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Valkan Raven 作者:待草雪

#1

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4/14

1‐3

 ――1羽のカラスが、空を飛んでいる。
 真下に広がる繁華街が玩具の塊のように見える。隙間で狭苦しそうに蠢いている人間達は、砂糖に群がる蟻か増え過ぎて身動きが取れないシャーレの中の微生物のようだ。
 真上にあるのは果ての無い空。雲一つ無く、その美しい青は地にいる色とりどりの化け物達も、 天を漂う孤独な漆黒の化け物も拒む事無く包んでいる。
 舞い上がる桜の花弁が、下劣な世界に純潔の花言葉を捧げている。孤高のカラスは翼を広げて気ままに自由に飛ぶ。このカラスは一体。もしかして、私がカラスになっているの?
 遠くからカラスの鳴き声が聞こえてくる。「お前と一緒にするな」と、言われているような――――


 埃と土と木の臭いがする。淡い暖かさを上半身に感じる。
 魅姫は瞼を開く。刺し込んだ光に驚いて目を閉じてしまうが、時間をかけてゆっくりと視界を鮮明にしていく。
 塵埃の漂う空気の先に汚れた木の天井が見える。周りを見渡してみると、何処かの家らしき所だが窓と壁は丸裸で家具は無く、畳は泥塗れで照明も敷物も見当たらなかった。
(……天国って、こんなに殺風景なの?)
 理解不能のまま起き上がろうとすると、脇腹に鋭い痛みを感じる。茶色い染みが付いた制服を捲り上げると、腰部に包帯が巻かれていた。
 ――痛みを感じるという事は、私はまだ生きているようだ。誰が手当てをしてくれたのだろう。気を失う前の出来事が夢で無いのなら、此処は一体何処なのだろう。――
 寝ている傍の天井から、輪に結んだロープがぶら下がっている。椅子と便箋と文具も置かれている。――気持ち悪い。――足早に部屋を出ると、襖で繋がっているリビングらしき場所を通り、レンズのような硝子が付いた分厚い扉を開ける。
 眩しい太陽の光と涼しい風を前面に浴びる。眼前に広がったのは、木の手摺りの奥にある田舎町の風景。点々と建つ家と施設らしき建物の間に茂みと田圃と畑が詰まっており、左右に山、奥には濁った海と堤防が見える。高い建築物が無いので空が都会に比べて物凄く広い。人の声や車の排気音は聞こえない、鳥の囁きとそよぐ木々だけが聴覚を支配している。
 長閑な景色を眺めていると煙草の臭いがしてくる。煙の流れてくる方向に視線を移してみると、
 数十センチ離れた場所に、見知らぬ男が立っていた。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

