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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
二章
17/73

夏の始まり 三

「あ、もうこんな時間」




 不意に夏子が口走り、直と尋巳は稽古場の時計を見上げた。

 時刻は午前八時前。

 いつもならもう朝食を終えている時間帯である。



「よっしゃ、話はもうええやろ。 腹も()いたし、ばあちゃん()行って飯食わしてもらおうぜ」


「えっ ちょっと待ってよ!」



 よっこらせと腰を上げる尋巳を、直はあわてて押し止める。

 朝食どころではない、まだ肝心なことを話し合えていないのだ。


「術が解けるまで一か月……やっけ? その間この三人、どうするつもりなん? まさか大っぴらに連れて歩くわけにいかんやろ」


 尋巳のTシャツを握りしめ、直はきょとんとしている浮子星たちを示す。

 離れられないということは、学校にも事情を知らない家族の前にも、彼らを連れ回すということだ。

 普段交流のある多くの他者(ひと)に、彼らの存在を知られるということだ。

 確かに、彼らの存在を隠す理由は、直たちには無い。

 だからといって――――

 ゆっくりと尋巳が視線を上げ、それにつられて、直と夏子も蚊帳(かや)の外にいる三人を見回す。





「……テレビに売ったら、いくら貰えるんじゃろうな」




 ぽつりと零した尋巳の尻を、夏子が黙って(はた)く。



 冗談じゃっての、と叩かれたところを擦りながら、尋巳はうーむと(うな)った。



「隠す理由自体は、こっちにはないが…… どうせバレたらバレたで、七面倒臭いんやろうしなぁ」


 ぽりぽりと蟀谷(こめかみ)をかく兄に、夏子も首を縦に振る。


「そうね。 私も、やっぱり隠しといたほうがええと思うよ。 誰かに知られて大事になるんは、きっと良くない」



 自分も夏子と同じ意見だと、直は尋巳を見る。

 万が一、潮守の存在が余人の知る所となれば、彼等は一体どうなるだろう。


 親身になっているとまでは言わない。


 だが、彼等の存在が(おおやけ)になって、巻き込まれることになるであろう騒動。

 それを思うと、どうにも後ろめたさが(ぬぐ)い切れないのも事実だ。

 きっと彼等という存在は、秘密のままがいい。

 そう思う。


 二人の意見に尋巳は考え込むと、


「お前等がそれでええ()うんなら…… 一応、こいつ等んことは秘密でええやろ。 俺も別に異存ないしな」


と、頷いた。




「あ、でも隠すんやったら、文都甲さん等どうする? 人型のまんまで連れて歩くわけにいかんでしょ。 かといって、ずうっと小さくなっとってもらうんも……」


 窮屈よね。

 夏子が困り顔で(ほほ)に手を当てる。

 確かに、隠すと決めたはいいが、そうすると日常生活に支障が出てくるのは明らかだ。

 学校は休めないし、家でだって家族がいる。

 人の目を気にしなくてもいい場所なんて、限られるだろう。

 畢竟(ひっきょう)、夏子の言うように一か月の間、潮守たちには小さい姿で過ごしてもらうことになりそうだ。(八景についてはそれでもいいかと思うが……)

