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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
三章
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紋様と調査 二

「足が乱れとる! そやけん次が駄目んなるんじゃ阿呆っ」



 早朝の稽古場。

 静かな朝に、尋巳の容赦ない(げき)が飛ぶ。


 稽古用の面をつけた直は、板床に立膝をついて息を乱していた。

 既に体の数か所を床に打ち付け、鈍痛を(こら)えて息を整える。

 神事の最終日に行う《曲舞》に挑むこと数回。

 何度通しても途中で技に詰まり、最後まで至らない。

 このままでは尋巳との合わせ稽古までたどり着けるはずもなく、直は尋巳と潮守たちに見守られ、自分の練習に打ち込んでいた。



「…………っ」


「技だけに気ぃ取られるな。 新体操ちゃうんじゃ、舞の所作もしっかりやれ! 手先足先(おろそ)かにすんな」



 もう一回!

 従兄(あに)の声に叱咤(しった)され、再び最初の位置につく。

 トントントンと尋巳が鼓を叩いて拍子を刻み、それに合わせてリズムをとる。

 たんっと床を蹴り、一節、二節、構成通りに舞う。


 しかし側転、踏み切りがふらつき、不恰好に着地する。



「軸っ ぶれとるぞ」


「――――わぁかっとる! っ……」



 あーくそっ

 踏鞴(たたら)を踏んで、その場に手をついた。

 連続で動き回ったせいで、体が疲弊していた。

 汗の零をまき散らし、床の上に拳を握る。



「嬢ちゃんはなぁ~ 体はやらかいから、所作に気を配りさえすれば、よい舞手になれるはずなんやけどのぅ」


「問題はそこに至るまでの、技の完成度やな」



 稽古場の壁に背を預け、浮子星と尋巳が直を評している。


 浮子星は舞に関して一家言あるらしく、最初は見守っているだけだったのが、だんだんと直たちの舞の練習に口を挟むようになってきた。

 聞けば竜宮にいた頃の浮子星は、それなりに有名な舞手だったらしい。



 *


『八景も昔は一緒に舞台に立ったりしとったんじゃ~』


『あ、余計なことを言うな! あれはお前が無理やり俺を引っ張り出したんだろうっ』



 懐かしむ浮子星を、赤っぽく変色した八景が吸盤で引っ張る。

 え、踊るの? 蛸踊り?

 と疑問符を飛ばす直に「違うっ」と否定して、八景は渋々のていで教えてくれた。


『――――浮子星の号である久々螺屋は、竜宮京でも一二を争う遊楽街の楽芸座だ。 浮子星はそこで一番の芸貴だ』


『遊楽街…… 芸き? ……え、もしかして男』


 言いかけると、いかんよーと、大きな手に口を(ふさ)がれた。

 うら若い御嬢ちゃんが、人前でそんな単語口にしたらいけん。

 そう言ってひらひらと手を振ると、にかっと浮子星は苦笑した。


『違う違う、色売る方はやっとらん。 そっちは(いろこ)というのよ。 芸貴・芸者は、楽や舞を見せモンとして売る役者のことじゃ。 楽芸座は、ようは見世物小屋商売じゃな』