 栗色の髪をした若い青年が煙草を吸っている。根本まで栗色なので、きっと地毛なのだろう。地毛が茶色の日本人は結構な数でいる。
 明るめの茶髪は首元まであり、所々に跳ね癖を持っている。服装は黒いVネックシャツに裾が解れた水色のジーンズパンツ。紐が付いた黒色のショートブーツを履き、左耳に鎖のようなロングピアスを付けている。
 手摺りに肘を掛けて無言で遠くを眺めている。成人済みの大人が持つ落ち着いた雰囲気を感じる。――煙草を吸ってるので成人済みで無いと可笑しいのだが。――
 半開きの扉が風で勢い良く閉まる。大音響が響くと、青年が振り向いてくる。
 長い前髪をした顔は、貶す所が無い完璧な美人。細めの顎と高い鼻、弱さを持たない猛獣のような茶色の眼に、自分の弱さを曝け出すのが大好きな芸能人達の方が何処にでもいる陳腐な人間だと思えてしまう。
 鋭い瞳が見つめてくる。反射的に身構えた魅姫に、相手は鼻で笑いながら話し掛けてきた。
「御目覚めが早いじゃねえか魅姫、第1試験は合格だ。自殺はもう考えてないようだな、第2試験はPassしてやる」
(?)
 意味不明なタメ口に、憤りよりも理解不能の念が勝る。――「初対面には完璧な敬語を完璧に使え」と自分は強制しないが。寧ろ無理矢理の敬語を使われる方が見下されている感じがするので好きではない。――
 思考を整理する余裕を与えずに、物が投げられてくる。慌てて受け取った両手を開いてみると、姿を現したのは新品の包帯と、
 妊娠検査薬。
(……)
 魅姫は青年を激しく睨む。――タメ口は良いとしても初対面の異性に18禁の物を渡すのは、流石にアウトだ。――
 耳まで真っ赤になった顔で自身の身体を見る。腰部に包帯が巻かれているが、乱暴されたような跡は見つからない。
 再び鼻で笑った青年は、手摺りに凭れながら話し掛けてきた。
「誤解するな阿婆擦れ。あの喉に数字を彫ってた男にロクでもねえMemoryを腹に抱え込まされたんだったら、お前絶対自殺するからな。医者を呼んでやるから、それで確認してMemoryを直ぐに消してこい」
「……返します。そんなメモリーなんか無いから!!」
 魅姫は検査薬を投げ返す。――この美形だが常識の無い高飛車セクハラ男を今すぐ訴えたいと思ったが、裁判をする為の複雑な手続きなぞ、高校生の自分が知っているわけがなかった。――
 相手への好感度をどん底に落とすと、眉間に深い皺を寄せる。憎悪に満ちた瞳で無礼者を睨むと、敬語を使わずに話し掛けた。
「此処ってアパート……だよね?大家さんは何処? 私あんたのこのセクハラも含めて色々話したい事があるんだけど」
「大家?そんなのいねえよ。 此処は持主のいねえApartment houseだ。底無し沼みてえな不景気で土地の買い手がいねえのか、建物ごと放置されてる。が、何故か水は出るんで俺は2年前から勝手に住んでる」
(??)
 周囲を見ると、自分が居た所とその隣(多分あの男が住んでる)以外に、あとは反対側に1つしか部屋が存在していない。どうやら此処は『廃アパート』というものらしい。
 ホラー雑誌に載っている如何にもな廃墟では無いが、レトロな木造の外廊下にある古ぼけた照明器具に電灯は付いておらず、生物の気配を目の前の人間以外に感じなかった。
「お前が寝てた部屋だが、使いたきゃ勝手に使え。夜中にLamp付けっぱなしにしていても誰も来ねえよ。周りには家どころか、道路も畑も無え場所だ。辺鄙過ぎるから幽霊ぐらいは出るかも知れねえが」
 手摺りで潰し消した煙草を投げ飛ばした青年は、ズボンのポケットからライターと煙草の箱を取り出す。英語と数字だけが書かれたラベルは都会に溢れ返っている自動販売機では見た事の無い、珍しいデザインをしている。
 銜えられた新たな煙草に火が付いた途端に、辺り一面が強い臭気に覆われる。激しく咳込んだ魅姫は腰部に痛みを感じて座り込む。毒の煙を吹かす青年の細い足首が視界に映ると、
 目を見開く。口元を手で押さえると、顔から滝のような汗が流れ始める。肺と脇腹の出す悲鳴が落ち着いた時、か細くなった声が見上げた先にいる人物に質問した。
「……あなた何であの男の事を知ってるの?私の名前も……まさか」
 煙草を挟んだ口が緩む。鋭い眼が跪いている少女を可笑しそうに見つめると、右手で自身の首元を指差してくる。
 左鎖骨の下の肌に、小さな刺青が彫られている。赤黒い"1946"の数字が、推測を真実に変えた。
「Exactly, Miss.MikiAyuou. 昨日お前を呼んだ1946は、俺だ」

 魅姫の血の気が引く。手が唇を鷲掴みにし、歯が音を立てて震え出す。
 ――あの悪夢は昨日の事だったの?もう何日も過ぎた気でいた。そして今、私の目の前に『指名型殺人掲示板』の管理人がいる。――
 貶していた相手への感情が、恐怖に塗り変わる。――銃だと思う凶器は持っていない。だが自分は女で相手は男だ、殺そうと思えば素手でも簡単に出来るだろう。
 しかし意外だった。あんなシンプルだが構成の完璧な掲示板を作って他人の端末を自在に操作するプログラムを使っていたから、醜くて幼稚で頭だけが良さそうなイメージだったのに。実際の本人は真逆の眉目秀麗の大人だが野蛮で教養が御粗末そうだ。――
 青年が物を放り投げてくる。受け取った両手を恐る恐る開くと、丸められた郵便物らしき紙玉が現れる。
 広げて見ると、帝鷲町から始まる住所の下に数字と人名が書かれていた。
「1946、鈴鷺璃音(すずさぎりおん)。これ、あなたの名前ですか?」
「Exactly, 良い名前だろ?Japanese離れしているが、俺は気に入ってる」
 魅姫は敬語で話し始める。――最近よくネットで取り上げられる『DQNネーム』では無いが、確かに「りおん」という名前は日本人には不似合いな感じがする。
 ただ、漢字を見ると彼に合致する名前だと思った。澄んだ高めの声の中に、独特の色気が含まれている。
 時々ネイティブな英語が入るのは、癖だろうか?――
「外で長話もアレだな。 付いて来い、茶ぐらいは出してやる」
 魅姫が居た部屋の隣の扉を開けて、鈴鷺璃音という名前の男は中に入っていく。――
逆らったらどうなるか分からないので従うしかない。周囲を再度確認してみたが、この廃アパートにやはり生き物の気配は感じられなかった。
 私はあの男に誘拐されたようだ。しかし何故か此処から逃げ出そうと思わなかった。
 帰りたい場所が、何処にも無いのだ。――


