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Valkan Raven 作者:待草雪

#1

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1‐4

 夜が更けるまで魅姫は璃音の部屋で過ごしていた。結局欲に負けて掃除をしたが、色んな意味で怖いのでギターケースと押入は触らなかった。
 夕飯は渡された塩味のカップラーメンを食べた。「飯炊き用だ」と言われてカセットコンロと調理道具も渡されたが、「コレを使えるか使えないかはお前の結果次第だ」と補足された。
 時計代わりのMacBookが布団の上に置かれていたが、左腕に付けている腕時計を見せると、それで時刻を確認する事となる。小さな秒針が約束の数字に近付くと、膨れたゴミ袋を縛っていた魅姫に威圧的な声が掛けられた。
「先に行け。俺は用意があるんで後から行く」
(?)
「Make no mistake. (勘違いするな。)逃げたりしたら不合格と見なして処刑する。この時間だと誰も塀の外に出られねえがな」
 ――"塀"というのは町に来る時に通ったあの異様な建物の事だろうか?逃げる意志は無いが、逆らう事は許されない。――
 魅姫は振り向いて首を縦に振ると、行き方のメモが書かれた地図と痛み止めの粉末薬を持ってアパートを出た。


 夜の帝鷲町は闇だった。靴裏から伝わる土の感触が気持ち良いが、アスファルトに慣れ過ぎているせいで逆に不安になる。
 ――昨晩も思っていたが、この町には灯りが殆ど無い。常にネオンが溢れる都会で暮らしていたので知らなかったが、これが本来の"夜"というものなのだろう。腕時計から漏れる僅かな光を命綱のように感じてしまう。
 それよりも、此処に自分を呼んだあの男の事が分からない。まだ出会って半日しか経って無いが、彼には理解不能な言動が多過ぎる。何故撃ってきたのに助けたのだろう?これから私に何をさせるつもりだろう?――
 田圃の溝に何度も落ちそうになりつつも、腕時計は徐々に目的地を照らし出す。『帝鷲町公園』に着くと、巨大な穴の前にある街灯の傍のベンチに腰掛ける。頭上から降り注ぐ淡い光と若草と花の香りが、微少だが不安と孤独感を和らげてくれた。
 相手を待つ時間が無限に思える。――何かを待つ事は嫌いだけど、昨日や今日のような染み入る恐怖が含まれるのはもっと嫌だ。――
 突然名前を呼ばれたので心臓が止まりそうになる。横を見ると、鈴鷺璃音が立っていた。

 部屋に置いていたギターケースを背負っている。ボタン代わりのベルトが3本付いた茶色のトレンチコートを羽織り、髪は短いポニーテールにしている。
 ――昼間と別人に見える。髪型が違うだけでこんなにイメージが変わるんだ。――口元を照らす煙草の火が、街灯の下でも赤い点のように見える。
 茶色の眼が釣り上がる。考えている事を読み取られたらしく、璃音は黒い手袋をはめた指で髪を弄りながら答えてきた。
「こうしてねえと邪魔なんだよ。 面倒臭えし、うっとおしくてしょうがねえ」
 ――じゃあ切れば良いじゃないか、現実の長髪の男は女性に好かれない。……昼間の髪型はその綺麗な顔に似合っていると、私は思ったけど。――
「鈴鷺さ、璃音」
「何だ魅姫」
(……)
 呼び捨てにされる事は構わないが、年上の相手を呼び捨てにするのは些か失礼な気がする。増してや年上の異性なぞ恋人でも無いのに呼び捨てにしても良いのかと考えてしまうが、相手が強制するのだから呼び捨てにしなければいけない。
 魅姫は違和感を覚えながらも慣れようと努める。深呼吸を数回すると、タメ口で話し掛けた。
「璃音、試験って何?数字の世界って何?何故私を殺さないの?説明して」
「時期に分かる。お前は試験に合格出来るようにだけしろ」
 答えにならない返事をされて、会話が終了する。何度か話し掛けはするが後に続かない返答しかされない。話し出しの言葉を使い果たし沈黙が流れていると、
 肩を何かに掴まれる。恐怖を感じながら振り向いてみると、灰色のスーツを着た男が立っていた。

