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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
二章
23/73

『ラボ』の主 三

「こんばんは」


「こ、こんばんは……」




 夕時。

 門灯が照らす玄関先に立っていた嶋を、直はポカンとした顔で見上げた。

 勢い、玄関と嶋の顔を交互に見る。

 確かにここは、直の祖父母宅。

 そこへ突然現れた生物教師の姿に、訳が分からず混乱した。



「桧原さん、だよね、一年の。 栗谷君の妹の」


「いえ、妹じゃなくて、従妹(いとこ)です」



 戸惑いつつ、誤りだけはしっかりと訂正する。

 そっか、そうだね、苗字違うしね、と男は相槌を打ち、



「嶋です。 さっき学校で会ったぶりだね。 宜しく」

 

 

 お土産です、そう言って頭を下げながら嶋は何かが入ったビニール袋を差し出してきた。

 おずおずと受け取った直は、つられて頭を下げる。



「あ、はい、どうもご丁寧に――――いやいやいや、えっ!? なんで? 何で、先生、祖父母の家(ここ)()んの?」


「俺が呼んだから」



 突然の訪問に驚く直の背後から、尋巳が腹をかきながら現れる。


「こんばんは、栗谷君。 お招きありがとう」


「おう、何か土産持ってきたか?」


「生憎、(ろく)なものがなくって。 色々悩んだんだけど、昨日学校の裏山で採った(きのこ)を持って来たよ」


「――――おい、色が変なんは拾てくるな言うたろぉが。 俺等殺す気か、ガチで碌なもんじゃねぇな」


「今のところ、それが僕の示せる精一杯の好意だよ」


「好意っつーか、殺意寄りじゃろ」




 見かけ、(なご)やかに物騒な会話をする尋巳と嶋。

 その横で袋を広げていた直は、会話の隙をついて尋巳の腕を取った。



「ちょっと、尋兄っ なんで嶋先生呼んでるんよ? どういうつもり?」


 昼休みの現場を押さえた時は、嶋に浮子星たちの存在を口外しないという約束を迫って別れたが、早々に再会することとなるとは。

 今は文都甲も人型で居間にいるのに、タイミングが悪すぎる。

 焦った直は従兄(あに)の腕を揺すぶるが、当の尋巳は大して気にした風もなく耳をほじくりやがった。



「言うたやろ、アイツ金欠やって。 飯食わすんや、飯」


「いや、昼だけじゃなかったん?!」



 弁当とたまの夕飯で手を打ったけんな。

 そう言ってピースする尋巳に、直は頭を抱える。


「いやぁ、お世話になります。 ごめんね、桧原さん、お騒がせして」


 従兄妹(きょうだい)悶着(もんちゃく)などどこ吹く風で、嶋はのんびりと()びを入れる。

 そういわれると対応に困ってしまい、直は「いや、先生を非難しょうるわけでは……」と体の前で両手を振った。

 その隙に(きびす)を返した尋巳は、嶋に上がるよう合図して居間に下がってしまう。

 置いて行かれた直はその場でオロオロと、廊下の先と嶋を交互に見て立ち尽くした。

 そんな直に、靴を脱いで玄関を上がった嶋はにっこりと微笑みかける。



「大丈夫だよ、桧原さん。 栗谷君とは、話がついてるから」


 え?

 咄嗟(とっさ)に顔を上げた直の脇をするりと抜けて、嶋は居間へと進んでゆく。

 話って、何が?

