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Valkan Raven 作者:待草雪

#1

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1‐6

 鴉夢桜魅姫をアパートに帰らせると、鈴鷺璃音は田道で待機する。湿気を含んだ風が濡れた身体に纏わり付くが、生臭さは吸っている煙草の臭いが殆ど殺してしまっている。
 気まぐれな雨雲は夜闇に身を隠しながら流れていく。登場も滞在も存在すらも望まれていないモノは、自己陶酔の勘違いをしたまま真実を知ろうとせずに離れ去っていく。
 ――滑稽だな、まるで何処かの誰かのようだ。――見えない景色を鼻で笑った璃音は銜えていた煙草を溝に投げ落とす。溜まった水に浮いた吸い殻が塊になった時、自分の物と違う煙草の煙が漂ってくる。
 清涼感を含んだ毒草の臭いが濃くなると、暗がりから灰色のスーツを着た男が現れた。
 サングラスが外されており、優しさを持たない顔は醜く歪んでいる。一滴も濡れていない服から察するに、何処かでのんびり雨宿りでもしていたようだ。 
 男は親しげに手を振ってくるが、璃音は応答せずに上着のポケットから粘着質のある髪束を取り出して投げ渡す。銃弾で千切った魅姫の髪に溶けたアイスを絡めた物だが、相手は血が付着している子供の髪だと思い込んだらしく、指で転がしてから地面に投げ捨てると、大袈裟な拍手をしながら喜び始めた。
「素晴らしい、1946!お前の腕は上司から聞いていたが、完璧だ!容姿、能力共に申し分無い!!」
「野郎に言われても、うぜえだけだ」
「それはそうと、あの女は何だ?何故あんな奴を連れてきたんだ?」
「……あんたには関係ない、俺の気まぐれだ」
 余計な言動と勝手な振る舞いは自然であろうが人間だろうが他に憎悪しか与えない。付き合わされる者の自我が強ければ、尚更に。
 促していないのに話を止めない男は、銀色の携帯灰皿で自分の煙草を潰し消す。饒舌に拍車がかかる前に適当に話を切り上げた璃音は、相手に背を向けると新しい煙草を銜えて火を付ける。
 上着のポケットから傷だらけのスマートフォンを取り出すと、右肩越しに男に見せる。鬼火のような青白い光を出す液晶画面には、黒い背景に大量の赤字が流れているウェブページが表示されていた。
「そういえばあんた、"数字の世界"ってこの掲示板に書き込んだだろ。表の世界のVIPどもが、フザケながらだが騒いでいる」
「?それがどうし……!!」

 アサルトライフルが左肩から飛び出す。逆さになった銃口が男の唇に触れると、顔を向けた殺し屋は不気味な笑みをした。
「まだ気付かないのか?Rule違反だ。管理から俺に命令が来てるぞ、 「裏切り者を直ぐに消せ」とな」
「う、裏切り者だと?!そもそもルールとは何だ?!私は何も知らないぞ!!」
 後退りをしようとした男の足が溝の縁に触れる。殺し屋は携帯電話を獲物に見せながら、担いだ凶器から金属音を響かせた。
「"Ignorance is a sin." You're to blame.Any last words?("無知は罪"だ。お前が悪い。何か言い残す事はあるか?)伝えなぞしないがな」
「ふ、フザケるな!私も管理だぞ!口を慎め、このド」
 殺戮兵器が男の口に押し込まれる。引金が引かれた瞬間大量の弾丸が飛び出るが、先端に取り付けられている減音器によって銃声も火花も僅かしか発生しない。
 最期の言葉を中途半端に終わらせた男は、鉛の夜食を堪能する。口内で暴れ踊った銃弾は後頭部に無数の穴を開けて脳髄と血のシャワーを作ると、崩れた頭部は胴から離れ落ちていく。
 首から上を失った男が仰向けに倒れると、殺し屋は死体の四肢を撃ち斬って解体する。理不尽を望んだ者の理不尽な末路を無表情で眺めると、銜えた煙草を吐き捨ててから溝に肉片達を蹴り沈めた。
 ――土の地面は殺す場所に適している。上から土をかけておけば血と内臓を簡単に隠せる、溝の中の死体もだ。だが今はワザと残しておかなければならない。雨はもう降らないだろうから、ブチ撒いた標的の血が目印になるだろう。
 目の前の"おしゃべり"は無理矢理止めたが、掲示板の"おしゃべり"は相変わらず続いてやがる。コレで殺しの依頼をしてくる『表の世界』の人間どもは、殺しを頼む奴も殺される事があるのだと、自分が死ぬ事になっても知りはしないのだろう。
 此処も、コレもいつものように勝手にあいつ達が始末する。最近の天気とNetは狂っているが、それ以上に狂っているあいつ達の仕事は、溜息が出る程にPerfectだ。――



