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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
二章
18/73

夏の始まり 四

 

 祖父母宅に一泊した翌日。

 

 直は改めて寝起きするための荷造りをしに、晴真と孝介を連れて自分の家へ戻った。

 適当に最低限、一週間のローテーションが組める服と下着に、制服。

 日用品を数点に、サンダル一足をスポーツバッグに詰め込んで、肩にかける。

 学校で使う教科書やノートといった学習用品は、通学鞄と手()げ袋に分けて入れた。

 手提げは自分、通学鞄のほうは孝介に背負わせる。

 全部準備が整うと、八景のバケツを持った晴真が、大荷物の様を見て呆れ声を上げる。



「それ全部持って行くん? あとから()るときに取りに来たらええのに」


誰かさん(・・・・)連れて一々コソコソ帰って()んとかんとか、面倒なもん。 母さん等ぁにバレても困るし。 悪いんやけど孝介、今度何か要るもんがあったら電話するから、ばあちゃん()まで持ってきてくれん?」


「うん、ええよ。 分かった」


 人一人が生活拠点を移すだけでも、持ち出す荷物は結構な量になる。

 布が大半を占めているとはいえ、それがバック一杯となると結構な重さだ。

 食い込む肩紐を背負い直し、閉めた玄関の鍵をポストに放り込んで、三人は家を後にした。


 直たちの両親は朝から本家の手伝いに出向いており、家には誰もいない。

 おかげでゆっくりと荷造りをすることができたのは助かった。

 まったく面倒なことになった。

 現状を憂い、直は晴真が運んでいるバケツを(にら)む。

 外から見えないよう布をかけたバケツは、相変わらずガシャガシャとうるさい音を立てている。

 だが、中にいるはずの蛸は祖父母の家を出た時から、うんともすんとも声を上げない。

 向こうも、()相手に話すことなどないとでも思っているのだろう。

 一々高慢ちきな態度を取られるほうも不快が(つの)るとはいえ、全く(しゃべ)らないのも感じが悪いとも思うのは、自分勝手な話だろうか。


「日陰歩きぃよ、二人共。 バテたら辛いで」


「うん」

「りょーかい」


 先を行く二人に声をかけつつ、直自身も坂道に落ちる緑陰に身を寄せる。

 もう七月に入る午後の日差しは、ジリジリとしぶとく旋毛(つむじ)を刺激してくる。

 暑さぐらい慣れているとはいえ、油断は禁物だ。

 坂の先の境内を抜けて、祖父母宅を目指そう。

 そのつもりで本家の前を通りがかった時、その玄関先で立ち話をしている親戚の小父(おじ)たちに行き会った。



「よぉ、直ちゃん。 聞いたで、爺ちゃん家に泊まり込むんやって?」



 年嵩の一人が三人に気が付き、手を振って声をかけてきた。

 早速広まっているらしい情報に苦笑して、直は「そうなんですよ」と(うなづ)く。

 流石、親族内の噂は足が速い。

 尋巳の建前もそのまま伝わっているらしく、小父たちは「練習するためなんやろ? えらいなぁ」と感心したように笑い合う。

 まさか、本当は『人外』を(かくま)っているんですとも言えず、直は乾いた笑いで相槌(あいづち)を打った。



「神楽、今年は結構難しいんやろ? 本番は俺等も、楽しみにしとるけんな」



 期待していると背負った鞄越しに背を叩かれ、直は笑いながらも気弱な顔をする。

 現状、一か月後に行う《曲舞》はまだまだ完成には程遠い。

 小父たちの言うように今年は歴代と比べても難しい構成になっているし、練習はをしてはいるが、大分てこずっているのが実情だ。

 そんな状態で期待していると言われても、作りそこなった変な顔が浮かぶばかりである。

 しかし、そんな直の様子を誰一人気に留めたふうもなく、小父たちは神楽の昔話に花を咲かせている。

 前回はどうだった、爺さんの代はこうだった。

 そんな風に談笑しながら、昔話を語ってくれる。

 そうするとそのうち、小父の一人が晴真に向かって、


「晴君も兄さん等ぁ見習って、お父さんの神社の御勤め、よう用手伝ったりぃな」


と豪快に笑いかけた。

 本家の一人息子である晴真は、本家当主、ひいては迎山神社の宮司を引き継ぐ身の上だ。

 親戚が集まれば、やれできた跡継ぎだ、賢い子だと引き合いに出され、こうして必ず声をかけられる。

 これには晴真も慣れたもので、「分かってます」と受けのよい笑みで返事をして、小父たちを喜ばせる。

 そうして一頻り話し終えた小父たちは、用事があるからと(そろ)って本家を後にしていった。

 残された直たち三人は、その姿を突っ立ったまま見送る。