 付けているサングラスのせいで人の見分けが付かないらしい。掴んだ肩が女の物だと気付いた男は少女を弾き離すと、傍にいる若い殺し屋を睨んだ。
「そこか。久しぶりだな1946、予想以上の色男になったものだ。表の世界で殺人請負をしている噂は本当だったんだな」
(知り合い?表の世界?)
「あんたか。それで呼ぶな、俺には鈴鷺璃音という名前がある」
 鋭い茶眼が男を睨む。男は薄ら笑いをすると、態度を改めなかった。
「関係無いな。1946、直ぐに仕事をしてもらおう」
 依頼人の男はスーツの内ポケットから煙草を取り出して一服を始める。璃音の煙草と合わさった毒の煙の挟み撃ちに、魅姫の身体が激しく拒否反応を起こす。
 ベンチの端を掴んで額を板に擦り付けると、つの字に曲がった背中の上で封筒が2つ通過する。璃音は受け取った厚い封筒の中身を確認してコートのポケットに突っ込むと、手に残した薄い封筒から写真を取り出し、咳き込んでいる魅姫に投げ渡してきた。
 滑り置かれた写真に写っていたのは、隠し撮りされた5歳程の男児。子供らしい容姿をしており、手に鮮やかな水色の棒アイスを持っている。
 視線を前に向けているので背後の様子は分からない。不自然な空気の流れる音が聞こえたので、依頼人の男が溜息を吐いたらしい。男の吸う煙草にメントールが含まれているのか、漂ってくる煙の中に不快な清涼感を感じる。
 小さな消火音が聞こえると、写真の横に銀色の携帯灰皿が置かれる。伸びてきた片手が写真を摘み上げると、魅姫の顔の前で宙吊りにし、もう一方の手が金色のライターで紙の中の子供を焼き殺した。
「メールにも同じ物を付けたが、一応確認させたかった。この糞餓鬼は数日前の営業連絡中に、私のスーツにアイスをぶつけやがったんだ。御陰で仕事はオジャン、神経質な客とは連絡が取れなくなり、上司からは大目玉を食らう羽目となり、しかも妻が不倫している」
 ――何ソレ理不尽極まりない、最後なんか完全に八つ当たりだ。やはり人殺しなんか依頼するような人間はロクでもない。自殺の幇助を依頼した私も私だが。――
 乱れた黒髪の隙間から無機質な瞳が男を侮蔑する。だが視線は理不尽を引き受ける側に向いており、理不尽をさせる側は気付いていない。
 紳士的な服装の癖に我儘な態度が、清涼感を含んだ毒草と似合っている。携帯灰皿が回収されると胸を叩いたような短い音が聞こえる。――依頼人が大振りで遠くを指差したようだ。――
「奴の情報は調べている、 あの家の2階が奴の部屋だ。家族が起きたら一家皆殺しでも良い。必ず仕留めろ、失敗は絶対に許さない」
 璃音は背負っていたギターケースを地面に置くと、半分以上残った煙草を吐き消す。 上着から取り出した新たな煙草に火を付けて銜えると、不気味な笑みをしながら返事した。
「あいよ。だが俺はProfessionalだ、標的だけ殺す」
(!?)
「不服そうだな魅姫、だがこれは仕事だ。仕事に感情なんか要らねえし、一度受けた依頼は放棄出来ない」
 周囲に溶けたギターケースが持主の姿を殆ど隠している。奥から伸び出た両腕がジッパーを下げると、布の中から奏でてはいけない楽器が現れた。
 傷だらけのアサルトライフル。戦争映画でよく見る銃と同じ形をしているが、銃口が竹槍の先端のように尖っている。
 ノの形をした弾倉(マガジン)が付いた殺戮兵器が持ち上げられると銃口が外されて減音器(サプレッサー)が取り付けられる。三角形の銃口がコートのポケットに入れられると、空になったギターケースはジッパーを上げられて再び持主に背負われる。
 ――反対側のポケットが濡れている。 ――手で「付いて来い」と合図されたので魅姫はベンチから飛び起きる。背後を振り返ると、依頼人の姿は見えなくなっていた。