 一瞬浮かんだ疑問を振りはらい、直は急いで二人の後を追う。

 先に鴨居の下に立っていた嶋の脇から居間を(のぞ)くと、まだ皿の並んでいない座卓に、孝介と晴真、人型の文都甲と浮子星が座っていた。

 晴真と孝介は初めて見る相手に、ぱちくりと目を丸めている。


 嶋に目配せすると、尋巳は「こいつ等」と、座卓を囲む潮守の二人と、浮子星の足の上に丸まる八景を(あご)でしゃくってみせた。


 見慣れない人物の登場に文都甲がおどおどと尋巳の顔を窺い、嶋は「へぇ」と顎を撫でる。



「あの… どなた様でしょうか?」


「俺の舎弟」



 尋巳が抜け抜けと言い放つのを、嶋は「怖いものなしだね、栗谷君」と苦笑する。


「怒ってええんですよ先生」


 突っ込む直は、自分と尋兄の高校の教師だと文都甲に説明した。

 すると、嶋を見上げた文都甲が「高校? とは……」と首を傾げてくる。


「俺らぐらいの年の奴らが勉強するとこや。 俺と直は同じとこ通っとる」


「勉強、ということは、竜宮で言うところの修院のようなものでしょうか」


 そう言って唇に手を当てる文都甲に、孝介が竜宮城にも学校があるのかと聞き返す。


「ええ、宮仕えになる者は皆、一定の学業を修めねばなりませんので。 この方は、お二人の師、ということで良いのですよね?」


「え、ああ、そうですね」


 見知らぬ人物の正体に腑に落ちたらしい文都甲が落ち着きを取り戻したところで、嶋が初めましてと自己紹介を始めた。



「栗谷君からお話は聞いています。 僕は(しま) 理仁(みちひと)と言います。 栗谷君と桧原さんの高校で教師をしています」



「修院の爺連中に比べたら、わっかい先生じゃろう?」


 浮子星が文都甲に向かって笑いかけると、嶋は「今年で27です」と座りながら付け足した。

 直は夕飯の支度をしている夏子に人数が増えたことを伝えるが、既に尋巳に聞いていたらしく、大丈夫という答えが返って来た。

 どこまでも直以外には用意のいい従兄(あに)である。


 半眼になった直が、夏子の手伝いをしようと台所に入りかけた時、




「――――何故、無関係の陸者がここにいる」


 険のある問いかけが背後から上がる。

 振り返ると、静まり返った座卓の一角で、八景が嶋を睨んでいた。

 睨まれている嶋は、おっとりと笑ったままだ。



「俺が飯で釣った。 学校でお前等を隠し通すんに、協力者が居ったほうがええやろ」



 ドカッと席につきながら尋巳が言うと、浮子星と嶋がそろって「「えー」」と間延びした声を上げる。



「違うぞ、理仁の部屋の前でワシ等が(しゃべ)っりょるんを見られただけじゃ」


「完全に栗谷君の不手際だったよねぇ」



 既に名で呼び合うほどの仲になっているらしい浮子星と嶋が互いに目配せし合う。(八景はそれを気に入らない様子でちらりと見た)

 やり玉に挙げられて尋巳はワザとらしく咳払いすると、


「爺はあんまり頼りんならんからな。 成人しとる人間が協力者に居ったら色々便利やろ」


と、弁明する。




「(ザルやん、ずぶずぶやん)」


 聞く限り、完全に尋巳の過失である。

 尋巳の脇の甘さに呆れた視線を流しながら、直は孝介の横に腰を下ろすことにした。

 夏子には悪いが、話の行く先が気にかかる。

 人の話を聞かない従兄(あに)が、突飛なことを言いださないとも限らないし、誰かが見張っている必要があるだろうと思い改めたのだ。


 するとタイミングを見計らったように、嶋が身を乗り出して口を開いた。



潮守(みなさん)のことは、栗谷君と浮子星に全て聞いています。 貴方方がご自分の存在を秘密にしておきたいというなら、僕もできる範囲でそれに協力するのに(やぶさ)かではありません」


 そしてもちろん、と続ける。


「肝の話も聞いています」




 肝という単語を聞き、(にわ)かに場の空気が緊張する。

 潮守たちははたと口を(つぐ)み、孝介と晴真は困惑した様子で直を見上げた。

 そんな中でも笑みを絶やさず、嶋は言い継ぐ。


「責めるつもりがあるわけではありません。 今は友好的でいらっしゃるという話もちゃんと(うかが)っております」


 だからこれは自分の興味関心だと、嶋は目を細める。


「教えてほしいんです。 勿論、秘密は守ります。 栗谷君とも、話はついています」


 嶋は潮守たちを順繰りに見て言った。




「この子たちの神社いたという神使との『約束』とはなんなのですか? そして、肝を取りに来たという詳しい経緯、それを教えてくれませんか」





 八景が言っていた、直の先祖たちが忘れてしまったという神使様の『約束』。

 それに至るまでの潮守の歴史。

 詳しく聞くことをしなかった話を、今ここで尋巳と嶋は問いただすつもりらしい。

 直自身、聞くことが出来るなら、是非とも知っておきたい話である。

 けれど、潮守たちがそれを望まないなら……

 

 彼らはどう返答するか。

 それを見極めようと、身構えて答えを待った。

 

 沈黙が続く。

 

 すると浮子星が息を吐いて足を崩し、



「話すことが、ワシ等への信頼になり得るかの」


と、嶋に返した。


「僕等はそう受け取ります。 僕等への信頼については、これまでのこの子たちの頑張りと、これからの頑張りに免じてくれると嬉しいですねぇ」


 相も変わらず穏やかな笑みを崩さない嶋に、浮子星は文都甲と顔を見合わせた。

 そうしてしばらく考えていた後、


「何から話せばええんかのう……」


 難しいという顔つきで首を傾げた浮子星は、ゆっくりと話し始めた。




「ワシ等には、神子(みこ)さんが居る。 海神命(わだつみのみこと)御子(みこ)様よ」




 そう言いつつ、尋巳に向かって、最初の話を覚えておるか? と、問いかけた。


「尋、お前は神子さまのことを“乙姫”さまとゆうたな。 ――――あれは誤りじゃ。 今竜宮京に居られるのは、弟神子(おとみこ)君ではない、“兄神子(えみこ)君”様よ」


 浮子星の指摘に、直たちは首を捻った。

 “乙”ではなく、“兄”神子?

 そこで浮子星の言葉を引き継いで、文都甲が語り始めた。



「言い伝えによれば事の起こりは神代の御世、兄神子君と陸の若君との婚儀にまで(さかのぼ)ります」


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