 自由気まま。

 海風のような男たちである。


「期待してるって、お姉ちゃん」


「…………言わんで、気が重いわ」


 弟の揶揄(からか)いに、「げぇ」と舌を出す。

 責任は重大。

 分かっている。

 そんな事、自分でも重々承知なのだ。

 だから追い打ちはくれるなと目を逸らし―――――直は横でじっとしている晴真に気が付いた。


「晴? どした?」


 直の声に応えず、晴真は小父たちの消えた方を見遣ったまま固まっている。

 反応が悪いと直と孝介が首を捻ると、当人はいきなり「何でもないよ」と言って(きびす)を返した。

 そのまま神社を目指して先に行ってしまう。

 八景を持って行ってしまう小さな背に慌てて、直は孝介とともに後を追った。



「どしたんやろ? 晴のやつ」


「さぁ…… お腹でも痛いかな?」



 ぽやぽやとした弟の答えに「そうかぁ?」と疑問を呈する。

 それにしては焦っているわけでもなし。

 何か気に障る事でもあったのだろうかと考えたところで、晴真がくるっと勢いよく振り返った。



「ちゃうから、ホンマ、なんでもないけん」



 ぶっきら棒に言って、神社への階段を上っていく。

 顔を見合わせ合った直と孝介は、ぱちりと(まばた)き。


「何でもないって」


「そうな」


「やっぱ変やね」


「そうな」


 拍子抜けしたような顔を寄せ合って、首を捻る。

 しかし、当人が大丈夫というなら、詮索は野暮だ。

 放っておくしかあるまい。

 晴真に置いて行かれぬよう急いで階段を昇り、その途中で「そーいえば、」と孝介が言った。


「僕等も後で、お婆ちゃん()遊びに行くね」


「え、一回帰ってから?」


「うん」


「『等も』って……晴真も?」


「うん。 家、お祭で人が出入りするやろ? 落ち着かんのやって。 自分も行こうかなぁって」


 確かに、本家はこの時期、人の訪れが多い。

 しかし、子供とはいえ、晴真も本家の人間だ。

 昨日今日は祭初日の挨拶や後始末で忙しかろうに、抜け出して来るつもりなのだろうか。


「晴君、騒がしいん好かんからね」


 そう、機嫌よく、孝介が直を追い越していく。

 足を止めて弟を眺めていた直は一つ首を傾げ、その後を追いかけた。




***




 祖母の家は居間が二間続きで、縁側と台所に通じている。

 荷物はその居間の隅に、適当に置いておくことにした。

 一か月の滞在とはいえ、直は別段ここという定住部屋を決めるつもりはなかったので、一番手近なところにまとめておけばいいと思ったのだ。

 後々必要が出れば、その折移動させればよいだけである。


「冷蔵庫、あんまり入ってなかったわぁ。 買い物行かんと晩御飯できんかも。 ちょっと出てこようかな」


 尋巳と浮子星、直と八景の四人が居間で(たむろ)していると、夕飯の準備に冷蔵庫をのぞいていた夏子が、(ほほ)に手を当てながら戻って来た。

 子亀姿の文都甲が、ワンピースのポケットからひょっこり顔を出している。


「出かけるん? 文都甲さん連れて行かんといかんけど、大丈夫?」


「病院一緒に行って来たけど、ミニサイズやったら鞄に入るし、結構大丈夫よ。 あ、でも、」


 でも?

 唐突に言い淀んだ夏子に首を傾げると、従姉(あね)は少々困った様子で文都甲と顔を見合わせた。


「海水をね? 持って歩かないといけんとなぁって思って」


「「海水?」」


「うん。 私等、今日ずっと病院行き来してたでしょう? なんやけど文都甲さん…… 正午過ぎかなぁ? 急にポロポロ涙流して、止まらんようなってしもうてね」


 多分、乾燥したのがいけなかったのだろう。

 涙は止まらず、目の痛みを訴えた文都甲に乞われるまま、夏子は海に走ったのだという。

 幸い病院は海に近かったため、その時は海水に浸かって事なきを得た。

 だが、陸で過ごす間は乾燥を防ぐために、潮水を持ち歩く必要がありそうだ――――と、夏子は傍にあったバックの中から、水の入ったペットボトルを取り出してみせた。


「海水なぁ。 ――――そういや浮子星、お前、何度か海水飲みに浜まで行ったよな?」


 尋巳は午前の騒動のあいだ家で待機しており、浮子星は昨日から人型で過ごしている。

 しかしその間、浮子星は何度となく海へ海水を呑みに行きたがったらしく、付きあって尋巳も浜と家を往復したという。


「いやぁ、どうにもすぐ口の中の水気が()うなってしてしもうてなぁ。 こんな感覚は初めてのことじゃ」


 頭を掻く浮子星に、直たち三人は文都甲を見る。

 術がある以上、陸で過ごすのには支障がないはずではなかったのか?