 一寸先は闇、何も見えない。腕時計の光は目の前で揺れるギターケースとトレンチコートしか照らしてくれない。
 感触が足裏にしか無い事が不安で、魅姫は無意識にコートのベルトを掴む。草臥れたトレンチコートは端が解れており、所々に赤黒い染みが付いている。――流石にコレを洗濯したいとか裁縫したいとは思わない、それよりも何か喋って欲しい。――
 拒まれる事も受け入れられる事もなく、ただひたすらに無視される。ポケットに携帯電話を入れているのか、青白い光がベルトの近くから漏れている。
 キツい煙草の臭いが不安を煽る。地面が土から踏み慣れたコンクリートになった時、眩い光が視界を鮮明にした。
 光源になっていたのは、建てられて間の無い洒落た一軒家。短い階段の上に装飾された木製の玄関扉があるが、それ以外に個性的な特徴は見られない。
 自分を此処に連れてきた男の姿も露わになるが、右手に掴まれたアサルトライフルを直視出来ない。銃が小さな金属音を響かせる度に身震いする。――お願いだから何か喋って欲しい。――
 沈黙が続く。温暖な気候の筈なのに寒くて堪らない。璃音は鍵の掛かっていない門扉を開けると、腰部を掴んでいる少女の手を鷲掴みにして振り解いた。
「あいつ知らねえんだな。標的がこの町の奴なら、面倒なんかする必要ねえよ」
 待ち望んだ言葉は意味不明な一言だけで終了する。璃音は階段を上って玄関の前に立つと、アサルトライフルを階下の魅姫に向ける。小さな金属音が銃から鳴り響くと、殺し屋は威圧的に命令した。
「呼び鈴を鳴らせ」
 指示に恐怖と不可解さを感じながら、魅姫は門扉に付いているベルの絵のボタンを押す。軽快なチャイム音と共に出てきたネグリジェ姿の女は不機嫌だったが、訪問者を見るや否や可も無く不可も無い顔を品無く緩ませている。
 短い会話がされている。相手の肌に彫られた数字と凶器を見た途端に真顔になった女は客人を置いて扉を閉めると、家の中から階段を駆けるような音が聞こえてくる。再び扉が開かれると、女の隣に眠け眼を擦っているパジャマ姿の幼い少年が立っている。
 小声で何かを呟いた璃音は、少年を引き寄せると扉を勢い良く閉める。騒音で無理矢理目覚めさせられた少年は不思議そうに青年を見つめた。
「お兄ちゃん、誰?」
「季節外れのSantaだ。地獄から来た、な」
「?」
「お前にコレをやろう」
 璃音は上着のポケットからガリデス君ソーダ味を出すと、少年に投げ渡す。――懐かしいアイスだ、昔ソレで3本連続の当たりを引いたことがある。
 少々歪な形をしたプレゼントに、受け取った少年の目が輝いている。どうやらこの子供は「知らない人に物を貰ってはいけない」と、あの母親らしき女性に教えられていないようだ。
 どんな物でも受け取るには、必ず代価を支払わないといけない事も。――
「わーいアイスだ!ポニーテールのお兄ちゃん、ありがとう!」
「You're frozen.(お前も凍れ。)」

