表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
二章
16/73

夏の始まり 二

 鍵のない木製の引き戸を開けて中を(のぞ)き込めば、輪になった尋巳と夏子、潮守たち、四人の姿が目に飛び込んできた。

 その一角から、「遅い」と尋巳の一喝(いっかつ)が飛んでくる。



「早よせえ、話が始められんやろが」


「なんでや、時間通りやろ。 そんに()かさんといてよ」



 板敷の床へ上がると、直は八景の入った金バケツを手に、四人が並ぶ輪へ加わった。

 そこへ(にこ)やかに微笑んだ浮子星が、お早うと声をかけてくる。


「昨晩はどうじゃった? ウチの八景は大人しゅうできとったかいな」


 夜、別れ際に険悪であった二人を気遣ってくれたのだろう。

 昨日から思っていたが、この異形はこちらに好意的で人当たりもいい。

 きっと、生来そういう人(?)柄なのだろう。

 しかし、穏やかな浮子星を前にして、直と八景はちらりと互いを見合う。

 そうして心底嫌そうな顔を作ると、ふんと顔を背けて黙り込んだ。


 人の好さそうな浮子星には申し訳ないが、これが答えである。


「お、おお…… そうでもなかった、か、の?」


 返事もない二人に、流石の浮子星も気まずげに首を傾げる。

 その横で尋巳が呆れ顔で腕を組み、二人を眺めて言った。


「まぁだいがみ()うとんか、お前等。 暇な奴等やな」


「ええんよ、放っといて。 こればっかりは、こっちの問題やから」


 この蛸が今の姿勢を崩さない以上、こっちだって愛想よくしてやることはない。

 これは意地だと眉をしかめる直に、「好きにしたらええけどな」と言い捨てて尋巳は膝を叩いた。



「よし、それじゃあ、本題や。 話、昨日の続きからするぞ」


 注目を集めるように言って、尋巳はポケットから何かを取り出した。

 手の中にあるのは、昨夜の勾玉である。

 石を目の前に持ち上げた尋巳は、あれから亀に聴いた話によると、と前置いて話し始めた。


「こいつ等ホンマは、俺と直の二人――――つまり、ウチの神社の(みこ)役を捕まえるつもりやったんやと。 夏子はどれが巫か分からんゆうことで、巻き込まれた形やな。 子供は二人、それが巫やと見当つけとったらしい」


「なんで、子供は二人て?」


 昨日からの疑問だ。

 迎山には、年頃の子供は五人。

 それが何を間違って、二人なんて勘違いをしたのだろう。

 くるくると頭上に『?』を飛ばす直に、斜向かいの浮子星が身を乗り出してくる。


「それがな~、嬢ちゃん。 山の気がな、言霊をうたっておったのよ。 『ついのわかご』とな」


「山の気? 言霊?」


 浮子星の言葉を復唱すると、青い顔をした文都甲が胸を押さえて話に加わる。

 

山気(さんき)とは、山に息づくモノ、すべての気です。 それ等の思念が形を得、言霊となり、宙を漂います。 ひっ…… 尋巳様のおっしゃったように、陸に長く上がれぬ私たちは、その言霊を頼りに、目的の子供を二人と勘違いしてしまいました。 元々、『荒渦の玉』は三つしか手持ちがなかったので、丁度良いと思っていたのですが……」


 妙にびくつきながら話す文都甲に、直はそっと尋巳に目を遣る。

 飄々(ひょうひょう)とどこかを眺めているが、文都甲の(おび)え様からして、昨晩別れてから何かあったのは間違いない。


「(無理やり締め上げたんやろうなぁ……)」


 従兄(あに)蛮行(ばんこう)を察した直は、憐れみを込めて美しい横顔を見つめた。

 しかし、当の尋巳はどこ吹く風。

 訳知り顔で言葉を継ぐ。


「という、こいつ等の勘違いがあって、俺等三人は術にかけられた訳やが――――この石。 これに縛られる術ゆうんは、ひと月は解けんようになっとるらしい。 つまり俺等は一か月、こいつ等と行動せんといかんゆうんやと」