 きっとお互い、不自由に過ごさなくてはならない。

 隠し通すことの難しさを思い、直は眉をぎゅうっと寄せて難しい顔をした。

 しかし、それを見ていた尋巳の方は特に考え込む様子もなく、呑気に潮守たちを眺めて手を振る。



「まぁ、そこは追々考えるゆうことで。 ええ案も、今んとこ浮かばんしな。 何とかして隠すしかない」


「「えー……」」


 そんな能天気な。

 半眼になる夏子と直に、「他にやり様がないんやけん、どうしょうもないじゃろうが」と尋巳はにべもない。



「まぁ、一つ考えつかん事も無くはないが」



 ええ加減腹が減ったと、考え込む二人を置いて尋巳は立ち上がる。

 そうして自分の勾玉を握り込み、浮子星がポンと音をたてて煙に包まれ――――跡にはぴちぴちと跳ねる小魚が一匹現れる。

 はくはくと口を開閉させる様子に、直が水! と焦ると、尋巳はそれを無視して浮子星を無造作に拾い上げた。


「術の間は、こいつ等も陸で過ごせる()うとったやろ」


 全く不可思議なことだが、魚の姿であっても、浮子星は水なしで平気らしい。

 心配せんでくれと浮子星が魚の口で笑い、直を驚かせる。

 夏子も尋巳に(なら)って文都甲を変化させ、煙と共に海亀の子供のようなものが姿を現した。


「見てん! すっごい可愛いやろう」とはしゃぐ夏子に拾い上げられ、文都甲は小さな頭を下げて照れている。

 それが一層可愛らしくて、直は足元の蛸と見比べた。



「…………なんだ」



 可愛くない、いや、可愛げすらない。

 盛大に肩を落とせば、「なんなんだ!」とバケツの蛸は腕を叩き付けて(わめ)く。


「べっつにぃ…… (はぁ~) 何でもないし」


 暴れるバケツを遠ざけて持ちながら、稽古場を出る夏子と尋巳の後を追う。

 母屋の裏口へと続く砂利道に出ると、先にいた夏子が、そう言えばとポケットから何かを取り出した。


「直ちゃん、コレ、使って。 うちに余っとった分。 多分丁度いいから」


 手渡されたのは、細い白色の革(ひも)だった。

 どう丁度いいのだろうと首を傾げると、夏子が掌を開いて自分の勾玉を見せてくれる。

 碧色に輝くそれには、焦げ茶色の同じような革紐が結び付けられていた。

 なるほど、確かにそのまま持ち歩くよりも、紐を通して首いかけておく方が安全だ。

 ありがとうと受け取って、直は自分の勾玉に結び付ける。

 紐を持って石を目の前に掲げてみれば、空色の石に白色の紐はよく()えて、コントラストが夏の空を思わせた。

 

「尋ちゃん。 尋ちゃんもこれ、付けときなよ」


 そう言って夏子が尋巳にも紐を手渡そうとした時。


 ブロロロ……と音をたてて、紺の軽乗用車が敷地に入り込んできた。

 音に反応して三人がそちらへ向くと、止まった車の運転席のドアが開き、中から尋巳と夏子の母親が顔を出す。


「夏、ちょっと手伝って!」


 首を傾げた夏子が「どうしたの」と問いかけると、慌てた様子の母親は、祖父母の家に向かいながら言った。




「おばあちゃん、何か腰痛が悪化したみたいで動けんのやって。 今から病院で診てもらうから、一緒に付いて来て!」


「「「ええ?」」」



***



 それからが一騒動であった。

 元々腰痛持ちだった祖母は、今朝方掃除をしているときに無理な動きでひどく腰を痛めたらしく、そのまま動けなくなってしまったらしい。

 ただ、幸いにも服のポケットに入れていた携帯電話で尋巳たちの母に連絡をとることができ、先ほどの会話に繋がる。

 動けない祖母を病院に担ぎ込めば、即入院・手術の診断。

 手術の同意書を提出するのに祖父を出かけ先から探し出し、入院準備のために家中を引っ掻き回した後。

 上へ下へのすったもんだを何とか終えて祖母宅で落ち着いたころには、時間は夕刻も近くなっていた。






「三人でおばあちゃん家に泊まり込む?」



 今朝の一件が一段落して祖父母の家に戻って来た栗谷家の母親は、そう素っ頓狂(とんきょう)な声を上げた。

 夏子と直も、不意を突かれてぱちりと(まばた)きする。

 そんな中、母親にまじまじと見つめられている尋巳だけが、とても良い顔でニコニコと笑っていた。



「婆ちゃん、ひと月は入院じゃろ? その間、(じじぃ)の面倒を見とる(もん)が要るやろうし、俺と夏がこっち泊まって、ついでに爺の面倒もみる()うとんや」

 


