食い違う預言者
04
今宵一人、悪魔の日々が終わる者がいた――左京に村人確定を貰った鬼頭だ。
鬼頭はぐっすりと眠りに就いていた。この化物探し最年長である三十歳の彼女には、五つ年上の優しい旦那と、六歳になる食いしん坊の涼太という息子がいた。
鬼頭は夢を見ていた――家族がこの理不尽で残酷な悪魔の日々から自分を救い出してくれる夢であった。
「たすけてー、たすけてー、あなたー、りょーちゃーん、こわいよー、みんなにあいたいよー、ままをたすけてー」
夢の中で鬼頭は村の広場でそう助けを呼んでいた。すると、颯爽と旦那が息子を連れてやってきた。
「おーい、たすけにきたぞー、こんなところはやくぬけだしてみんなでかえるぞー」
「ままー、ぼくままがいなくてさみしかったー、ぼくがままをまもるからもうこわくないよー、いっしょにおうちかえろー」
そう言って二人は鬼頭の手を暖かく握った。
「あなたー、りょうちゃーん、こわっかたよぉー、みんなでおうちにかえろう」
鬼頭達家族は笑いながら、ゆっくりと歩き出した。
「ままー、おなかすいたー」
「んー? りょうちゃんおなかすいたのー? あなた、じゃあなにかたべてかえりましょーよ」
涼太がお腹を空かせていたので、鬼頭は旦那にそう提案した。すると旦那はにっこりと笑いながら言った。
「よっしゃー、れすとらんでどりあでもたべてかえるかー」
「わーい、よっかたわねぇーりょうちゃん」
そう鬼頭が涼太に言うと、涼太は首を横に振った。
「うん? りょうちゃん? どりあはいやなのー? なにがたべたいのー? おしえてー」
鬼頭がそう涼太に訊くと――涼太はニヤリと笑い、涎を垂らし、大声で叫ぶように答えた。
「お前だああああああああああああ!」
指をさし、鬼頭を見つめる涼太の瞳は、瞳孔が開ききり丸々としていた。
夢の内容はこれが全てだ、その夢が終わりを迎えた瞬間、彼女の人生も同時に終わった――。
今宵、化物達に襲撃されたのは、二愛兄弟ではなく――鬼頭であった。
鬼頭は深い眠りについており、化物達が近づいている事にも気づかずに寝ていた。みていた夢が、家族達との幸せな日々の夢ではなく――死をもって悪魔の日々の終わりを告げる悪夢だとも気づかず……。寝ている間に化物達に脳から胸まで一気に喰われ、寝ているうちに自分が殺されてしまったとは、鬼頭は夢にも思っていなかった。
05
恐ろしい夜が明け、朝がきた。今日も村人が皆話し合いの為に広場に集合した。そこには鬼頭の姿はなく、鬼頭が昨夜襲撃を受けたのだと皆が悟った。
完全に広場はお通夜ムードと化していたが――そこに吉報が流れた。
「え~、皆様お待たせ致しました。なんと、本日……化物を見つけました!」
皆の視線を集めたのは右京であった。その吉報に村人達の顔が少し晴れた。そして、右京から化物の名前が発表された。
「化物は――聖河! お前だ!」
右京は聖河を指さし、そう宣言した。聖河は意表をつかれた様な顔をし、右京に向かって何かを言おうとした――その時、左京が二人の間に割って入り、震えながら言葉を発した。
「お……おい……う、右京……これは……どういうことだ」
「ん? 左京? だからこの聖河という男が化物だ! 預言は絶対にあたる! 間違いない! 化物だ。さあ、殺そう!」
そう言い張る右京に左京は恐る恐る言った。
「いや……俺が預言したのも……聖河さんだ――」
「そうか、なら尚更話が早い。聖河を早く殺そう!」
と、言いながら銃をかまえ、銃口を聖河に右京が向けると、左京はその銃をはたき落した。
「やめろ! 聖河さんは――村人だ! 預言でそう出た間違いない。彼は殺させない!」
そう言いながら右京を睨む左京を見て、右京は顔を手で隠しながら不気味に笑った。
