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Valkan Raven 作者:待草雪

#1

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2/14

1-1

 ――身体が、生臭い。――

 数十分前にクラスの女子達に振りかけられた牛乳の臭いは、公園の水だけでは取り切れないようだ。
 鴉夢桜魅姫あゆおうみきは空を見上げた。胸まである湿った黒髪が重々しく風に揺れる。歳に似付かない豊乳を持った容姿は小柄で決して醜くなかったが、色白の顔に付いた大きな焦茶色の瞳に、感情というものが欠落してしまっている。
 所々に白い染みが付いた制服は、胸部とスカートにチェック模様のプリントが施されている。噂によると現在日本国中で流行っている超大人数のアイドルグループに肖って、今の底無しの不景気と少子化から生き残る為に、とある私立高校が今年から取り入れた物らしい。
 可愛い紅色のスカートを乱暴に掴んで水を絞り、水飲み場を離れてベンチに座ると、魅姫は隣にある満開の桜の木を目に映す。4月の初めで散る気配の未だ無い花達は大変見事な色をしていたが、彼女はそれをちっとも美しいと感じる事が出来なかった。
 灰色のビルに囲まれた、日本の首都にある小さな公園。少し先に行くと有名な繁華街があるが、いつも人混みに溢れており気分を害するので足を運べない。
 中央の柱時計が午前11時を知らせる鐘を鳴らす。まだ午前中なので、人の気配は疎らにしかない。
 木々が風に煽られる音が響き、穏やかな時間が過ぎていく。しかし魅姫はこの空間に平和というものを感じない。退屈という幸せを感じる事も、今はまったく出来なかった。

 ――私は独りぼっちだ。妄想ではない、本当に独りぼっちだ。
 私の両親は離婚する時に、共に私を引き取る事を拒否した。お互いが私を「いらない」と言ったらしい。それ以前に私は親と過ごした記憶が殆ど無い。写真すら産まれてから今までに数枚しか撮られた事が無い。
 裁判所がそれを認めなかったから結局母親の戸籍に入ることになったけど、母は私を遠縁の親戚の家に預けたっきり一度も会いに来ない。私よりも必死になって繋ぎ止めた弟の方が可愛いのだろう。弟に「姉さん」どころか名前を呼ばれた事すら一度も無かった。
 親戚の人間達は世間体しか気にせず、余所者を目の敵にするので生き地獄しか感じなかった。常に幽霊のようにならないといけないあの家にはもう居たくない。こんな状態を隠すのだけに必死になりすぎて、友達が1人も出来た事がなかった。
 このどうしようもない孤独感を少しでも軽くしたくて、母親が送ってくるお金を使って入った私立高校でも、入学式が終わった途端に仕打ちを受けた。私は胸が大きいけれど、そのせいでよく同性から理不尽な苛めをされてしまう。こっちはいつも何もしないのに、どうしていつも他人にそうされるのかが、ずっと理解出来なかった。
 もう良い。いつもこうなのだから、もう何もかも諦めた。もう良い、もうどうでも良くなった。
 …………生きる事すら。――

 無意識に向けた目線の先の電線に、カラスが1羽停まっている。人間の子供程の大きさがある巨大なカラスは、魅姫の姿を少しだけ見つめると、狭い都会の空に飛び上がる。
 公園の近くを通りかかった親子が、カラスの姿を見るや否や「怖い怖い」と騒いでいる。その近くでは掃除をしている老人が、カラスを一瞥して舌打ちをしていた。
(何アレ。 あの人達、馬鹿なの?)
 魅姫は無機質な瞳に他人達を映すと、直ぐに天空を舞うカラスを目で追いかける。巨大な鳥は大きな鳴き声だけを発すると、灰色のビルの陰に姿を消した。

 ――私はまるであのカラスみたい。その容姿だけで、決め付けることが大好きな人間達に勝手に嫌われているカラスだ。
 彼は彼女は、ただそのように産まれて生きているだけなのに。その黒い体を見て不吉な悪魔の化身だと決め付けたのは、人間だけだ。
 私は人間が大嫌い。少なくても、私の周りにいる人間達は皆大嫌い。
 あのカラスは、人間達の街の空を飛びながら何を考えているのだろう。もしそんな人間達を見下しながら優雅に自由に飛んでいるのだとしたら、
 私は何もかも捨てて、あのカラスみたいになりたいな。――

 魅姫は鞄からスマートフォンを取り出すと、ブラウザのアプリをWクリックする。適当に思い付いた単語を検索して宛てのないネットサーフィンをするのが、彼女が唯一知る現実逃避の方法だった。
 慣れた手付きで検索欄に『カラス』と入力すると、感情の無い瞳が携帯電話の画面を凝視する。
 一覧に並んだホームページを適当に開いて閲覧する。カラスの習性と種類が書かれた辞典ページ。神話に登場するヤタガラスを扱った論文ページ。カラス除けの作り方が書いた農業ブログに、カラスグッズの専門通販サイト。カラスを擬人化したらしい半裸少女の2次元イラストは、画像が開いた途端にページを閉じた。
 小さな溜息を数回吐くと、次の検索対象を探す。横にある桜の木が目に付いたので検索欄に『桜』と入力していると、
 午後12時を知らせる鐘と共に、背後から大袈裟な叫び声が聞こえてきた。