 鈴鷺璃音の部屋は、とにかく汚かった。読み物とゴミとティッシュと同じような服が乱雑に投げられていて足の踏み場が無い。典型的な"男の部屋"だ、母性本能で物凄く掃除したくなる。
 読み物は海外の音楽雑誌と英語の新聞ばかりで子供っぽい物が一切無い。黒い布製のギターケースが立て掛けられているが目立つ家具と時計は無く、炊事場だけは手付かずで綺麗。寝室は特に崩壊が酷く、昼間なのに布団が敷きっぱなし。畳の上に大量の煙草の箱とキャバクラの名刺が散らばっている。
 半開きになっている押入から18禁を感じる物が食み出ている。魅姫は家主に気付かれないように移動すると、大人の世界の門を閉じた。
 雑誌を片付けて座るスペースを確保する。ペットボトルの緑茶を投げてきた璃音は布団を蹴り上げて強引に畳むと、脇に挟んだMacBookを即席の机の上に置いた。
「掃除したけりゃ、勝手にしろ。雑誌と新聞は捨てるなよ、名刺は全部捨てても良い」
 無性に湧く衝動を抑え込み、魅姫は正座したまま動かない。璃音はパソコンを開いて電源ボタンを押し、アイコンが3つしかないデスクトップ画面を起動させる。
 マウスカーソルを指で動かしブラウザをWクリックすると、『指名型殺人掲示板』のページが開かれる。――やはりこの男が管理人で、間違いないようだ。――
 掲示板は相変わらず大盛況していた。

 魅姫は背後から画面を眺める。――昨日の自分の事が"おしゃべり"の話題になっているようだ。知らない他人達だけで盛り上がる主役の居ない否定大会は、誰かが引き摺り上げてきた別の論題に掏り替わっていく。
 現実逃避の雑談を見せられて気を悪くしたのは、私だけでは無いみたい。――前に座っている管理人も嫌気が差しているらしく、畳の上に置かれた硝子の灰皿に吸殻が積まれている。
 高速のタイピング音が時々聞こえる。魅姫は未開封のペットボトルを握り締めながら、勇気を出して話し掛けてみた。
「あの、鈴鷺さん」
「璃音と呼べ。敬語を使うな、うぜえ」
「……」
 会話が瞬く間に終了する。――やはり彼はエンジニア系に見えない。雰囲気が体育会系だ、筋肉が適度に付いている。パソコン技術が天才的に長けてる様には、全然見えない。――
 双方無言で時だけが過ぎる。魅姫は緑茶を一口飲んでみたが毒は入っておらず、液体の残量を半分程にすると、画面から目を離した相手が口を開いた。
「依頼の選別方法、教えてやろうか」
(?)
「殺しの依頼はこの掲示板に、放ってても溜まりやがるが。 全部読んでるとウンザリするからな、何時も大雑把に選んでいる」
 手招きされた魅姫は璃音の隣に移動する。布団に沈んだパソコンの画面を覗くと、矢印形のカーソルが管理番号に乗せられた。
「先ず、こういう殺しがタダだと思っている餓鬼と阿呆は論外。加えてうぜえ語尾とうぜえ記号を使うお遊び感覚の群れも論外。こういう殺しと関係無え事書き込んでる奴は、削除か端末ごと破壊するProgramをブチ込んでやる。関係無え書き込みでもRealの巨乳女の事だけは放置する」
(それは何故放置なの?単にあんたの好みじゃないの?)
 掲示板の中にも管理人の嗜好に気付いている輩がいるらしい。『>>管理人』というネット特有の宛名の下に、18禁を感じる内容が度々書き込まれている。
 立場を忘れて軽蔑の視線を浴びせていると、気付かない相手は説明を続けた。
「それでも数が多過ぎるからな、 Programをブチ込んで篩分ける。そうすれば真面な物はZeroか多くても数個しか残らない。数があれば適当に選ぶんだが」
 口が開かれる度に漏れる煙草の煙が非常にキツい。咳込み始めた魅姫を無視して、画面上ではDockのメモ帳に書かれている英数字の長文が、掲示板の投稿フォームにコピー&ペーストされていく。
 送信ボタンを押される度に、機械が不吉な排気音を出す。電子の篩に放り込まれた膨大な書き込みは、掴み取られるように一覧から消え去っていく。
 数回目の投稿ボタンが押された時、煙草の挟まった唇が緩む。灰色の煙が魅姫の顔にかかると、璃音はキーボードから手を離して呟いた。
「珍しいな、2日連続で真の殺しの依頼が来やがった」
 咽過ぎて涙目になった魅姫はパソコン画面を凝視する。唯一残っていた書き込みは先程まで溢れていた"おしゃべり"では無い、正真正銘の殺人を依頼する文章だった。