 すらすらと述べられた説明に、直は「一か月!」と()()る。

 ということは、ひと月もの間、自分はこの蛸と一緒に過ごさなければならないのか。

 八景は我関せずと、バケツの中で丸まっている。

 何が平均なのかは分からないが、随分と手の込んだ術らしい。

 重い空気を(かも)し出す直をよそに、尋巳はさらに続ける。


「それで、術の効力ゆうんをあらかじめ知っといた方がええゆうて、昨日夏とも話してな。 それを今からはっきりさせていく」


 まず、どれくらい石から離れて行動できるかや。

 そう言って尋巳は、直の方にぐいと(てのひら)を突き出した。

 何? と戸惑って見返すと、握っている勾玉を指さして寄こせと示してくる。

 どうするのかと思いおずおずと石を手渡せば、受けとった尋巳は「とりあえず実証に限るわ」と立ち上がり、





 ――――道場の外に向かってダッシュした。




「「あああああ~~~~?!」」




 なにしてくれとんじゃ?!

 八景と二人、突然の尋巳の行動に目を()く。

 しかし次の瞬間にはぐっと喉が詰まる感覚に、別の意味で目を見開いた。

 

 息が出来ない!

 

 突然空気を奪われた二人は、硬直して喉をかく。



「尋、止まれ止まれえっ 限界じゃ。限界!!」


「尋ちゃん、戻ってぇ!」


 

 空気を吸い込めずはくはくと口を開閉する直の横で、浮子星と夏子が慌てて尋巳を呼び止める声。

 すると不意に喉のつっかえが取れて、はあっと肺に空気が入り込んだ。

 そのまま、二人分のせき込む声が続く。



「なんや、十mもないやないか」



 そういって呑気(のんき)に戻ってくる尋巳に、ぜいぜい(あえ)ぐ直と八景は猛然と食って掛かった。



「『なんや』や、ないやろっ いきなり何してくれとんや! 死ぬかと思たわ!!」


「身内の命がかっているのだぞ?! 向こう見ずにも程があるわ貴様っ」


「即死ではなかったやろ」




「「未遂でもええ(いい)わけあるかッ」」




 おお、息ぴったしじゃのうと浮子星が手を叩く。

 詰め寄る二人をへいへいとあしらい、「大体戸口から数歩、ゆうところやな」と尋巳は石を投げてよこした。


「あの様子やと、八景と嬢ちゃんも息が出来んようなるようじゃな。 (ことわり)に弾かれるからか、作用は皆同じか」


 なるほどと浮子星が腕を組み、直はそれにえっと首を捻る。


「皆って、もしかして…… 尋兄等、もう試しとったん?」


「昨日、帰ってすぐな。 夏も同しやった。 全員、ペナルティは息が止まるで共通か。 けど、お前等なんか有効範囲狭いな。 俺等、十m以上は平気やったぞ。 夏の方は、十五mはあったな」



 尋巳の指摘に、直はなに?!と声を上げる。


「ちょっと待って。 ウチ等の距離って、どれくらいやった……?」


 尋巳たちの十mだって、距離的には中々だ。

 それより短いとなると……



「精々、三、四mくらいやないか」


「はあああ!?」



 短い、短すぎる。

 下手をすれば、トイレですら一人で行けない距離だ。

 ばっと浮子星に顔を向けると、違う違う、こっちこっちと、文都甲を示すジャスチャー。

 それに従って麗人を見れば、


「――――八景は、官職ですから…」


 と、訳の分からない釈明を聞かされる。

 もっと詳しくと一層食い入るように見つめると、文都甲は居心地悪そうに間誤(まご)付いて言葉を続けた。



「術というものは、流力(りゅうりき)に左右されるものなのです。 流力とは文字通り、潮守の持つ流れの力。 この力が強いものほど術自体に親和性があり、術を使うことができる。 竜宮京では一般的に、流力の強いものは(なぎ)の務めにつくことが多いです」


「凪?」


「こっちでいう、巫のことやと」


「八景は(まつりごと)を取り仕切る一族、つまり官職の出ですから、術や(まじな)いの(たぐい)にはあまり馴染(なじみ)みがありません。 それが制約の強さにも影響しているのだと思います。 もう少し時間が経てば術の効き幅が広がって、離れられる距離も広がってくると思うのですが……」