「キャアアアー! 何これキモっ!! 誰こんな下手糞な絵描いてる奴?! 下手糞だし下手糞だし! 早く死ねよ下手糞だから!」
「それよりコレ見なよ。 こんなのあたしでも描けるよ! 寧ろあたしの方が遙かに上手いし面白いし! ていうか漫画家なんか仕事ですとか言い訳してるけど、絵描いて遊んで金貰ってるんだから、キモイよね! 死ねば良いのに!」
 振り向いてみると、公園の隅で女子高生2人が小物のグチャグチャに付いた携帯電話の画面を見せ合いながら、知らない人間達の描いた絵を大声で誹謗中傷している。金髪で教養の欠片も感じない滅茶苦茶な服装と化粧をした少女がノートに絵を描いて見せびらかしているが、それを絵と認識して良いのかすら分からないようなクオリティをしているのに、同じような姿をした相手の少女は大笑いしながら過剰に誉め讃えている。
 もはや存在だけで周りの人間達へ無差別に憎悪を植え付けまくっている。一方的に猛毒の種を浴びさせられていた魅姫だったが、今の彼女は元凶を注意する気もその場から離れようとする気にもなれなかった。
「最近のネットって、キモイのばっかで暇つぶしになるけど。 コレなんか誰が見ても絶対頭可笑しいよね! ネットしてる奴って皆頭可笑しいよね!」
「でもコレ知ってるー、彼氏もしてるし。 "指名型公開処刑場"だって笑いながら話してたけど、本当にコレで名指しされて殺される人がいるんだって!!」
「嘘でしょどうせ。 そんな事したらヤバイって!」
「でも好き勝手に悪口書けるから、ストレス発散にはなるじゃん! 他人なんか死んでも、あたしら全然関係ないしー!!」
「まあそうだけどさー……あたしは親と大人みーんな、さっさと死んで欲しいな! キャハハ!!」

 人間として最低の言葉を吐き散らしながら、歪み果てた少女達は公園から去っていく。魅姫はベンチに腰掛けたまま、無表情でスマートフォンの画面を再び眺める。
 検索欄に打ち込まれていた『桜』の文字を消し、『指名型公開処刑場』と入力する。程なく表示されたサイトはたった1つだけだったが、
 ページを開いた瞬間に、無機質な瞳に光が宿った。


 『指名型公開処刑場』は、掲示板形式の書き込みサイトだった。タイトルは『指名型公開処刑場』というストレートな物ではなかったが、独自ドメインを持っており、アフェリエイトのような商品紹介のサイドメニューは一切無い。
 背景が黒一色で覆われており、フォントは赤。目に悪い。書き込みをする為の入力フォームと投稿一覧の画面しか存在しない、非常にシンプルな作りをしている。PCサイトのようだが、スマートフォンでも見やすく表示されている。
 平日の昼間にも関わらず、物凄い数の書き込みが投稿されている。画面をスライドさせて黙読してみると、思った通り、大半が理不尽と我儘の羅列だった。

----------------------------------
 2097852/名前:管理人
 殺人指名サイトにようこそ諸君w。この頭の腐ったメンヘラどもめwお前ら全員死刑だw
 2097853/名前:昨日万引きしたよてへぺろ URL:http://●●
 >>管理人
 >>2097852
 ↑管理人気取ってるこいつを処刑依頼するおwwwww
 2097854/名前:上の人万引きしてるんですけど
 >>2097853
 むしろお前が死ね。この犯罪者。
 2097855/名前:匿名希望
 >>2097854
 >>2097853晒しちゃえばよくね?このアホがリンクしてるサイト荒らしてSNSの晒し厨どもに投げてくるwwwww
 2097856/名前:匿名希望
 >>管理人
 ■■中学校の3年B組、○森×美。ブスでバカのくせに偉そうで超ムカつく。処刑してよ。
 教室に生首置いてよ(^^)
----------------------------------