 ――どうしよう、眠れない。――
 アパートの部屋の中は闇に覆われている。押入で見つけた羊毛布団に包まっていた魅姫は寝返りを何度も打つが、腰の痛みと過度な緊張のせいで眠気はあるのに意識が覚醒している。
 睡魔に生殺しにされて辛い。瞑っていた瞼を開けて枕元に置いた電気ランタンを付けると、不必要になった首吊りセットが目に映る。深い溜息を吐いて布団から抜け出し、天井から垂れているロープの輪を掴むと、
 隣の部屋から激しい物音が聞こえてきた。
 ――妙に慌ただしい、彼も眠れないのだろうか?何かを探しているらしい音がする、片付けた部屋が散らかされている。
 扉が閉まる音がする……外に出たようだ。私も出てみよう、此処に居ても気分が悪い
だけだ。――――

 砂糖漬けの靴を履いて扉を開けると、外界に光が戻っている。通路の端から聞こえた金属を叩く音が砂利を踏む音に変わると、間隔を空けて跡をつけてみる。
 アルミの階段を下りて瓦礫に埋まった地上を探索していると、木製の壁の一部に架かった鉄の梯子を見つける。頭上から断続的な金属音が聞こえてきたので、しばらく経ってから梯子を両手で掴み、不安に飲まれかける心に渇を入れて足をかける。
 勢いに任せて上ってみると、アパートの屋根へ続いていた。
 梯子を掴んだまま周囲の景色を眺める。濃い影に包まれた建物や田圃の隙間から赤い光が帯のように伸びている。天を仰ぐと、淡い赤と黄の混ざった瑠璃色の空に数多の星達が散りばめられている。
 極上の自然の中に孤立して飛んでいるカラスを見つけたが、今は彼かも彼女かも分からないあの無縁の鳥に、自分の姿を勝手に重ねようとは思わなかった。
 心地よい春の風が、草花の匂いと共に煙草の臭いを鼻に運んでくる。割れた瓦が敷き詰まった空間を見渡すと、
 大棟の一角に鈴鷺璃音が座っていた。

挿絵(By みてみん)

 トレンチコートが脱がれていて髪は下ろされており、昨日の昼にしていた格好に戻っている。口には見慣れたキツイ煙草が銜えられているが、手に持っているのは銃では無く古いクラシックギター。弦の張り方が滅茶苦茶であり、弾く動作をしているが同じような音しか出ていない。
 梯子が風で揺れ動くと、相手が振り向いてくる。――驚いているようだった。出会ってまだそんなに経って無いけど、初めてされる反応だった。――
 丸くなった瞳が鋭さを戻すと、璃音は背を向けてくる。魅姫は濡れた瓦の上に両足を乗せると、慎重に相手の隣へ移動する。
 単調なギターの音が無理矢理にメロディを奏でていたが、音が唐突に止むとズボンのポケットからスマートフォンが取り出される。突き出してきた携帯電話の画面に映し出されている『指定型殺人掲示板』には、早朝にも関わらず大量の書き込みが流れていた。
「お前が居ても居なくても、表の世界の奴らは殺しの依頼をし続ける。あの男もあの餓鬼も、俺もお前も掲示板のこいつらも、生きてても死んでもこの世で意味なぞ全く無い。
 俺はコレで仕事をする、お前はコレで此処に逃げてきた。それだけの価値しか無え物だ。得体の知れねえ阿呆どもは放っておけ、そしてコレに二度と書き込みをするな」
 電源を切られた携帯電話がズボンのポケットに戻される。璃音は抱えているギターで再び演奏を始めると、背を向けたまま声を掛けてきた。
「質問があるなら1つだけ答えてやる。ただし勘違いをするな、物によっては直ぐにお前を殺す」
「璃音、数字の世界って何?」
「表の世界を捨てた奴が住んでいる、この町の事だ。 …………」
 謎の沈黙が発生する。濡れた瓦から嫌な感触がしたので、魅姫は生乾きのスカートを臀部で折り重ねる。即席のクッションに座ると、音色が途切れるのを待って話し掛けた。
「私はこれから、何をすれば良いの?」
「知るか。質問は1つだけだと言った筈だ、自分の事は自分で考えろ。今したい事が無えんだったら、そのVery very full bustを使って此処で探せ」
(……)
 ネイティブイングリッシュで言われたセクハラに魅姫は胸部を両手で隠す。少し上げた好感度を地に急落下させ、闇一色になった瞳で軽蔑の視線を浴びせてみたが、相変わらず相手は気付く様子を微塵も見せない。
 試行錯誤のテンポで音楽が作り出されている。様々な音調が同じ音で鳴らされていたが、気に入ったらしい1つの音調が繰り返し奏でられるようになると、逸らされていた顔が少しだけこちらに向けられた。
「俺はお前にキッカケしか与えていない、俺に感謝するのはお前の勘違いでしかない。
 ただお前はあの時「生きたい」と言った。俺はそうじゃねえとお前を拾った意味が無い、それだけだ」

 色気のある声が英語の歌を歌う。無茶苦茶な伴奏すらが魅力的な声楽によって、何よりも素晴らしい楽曲のように聴こえる。
 鈴鷺璃音は謎だらけだ。まだ出会って1日しか経っていないのもあるが、彼には大きな秘密がある。本能的にそう感じてしまう。
 ただ、彼の事をこの不思議な町の事も含めて少しずつでも良い、知りたいと思った。

【#2 続】
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