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「犬神村の狂人日記」  作者: 中目ばんび
1/5

霊媒師の女の指定

 01



 真夜中になり暗闇に支配された村で、三匹の醜い化物から今宵も誰かが襲撃を受けた。


「クソ! あれは犬なんかじゃない! 化物だぁ……ガッデム! 狩人の野郎……誰を守りにいったんだよぉ……あの双子の預言者かぁ? 畜生……サイコ野郎がっ! 私はまだ死ねないんだよぉ……――ギャアアアア」


そう言いかけた霊媒師の女の脚を三匹の大きな化物が噛み切り、噛み砕き、喰らった。


 夜な夜な霊達との会話を楽しんでいた彼女は、自分には怖いものなんてなにもないと思っていた。だが今、化物達が自分の肉を喰らって立てている咀嚼音と、肉を噛み千切られ、焼ける様な痛みに対し――この上ない恐怖が、彼女の頭の中全体を支配している。

 霊媒師の女を襲っている化物は三匹――その化物は遠くからだと大型犬の様にも見えたが、近くに寄って来るにつれ、不気味でその醜い容姿から禍々しいオーラを感じさせた。目の前に来た頃には、大型犬なんて可愛いものではなく、そいつが化物だと直ぐに判る。体は太っていて大きく、のっぺりとしたアホ顔で、瞳は瞳孔が丸々と開ききっていて、その瞳からは感情というものを一切感じとれない不気味な瞳だ。涎をだらだらと垂らし、その化物三匹は霊媒師の女の両脚をものの数秒で腹の中に入れた。


 部屋の中からこちらに化物が向かってくるのを確認した霊媒師の女は、すぐに家を飛び出して逃げたが、すぐに追いつかれ、現在に至った――引き裂かれた肉から血が大量の飛び散り、周りは赤く染めあがった。



 暴力――もう霊媒師の女にこの圧倒的な暴力から抗う手立てはない。後はもう死を待つだけだった。喰われながら霊媒師の女は中々殺してはくれないのだなぁ……と、思った。両脚を喰われた後、すぐに両腕を喰われダルマにされたが、それからが永い地獄だった。

 顔の皮と耳を化物の鋭い爪で剥がされ、心臓や脳は後回しにされ、内臓をゆっくりと少しずつ喰われた。耳はダルマにされてすぐにもっていかれたので咀嚼音が聞こえなくなったのは楽だったが、目が見えていたので怖くて堪らなかった。顔の皮を剥ぐ化物に目玉を喰われたのは、襲われて十分以上経過してからだった。



 ようやく現実を見なくて済むと、霊媒師の女は恐怖の中、安堵した。だけど、そんなことはなかった……――最後に霊媒師の女の目に映った化物の瞳が脳裏に完全に焼きつき、その映像が鮮明に目などなくとも死ぬまで浮かんできた。それが最後まで怖くて堪らなかった。

 その恐怖の中、霊媒師の女は昼間の話し合いの事を思い出した。こんな目で自分の事を見ていた奴が、自分が仕切る昼間の話し合いに三人いた。一人目は今日この村にきた双子の片割れの二愛右京だ。こいつは……今日村に初めて来たので化物ではないと思われる。二人目は会議中ずっと寡黙でいた村人の聖河だ。こいつは恐らく化物だったのだろう。霊媒師の女は聖河に自分がそんな目で見られる理由が見当もつかないので、そう考えた。三人目は……――。



「私が……指定して殺した小百合さんだ。こいつらに襲われる前……小百合さんの霊と話した。彼女は……村人だった。私達が探していたこいつらとは違った。彼女は私に指定された時、目を丸々とさせ……ただただ絶望していたんだ……。ごめんなさい……ごめ……」と、霊媒師の女は最後に言うと、くり抜かれた目から赤い血を流し、息をひきとった。



 化物達の晩餐はその後も続いた――。





 02





 犬神村――この村には、とある言伝えがあった。五十年に一度村人の中に犬の様な姿をした化物が紛れる。それは決まって二十歳~三十歳までの村人に化けて、平然と暮らしている。化物の数は三匹、そいつらを見つけなければ、村を支える二十歳~三十歳の働き盛りの若者が皆餌食になり、村は破滅する。



 そして、今年がこの言い伝えの年にあたるのであった――二十歳~三十歳の村人、生存者全十一人に助っ人で迎えた二人の預言者を加え、化物は誰かを探す話し合いが行われることになった。