 結局、祖母はヘルニアと診断され、術後一か月の入院生活を余儀なくされるらしい。

 そうなると入院している間、同居している祖父は自分で家事をしなければならなくなる。

 そこでこの男にしては何とも殊勝なことだが、自分たちが同居して家事を手伝うと言いだしたのだ。

 言葉だけ受け止めれば感心するところだが、生憎、耳の裏からいやな汗が噴き出し始めた直には、素直に聞き流すことができない。


「面倒て、アンタ役立たんやん。 夏一人では大変やわ」


 当人の目の前で役立たずと切って捨てる()()けさは、さすが尋巳の母である。

 しかし、十八年もそんな母と親子をしてきた尋巳も、この程度で声を荒げたりはしない。

 飄々(ひょうひょう)とした顔でワザとらしく口を尖らせると、(から)め手に使う声音でしかしと言い返す。



「どうせ爺が嫌がるぞ。 他所(よそ)移るなんぞ面倒くせぇとか()うて」


「そりゃまぁ、爺ちゃんはここで居るって言うやろうけど、そうもいかんやろ。 爺ちゃん一人で家事全部できるかどうか……」


「一人になったらなったで、あの爺やったらなんとかするって。 オカン、気ぃ回しすぎじゃ」


「じゃあ、別にアンタ等がこっち泊まりこまんでもいい(えん)と違う? 爺ちゃん一人で一か月過ごすにも、私か、夏子か…… アンタが日に何度か様子見に来ればええんやし」



 栗谷母の言う事も最もだ。

 これには尋巳も肩を竦めて応じる。


「そりゃな。 けど、」


 そう言ってちらりと視線を寄こされ、直は嫌な予感がする。


「面倒云々は建前なんや。 ――――ホンマは神楽の練習するんに、こっち泊まり込みたいんや、直も一緒に」

「えっ!?」

「え?」


 栗谷母と同時に、直は驚きの声を上げる。


「そうなん? 直ちゃん」


 即座に問い詰められ、きょどきょどと視線を彷徨(さまよ)わせる。



 そうかって? ――――いいえ、今聞いたばかりです。



「あ、え、えっと…」



 自分の馬鹿正直さが、即座に否定しようと口を開かせる。

 しかし、伯母の肩越しにこちらを見る尋巳に気付いた直は、それを寸で押し止めた。



『合・わ・せ・ろ』



 瞳孔の開いた目は、確かにそう語っている。



「(くっ…… 自由すぎるやろ!!)」



 直は心の中で拳を握る。

 確かに、八景たちを隠す云々の話のとき、案がないことはないと言っていた。

 おそらく尋巳は前述の直の練習を理由に祖父母宅に身を寄せ、二人にだけ事情を話しながらひと月をやり過ごそうとでも考えていたのだろう。

 そこに(こんな言い方は不謹慎だが、)祖母の入院というハプニングが重なって、まさに渡りに船と話を切り出したわけだ。

 祖母も留守にするこの家で三人泊まり込めば、潮守たちを隠し通すのも各自の家よりは容易(たやす)いはず。

 しかし、そうするなら事前に何か一言でもあってもいいのではないかと、直は尋巳の横暴に内心非難の声を上げたくなる。



「でも直ちゃん、別に家から通ってもそんに変わらんやろ?」



 納得いかなげな伯母が覗き込んでくるが、何と返したものか、直はぎこちない薄ら笑いを浮かべて小首を傾げる。


 ええい、自棄(やけ)だ、どうにでもなれ。


 巻き込んだのだから最後までそっちで丸め込んでくれと、尋巳のほうへ視線をやると、


「こいつ、まだ《曲舞》が完成しとらんのや。 本番まで仕上がるかどうか微妙な感じやし、すぐ練習できるとこで居ったほうが神楽に打ち込めるやろ」


 さも、直のためと言いたげな物言いに自然と目線も遠くなる。

 

「そうなん……? それやったら、まぁ」

 

 (めい)をダシにうまく丸め込まれた栗谷母と、その肩越しにほくそ笑む尋巳。

 ほぼ決定の流れに、伯母に隠れて直は夏子と嘆息し合う。


「じゃ、そうゆうことで決まりや!」


 

 さっさと家帰って泊りの用意してこい。

 満面の笑顔で表を指し示す尋巳に抗議する気も起らず、直は「はい……」と小さく頷くのだった。


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