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Valkan Raven 作者:待草雪

#1

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3/14

1‐2

 『指名型殺人掲示板』の管理人に指示された『帝鷲町ていしゅうちょう』は、関東地方のとある場所にある小さな町である。
 辺境に近く名産品も郷土料理も無いので、関東地方の人間すら名前を知らない者が多いらしい。と言っても関東地方なぞ、他の地方や外国からの移民と旅行者ばかりに溢れた出稼ぎと観光の土地なのだから、自分の住んでいる場所の情報を事細かに全て知っている人間は滅多にいないだろう。
 小さな駅に少ない乗客を吐き出して、古ぼけた電車が動き出す。魅姫は誰も居ない車両の座席に腰掛けながら、外の景色を眺めている。空が血の色をしており、激しかった雨はすっかり止んでいる。ここ数年の日本の気候は狂っている、4月なのに夏のような通り雨が時々降ったりする。
 腕時計を見ると、午後6時半を指している。電車は時々カーブをしながら、機械らしくただひたすらに人間達を目的地に運んでいる。

 ――スマートフォンは途中で捨ててきた。あの遣り取りの後、完全に壊れて使い物にならなくなっていた。一応契約している携帯電話ショップに行って、解約手続きをしておいた。
 これから自殺するのに、これ以上あの下らない親戚達に迷惑なんかかけたくない。……それよりも、
 送られてきたメールに書いていた、4桁の数字の意味が分からなかった。1946?この依頼に関係あるのかな?――
 やる気の無い車掌の声が、スピーカーから次の到着駅を告げる。「帝鷲町」と2回聞こえると、魅姫は立て掛けていた蝙蝠傘を持った。


 帝鷲町駅は、田舎ドラマに出てくるモノ以上に小さな駅だった。無人駅で、改札口に切符と代金を入れる缶が置いてある。
 駅から出ると、田圃に挟まれた土道を20分近く歩く。早めに出発したので約束の時間までは十分過ぎる程ある。水溜まりに映った制服からは、牛乳の染みが取れていた。
(……!)
 魅姫は足を止める。延々と続いていた道の先に、異様な建物がある。黒塗りの頑丈な鉄壁に覆われており、まるで要塞か凶悪犯の収容所のようだ。
 壁を伝いながら道を探していると、背後から突然怒鳴られた。
「そこのお前! この先に用か?!」
「!? は、はい! 知り合いの人に会いに」
 声に驚いた魅姫は、近付いて来た警備員姿の男に反射的に嘘を付く。今まで生きてきた理不尽な人生の中で、勝手に身に付いてしまった特技だった。
 がたいの良い男は少女を睨んでいる。が、時々視線が彼女の豊かな胸部に行く。――ここ数年の日本は狂っている。警察も時々セクハラをして逮捕される。余りそういう本能は許された場所以外では出さないほうが良いのに。――
「…………名前は?」
「あ、鴉夢桜魅姫です」
「写真付きの身分証明書、ある?」
 突き出された男の手の平に、黒い長財布から出した学生証を乗せる。発行されてまだ1日も経っていない、きっと明日からは無効になるだろう。
 男は魅姫を連れて移動すると、鉄の扉の前に立たせて警備室に入っていく。側面の壁にあった小窓から中を覗くと、室内の男は巨大なパソコンの前で重々しいタイピング音を鳴らしている。
 数分後、開かれた小窓から学生証が返却された。
「本物だな、宜しい。 扉を開けるから真っ直ぐ行きなさい。 反対側にも受付があるから、帰る時もそこから係の者に証明書を見せなさい。 良いね? 決して怠らないように」
 小窓が閉じられると、目の前にある扉がスライドする。耳触りの悪い音を響かせて鉄の板が隙間に滑り入ると、人工の光に覆われた鉄の通路が現れた。
(不思議な所。 此処は本当に刑務所なの?)
 魅姫は財布を鞄に入れて歩き出す。狭い通路は妙に長く、所々にドーム型の防犯カメラが設置されている。
 背中と額に汗を掻く。不気味な景色に不安が募るが、逃げようとは思わなかった。
――どうせ逃げて戻っても、ずっと何時までも苦しいだけだ。明日学校に行ったら、牛乳をかけられる以上の苛めをされるかもしれない。――
 薄暗い進路の先から自然の光が漏れている。――この先にあるのはやっぱり刑務所かな?ならば合点がいく、私を呼んだ『指名型殺人掲示板』の管理人は殺し屋だ。――
 周囲の色が死の色に変わる。"死"を連想させる色は、血の色だ。少女は血の色の光を浴びながら進む。外界に足を踏み入れた瞬間、直ぐに目の前で、

