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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
三章
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神使の足跡 三

 まだ日の高く残る午後。

 放課後、嶋の合流を待って、直たちは迎山神社に集まった。



 徐々に気温が高くなっていく日々に、早鳴きのセミが鳴く。

 降り注ぐ陽射しと、濃い影を落とす雑木林に囲まれた境内。

 その中心にある拝殿の中で、直たち一行は額を突き合わせていた。



「時代表記に来歴、創建に関わった筋の記述…… 当り(さわ)りない事実ばっかで、ひとっちゃ目ぼしい話ないな」



 晴真に頼んで持ち出してもらってきた神社の史料。

 それを読み終えた尋巳が、文書(もんじょ)を軽く叩いて言った。

 代々本家が保管してきた古い紙類は、数年前に当代の知り合いの伝手で調査に来た学者によって、画像保存と現代訳まで終えている。

 今回引っ張り出してきたのはオリジナルでなく、現代語訳した複製と撮影画像だ。

 原本自体相当数ページがあるため、帰宅後すぐ手分けして読み進めてみたが、これといった収穫は得られなかった。



「やっぱり無駄足かぁ……」


「古文書ってゆうても、日記みたいにあったことの羅列ばっかりで、夢のないもんなんやねぇ」



 夏子の言葉に、直も内心、残念な思いを抱く。

 頭では現実的に考えていたつもりだが、心のどこかでは、もっと不思議な何かが記されているんじゃないかと期待していたのだ。

 古文書調査をしている人には怒られそうだが、ここまで面白味のないものとは。


 現実はそこまでファンタジーを許容してくれない。


 それを思い知らされたようで、無駄骨が思いの外(こた)えた。



「碑文みたいなのはないの?」



 史料をじっくり読込みながら食い下がる嶋に、尋巳は「無い」と一言で断じた。


「ウチはこの境内にあるもんが全部や。 でっかい石っころなんぞあるもんか」


 そうやけっぱちに言って、後ろに倒れ込む。

 直は尋巳が投げ出した史料を持ち上げて、もう手詰まり…… と眉を寄せた。

 なんでもいい。

 実在したという神使様の、記録の一欠けらにでも触れられたらと思っていたのに。

 ここで終わりかと、くやしい思いにかられ、史料を握りしめた。


 その時、



 

「ええなぁ」


 背後で上がった声に、直はくるっと振り返った。

 声を上げたのは孝介だ。

 先ほどまで一緒に調べ物をしていたはずなのに、孝介は夏子の勾玉を(かざ)して、しきりに眺めている。

 それを困り顔で見ている夏子に、直はそっと忍び寄る。

 何してんの?