 尋巳が問いかけると、


「申しました通り古い術ですから、私たちも今、自分の身に起こっていることをはっきりと自覚できておりません。 場当たり的ですが、随時経過を見て対処するしかないかと……」


と、首を振られた。

 頼りない話だが文都甲の言う通り、状況に応じて対応するしかないらしい。

 今回の事は、『水の中に居いなくても息はできるが、乾燥には弱い』という制約の表れと考えればいいのだろう。

 なるほどと腑に落ちた時、




「そういやお前、蛸は水なしで居っても平気なんか?」




 バケツを指した尋巳に聞かれ、直はきょとんと目を(しばたた)かせた。

 はて? と目線を上にやる。

 そう言えば昨日からずっと、バケツの蛸は最低限以外沈黙を守ったままだ。

 それに昨日の朝大量に畳にぶちまけてから、海水は少量しかバケツに残っていないはずである。

 食事もまともに取りたがらず、布を退けるのも嫌がったため、様子をちゃんと確認してもいない。


 ――――しかも今朝からこっち、八景は妙に大人しい。




 全員がバケツをばっと振り返った。


「八景……?」


 かけていた布に直が手をかけると、浮子星が脇から声をかける。

 が、バケツの底で丸くなった蛸は返事一つ、身動(みじろ)ぎ一つしない。

 ヘソを曲げているにしても様子がおかしい。

 返事がないので仕方なく、直が手を伸ばすと――――





 ぐにゃりと体をひっくり返された八景は、目を回して気絶していた。





「ちょ、え? えええ?! 嘘やろ?」


「八景?! おい、八景!」


「み、水です、水を早く!」


「直ちゃん、外外! 海海海っ」




 夏子が大慌てで叫び、直は泡を食ってバケツを覗き込む。

 水気不足でまいってしまったのか、八景はぐったりして腕を投げ出し、唸り声をあげていた。


 息はある!


 全員に()き立てられ、直はバケツを引っ掴んで表の浜まで全力で駆けた。

 浜を横切り、靴のまま海に飛び込む。

 大慌てでバケツをひっくり返し、海に落ちた八景を拾い上げた。


 すると、乾燥し、引き攣れていた八景が段々と柔らかさを取り戻し、固まっていた腕が解けて、水に揺蕩(たゆた)った。


 唸り声も上げなくなり、心なしか表情も和らいだように見える。


「あ、あああ……」


 安堵に腰が抜けて、直はばしゃりと海辺へ座り込む。

 何とか危機は脱したらしい。

 焦った。

 空を見上げ、息を吐く。

 手の中の八景を引き寄せると、頭上を笑っているかのように鳶が鳴いて飛んで行った。




***




「八景ぇ、意地張るんはええけども、苦しいときはちゃんと言わんと……」


「余計な世話だ」


 ギリギリ一命を取り留めた八景を、兄貴分だという浮子星がバケツの上からやんわり(たしな)める。

 その横で直たちは、小さい文都甲を囲って額をつき合わせていた。



「今回はギリ、セーフやったにしても、海水の携帯はこいつらにとって死活問題じゃ。 今後は各自、こいつらが干からびんように気ぃつけて過ごすこと。 ええな?」



 尋巳がペットボトルの海水を掲げ、直と夏子が大きく首を縦に振る。

 人型になれば喉が渇き、小型化すれば、乾燥に気を配らねばならない。

 潮守の結構繊細な生態が判明し、相方である直たちは改めて対応を考え直すことになった。

 といっても当面、陸で行動する間は海水をペットボトルに入れて常備する、という安直な案で落ち着いたに過ぎないのだが。


「でも、この時期やしなぁ。 海水って、一日中持ち歩いて、腐ったりせんやろうか?」


 栄養素と雑菌の含まれる水分である。

 これから暑くなる季節に、衛生面で心配だと夏子が手を上げた。


「一日くらいなら何とでもなるやろ、多分。 心配なら、少しだけ凍らして持って歩いたらどうや」


 日曜日の今日、翌日の月曜からは学校である。

 今のところ他に案もなく、猶予もない現状では、尋巳の言うように海水を冷やして持ち歩くのが無難だ。

 夏子が用意しておいた空のペットボトルを抱え、じゃあ()んでくるわ、と尋巳が腰を上げた丁度その時。


 玄関先からインターホンの音が響き渡った。

 

 出かけていた祖父が帰って来たのだろうか。

 それにしては、インターホンを鳴らすなんておかしい。

 心配した母親たちか、祖父の知人か、どちらにしろ八景たちを隠さねばと、急いで勾玉を握る。

 そんな中、夏子がはーいと声をかけながら玄関へ向かい、あれっと驚く声が続いて聞こえてきた。

 尋巳と顔を見合わせ、直は廊下へと首を伸ばす。




「孝ちゃん、晴君! どうしたのその荷物?」



 

 引き戸を開き驚きの声をあげる夏子の向こうには、ランドセルとパンパンに張った手提げ袋を持った姿が二つ。

 意気揚々、胸を反らして立っていた。


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