 不気味な笑みをした璃音は銃で少年を釣り上げる。小さな身体は宙に放り出されると、階下へ向かって落ちていく。
 反射的に動いた少女の腕が少年を受け止めると、2つの命はコンクリートに叩き付けられる。強打された魅姫の頭部は痛覚反応よりも気絶の処置をし始めようとするが、
 アイスが腰に密着し、激痛が猛威となって襲い掛かる。悶えながら縋り付くように持っていた痛み止めの粉末薬を水無しで飲むと、咽ながら上半身を起こす。
 玄関扉を背で押さえている璃音は階下を見下ろしてくる。長さの十分残った煙草を吐き捨てると、真顔で話し掛けてきた。
「魅姫、Let's play tag.(鬼ごっこをするぞ。)」
「?!たぐ?」
「鬼は俺、逃げるのはお前とその餓鬼、Time limitは1時間だ。試験を始める」
 コートのポケットから銃口が取り出される。一緒に掴まれた新しい煙草に火が付けられると、先端を交換されたアサルトライフルが魅姫に向けられる。
 金属音が響いた瞬間、殺戮兵器が火を吹く。轟音と共に少女の長い黒髪が大きく靡いて千切れると、地面にばら撒かれた毛の上に赤い滴が降り落ちる。
 細い首に出来た切り傷を手で触れようとすると、足元に銃弾が撃ち込まれる。無理矢理立たされた魅姫は少年の手を引いて闇の中に飛び込むと、背後からネイティブなカウントダウンが聞こえてくる。
 不自然な冷えた空気を感じる。――少年は貰ったアイスを持っていた。――



 カウントダウンが0を叫ぶと、扉が激しく叩かれる。壁に銃弾を浴びせ撃って強制停止させた璃音は、静寂した空間で暫しの一服をする。
 啜り泣く女の声に一言二言返事をすると、無音は完全な物になる。体を扉から離して階段を降りると、地面に散らばっている黒髪を足で掻き集める。小さな束を手で掴んで上着のポケットに突っ込むと、殺し屋は入れ違いに取り出したスマートフォンを操作しながら、闇の中を見つめて冷笑した。
「自分はもう安全だと思っていたのか? Meke no mistake.(勘違いするな。)お前の依頼も破棄してなぞいない」



