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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
二章
19/73

夏の始まり 五


 突然玄関先に現れた二人は、呆気にとられる三人の脇をするりと通り抜けて、居間へ上がり込んできた。


 確かに後で来るとは言っていた。

 しかし、着替えに、寝巻に、学生用品。

 昼間の自分の荷物と既視感のあるそれらに、二人がここで一緒に寝起きするつもりなのだとすぐに分かった三人は、一様に戸惑った。



「その恰好(かっこう)、アンタ等一緒に泊まる気? 伯父さんや母さんに、おーけー貰ってるん?」



 来年中学とはいえ、まだ小学生の二人だ。

 高校生の自分たちと違って、親連中の許可が簡単に下りるとは考えにくい。

 直が心配げに問いかけると、荷物を端に()けながら晴真が自慢げに顎を上げる。



「父さん等なら、大丈夫。 夏ちゃんと直姉が居るんやったら、来ても安心ってゆうてたから」


「おい、何で二人だけなんや」



 釈然としない。

 そんな顔つきで尋巳が晴真を締め上げるところから、(『お前じゃ物の数にならんやろがっ は・な・せ、ボケェ!』『そんな口叩くんはどの口じゃあ、おらぁ』)例のごとく二人の言い合いが始まる脇で、直は笑っている孝介ににじり寄った。


「ホンマにええの? 家に居るほうが楽かもしれんで? そんに楽しいわけでもないし……」


子供(ぼくら)ばっかりで、楽しくないわけないやん。 それに、僕も浮子星さん等と一緒に居りたいもん。 こんな機会、一生ないかもしれんのやし」


 それが本音か。


 弟の言葉に、腑に落ちた直は口を(つぐ)む。

 どうも年少組の二人は、先日から潮守たちに対しての警戒心が薄い。

 むしろ好奇心満載で近寄りたがっている向きすらある。

 コレが良い傾向か、悪い傾向か判断するのは、いざ人懐っこい浮子星や礼儀正しい文都甲を前にすると、難しい話なのだが。

 早速人型になっている浮子星に(まと)わりつく弟たちを眺めて、尋巳に目配せする。

 晴真を離して座り込んだ従兄(あに)のひょいと眉を上下させる動作からは、『好きにさせたらええが』という意見が読み取れた。

 まぁ、困るわけでもなし、他の二人がいいなら構わないかと息を吐く。

 夏子は二人に混ざって、浮子星の説明する竜宮の話にニコニコと聞き入ってしまているし。

 六人で転がり込んで随分大所帯での泊まり込みだと思っていたが、また急に賑やかになったなと、直は頬をかいて目の前の光景を眺めた。




***




 夕飯前の廊下。

 居間を(ふすま)のすき間から覗き、直たちは身を寄せ合っていた。

 それというのも、事は尋巳の提言に端を発していた。


「あいつ等のこと、(じじい)に言うとくぞ」


 そろそろ外出していた祖父が帰ってくるという頃合いに、尋巳はそう言いだした。


「ホンマに言うん?」


 極力潮守たちのことは秘密にしておいた方がいいというスタンスの直は、顔を(しか)めながら聞き返す。

 夢幻(ゆめまぼろし)ではないにしても、彼らという奇天烈な存在を祖父が受け入れてくれるのか、疑念があったからだ。

 

 祖父の尋ノ介(じんのすけ)は尋巳の母、直の父の親である。

 無骨と言えば聞こえは良いが、親類の内でもとりわけ無口な人物で、朝から夜まで漁師の仕事をしに家を留守にしていたり、(たま)に家にいても、むっつり黙り込んで一人過ごすことの多い人だ。