「ハッハハハ! なんかおかしな事になっているぞ? 全く……ここはサイコで最高な村だなぁ……ハッハハハ!」
二愛兄弟の預言の喰い違いで起きたこの光景を見ていた渦中の聖河が、村人達に向けて呼びかけた。
「二愛右京! こいつは嘘をついている! なぜだか化物の味方をしてやがる……狂人だ! 俺は化物じゃない! 皆信じてくれ……イカれてやがるぜぇ……二愛右京! 皆! 気をつけてくれ!」
白と黒のレッテルを付けられた聖河は処刑されるわけにはいかないと、大きな声で右京を否定し、弁解をした。
その聖河の批判を聞き、右京の兄弟である左京が、悲しい顔をして右京に問うた。
「右京……お前は何を企んでいるんだ……――お前はいったい誰なんだ?」
村は順調に壊れ、狂い、そして――腐っていった。
06
預言の結果の喰い違いによって聖河が化物なのかの真偽はつかないでいた。この双子の内どちらが本当の預言者なのか、村人達は決め打たなければいけない状況になった。
聖河が白なのか黒なのか、ハッキリすれば右京か左京どちらが裏切り者なのか確定する。正しい方を決め打つ事ができれば化物を炙り出し易くなるが、もし――狂っている方を信じて決め打ってしまえば……確実に村は破滅する。
周りの村人全員が注目する中、右京は不気味な笑いを止めないまま、左京の問いに答えた。
「誰って……ハッハハハ! おいおい、裏切り者の左京……実の兄弟に向かってそんな言い方をするなんて残念だ。僕は右京だ! そしてなにより、お前が村を裏切った事に僕は怒りを覚えるよ、左京! まぁ……いいか。そうだな……俺とお前の真偽は村人達の多数決で決めようじゃないか! じゃあ、早速準備を……」
投票の準備に掛ろうとする右京に対し、左京は大声で待ったを掛けた。
「ちょっと待った! 多数決だけは駄目だ! 今の村の状況を考えろ……あまりにも化物が三匹全員残っている確率が高すぎる! 僕からしたら、お前が昨日村人だといった御神さんすら怪しい状態だ……。多数決になったら、確実に村人である聖河さん以外は今は誰も信用できない。化物達の数の力で必ず僕が負けてしまう!」
村人達は話し合いには敢えて入らず、この場はこの兄弟の選択に委ねる事にした。
「左京……ならお前はどうしたいんだ?」
右京がそう尋ねると、左京は賭けにでた。
「今日は……まだ預言されていない人の中から怪しい人物を僕に指定させてはくれないだろうか? もし、それで皆が明日判る様な成果が僕にでなければ――僕は明日自殺する……。それでお願いできないだろうか! どの道僕がここで化物を見つけなければ……僕もこの村も破滅だ」
その左京の提案に右京は嬉しそうに笑い、大きく手を叩きながら承諾した。
「いやいやいや、サイコで最高だよ、左京! お前最高にサイコな野郎だよ! いいねぇ~、気に入ったよその提案! さぁ、選んで成果とやらを明日見せてくれ! 誰を選ぶんだ? 聖河が化物なのに不幸な事にこのサイコ野郎に処刑される残念な奴は!」
「僕が選ぶのは――」
右京に挑発をされながらも、条件をのんでもらった左京は、ゆっくりと息を吐きながら――化物だと推理した人物を指名した。
「――神田さん、貴方だ。貴方は昨日『霊媒女を守るべきだと言うお前らを化物じゃないかと、疑うぜ……』と、言う発言をした! そんな攻撃的な発言をできたのには理由がある。それは、あなたが多数決なら負けないという根拠があったからだ! 化物はあなたを含め三匹いるから票を合わせればこの程度の発言なら処刑されるほどの票は集まらないと、踏んでいたんだ!」
左京に指定された神田は顔を真っ赤にして慌てて反論とカミングアウトで、左京に喰ってかかった。