 自慢じゃぁないが、水緒ノ杜で行われる神事の神楽にも参加したこともある。

 だから二人と一緒だと言う浮子星に、尋巳はそれなら直のアドヴァイスをしてやれと彼を練習に引き込んだのである。




「ま、まぁま、前よりは失敗も少のうなったし、練習あるのみじゃな!」


 進歩を褒めてくれる浮子星の言葉はありがたいが、それが微々たるものだというのは明らかで、直は全く喜べない。

 そうこうしているうちに、時刻は六時半過ぎ。

 朝食に間に合わなくなる頃合いだ。

 尋巳は稽古場の時計を見上げると、ここまでと練習の終了を告げた。



「早よ戻るぞ。 弁当(めし)が待っとる」



 結局今朝は直の指導ばかりで、尋巳は一度も自分の練習に打ち込めていない。

 直の実力が底上げされるまで待つつもりなのだろうが、これでは足を引っ張るばかりだ。

 不甲斐ない。

 直は顔を顰め、額の汗を拭った。

 「早よ来いよ」と、尋巳が戸口で急かす。

 直はぎゅっと力を込めて立ち上がると、八景入りのバケツを待って、尋巳たちの後を追った。

 稽古場を出ると、丁度勝手口が開いて、夏子が顔を出す。



「尋ちゃん終わったー?」


「今な」


「じゃあ今日はもう時間無いし、お弁当は私やるけん、二人は朝ごはん食べてしもうて!」



 母屋に入って手を洗ったが早いか、居間の座卓へ追い立てられる。

 御汁は自分で注いでなーと言い置かれて、直は箸をとった。




 本番まで、あと三週間ちょっと。

 このままのペースでは到底間に合わない。


「(間に合わんじゃない、間に合わさんと……)」


 この神楽の構成は、尋巳に『自分が強請(ねだ)って』決まったものなのだ。

 ここまできてできなかったでは終われない。

 よそった味噌汁に目線を落とし、直がぐっと口を引き結んだ。




 すると、廊下の襖が開いて、制服姿の晴真が居間に入って来た。

 いつもならもう朝食を終えているはずの時間なのに、随分珍しい。



「晴、おはよう。 ――――どした?」


 眠気(まなこ)の晴真は、「ん……」と短く言って直の横に座る。


「お早う…… なんでもない」


 覇気のない声で晴真は返事をし、自分の分の朝食に手を付け始める。


「?」


 こう元気がないのも珍しい。

 横目で晴真を見ながら、直は首を傾げる。

 調子でも悪いかと思ったが、それ以上は聞かず、直は自分の食事に専念することにした。





***





 独自研究と学校の雑務で忙しいと言う嶋の代わりに、直たちは調査のための下調べを行うことにした。

 県内の河川の時間経過による流域変化や、昔の人間の一日の移動距離、神猿の伝承が残る寺社仏閣の背景など。

 事前に嶋が書き出してくれていた疑問点を埋めるため、隣町の市立図書館で、色々な本を読み(あさ)った。

 日頃こんなに文字を目にしない直は、一冊読むごとに目を瞬かせる。

 放課後から閉館までがっつり時間を取って、尋巳や夏子とも手分けして調べ回った。

 それでも分からないことを埋めようと思えば、相当な量の本が必要になる。




 帰宅後は夕飯を食べながら集めた資料を出し合って、情報を共有する。

 そうしていると、最初は漠然としていた知識もだんだんと確かな形をおびて、自分の中にたまっていくのが分かりだす。

 知らないことを知るというのが面白いという感覚は、こうゆうものなのだろうかと嶋の前で零すと、


『そうだね、そうか…… 君たちにとって、これはきっと、とても良い経験なんだろうね』


と、目を細めて笑っていた。




 そうして図書館通いも数日すると、最初はしんと静まり返って居心地の悪さを感じていた空間にも、だんだんと慣れてきた。

 むしろ、その静寂がありがたいとさえ思えるようになったほどだ。

 嶋に貰って、とても重宝しているリュックサックを脇に置き、直は手あたり次第に本を読みこむ作業に没頭する。



「(昔は成人男性の足で一日八里から十里…… 三十から四十キロか……)」



 ある本を眺めながら、直は注目した部分に付箋(ふせん)を貼った。

 移動距離の計算に、この本は役に立つかもしれない。

 貸し出してもらう用の場所にその本を詰みあげ、次の本に手を伸ばす。

 そうしていると、いつの間にかリュックから顔を出していた八景が、じっと直の様子を見つめていた。



「――――こんな行為に意味なぞあるのか」



 場所を考慮してか、低く押し殺した声でそう問われ、直ははっと本から顔を上げる。

 八景の方からこんなふうに声をかけてくるのは、初めてのことだ。

 直は一瞬戸惑い、言われた言葉をもう一度反芻(はんすう)した。


 意味、――――意味か。


 直は自分たちに繋がりがある神使のことを知りたくて、こうして僅かなヒントを辿(たど)ろうとしている。

 しかし、知ってどうするのだ、価値などあるのかと言われれば、自己満足でしかないのは確かだ。

 潮守である八景からすれば、尚更無意味なことかもしれない。

 けれど、直はやめるつもりはない。

 直は、じっと睨みつける一本筋の目を見据えて、小さく口を開いた。



「意味があるかどうかはウチにも分からん。 でも辿れる方法(みち)があるんなら、ウチは知りたい」



 それだけのことや。――――アンタは? 