 小さく聞くと、夏子は苦笑して孝介と文都甲を横目で見た。




「ええなぁ…… 僕もこの石欲しかった」


「術に関わる者しか持てないものですからね……」



 どうやら孝介は、自分も勾玉を持ちたいと強請(ねだ)っているらしい。

 美しい未知の物体にご執心というわけだ。

 こっちは一生懸命やっているのに、何をやっているんだか。

 直は脱力し、孝介からひょいと勾玉を取り上げた。



「何してるん。 玩具(おもちゃ)やないんやで、我が(まま)言わんの」


「ああ~~」


 孝介は残念そうな声を上げ、未練たらしく直の手にある勾玉を目で追う。


「夏ちゃんも、簡単に手放したらいかんよ」


 従姉(あね)が優しいのは承知しているが、注意するよう言って勾玉を手渡す。

 ひとつ間違えれば、命に係わる代物なのだ。

 従弟(おとうと)のためとはいえ、手放すのはまずい。


 ごめんね、つい。


 夏子は困り顔を浮かべながら、受けとった石を首にかけ直した。

 直に叱られた孝介は、しゅんと肩を落として俯いている。


「あの、その、」


 それが心苦しかったのか、文都甲はオロオロと二人の間で手を彷徨(さまよ)わせる。

 それからふと何か思いついた表情を浮かべ、懐から藤色の子袋のようなモノを引っ張り出して、孝介に向きなおった。



「あの、この玉は渡せませんが…… これでは代わりになりませんか?」



 そう言って、白魚のような美しい手を孝介の手に重ねる。

 文都甲が手を離すと、そこにはビー玉よりも一回り大きい石が乗せられていた。


 白銀に柔らかく光るその石は、光の加減で虹色にも色づいて見える。

 まるで真珠のような石に、孝介だけでなく直と夏子も、じぃっと見とれた。


 しかし脇にいた浮子星と八景は、現れた珠を目にした途端、ぎょっと目を()いて血相を変える。



「あやつっ…、文都甲! おんし、そりゃぁ……」



 慌てふためく彼らをよそに、孝介は「わあああ、綺麗」と珠を覗き込む。

 それをほっと見つめる文都甲に、直は「あの、これは……?」と(ささや)いた。




「荒渦の玉の、完成した姿です」




 え、これの?

 直は首から下げていた自分の玉を見下ろす。

 これの完成した姿とは、どういうことだろう。

 直が疑問に満ちた目で文都甲を見返すと、文都甲はそっと手を伸ばし、直の勾玉を手に取った。



「この術具、実はまだ、未完成なのです」



 術の媒介として利用されるこの石は、術が安定するまでの不安定な状態では、勾玉という仮初(かりそめ)の姿をとる。

 そして術が最も安定して完成した時に、この白銀の珠へと姿を変えるのだという。


 直たちにかかっている水映しの術は、まだ不安定な段階。 

 だから個人差で離れられる距離が決まっていたり、離れすぎた時に、災いが降りかかる。

 