 村の言伝えでは、対象になった年齢の者以外の村人は、化物を全て殺すまで一度全員村を出て、村が平和になったら帰ってくる事と決められていた。

 始まりの合図は、村人の三木という男の無残な死体が発見された事だった。言い伝えでは村人の死体が発見されたら直ぐに化物を探さなくてはならないと、言われており、村人達はすぐさま言伝え通りに準備をした。



 村の言い伝えには外部から化物が誰なのかを預言できる預言者を二名まで呼んでいいということが言い伝えられており、双子の兄弟預言者である――二愛右京と、二愛左京が話し合いに呼ばれた。

 三木の死により、十二人いた村人の年齢対象者は十一人になり、二愛兄弟を加えて十三人で、初日の話し合いが村きっての霊媒師である女の仕切りによって始められた。


「初日に議論する事なんて手掛かりがないので特にないわ、二愛兄弟はちゃんと明日から預言をしてくれるという事でいいのよね?」

と、霊媒師の女が尋ねると、左京がその問いに答えた。



「ええ、僕達は夜に一人の村人しか預言の対象にできませんが、毎日対象者を変えて、すぐに人間に成り済ましている化物を見つけると約束しましょう」


「そう、分かったわ……じゃあ言い伝えにある通り、確定で化物ではないと決まっている霊媒師の私が今日処刑する人物を選ぶわ、そうねぇ……――」



 言い伝えには村人についてこう残されていた――霊媒師は化物ではなく確実に村人である。そして、もうひとつ……村人の誰かは『伝説の弓を持つ狩人』であり、毎夜誰か一人を化物の襲撃から守ることができる。

 この言い伝えの内容は皆で共有している内容であり、誰も霊媒師の女には逆らえず、口出しできなかった。口を出したら化物だと自分が疑われてしまうからだ。



 そして、一人の村人の頭が真っ白になった。



「――小百合さん、あなたを指定するわ。狩人なら名乗りなさい……それ以外なら村の為に諦めて死になさい」

 

 二愛兄弟を除いた村人達全員がこの指定は間違いなく、霊媒師の女が抱く小百合に対しての嫉妬から生まれているものだと瞬時に悟り――鳥肌が立った。


 小百合は村一番の美人であった。小百合は処刑の指定を受けても何も言わず――その表情にはいつも笑っていた村のアイドルの面影はなく……抜け殻の廃になってしまったようで、静かに村の為に首を吊った。



「夜中に会いましょうね、小百合さん……。私は霊媒師、真夜中に霊達と話ができる。だから小百合さんが化物だったのか、村人なのか判るのよ。狩人さんに告ぐわ、私は村の宝よ、守りなさい! お前らが大好きだった小百合さんの死を無駄にしない為にも、必ず今夜私をね!」


 霊媒師の女は小百合の死体を見つめながらそう言った。小百合の死体からはあらゆる汁が穴と言う穴から飛び出ていた。

 処刑が終わり、一日目の話し合いは終了した。解散後、各自一人で夜中を過ごさなければならないという言伝えがあり、それに習って各々が家に戻った。



 その中で一人、解散したにも関わらず話し合いをした広場に残っているものがいた――二愛右京だ。


 右京は今日誰を預言の対象にするか、小百合が吊られている台に腰をかけ考えていた。暫くして、彼は誰を預言の対象にするか結論に至り帰ろうとすると、小百合の死体から彼女の目玉が右京目掛けて飛んできた。右京は地面に転がったその目玉を拾い――ポケットにしまうと、その場を後にした。




   

 03




 朝、皆が話し合いの為に広場に集まると、そこには霊媒師の女の肉片が散らばっていた。



 村人達の殆どは狩人が霊媒師を守ると思っていた。村人達は霊媒師を失い、これ以降誰が処刑されようと、その者が化物だったか否かを判断できる者がいなくなった事にパニックを起こし、声を荒げた。



「な、なんだって! 昨夜化物に殺されたのは……霊媒師だなんて! これから誰がこの話し合いを仕切っていくんだよ!」



「狩人は何をやっているんだ! 昨夜は霊媒師を鉄板で守りに行くべきだろ……これじゃもう化物を処刑できているのか、分からないじゃないか……まさか、三木が狩人だったから、もうこの村には狩人はいないとか言うオチじゃないだろうな!」



「いや、寧ろ……俺は、霊媒女を守るべきだと言うお前らを化物じゃないかと、疑うぜ……。あの霊媒女は俺達のアイドルだった小百合を殺した奴だぞ……本当に人間の心があるならあんな酷い女は守らない」