 黄色い鼠の縫い包みを抱えた、小さな子供に横切られた。
(??)
 子供は幸せそうに笑っている。制止を促す母親の声が聞こえてくる。
 視線の先に広がっていたのは、何処にでもある町の風景。斜め右にある住宅地から煮込み料理の匂いがしてくる。左手の公園では小学生がサッカーボールを蹴りながら走り回っている。
 魅姫は鞄から帝鷲町の地図本を取り出すと、図と睨めっこをしながら進行する。小さな商店の前を通ると、野菜の安売りに人が群がっていた。
 ――日本の典型的な田舎町だ。先程通った建物の存在意味が分からない。――
 擦れ違う心優しそうな人々の腕や腰に、時々数字のような刺青が彫られている。――そういえば御洒落として身体のあちこちに刺青をしている人を、都会の繁華街では沢山見かける。今の時代の刺青は一部の人達の力のシンボルでは無くなっているのだ。――
 地図を馬車馬の人参のようにしながら未知の土地を進むと、田舎町は建物の姿を消していく。延々と続いた空地と田圃のモザイクの一角に、目的地は孤立して建てられていた。
 腕時計を見ると、午後8時半を指している。辺りは暗くなっているが街灯が無いので、発光塗料が塗られた時計が無いと、正に闇だ。
 ――此処までは物凄く平和だった。この国は歩いているだけで命を奪われるような最悪の理不尽は滅多に無いけれど……
 でも此処からは平和じゃなくなる。だって此処は、私の墓場になる所だ。――


 帝鷲町教会は教会の形をしているが、中はまるで廃墟のようだった。
 凸型の建物は木造建築で、玄関は色硝子に覆われた壁以外は崩れており、近所の子供が忘れたらしい飯事セットが瓦礫の上に乗っている。
 弱々しいが照明は生きており、雨が降った後の独特の湿気と臭いがする。隅にある懺悔室は比較的綺麗だが、この時間に覗こうと思わなかった。
 ――これからあの世に逝こうとしている人間があの世のモノを怖がるなんて馬鹿みたいだけど、"怖い"と思う今の気持ちは本物だ。私の中にある、正直で凄く大切な心だから。――
 湿った木の塊を跨いで、魅姫はアーチ型の扉を開ける。
 礼拝室は経度の高い弓形になっている。奥にある黒塗りの教壇を目指し、段差の殆ど無い通路を歩く。
 玄関よりは原型を留めているが、左右に並んだ座席の殆どが風化して壊れている。正面にある頭と足が割れて抉れた巨大な鳥の絵のステンドグラスは鏡になっており、濡れて醜くなっている自分の姿を鮮明に映し出していた。
(何コレ凄く面白い。今の私は此処に居るだけで、この教会を幽霊スポットに出来そう)
 教壇の上に傷だらけのサバイバルナイフが刺さっている。近付いて見ると、雑誌の切抜が貼り合わされた文書が留められていた。
『傘を差し壁に向いて待て。 後ろを決して振り向くな。 1946』

(掲示板の管理人が置いた物だ。それよりも、この最後の数字は何?)
 腕時計の時刻を確認する。午後8時37分、約束の0時まで3時間半もある。
 ――いつも現実逃避に使っていた携帯電話は無い。持物は鞄と財布と筆箱と、ノートと地図と雨傘だけだ。
 自動販売機はこんな所に存在しない。絵や小説なんか好きで描かないし、国語も美術も得意じゃない。地図を今更見ても意味が無い。……傘回しの曲芸でもするべきか。
 何もせずに待つだけの時間は大嫌いだった。市役所や病院の待合室は何時も生き地獄だ。誰彼構わず話しかけてくる寂しがり屋の老人と些細な事で怒鳴り散らす自意識過剰な大人と不快な声を出す猿のような子供が居ないだけマシだが、余りに静か過ぎるのも逆に不安になる。
 今はもう1つ道具があった。――教壇からナイフを抜き取ると、鋭利な刃物で鞄を分解する。濡れたノートを手で細切れにする、小銭で短いドミノを作って倒す、蝙蝠傘を意味もなく開いたり閉じたりする。
 手首にナイフの刃を当ててみたが、直ぐに離す。――こんな事をしなくても約束の時間が来たら、きっと一瞬で痛みを感じる事無く死なせてくれるだろう。――
 視界が暈けて怠さを感じる。雨に打たれていた上に慣れない長旅をしたせいで、疲労が溜まっているようだ。
 腕時計の針は縦に重なる気配を見せない。皮の塊になった鞄を枕にして、魅姫は仮眠を取ることにした。



