悪役令嬢物語
「お前との婚約を破棄する」
白河 陽介は山名 葵にそう言った。
陽介も葵も親が一流企業の経営者をやっていてその関係で小さい頃から付き合いがある、つまり幼馴染みである。
そして、親同士が決めた許嫁でもあった。
今まで葵も陽介も婚約について不満を言ったことは無く、だからこそ葵は陽介が何故婚約を破棄しようとしているのか理解できなかった。
「え、なんで……なんでそんなことを言うのですか? 私は何か陽介様に婚約を破棄されるようなことをしてしまったのでしょうか?」
「ごめん、葵。実は」
葵が顔を青くしているのを見て陽介が何かを言いかけたとき、一人の少女が話に割り込んできた。
「陽介は私との真実の愛に気付いてしまいました。だから、葵さんとの婚約を破棄して私と結婚するんです。だから、陽介を自由にしてあげて」
「あなたは、確か、津川 神奈さんでしたっけ。はじめまして。あの、よく状況が飲み込めないのですが、取り敢えずこの婚約は親が決めたので私の一存では破棄するかどうかなんて決めることは出来ませんし、する必要が有りません」
葵が少女に説明したその時、葵を罵る者達が現れた。
「おい、はじめましてだと? なに演技してるんだこの悪女が! 貴様のせいでどれだけ神奈が苦しんだと思っている」
「一体なんのこと? 不知火さん」
「惚けないで下さい、姉さんが神奈先輩のことを苛めてたのは分かっているんです。姉さん、貴女のこと見損ないました」
「勇樹、私は津川さんを苛めたりなんか」
「貴女にとって残念なお知らせがあります。我々は貴女が神奈さんを苛めていた証拠を持っているのです」
「……! 私は津川さんを苛めてなんかいないわ。霧ヶ峰さん達は誰かと私を間違えているのではないですか?」
葵に罪を突き付けているのは葵の婚約者である陽介も入っている生徒会のメンバーだった。
そして、そんな状況に酔ったのか野次馬がたくさん集まってきた。
葵は生徒会のメンバーから言われている内容に心当たりがなく、野次馬の多さも重なって混乱が加速していく。
だが、葵は取り敢えず霧ヶ峰の言う証拠とやらを否定しようとした。
「その証拠とは一体なんなのですか?」
「こちらの方々ですよ」
霧ヶ峰はそう言うと、3人の女子をつれてきた。
彼女達は葵を蔑むような目で見ながら証言する。
「私達は、山名さんが先週の金曜日の3時頃に1人で教室にいて津川さんの机に何かをしているのを見ました」
「山名さんが何をしたのか気になったので山名さんが居なくなってから机を見てみたら、そこに津川さんに対する悪口が書かれていたの」
「まさか、山名さんがこんな卑怯なことをするとは思いませんでした。最低です」
「彼女達はこのように言っているのですが、貴女はなにか反論が有りますか?」
少女達の証言についての反論を霧ヶ峰は葵に求めた。
勿論、葵はした覚えのない罪を着せられたくは無いので反論する。
「確かに私は金曜日の3時頃に津川さんの教室に居ました。ですが、それは不知火さんに呼ばれていたからです」
「副会長、山名さんがこう言っているのですが、本当ですか?」
「いや、俺は山名を呼んだりしていないぞ」
「副会長はこう言っていますが? 嘘をつかずにとっとと罪を認めたらどうですか?」
「そんな……」
しかし、葵の反論はあっさりと否定されてしまった。
さらに、葵が反論出来なかったのを切っ掛けに不知火や勇樹も見に覚えのない罪を突き付けていった。
葵が冷静でいられたら結果は異なっていたのかもしれない。
だが、群衆の視線と反論に失敗したことによる焦りがプレッシャーとなり、葵は冤罪を晴らすことが出来なかった。
「なんで……」
「まだ分からないんですか? 貴女が津川先輩に酷いことをしたからですよ。もう諦めて謝罪してください」
「わ、わたしは、私はやってない!」
「そうだ、彼女はやっていない」
それは突然だった。
野次馬達が二つに分かれ、その間を堂々と歩く一人。
葵に救いが訪れたのだ。
「「会長!?」」
「如月!?」
「そうだ、正真正銘、生徒会長の如月 潤だ」
救いの名は如月 潤。
国を動かせるほどの財力を持つと言われている如月財閥の御曹司にしてこの学校で一番の権力をもつ生徒会長である。
「会長、何故ここに?」
「決まっているだろ、魔女裁判に掛けられているかわいそうなお姫様を助けに来たのさ」
「魔女裁判? 何を言っているのでしょうか、会長? ふざけているのですか?」
「霧ヶ峰、今なら引き返せるがどうする」
「会長、どうして私たちが引き返さなければならないというのでしょうか?」
霧ヶ峰は言葉では強がっていながらも、膝が震え、顔が青ざめていた。
「そうか、残念だ。僕は君達を信頼していたんだがね。たった一人の少女を陥れるために多くの人を買収するような人間だとは思わなかったよ」
「そんな証拠どこにあるってんだよ、如月」
不知火が如月に聞いたとき、如月は笑いながら言った。
見ていて寒気がするほどの笑顔で。
「知っていたかい? この学校には監視カメラとボイスレコーダーがあらゆる場所に配備されているんだよ、だから君達の計画は筒抜けって訳。あと、残念なことに君達の親にもこの計画は知れ渡っているんだよね。もしかしたら、明日にはみんなとはお別れかもね。ま、そうならないように頑張ってね♪」
「どうして、どうしてうまくいかないの?」
その時、少女が呟いた。誰にも聞こえないぐらい小さい声で。
「そうだ、アイツが悪いんだ。悪役なのに悪いことをしないから」
小さな声の中に大きな憎悪をこめて。
「だから、死んじゃえ」
如月が気づけたのは幸運だった。
如月はカッターを持って葵に斬りかかろうとする津川を止めることが出来たのだから。
組伏せられた津川は暫くして警察に連れていかれた
津川は警察につれていかれるときに、私はヒロインだ、なんでこんな目に遭うんだ、やめろもモブキャラのくせに等と叫んでいた。
騒動が終わった頃、葵は如月に話しかけた。
「如月さん、助けてくれてありがとうございました。助けてくれて本当に嬉しかったです。この恩は忘れません」
「そんなに気にしなくていいよ」
「そうですか、でも何かお礼がしたいんです」
「ん~そうなんだ、じゃあ、僕のそばでいつまでも笑っていてほしいっていうのじゃだめかな? それか、僕のことを潤って呼んでくれるとか。」
「それって」
葵は頬を染めて如月を見つめる。
如月も、そんな葵を見つめ返して言う。
「うん、そう。葵、僕は君のことが大好きだ」