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タコと、少女と、生き肝伝説。  作者: 壺天
一章
11/73

潮守 二

「は?」


 唐突な言葉にその意味を捕え損ね、尋巳はポカンと口を開いた。

 後ろに控えている直たちも、同様に首を(かし)げる。

 全員が疑問符を浮かべて停止するのを、浮子星は穏やかな面持ちで見渡し、もう一度ゆっくりと口を開いた。


 

「《(さる)()(ぎも)》。 それを探しに来たんよ、ワシ等は」


「浮子星ッ!!」


「浮子星、貴方……」



 慌てふためいて浮子星の口を押えようとした八景は取り乱し、文都甲は唖然として固まってしまった。

 あっけらかんと答えた男は仲間たちの焦燥もどこ吹く風で、泰然としている。

 おそらく彼らにとってとても重要な秘密を口にしたのだろうが、それを悪びれた様子もない。

 直は、浮子星の言葉を繰り返して言った。



「『生き肝』……? なに、ソレ?」



 《きも》と言えば、何か重要なところのこと。

 そんなイメージだけが先行して、直はすぐにその言葉の意味するものが分からなかった。

 判然とせずに首をかしげると、尋巳が独り言のように(つぶや)く。


「単に『(きも)』言うたら、肝臓やろ。 内臓全部ひっくるめたんも、『きも』言うはずやけどな」


 淡々とした尋巳の言葉に、直はぶわりと冷汗が噴き出した。


「そんっ ……内臓って、なんで、内臓なんか、」


 異形の男たちの狙い。

 それが直たちの内臓だとすれば、浮子星が『悪鬼羅刹の所業』と(なじ)ったことも理解できる。


 内臓を狙われるとはつまり、命を狙われているということだ。


 いよいよ只事(ただごと)ではない。

 身に迫る危機に焦って、直は尋巳を見た。

 しかし、当の尋巳は顔色も変えず、視線を宙に漂わせている。



「何か、そんな昔話あったなぁ…… タイトルそのまんまやなかったか、『猿の生き肝』」

「そんなお話、あったかなぁ?」

「あったよ。 俺も読んでもろたこと、あるし」


 いつの間にか屋根から降りてきていた孝介と晴真が、尋巳の脇から顔を出す。

 曖昧(あいまい)な記憶を探る孝介に、晴真がこくんと首を縦に振った。

 そのまま自分も昔を思い出すように目をつぶってから、晴真は滔々(とうとう)と語り始めた。



*****

 


『昔(はなし):猿の生き肝』



 昔々。

 海の底の竜宮に住んでいる乙姫様が、病に伏せってしまった。

 竜王や乙姫様を慕う竜宮の住人達はそのことに大そう心を痛めて、何とか病を癒す術を求めた。

 とうとう知り得たことには、万病に効く妙薬であるという『猿の生き肝』を姫に取らせれば良いという。

 これで姫を助けられると喜び、猿を乗せてくるのに最適であろうということで海亀が一匹、陸へ(つか)わされた。

 果たして浜辺の松の上で海を眺めていた猿を見つけた海亀は、言葉巧みに猿を誘い出し、竜宮へと連れて帰った。

 姫を助けるためにようやく招き入れた客人である。

 豪華な食事と時を忘れさせる素晴らしい持て成しに夢のようなひと時を過ごしていた猿は、しかし、柱の陰で口の軽い蛸が話しているのを聞いてしまう。


『あのように浮かれて、馬鹿な猿だ。 この後、生き肝を抜かれてしまうとも知らずに。 呑気(のんき)に笑っていられるのも今の内だ』


 これを聞いた猿は仰天して、自分を連れてきた海亀に話しかける。


『亀さん、大変だ、私は陸に忘れ物をしてしまった』


『そんなに慌てて、一体何を忘れてきたんだい?』


『実は、大切な私の肝を松の木に干したまま置き忘れてきてしまったのだ』


 これを聞いて、亀も大慌て。

 猿を連れてきても肝心の肝がなければ本末転倒である。

 早速猿をもう一度背に乗せて、元の浜まで戻って来た。

 するとあっという間に陸に上がった猿は浜の松に登ってしまって、それっきり降りてこなくなってしまった。


『猿さん、肝はありましたか? あったんなら、早く降りてきてください。 竜宮城へ戻りましょう』


『それはできんね。 そもそも肝などというものは、おいそれと取り置いておくことが出来るものではないわ、頓馬(とんま)な海亀め。 竜宮の奴らが話していたのを聴いたぞ、お前たちは俺の肝を手に入れるために俺を海へ招いたのだろう。 よくも(だま)してくれたなッ』


 そういって猿は海亀を憎々しげに(にら)むと、拾っておいた石をなめらかで美しい甲羅めがけて投げつけた。

 憐れな亀は石を避けきれず、傷一つなかった甲羅には石が当たってひび割れが走ってしまったのである。

 結局猿を連れ戻せなかった海亀は竜宮へ戻り、事の経緯を聴いた竜王は怒り狂って、口を滑らした蛸を打ちのめして骨をすっかり砕いてしまった。

 その時に蛸の傍にいた河豚(ふぐ)は砕けた蛸の骨が刺さって体中が刺々しく逆立つようになり、ハリセンボンと呼ばれるようになった。

 こうして海の蛸は骨のない体となり、海亀の甲羅には模様ができ、ハリセンボンは千の針を持つようになったのである。

 めでたし、めでたし。




*****



「いや、めでとぉないやろ、その顛末(てんまつ)


 晴真が話を閉めた途端、尋巳がスパンと指摘する。

 確かに教訓も脈絡もない話だ。

 が、それを自分に言うなとばかり、晴真は眉を(しか)めた。


「昔噺なんて突っ込みどころ多いもんやろ。 そんなこと一々()うな」

 

 話を大人しく聞いていた浮子星は、感心した様子で晴真を見て、


「陸にも、こんな古い話が残っとんじゃなぁ。 こっちじゃぁ、とうに(すた)れとるもんかと思っとった」


と、ゆかしげに言う。


「まさか、こんなお伽噺(とぎばなし)が本当やとか言わんよな?」


 浮子星の物言いを聴き、晴真は訝しげな顔をつくる。

 自分で語ってみても、それが現実に通じると信じるには抵抗があるのだろう。

 そんな晴真の横から孝介が、「でも」と口をはさむ。



「『猿の生き肝』って、昔は「いい薬や」ってよ()使われてたみたいやで。 僕、本で読んだことあるもん。 もともと動物の内臓は薬の材料に利用されるし、猿は肉とか脳味噌とか、食用や薬の材料とかでよく使われてたんやって」


「どっからの知識よ、それ」



 弟の変に幅広い知識に、直は呆れた声を上げる。

 だがその知識が本当なら、肝を薬用にするのも、間違った話ではないのか。

 難しい顔つきで直が(うな)ると、横で尋巳が不審げに首を振る。



「言うても、民間療法みたいなもんやろ。 そこいらの猿捕まえて肝食ってみたところで、滋養が付くとかの効能ならまだしも、病気が治ってたまるか」


 どうせ世迷言(よまいごと)だと言い放ったが、それを、凛とした声が否定した。




「――――確かに、普通の猿なら、病など治せません」


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