 直も遊んでもらった記憶はあれど、その掴めない人柄に、潮守たちの事を大っぴらにするのはどうなのかと二の足を踏んでしまう。

 しかし、だからこそ先に知らせておく必要があるだろうと尋巳は言う。


「爺にゆうてこいつらの事黙っとってもらう言質さえとれば、この家ん中では、こいつら自由にさせれる。 俺等の負担も少ななるしな」


 一々祖父に隠れて潮守たちの痕跡を隠したり、小さくしたりするのは厄介極まりない。

 それなら最初から、共犯になってもらう方が面倒がなくていいだろう、というわけだ。



「このまんま一か月も同じ屋根の下で隠し通すんは無理がある。 やったら最初っから訳話して、口裏合わせてもろたほうがええ」


「でも爺ちゃん、びっくりして腰抜かさんかなぁ?」


「そんな心配せんでも平気や」



 何故か自信満々に言い切る尋巳に首を傾げつつも、結局直は了承して後を任せることにした。

 五時過ぎに戻った祖父は、仕事着を脱いだ肌着のまま、晩酌を傾けている。

 そこへ夏子が、持ってきた通しを座卓に置く。

 尋巳は、妹が下がるタイミングを見計らって立ち上がった。

 手の中にゆるく掴んだ浮子星と頷きあってから襖を開け、尋ノ介とは差し向いにドカッと腰を下ろす。




「なぁ、爺。 折り入って、話があるんやが」




 早速そう切り出した孫に、尋ノ介は口にコップをやったまま、(すく)い上げるように視線をやる。



「……小遣(こづか)いか」


「金ちゃうわ、そこまで困窮とらん。 やのぉて、協力してもらいたいことがあるんや」



 「何なら」と問い返す祖父の目の前へ握りこぶしを出してみせた尋巳は、「居候させてもらいたい奴が居るんや。 俺等の他に、三人」と、含みのある笑みを浮かべた。

 (こぶし)を開いて見せ、「コレ、コイツなんやけどな」と、横たわる浮子星を示してみせる。

 尋ノ介はむっつりと押し黙ってその小魚を見下ろすと、その雑魚(ざこ)がどうしたと、コップを傾けた。



「これがただの雑魚やのぉて、まぁ、紹介するわ。 ――――浮子星」



 相方の名を呼びながら勾玉を握った尋巳の目の前で、ポンという音と共に白煙が吹き上がる。

 流石に驚いたのか目を見開く祖父の前で、ゆっくりと煙が揺らぎ薄まってゆく。

 煙が消えると尋巳の横に、手をついた浮子星が(かしこ)まって座っていた。



「お初に目通りいたします。 手前、大洋は遥か底、竜宮京よりまかり越しました。 生業(なりわい)は芸事屋・久々螺屋の浮子星と名を頂く者にございます」


 初めて対面した時も思ったが、流石の名乗り口上である。

 唐突に現れた男の姿に、尋ノ介はコップを持ったまま固まっている。

 尋巳の方は出方を窺うように、じっと黙って祖父の言葉を待っていた。

 すると、尋ノ介はすっと目を細めて孫に視線をやり、尋巳のいたずらっぽく肩を(すく)める仕草から何か事かを読み取ったのか、落ち着いた表情に戻ってコップを置いた。

 三人、ゆうたなと、尋ノ介はじろりと尋巳を睨む。



「宿を借りるゆうんなら、後の二人も顔見させ。 人様の家に置いてもらうんに家主に顔向けもできんのなら、貸してやる(のき)はない」


と言って、腕を組んだ。

 確かに、祖父の言い分も真っ当である。

 二人のやり取りを耳をそばだてて聞いていた直と夏子は、慌てて自分たちの相方を引きつれて居間へ入った。

 そうして同じ様に潮守たちを変化させ、尋巳の脇へ正座する。

 浮子星たちも直たちの後ろに控えて、居住まいを正した。(八景は、浮子星が力づくで座らせた。 『どうして陸者なぞに…!』と小さくぼやいていたが、浮子星にしっかりと頭を下げさせられていた。)




「爺、訳は聞かんでこいつ等のこと、親や親戚連中には他言無用にしといてくれ。 迷惑はかけん、こいつらの面倒は自分等で見る。 一月だけでええ、目ぇつぶっとってくれ」



 尋巳の願いに、祖父はゆっくり目を(つむ)る。

 そうして数秒黙していたかと思うと、一升瓶に手をやって手酌を再開させた。



「……面倒見る言うたからには、責任持て。 それが出来るんなら、好きにせぇ」


「おう、分ぁっとる。 じゃぁ、そういうことで一つ頼むわ」



 意外なほどあっさりと許可を出されたことに、直は面喰った。

 自分たちは、あんなに潮守たちの存在を飲み込むのに戸惑う時間を要したのに、祖父は一瞬で受け入れてしまったらしい。

 酒に戻った尋ノ介を居間に残し、八景たちを小さく戻しながら廊下へ下がった直は、(しば)し唸って閉めた襖を振り返る。



「すごいな、爺ちゃん。 あれ見て、反応あんだけ?」



 もっと驚いてみせたり疑問に思ったり、探りを入れてきたりしてもおかしくないだろうに。

 まるっと許容したあの態度に首を捻らざるをえない。



「爺にしたら魚が人になろうが、『そんだけのこと』や。 (むし)ろ食費光熱費云々の出費が増えることの方が、生活に直結しとる分重要度高いんちゃうか。 さっきも、いの一に三人ゆうん気にしとったろうが」


「ああ、どんだけ食べるか、みたいな?」


「爺は元が金銭にシビアな現実主義やけん、そこに害がないもんには興味示さん。 おかげで、この家ん中ではこいつ等も俺等も、自由に動けるようになった」



 祖父の性格を見抜いていたらしい口振りの尋巳に、だから最初、無駄に自信満々だったのかと思い至る。

 さあ、俺等も飯の準備や。

 台所へ向かう背を見送った直は、それにしても、と立ち尽くす。




「…………(きも)()わっているにもほどがないか」




 独り言だろう。

 バケツに戻した八景が零した言葉に、直はこの時だけは内心大いに同意するのだった。



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