 寝心地の悪いベッドだったのに、随分と眠っていたようだ。形の綺麗な座席から身を起こして時刻を確認すると、午後11時57分を指している。
 23:57、約束の時間まであと3分しか無い。慌てて立ち上がろうとした時、
 後頭部に堅くて冷たい物が押し付けられた。
「Freeze,Whore! Go to the platform!」
(?!)
「Hurry!」
 何者かに英語で脅される。――正直言うと海外ドラマでよく聞く「フリーズ」以外は何を言われているのか理解出来ない。英語は苦手だ、単語を覚えるのに終わりが無いか
ら。――
 魅姫は強引に教壇へと歩かされる。漸く堅い物が頭から離されると、手紙で指示された通りに傘を差し、教壇を前にして体を奥に向ける。
「Don't move! Don't look back!」
 傘を相手への目隠しにして視線を上に向けると、ステンドグラスに背後の様子が映っている。自分を脅してくる男は如何にも殺し屋らしい。真っ黒いフード付きのコートを着て長めの黒髪にサングラス、手には大型のリボルバー拳銃を持っている。
(……)
 魅姫は傘の持手を捻って回転させる。――どうでも良かった。私は人生に希望を見出せない。ただ、
 忙しなく歩き回る男の喉に、4桁の数字が書かれているのが気になった。――
 男は一向に撃ってこない、通路を行ったり来たりして何かを探している。鏡の中で目が合いかけたので、魅姫は視線を正面に戻した。
(!!)
 硝子の割れる音が響く。 上を見ると、鳥の絵の隙間に映る男は扉ばかりを気にしている。
 遠くから金属を引き摺るような音が聞こえてくる。――鎖だろうか?――不気味な程にゆっくりと音量が上がってくると、
 鏡の中の男が耳を押さえて震え始めた。
「やめろ……その音を出すな、その音だけはやめてくれ、それだけはやめてくれ」
 日本語で独り言を呟いた男は、拳銃を向けてくる。――遂に殺害実行か?――だが男は凶器を直ぐに下すと、興奮しながら話し掛けてきた。
「おいお前、教えるなよ。 俺の事教えたら殺すからな!あいつは今御機嫌斜めだ、ラブコールがお熱過ぎる!!」
(何言ってるのこの人?私を殺しに来たんじゃないの?)
「丁度良い事にそんな目立つ傘なんか持ってるしな。お前は時間稼ぎだ、俺は生きて此処から出る!絶対にだ!!」