「ホントですか?!」



 長い前置きよりも、最後の言葉に反応して直は身を乗り出す。

 このままの面倒な距離感では、今後の生活にも支障が出るのは明白だ。

 できるだけ早く制限が緩くならないものかと文都甲へ言葉を重ねようとするが、尋巳に引き戻され、直は不満顔で元の位置に戻る。


「離れれんゆう制限については、これではっきりしたやろ。 次は、昨日直が八景(そいつ)を蛸にした力についてや」


 バケツの中で丸くなっている八景を(あご)でしゃくり、尋巳は文都甲を振り返って、「こいつが言うには、術の副作用みたいなもんなんやと」と続きを(うなが)す。



「古い書物にあった術のため、私たちも仔細(しさい)までは承知しておらぬのですが…… 水映しの術にかかっている状態でその玉を持っていると、持つ者の意思がある程度、自分自身や対になっている者に働きかけをするようなのです。 お嬢さんは昨夜、八景を見て『蛸になれ』、(あるい)は『害のないものになれ』などと考えませんでしたか?」


 問いかけられ、直は戸惑ってゆっくりと首を縦に振る。

 確かにあの時、自分は八景を見て『無力化したい』と願った。

 返答にやはりと頷いた文都甲は、直が勾玉を握りしめている右手を見遣って続ける。


「その玉はおそらく、触れている者の意思を肉体へと媒介している。 私たちが貴方方を石の力で封じ込めたのもそう。 貴女がそれを握って願ったから、玉を介して通じている八景に、何らかの力が作用したのです」


 これ以上は自分にも解釈は難しい。

 もしかしたらもっと他の副作用があるのかもしれないが、今の時点では把握しきれないと、文都甲は言い結んだ。


「でも、私が力を使えたんは何でですか? 私に流力ゆう力はありません。 文都甲さん等ぁが力を使えるんは納得できるにしても、私が石を使えたんは()に落ちません」



 直が説明の足を取ると、文都甲も難しい顔つきで視線を落とす。



「それは私たちも想定外だったのですが…… おそらく理が混ざり合うことで、我々の持つ流力を、貴方方も使えるようになってしまったのだと思います。 だから貴女が玉を使えたのは、八景の力を借りていることになるのでしょう」


「この蛸は、流力に馴染みがないって()うてましたけど……」


「潮守には皆、大なれ小なれ流力は流れています。 全くないということはありません。 浮子星も、芸事の一座の出身ですが、ちゃんと流力はありますから」


 現に、あとの二人も同じように玉を扱えましたと、文都甲は夏子たちへ目配せする。

 昨夜、距離を測るのと同時に、尋巳たちも相方の姿を変えられるか試したらしい。

 結果としては、どちらも八景と同じように変身できたということだ。


「はぁ…… なんか、ホンマに不思議なもんやなぁ」


 改めて勾玉を掲げ、直は溜息をつく。

 手のひらに収まるちっぽけな石だが、望めば生き物の形を変えられ、命まで自由にできる力を宿しているのだ。

 空恐ろしいとも思うが、その澄んだ輝きは、どこか不思議と目が離せない。


「じゃあ、これの色がそれぞれ違うんは? なんか意味があるんですか?」


 最後に、昨夜から何故か一番気になっていたことを聞いてみると、文都甲も思案気に唇へ指先を重ねて応えた。



「中で混ざり合っている理の発露、といえば分かりますか? 理は一つ一つの生命に宿り、全てが繋がりを持って流れ揺蕩(たゆた)うものですが、生命の持つ魂の灯に触れることで、その色に染まる。 要は、個々の生命の色を帯びるのです。 今この玉の中には、私たちの持つ海の理と、皆様方の持つ陸の理が混ざり合っている。 この色は、私たちの魂の持つ(いろ)が溶け合ったものということですね」


「ほぉ、魂なぁ」


「大仰な話やけど、綺麗な色しとるもんねぇ」


 文都甲の説明に尋巳と夏子が感嘆して、自分たちの勾玉に見入った。

 魂の色。

 二人分の命の色。


 そうか、これが、そうなのだ。


 直も手の中の空を見下ろし、三人(しば)し、それぞれの色を感慨深げに見つめるのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