「な、何言ってやがる! こいつの言っている事は何の根拠もないデタラメだ! 今日は左京か聖河を処刑すべきだ! そ、それに俺は……実は狩人なんだ! ずっと右京を守って――ぐあああ……う、右京……て……てめぇ……」
反論し、騒ぐ神田を黙らせたのは――右京であった。神田の背後にまわり右京は縄で首を締め上げた。
「これで、今日の話し合いは終わりだ……。なぁ左京……僕はお前が兄弟で良かったと改めて思ったよ……この村に来て良かった。明日が楽しみだ」
右京はそう言いながら、神田を絞め殺すと、スキップをしながら家へ戻っていった。
波乱だらけの話し合いが終わり、神田の処刑をもって今日は解散となった――。
明日は双子の預言者の真偽を決める重要な話し合いだ。だがその前に、今宵も恐怖の時間が、足音を立てやってくる――。
07
真夜中、化物達にグルグルと家の周りを走られて、逃げ場をなくした今宵の襲撃対象は――二愛左京であった。
「ふん、やはり化物達は僕を今宵殺しに来たか、頭の悪い化物達だ……グルグルと人の家の周りを廻りやがって! このままバターになってくれれば最高なのだけどなぁ。さて、冗談はさておき……ここまでは計算通りだけど、僕の賭けの結果はどうなるか……。必ず今宵を生き延びて、明日を迎えてやる!」
家の中で賭けの結果を祈る左京をよそに、化物達が雄叫びを上げ、家の中に襲撃に入ろうとしたまさに、絶体絶命で四面楚歌の状況の中――化物達目掛けて鋭い閃光が走った。
煌びやかに神々しく光輝く矢が、化物達を牽制した。その矢を伝説の弓で放ったのは、狩人――聖河だった。
弓矢で狙う狩人が居る事に気づいた化物達は、特に抗う様な事は何もせず、狩人の顔も確認せずに、ただただ事務的に去っていった。
左京は賭けに勝ったのである――狩人がまだ生存し、自分を救いにくる。そして、化物を確認して、残りの数を知れるという、命を対価に掛けてでも得たい報酬を左京は受けた。
明日の昼の話し合いで皆に十分な成果をみせる事が出来ると、賭けに勝った事に歓喜し、拳を握りしめ、左京は確信した。そして何よりも聖河が狩人だという事が喜ばしい。これで皆に聖河は村人だったと証明できる。右京の裏切りを――証明できる。化物サイドを完全に追い詰めた。
「聖河さん、守りに来てくれてありがとう。おかげで今宵死者はでない」
「ああ、右京の奴は狂っている。化物達からしたらあいつは仲間……もしくはあいつ自身が化物だ! 当然今宵は左京、お前を守るさ……というか、俺は化物探しが始まってから今の今まで実はお前しか守っていない――」
聖河は、これまでの自分の行動を左京に語った。
「左京聞いてくれ、霊媒師の女は俺にはどうしても守れなかったんだ! 俺はあいつが処刑に指定した小百合ちゃんの事が好きだった。代わりに俺が処刑されたいぐらいなぁ……だけど、俺は狩人……この村で一番大切な役職だ。彼女は村人を笑顔にするのが昔から大好きな子だった……。その彼女が村の為に、怖いのを我慢し、何も言わず首を吊ったんだ。だから俺はその意思を継いで村を平和にしないといけないと思ったんだ……」
そして、聖河は夜空を見上げ涙を零しながら続けた。
「だけど……俺は霊媒師の女を守れなかった。小百合ちゃんを殺したあの女を化物達に殺してもらいたかったんだ。だから、預言者のお前を鉄板で守っていた、もう十分だ……俺は明日……俺が村を救う為にしなければならない最後の――役目を果たす。小百合ちゃん今いくよ」
聖河は何か覚悟を決めたように片手を自分の胸にあてると、天に向かってそう言った。
狩人の護衛成功により、今宵死者はでずに終わった。愛する者の魂を継いだ男が、明日――勝負に出る。