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 2099933/名前:匿名希望
 >>管理人
 殺人依頼をしたい。此処が他の場所の殺し屋を雇うよりも安全で確実だとは知っている。すぐに返信をしてくれ。出来れば今夜中に実行して欲しい。
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 魅姫が二度目の黙読を終わらせた時、掲示板が大量の"おしゃべり"に埋め尽くされる。篩分けに使用したプログラムは、一定時間が経つと自動的に効果が無くなるようにも作られているらしい。
 ――自分の時と同じように、書き込みの下に余計な返信が付けられている。何故赤の他人がする悪戯的な御節介は、第三者の気分までも悪くするのだろう。――
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 2099934/名前:匿名希望
 >>2099933
 ガ チ 勢 メ ン へ ラ 乙
 2099933/名前:匿名希望
 >>2099934
 豚は食肉工場へ行け。貴様なぞ1円にもならないだろうな。
 排他された数字の世界の住人に殺人依頼をしたい。出来れば1946が良い。
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 画面を見ていた璃音が真顔になる。1946が鈴鷺璃音を指している事は、彼の左鎖骨の下に彫られている数字を見て確信している。が、
 魅姫は書き込みを何度も読んでは首を傾げる。依頼文の追記の中に、謎の語句が記されていた。
「排他された、数字の世界の……住人?」
「こいつ管理の奴か、この町の奴か。御指名とはな……O.K. Fine,come on.」
 璃音はDockのメモ帳ファイルを開く。難解なプログラムが延々と書かれたページを全選択してコピーすると、掲示板の投稿フォームにペーストし、数か所に数字を入力してから送信ボタンを押す。
 ノートパソコンの画面が暗転し、悲鳴のような音が響く。機械が自動的に修復を完了させた時、 掲示板から依頼人の書き込みが全て消去されていた。
「これをすると何時も誤解しやがる、慣れたら気にならねえがな。昨日のお前の奴も消してるぞ。 Netに本名を書くな、群れたVIPどもにマワされて殺されても知らねえからな」
(……)
「ここからは外部断りの仕事の交渉だ。 釣れた魚は小物か、それとも大物か」
 璃音は折れた布団に腕を突っ込むと、スマートフォンを引っ張り出す。丸裸の汚れた携帯電話は持主の手の中で振動すると、メール受信を知らせる短い電子音を鳴らした。
 ――自分が昨日したような操作を依頼人が完了させた時、あの携帯にメールが飛んでくるようにプログラムを作っているのだろう。――慣れた手付きでキーを打ち、メールを数回送受信している。
 最後に受信されたメールを確認すると、携帯電話を放り投げて一服を始める。猛毒の煙が部屋中に満たされると、吸い殻の山を一段高くし、リビングに立て掛けられているギターケースの前に移動する。
 ジッパーを開けて中を確認している。振り向いた相手が不気味な笑みをした瞬間、魅姫の中にある恐怖が再び色濃くなった。
「今晩2時に帝鷲町公園に来いとさ。相当恨みがあるんだろうな、 「失敗は絶対に許さない」と書いてきやがった。
 魅姫、付いて来い。最後の試験をしてやる。これに合格できたら、お前を数字の世界に迎えてやるよ」
+注意+
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