「ですが、誰にかかったものでも、術はいずれ安定しきてます。 そして安定しきった時、玉はこの半欠けの姿から、真円へと変化する。 そういうモノなのです」


「「「へぇえ」」」




 文都甲の説明に、直たちは感嘆の声を上げる。

 そんなバージョンアップが今後にあるとは。

 またしても不思議な代物だ。

 自分たちが手にしている勾玉(このいし)も美しいと思ったが、完成した姿だという白い珠もまた違った美しさがある。

 そして完成に向け満ちていくとは、まるっきり月の様ではないか。

 直がもっとよく見ようと文都甲の掌を覗き込んだ時、


「!」


 くいくい、と服の裾を背後から引かれた。

 何事かと振り返ると、真正面に引き()った顔つきの浮子星と八景がいて、直に「嬢ちゃんあのな」とぐっと顔を近づけてきた。




「あれは『月の真珠』という。 水映しの術には使えんが、力の媒体として、(みやこ)の術者に重宝される術具だ。 いいか?!」


「荒渦の玉自体、たしかに希少価値の高い代物じゃ。 じゃが、あの『真珠』はそれ以上の値がつく。 竜宮であれば、家一軒建ててもお釣りがくるくらいに」


「ぶっ……!」




 浮子星の言葉に、直は(たま)らず噴き出した。

 竜宮の貨幣価値がどれくらいなのかは知らないが、流石に家一軒と言われて、文字通り目玉が飛び出しそうになる。

 泡を食った直と夏子は、目をキラキラさせている孝介の肩をぐいっと引き寄せた。




「やめよう? 孝介、これはお返ししよう? 今度好きなものなんでも買ってあげるから!!」


「そうよ、孝ちゃん! これは文都甲さんの大ッ事なものだから、今回は遠慮しよう?!」


「私は構いませんよ、どうぞ孝介君に「「いえいえいえ、そうおっしゃらず!!!」」




 何を呑気なことを言っているのだと、夏子と二人、文都甲に詰め寄った。

 後ろで浮子星が「そやつは世間慣れしとらんからのう」とあきれ果てているが、そう言う問題ではない。

 しかし、


「――――返さんと、駄目……?」


 血相変えて止めに来る直たちに気兼ねしてだろうか。

 珠を取ることもできず眉を下げた孝介に、夏子も直も「う、」と詰まる。

 だが、安易にいいとも言えない。

 直が「あんな」と口を開きかけると、すっと白い袖が割って入って来た。




「この石は、他で術が(かな)えば、またできます。 私が持っていても仕方ないですし、どうか孝介君に持たせてあげてください」




 文都甲の麗しい女神のような微笑みに、直と夏子もそれ以上言葉が出ない。


 大切にしてあげて下さいね、この袋も差し上げますから。


 悲しそうにしていた孝介の手を包み込み、文都甲は藤色の袋も握らせる。

 珠を与えた当人の許しに、孝介は嬉しそうに笑って、うんと大きく頷いた。

 満足げに笑った文都甲は、そうだと手を叩いて尋巳に向きなおり、孝介に術をかけてもいいかと、(うかが)いを立てた。



「お前、術は使えんようったんちゃうんか」


「日が経って、極々簡単な術なら使えるようになってきたようです。 今朝方試したときに、わずかながら力を出せました」


「――――危ないもんちゃうやろうな」



 尋巳は疑わしげな目を向けるが、文都甲は決して悪い術ではない、水映しの術よりも数段安易なものだときっぱり言った。




「僕にも術かけてくれるん?」


 きらきらと目を輝かせる孝介に、尋巳もそれ以上口を挟めず、好きにせいと手を振る。

 直と夏子は少しばかり案じる面持ちで、二人を見守った。



 文都甲は孝介が持っている珠に指先を添えると、何事か、音にならない言葉を紡ぐ。



『======』



 文都甲の詠いに誘われるように、珠が青白く発光を始める。

 孝介がその輝きに魅入っていると、珠の下側から青色に(うごめ)く文様が(ほとばし)り、小さな手から腕のほうへと肌の上を滑っていく。

 一層輝きが強くなったかと思うと、りいんと鈴が鳴るような音が響き、パキンッと小さい破裂音。

 その音を最後に光は静まり、珠は元の色よりも少し青みを帯びて、孝介の手に落ち着いた。

 詠い終えた文都甲が手をひっくり返すと、甲の部分に、よく見ないと分からないほど薄い、水色の文様が描かれている。



「これ、なんなん? 何の術がかかったん??」



 超常現象を目の当たりにしたことが嬉しくって仕方がないといた顔で、孝介は文都甲の方へ身を乗り出した。

 文都甲は孝介の問いかけには答えず小さく笑うと、「今日はもう遅いですから明日海へ参りましょう、それまでは秘密です」と指を唇に添えた。





 そんな二人の横で、文書を手にしたままの晴真が、ぼんやりと孝介の持っている珠に魅入っている。



「――――晴真君も、欲しかったですか?」


 晴真の様子に気が付いた文都甲が、その顔を覗き込む。

 すると晴真はびくりと飛び上がってふるふると首を振った。


「俺は、大丈夫。 気にせんくて、いいですから」


 ぼそぼそと答える頬が赤く染まっているような気がするのは、気のせいだろうか。


「晴、なんか顔……」


「へあ?!」


 直が頬を指さすと、飛び上がって変な声を上げる。


「なんなな、なになになに、何もないよ?!!」


 まだ何も言ってないよ。

 挙動不審な晴真に、直はそれ以上つっこむのはやめる。

 なんだか地雷を踏みそうだ。

 背後では八景と浮子星が疑問符を飛ばしている文都甲に、「お前はまた……」「ほんに罪の男よなぁ」と肩を叩いている。

 確かに性別不肖の麗しい顔をしているが、こんな幼気(いたいけ)な子を惑わすなんて。


 まことに罪な亀である。




「ホンマに何でもないから!」


 未だ赤い顔で否定する晴真。

 それを直がはいはいと(なだ)めようとすると、じゃなくって、と逆に手を取られた。





「あんな!」


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