 黒だけの世界を駆ける。魅姫は腕時計の光を前方に向けるが、照らされるのは土の地面だけ。焦がれている安全も細やかな希望も、この空間に微塵も感じる事が出来ない。
 "怖い"この感情ばかりを抱いている。掴んでいる小さな手が生温かく濡れている。――この手の主もきっと怖いんだろう、訳の分からないまま自分の命が奪われようとしているのだから。
 流れてくる冷たい空気が少年の生存を知らせてくれる。と同時に、何故その源を捨てないのかが気になる。断続的な音と冷感しか分からないが、どうやら袋を開封しようとしては失敗しているようだ。
 そういえば何処にも桜の木が無い。ここ最近の狂った気候でも、春になったらこの国では必ずあちこちで咲くのに。今は光が無いから見えない?……違う。昨日初めてこの町に来てから、一度もあの木を見ていない。
 この帝鷲町という町は変だ、日本らしさが所々で消失している。依頼人の男が掲示板に書いていた『排他された数字の世界』とは何だろう?この町は一体?そして――――
 田圃の溝に片足が嵌まり、思考が中途半端に遮断される。手繋ぎしている少年に救出された魅姫は、履いていた革靴が無い事に気付く。溝に溜まった水の中に沈んでしまったようだ、アシンメトリーが気持ち悪いので、残った靴も脱いで投げ捨てる。
 黒いハイソックス越しに伝わる土の感触は、小石が食いこんで非常に痛い。足裏と腰から伝わる痛覚は自分の生存を確信させてくれたが、聴覚は自分の死の可能性を危惧させた。
 遠くから銃声が聞こえてくる。徐々に大きくなっていく。
 少年の手を引こうとすると、何故か相手は動かない。腕時計の光が映し出したアイスの袋の上で、死神のコスプレをした特徴的な顔の男児が何度も揉まれ畳まれては皺だらけになって広げられている。
 殺戮兵器が発する鳴き声は、音量を上げながら恐怖のリズムを奏でている。少年は何度引いてもアイスの袋を弄るだけで岩のように動かない。
 引く力が強くなり過ぎたのか、奇声を発せられて手を振り解かれる。小さな開封跡を大量に付けた冷凍菓子を持ちながら、少年は子供特有の不気味な無表情をしながら話し掛けてきた。
「お姉ちゃん、誰?お姉ちゃん数字が無いね。表の世界から来たばかりの人?」
「え?」
「ママが言ってたよ。表の世界の人は皆バッチくて、他の人を苦しめて喜ぶから怖いって。 だからママはボクを連れて、この数字の世界に来たんだって」
 ――今の方がもっと怖い。私があの謎の殺し屋に関わってしまったからだけど。――
 相手は勝手に饒舌になる。子供はよっぽど重圧を与えられて育てられていない限り、主観しか無い我儘で他人を二の次にする。
 微量の光の中に浮かぶ幼児の顔は、幽霊みたいで気持ち悪い。止まない開封音の中で投げかけられた言葉は、純粋だが自覚も無い質問だった。
「お姉ちゃんはどうしてココに来たの?あのお兄ちゃん、多分管理さんだよ。お姉ちゃん何かしたの?どうして怖い目にあってるの?」
 ――昼間に璃音も呟いていたけど、『管理』って何?『表の世界』って何?――謎が余計に多くなる。――
(何かしたのはあなたよ、した事を過剰に反応されたのは不運だけど)
 思考を口で伝えようとするが、相手の言葉に阻害された。
「お姉ちゃん弱虫だね。だって言いなりだったし、恐がりだし。表の世界で虐められたの?弱虫だから虐められたの?」
 子供は主観でしか物を考えられない。分かっているが、勝手に全てを決め付けてくる態度に憤りを持つ。
 主観の塊は一方的に、思いやりの無い言葉を浴びせてきた。
「お姉ちゃん弱虫だね、弱虫だ」
「……弱虫じゃないわよ」
「嘘だよ、弱虫だよ」
「うるさい!私は虫じゃない!!」
 魅姫は感情的に叫び上げると、目を丸くした少年がアイスを弄る動作を止める。
 埋め隠していた心の闇を穿り返された気分になる。目から止めどなく涙が溢れると、八つ当たりでしかない抗議を始めた。
「弱くも無い!!今まで関わった人が皆みんな何かを勝手に決め付けて、何もかも勝手に決め付けて、でも自分は結局大した事無いから下らない人生しか歩めなくて、下らないまま生きて死んで焼かれて消えるような奴しかいなかっただけよ!
 良い事なんか何も無かった!人間は皆自分勝手で最低! でも一番最低なのは、他人ばかり変えようとする癖に自分は逃げてばかりしている、王様お姫様気取りの卑怯者!いい加減にしてよ!どいつもこいつもいい加減にしてよ!!」
 発狂声が闇夜に響く。全てに絶望した人間の叫びを聞かされても、見ず知らずの子供に理解も配慮も出来る筈が無かった。
「でもお姉ちゃんも逃げてるよ、お姉ちゃんも決め付けてるよ!弱虫だ!よわむしだー!!」
 少年は無邪気に見下してくる。怒りが頂点に達すると、魅姫は腕時計を引き千切って溝に投げ捨てた。
 ――この子の顔をもう見たくない。殴りたくなったがそれよりも、こんな事しか出来ない無力な自分を殴りたくなる。――
 光を失った空間は全ての存在を視覚的に消し去ってしまう。奥行きの分からない中で手探りで掴んだ腕の主は、何時までも何時までも自分を虫呼ばわりし続けている。
 銃声が響く、距離が縮まっている。右肩に触れると、千切られた髪の残骸が焦げ臭さを纏って降り積もっている。
 腰に鈍い痛みを感じると、昨夜の惨劇が脳裏に浮かぶ。込み上げてくる吐き気を我慢しながら、魅姫は無我夢中で闇の中を走った。
 ――私はあんな風に殺されたくない。私はあんな風に、死にたくない。
 変わって欲しい……変えたい、全てを。――――
+注意+
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