 言い争い、混乱する村人達は最早疑心暗鬼に陥っていた。村に吹く風がそれを嘲笑うかのようにビュービューと吹いていた。


「ゴッホン! ゴッホン! ――」


 村人達の混乱する口論を咳払いで一掃し、大きな声で皆の注目を集めた男がいた――二愛左京である。


「え~、皆様おはよう。このケースは別に珍しい事だとは僕は思わない。恐らく狩人は単純に化物が襲いそうな霊媒師には守りが入るだろうから、逆に化物達は襲撃しにくいと読んだのだろう。寧ろ僕か右京のどちらかを襲いにくると予想し、守ったのでしょう。霊媒師より、私達兄弟の方が化物からしたら厄介です。なんせ正体がバレてしまうのですからねっ!」

 それを聞いた村人達は、それも一理あるかと、感情的になるのをやめて静まり返った。それを見て左京は続けた。


「狩人が三木さんの場合以外は、今回は狩人は賭けに負けた事になりますが、気を落とさずに今日以降に期待しましょう。もしかしたら小百合さんは化物だったのかもしれませんね。化物は彼女の正体を知らせたくなかったから霊媒師さんを襲いに行った可能性が大きいと思います」

 そう左京が言うと、村人の聖河が手を上げた。


「あ……あの~、それはもう分かったのですが、預言の結果はどうなのですか? 今日から聞けるのですよね? 化物は見つかりましたか?」


 その質問を受けた左京は申し訳なさそうに頭を下げ、髪を掻き毟りながら答えた。


「ごめんなさい……僕が預言の相手に選んだのは鬼頭さんです……。結果をいうと彼女は村人で間違いありません。鬼頭さん以外の中に化物がいます。右京お前の預言は?」


 左京に預言の結果を聞かれた右京は左京同様申し訳そうに頭を下げて、皆に預言の結果を話した。


「僕は御神さんを預言の対象にしました。結果は……村人でした」


 二愛兄弟の期待外れな預言結果に広場が一瞬静まり返ったが、すぐに大きな声を上げた者がいた――。


「おいおい、使えねえ兄弟だな! 結局どちらも化物を見つけてねぇじゃんか! ガッカリだぜ」

 右京に村人確定宣言を貰い、処刑先に選ばれないという安全が確保されている御神が二愛兄弟にヤジを飛ばしたのだった。


 化物を預言で見つけられず、立場をなくした兄弟であったが、霊媒師がいない今、話し合いの進行をする者は二愛兄弟しかいなく、非難を浴びながらも今日処刑する人物を決めるべく多数決を採る事にした。投票箱を用意し、そこに処刑したい人物の名前を書いて村人たちは投票をした。


「では、投票結果が出ましたのでお伝えします――」

 左京が投票箱を皆の前で開票し、結果が発表された。


「今日処刑しますのは、五票を集めました徳永さんです。ここに集まった時に一番初めに騒いだあなたです……。なにか言い残す事はありますか?」


 その結果を聞いた徳永の顔は青ざめていた。そして震えながら徳永はカミングアウトをし始めたのであった。

「実は……お、俺は……か、かりゅ、狩人……そう! 狩人なんだ! だから俺を! 殺すなぁ……――ガハッ!?」


 バンッ! と、一発の銃声が広場に響いた。銃声と同時に――徳永が声を荒げて倒れた。否、脳を打ち抜かれ、弾丸で脳を弾き飛ばされ、死んだ。


「命乞いをしたな……こいつはビンゴかもしれない。あのまま話を聞いていたら本物の狩人が出てきて化物達にバレてしまうかもしれない。言い伝えでは、伝説の弓は自分自身を守れないとのことだ。だから、僕はこいつを殺した。こいつのカミングアウトはどう見てもその場を凌ぐだけの命乞いだった。それに投票結果が民意だ。あいつがもし本物の狩人でも、もう処刑先を変える必要はない、俺達兄弟さえいれば化物を炙り出せる」


 徳永の脳天を貫いたのはそう語る右京だった。右京は徳永のカミングアウトに耳を貸すことなく、躊躇わずに引き金を引いて殺したのであった――右京は銃を懐にしまうと、そのまま家へと戻ってしまった。


 処刑が終わり、今日の話し合いはお開きということになった。右京の判断がクレバーだったか、皆疑問に思っていたが、終わってしまった事はもうやり直せないのが、この化物探しだと皆が理解をしている。あながちあれは右京が言うように命乞いで、徳永は化物で本当にビンゴかもしれないと、皆が前向きに考えるしかない。だって、まだ悪魔の日々は続くのである。良い方に考えて生きなければ心が壊れてしまう。今宵の襲撃先が自分でないことを祈る夜がやってくる。眠りから覚めた時、朝が来ていれば悪魔の日々の――続きは明日もあるのだから。



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