのだろうか。

 廊下に消える背中を見送っていると、嶋が「桧原さん、先に乗ってていいよ」と、助手席のドアを開けてくれた。


「ありがとうございます」


 自分がここに乗るということは、後ろは男三人。

 相当狭くなるだろうなぁと後部座席を覗き込んでから、ふと顔を上げて嶋を見た。



「先生、いいですか?」


「ん? なに?」


「先生が調べてるんて、プランクトンですよね」



 学校で噂になっている、嶋が心中を決めた愛しの相手。



「? 大きく言えばね。 可愛いよー、海の妖精だ」


「連絡って、なんやったんですか?」



 遠くを見つめてうっとりとした顔をする嶋に、直は重ねて問いかける。

 単純な興味だが、この男の行っている独自研究とは、一体どんなものなのだろう。



「連絡の内容? 今日入港する大型貨物があるって教えてもらってね。 その『バラスト』のことでちょっと……」



 南太平洋からの便らしくてね。

 嬉しそうな顔に、直ははてと首を傾げる。


「『バラスト』、って、何ですか?」


 まったく耳慣れない単語だ。

 船の部品か何かだろうかと見当をつけていると、嶋が掻い摘んで教えてくれた。




「正確には、『バラスト水』なんだけどね。 桧原さんはまだ、物理始まってないよね? 簡単に話すと、バラスト水っていうのは、船が航行中に船体を安定させるための重しなんだ。 昔は石とかで加重していたんだけど、積み下ろしの手間もあるから、今は海水を吸入排水してる」



「それがプランクトンと何の関係があるんですか?」



「プランクトンだけじゃないんだよ。 船は南洋から来てる。 つまりバラストも南洋の海水を積んでるわけ」



 バラストを調査すれば、現地に赴かず、容易に地球の反対側の生態に触れられる。

 長い航海の間に水が腐り、死滅してしまう生物もいるが、生き残る生き物もいる。

 それを観察するため、船舶関係者の知り合いに貨物船のバラストを見せてもらう約束をしていたのだという。





「けど、問題もあってね」


 本来『バラスト』は目的地についてしまうと次の荷物を積み込む前に排水してしまう。

 その時、元々そこにはいない生物を放流してしまうことになり、悪くすると外来種が異常繁殖して生態系に影響を及ぼすのだという。

 最近は『バラスト』の浄水システムを船に整備するよう定めた条約もあるらしいが、まだまだ全ての船に適用されていないのが現状らしい。

 途上の厄介事という訳だ。



「必要なものだから、問題なんだよね。 僕らの勝手で海を乱してる。 それを単純に悪とは言れば簡単だけれど、そうやって鬼の首とったように言う権利がある人間がいるのか、これも疑問だしね」


 直接は関係なくても、恩恵を受けえている人間は多いわけだから。



 直は目を大きくして、話に耳を傾けていた。

 そんな問題があるとは。

 目新しいような気持で、直は「へぇ」と相槌を打つ。


 外来種の問題などは、テレビの放送などで聞きかじったことがある。

 だが、そんな形で生物が移動することがあるとは、直も知らなかった。

 我が校の変人と名高いこの教師も、案外真面目な研究をしているのかと見直した気分だ。




「海自体は誰のものでもないよ。 だから、美しく保つ義務なんてものもない。 そこが問題を根深くしている理由でもあるのかな」



 少し寂しそうに嶋は言う。


 当事者意識もなく放り出された問題は、知らず濃く深くなっていく。

 いつか因果が返るとしても、転がりだした事態は容易には止められない。

 人の営みを、社会の繋がりの外から糾弾している気になるのは傲慢だ。

 そうしたいと望むなら、小さくても行動するところから始めなければ。


「中々難しいけどね」


 肩を(すく)めて笑う嶋を、直はじっと見上げていた。



 するとそこへ「おー、待たせた。 あったわ」と、靴をつっかけながら尋巳が玄関から出てきた。

 その手には、何か細長いものを握っている。



「じゃあ(そろ)ったし、そろそろ乗ろうか」



 嶋に促され、直はこくりと頷き――――「直!」背後から呼ばれ咄嗟(とっさ)に首を回した。



「!」


 視界の中央に何かが迫る。


 ぱしっ


 顔を庇うようにキャッチすると、「一応持っとけ」とすれ違いざま肩を叩かれた。



「じゃあ、出発するよー」



 嶋の呼びかけに、尋巳が戸惑う潮守たちを車に押し込む。

 直は受け取ったモノをもう一度見下ろすと、自分も車に乗り込むのだった。




***




 車で一時間半超の道のりを経て、県中央の郊外に直たちはやって来た。


 行きの道中、車内は初めて車に乗った潮守たちの驚嘆と興奮で飽和していた。

『何なんだ』を繰り返して青ざめる八景と、過ぎ去っていく風景に目を輝かせる浮子星。

 嶋は二人の反応にけらけらと笑い、尋巳は我関せずで車窓から遠くを眺めるだけ。

 直は最初こそ、いつ尋巳の辛抱が切れるかとひやひやしていたが、途中から後ろに意識を向けるのをやめて、シートの深く背を預けることにした。



 一度、中心市内へ入った車はそのまま北上し、辺りはだんだんと住宅もまばらになる。

 田園風景に北部の山並みが混じり始めた頃、探索範囲の中心にある神社の駐車場に車は止まった。

 休日といえど参拝者は少ないらしく、十五台ほどの駐車スペースに先客はいない。



「じゃあ、探索は手分けして行こう。 栗谷君と浮子星は、ここ。 桧原さんと八景君は、こっちの。 僕は南のこの山」



 車のボンネットに広げた地図を指さして、嶋が全員の顔を見回す。

 調査はとりあえず正午まで。

 目的は迎山の碑文と同様な紋様を記したもの。

 正午以前に望み薄だと思い至ったら、そこで調査は切り上げてよし。



「もし見つけたら、すぐに連絡ね」



 さて、じゃあ行こうか。

 水分補給にと嶋からペットボトルを渡され、五人はそれぞれ、担当の山に足を向けるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