始まり
真っ暗な部屋の中で、ある一点から光が放たれている。
光の源はデスクの上に置かれた一台のパソコンだった。
パソコンの画面に映るのは、つまらない単語によって紡がれた文章、そのつまらない文章によって織り成されたつまらない物語。
そして、そのつまらない物語はパソコンの画面を見つめている一人の男によって産み出されている途中だった。
画面上には短針が11時を指す時計と婚約者に嘘の婚約破棄を言い渡す男の描写が同時に存在していた。
男は画面に映る時計と自分の文章を見比べて呟く。
「エイプリルフールをネタにした悪役令嬢ものを書こうとしたけど、今日中に書けなそうだし普通のやつにして明日投稿しようかな」
言葉に出したことで考えが整理出来たようで、男は物語をどんどん築き上げる。
貧弱な表現力、雀の涙ほどのボキャブラリー、そんな粗末な材料で築かれた建築物は、なんの魅力もない何処にでもある十把一絡げにされるようなものとなった。
だが、男はそんな作品でも完成したことが嬉しかったのか顔がほころぶ。
男は作品に『悪役令嬢物語』と、なんの捻りもない名前をつけて小説投稿サイトに投稿する
男が作品を投稿し終えたとき時計の長針と短針は既に逢瀬を終え、4月2日になっていた。