「自分たちの御媛さんを連れて行った相手のこと、知りたいとは思わんの」



 もしかしたら潮守たちにとっても、知る価値のある事かもしれない。

 眠りについたという竜宮の媛に通じる過去を知ることができるかもしてないのだ。

 けれど、ぐっと目元を(しか)めた八景は、ちゃぽんとリュックの中に沈んで顔を見せなくなる。



「陸のことなど、知りたくもないわ」


「……また『陸』か。 アンタもほんっと、強情やなぁ」



 呆れて声を上げるが、八景はそれ以上反応しない。

 しばらく待っても返事は無く、直は再び本を調べる作業に戻ることにした。

 

 夕暮れの館内は、ほんの少し人が多くなる。

 小さなさざめきに包まれながら、静かに時間は過ぎていくのだった。




***




 夕食後の座卓に、県をいくつかに分けた数枚の地図を並べる。

 嶋が市内の地図屋で購入してきてくれたものだ。

 河川や山の等高線など、地理的な特徴だけが薄い黒線で描かれたそれを、全員が囲い見た。

 迎山の位置に嶋がとんとペンを置き、ぐるっと印をする。



「ここが迎山。 この地図は二十万分の一だから、一センチ二キロ」



 約四十時間、仮に人の足で移動できる距離が必要だ。

 直は今日貸し出してもらった本を広げて、付箋を貼った箇所を示す。



「成人男性の足で一日三十から四十キロって。 コレが基準になりませんか」


「てことは、二・五倍して、七十五から百キロ? そんなにあったら、県外まで行けるやない?」


「二日半でそんなに歩けるもん?」



 晴真と夏子が疑問を呈す中、本をさらった嶋は、ふむと(あご)を撫ぜて定規を手に取る。



「参考にはなるかな。 けど、同じ距離なら、もう少しかかる時間は長いと思う。 それは街道を通った場合だからね。 ほら、注釈にもある」



 目的地まではっきりと道を敷いてくれているなら、迷いなくそこを歩けばいい。

 けど、目的もなく歩くなら?

 多少の経路と時間のロスはあるだろう。

 整備されていない道だったら尚更だ。



「あの紋様…… 山へ至るとは書いてあったけど、最初からここを目的地としてやって来たとまでは読み取れない。 もしかしたら、ここに至ったのは偶然かもしれない。 だとすると、旅足に迷いがあってもおかしくない」



 あっちこっちを歩き回ってたどり着いたんなら、直線距離に当てはめるのは妥当じゃない。

 ただ、最大値に設定するのは構わないかもねと言って、嶋は定規のゼロを迎山の位置に置いた。



「とりあえず、真ん中とって三十五キロ範囲で調べてみたらどうや。 あんまり広げ過ぎても手が足らん」



 尋巳がトントンと地図を叩き、嶋がそれに応じてコンパスを回す。



「範囲は円全体じゃなくていい。 基準は川だ。 碑文にある、『中心の川』。 これは多分、県内にある大きい河川三つのうち、その中心――――『朝日川』のことだと思う」



 直たちの住む県には、県を四等分するように、三つの大きな川が流れている。

 朝日川は、その中心の川だ。

 迎山を中心とした円内に、嶋はペンを走らせる。



「最大円で三十五キロ、この川を中心にして両岸の、川が見渡せる山………… この五つだ」



 かつ、寺があるのは、この三つ。

 白地図と合わせて買って来たらしい詳細地図を見比べつつ、嶋が寺の卍マークの位置を写し取る。

 目標は三つ――――ここに次のヒントがある。

 


「早速週末、行ってみよう。 足は僕が車を出すよ」



 嶋の提案に、直たちは目を見合わせた。

 車とは…… そんな甲斐性がこの男にあったのか。

 自分の研究に給料を突っ込みすぎて、教え子に食事をたかるような眼鏡なのに。



「うーん、多分失礼な事思われてるんだろうけど…… まあ、いいや。 どうせ車は借りてくるしね」



 日曜の朝、ここに迎えに来るから。

 手分けして探そうと地図を指で叩く嶋に、その場にいた全員で頷きあうのだった。


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