 再び硝子が激しく割れる音がすると、扉が蹴破られる音がする。――何かが来た。――
鏡の中の通路にサングラスが落ちており、男の姿が消えている。
 ――足音が響いてくる……ゆっくり歩いている……止まった。金属が地面を擦り転がる音がする、鎖を投げ捨てたの?――
 右側から連続的な轟音が聞こえると、物が壊れる音が響く。鏡を覗いていると、崩壊した座席の隙間から黒フードの男が這い出てきた。
「You are stupid? Hide and seek is a child game.」
 色気のある高めの声が聞こえると、ステンドグラスに新たな人間の足が映る。――足首が細い、女の人?――黒い靴に茶色いロングコートの裾が靡いている。竹槍のような形をした銃身(バレル)の長い銃が一緒に映っている。
 鏡から銃が消えると、後ろ向きになった男が両手を上げる。怯えているのか、小刻みに震えていた。
「Please,Wait a minute! ……お前の事は知っている。俺達仲間じゃないか、此処が地獄だって事も知ってるだろ?あんな腐れ外道のジジイ共なんかに肩入れするなよ、何なら一緒に逃げようぜ?」
 銃声が響くと、ステンドグラスの穴が1つ増える。――襲撃した方が発砲したようだ。さっきから英語が飛び交っているし、此処は本当に日本なの?――
 男は溜息を吐くと、拳銃を肩越しに向けて銃口(マズル)を露わにする。撃鉄(ハンマー)が引かれると共に轟音が響くと、蝙蝠傘を突き抜けて弾丸(ブレット)が魅姫の首の横を通過した。
 ――心臓が異常な早さで鼓動する。体が全く動かない。――
 鏡の中の男がフードを取る。歳は30代前半くらい、爬虫類のように小さく鋭い目をした醜男で、喉に1783という数字が彫られている。――刺青というよりはまるで焼印のようだ。そんな所を弄っているせいか、良く聞くと声がとてもザラついている。――
 男は何度も此方に振り向きながら、英語と日本語で話し掛けている。もう1人は鏡の中では抉れた鳥の頭に立っており、足首から下と銃身しか映らない。
 必死に説得していた男だったが、一方的な会話を中断して大きな溜息を吐く。リボルバーの撃鉄に指を掛けると、襲撃者(の、おそらく眉間)に銃口を向けた。
「ああそうかよ、この脳味噌の無えボケ犬が!尻尾を振るしか出来ねえ阿呆犬が人間様の喉笛狙ってるんじゃねえよ!テメエと違って俺はまだ頭がイカれてねえんだよ!!」
 鏡の中の細い足は微動だにしない。男は顔を押さえて大笑いをすると、撃鉄を引いた。
「おやおや、異議無しか?さっきから返事をしねえが何か言ったらどうだ?それとも俺が怖いのか?19……
 !!」

 小さな金属音がした瞬間、爆音と共にリボルバーを握り締めた男の腕が千切れ飛ぶ。赤い液体がばら撒かれたので、魅姫は視線をステンドグラスから外す。
 蝙蝠傘の骨の先端に、謎の赤い細切れがくっ付いている。――コレを持っていなかったら、私は何を被っていたの?――
 首から下が金縛りにあっている。込み上げてくる恐怖の中、魅姫は再び鏡を覗き込む。
通路に出来た赤い水溜まりに片膝を沈めている男は、極端に短くなった右の腕を左の手で押さえながら、襲撃者に言葉を浴びせた。
「糞、糞が……もう良い、 どうせ無理なんだろ?じゃあお前は犬として生きろよ。俺は無様に死ぬが、人間でいてやるよ。
 俺は人間でいたいんだよ!テメエに殺されたってな!!」

挿絵(By みてみん)

 耳を劈く音が響き、男が滅多撃ちにされる。生臭い液体が傘に降りかかる。断続的な呻き声と共に、得体の知れない細切れ達が傘にへばり付く。
 スプリンクラーは瞬く間に霧吹きになり、残酷な水芸を全身で披露した男は原型を留めない姿になって、崩れ落ちていった。


 処刑を見ていた唯一の観客の胃の中の物が、喉まで押し上げられる。――耐える、視線を足下に向けて気を紛らわせる。血塗れになったステンドグラスをもう一度覗いてしまったら、口から色んな物が出てくる。
 何コレ、怖い。私なんでこんな物見せられているの?私なんでこんな事思っているの?私は殺されに来たのよ、なのに何でこんな事を思って……でも、
 怖い。怖い怖い怖い、怖い。死にたくない、死にたくない――――
「嫌、 私やっぱり死にたくない!!」
 恐怖に耐えきれず魅姫は、振り返ろうとする。

 振り返る事は、出来なかった。
(!!)
 金属音が響いた瞬間、高温の何かが身体を通り抜ける感覚がする。それが激痛に置き換わる前に脳が強制遮断を実行する。
 ――撃たれた。――腰から血が吹き出る。俯せに倒れて直ぐに、歩み寄ってきた何かに引っ張られる。落とした傘を蹴り飛ばされる音が聞こえると、床に散らばっている "人"だったモノが見えてしまう。
 嘔吐が出来ない。キツい煙草の臭いがする中、意識がフェードアウトしていく。腕を掴まれて宙吊りにされた時、
 霞んだ景色の中にいる殺人犯の鎖骨の下に、1946という数字が見えた。
+注意+
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