(……何コレ、下らない)
 魅姫は大きな溜息を吐く。文章力の欠片も感じない"おしゃべり"が画面を埋め尽くしている。――まあネットではそういうのが当たり前なのだろうけど。それでもソレに中毒になっていない自分には、滑稽に思えて仕方が無い。
 それよりもこの最後にwとか「お」とか付けているのが、生理的に嫌い。彼らは精神障害でもあるのだろうか。それともパソコンのしすぎで頭がイカレたのだろうか。――
 無表情で投稿を閲覧する。膨大な数の書き込みは、閲覧中も激流のように流れ続けていた。
 ――成程。この掲示板に投稿する事で、殺して欲しい人間を"殺し屋"の管理人に依頼するのか。それで実際指名されて殺された人が何人もいるから、こんなに繁盛しているのか。
 この本当の名前を知らない何処に住んでいるのかも分からない人達は、死んで欲しい人が一杯いるんだ。なんでこんなに哀しいんだろう。どうしてそんなに哀しくなっちゃったんだろう。――
「!!」
 魅姫は驚愕する。動かしていた指が止まると、携帯電話の画面に釘付けになる。
 殺人依頼の書き込みに、何度も自分が名指しされている。朝に牛乳を振りかけてきた女子グループが書いたようだ。――こんな酷い事をあのフザケた文字でするとか、何処まで最低なの?ロクに話した事も無いのに、「おっぱいがデカくてムカついたから殺してwww」だなんて。
 ……もう良い、こんな奴らばっかり。この世界は、こんな最低な奴らばかりが幸せになる。こんな奴らしか幸せになりはしない。私は絶対に、幸せになれはしない。
 もうこんな世界に居たくない。もう、限界よ――

 スマートフォンに大粒の塩水が落ちる。心を必死に縛り付けていたポーカーフェイスが弾け飛ぶと、
 無人の公園で少女は1人、号泣した。

挿絵(By みてみん)

 ――知ってる。此処に私を慰めてくれる人はいない。この携帯電話の中にも、私を慰めてくれる人なんか勿論いない。
 私は独りぼっちだ。今までも、そしてこれからも。死ぬまで、ずっと、ずっと、一生。
 それならいっそ、いっそ――――

 何時の間にか雨が降っている。4月の雨はまだ冷蔵庫に入っていたように冷たくて、ジメったい降り方が頭にくる。
 絶望の直前で何もかもにイライラしているのだろう。だがしばらく経つと、感情は唐突にシャットダウンする。
 細い指が動き始める。画面に付いた水滴を手の平で拭って、入力フォームに文字を打ち込む。
 自分が今、心から想った願いを手の中にある無機物にぶつけた。

----------------------------------
 2097967/名前:鴉夢桜 魅姫
 管理人さん、私を殺してください。この世界にいたくない。
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 投稿ボタンを押してから1分も経たずに、管理人ではない人間達が返信を書き込んでくる。
 鎖のように繋げられた"おしゃべり"達は、傲慢で我儘で自分勝手で支離滅裂な否定の集中砲火しか与えて来なかった。
----------------------------------
 2097968/名前:匿名希望
 >>2097967
 デターwwwww悲劇のヒロインちゃんヨウコソwwwww
 2097969/名前:匿名希望
 >>2097967
 キモおおおwwwww魅姫ちゃんココは処刑サイトだよwwwww自殺サイトでしろwwwww
 2097970/名前:匿名希望
 >>2097967
 死にたいなら死ね死ね俺以外全員死ね
 2097971/名前:匿名希望
 >>管理人
 殺人依頼。>>2097970と>>2097967
 2097972/名前:masakun_love
 >>2097967
 何処で死ぬんwwwww彼氏と見に行くwwwww(^O^)/
 2097971/名前:匿名希望
 >>管理人
 追加依頼。>>2097972の雌豚。雄もまとめて豚丼に
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(私、馬鹿みたい。 どうしよう名前書いちゃった。 でももう良いや、どうにでもなっちゃえ)
 充血した瞳で、魅姫は醜く笑う。濡れて顔にへばり付く髪を掻き上げる事なく、手の中から襲い掛かる誹謗中傷の弾丸をひたすらに浴びていた。
 ――何コレ。たった一言書いただけで、知らない他人に死ねって言われまくってるよ私。何コレ凄く面白い。私はこの人達なんか全然知らないのに、この人達は一体何様なんだろう、凄く面白い。
 ……ほら、それらしい返事が何時まで経っても来ないよ?やっぱり指名型殺人なんて、デタラメじゃないの。
 嘘吐き。この世界の人は皆、嘘吐きで最低よ。――
 公園の鐘の音が午後2時を知らせると、雨は激しさを増していく。――丁度良い、この酷い泣き顔を隠してよ。もっともっと激しく降って、私の存在を流し消してよ。
 もうこのサイトを見続けるのにも疲れてきた、今日はこのまま繁華街を徘徊してみようかな?警察に捕まったら「母親の迎えを待っていたけど来なかった」とでも言って誤魔化そうか。……本当の事だけど。母親なんて今何処にいるのかすら分からないけ――――

(?)
 魅姫の意識が掲示板に戻される。顔にへばり付いていた髪を耳に掛けて画面を見ると、
 フォントの色が白になっている書き込みが投稿されていた。
----------------------------------
 000000/
 >>2097967
 URL:http://○○ Link→DL Pass:J1-M4 DL Pass:Psy-0A0 Lower right→
 Link→DL Pass:R3K6OFYA89V9M09……
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 不可解すぎる文章を書き込んできたのは、番号から判断して、この掲示板の管理人らしい。
 お節介な他人達は、何故かこの書き込みには反応しない。どうやら指定した相手以外には見えないように、非常に高度な特殊プログラムを施しているようだ。
(リンク? ダウンロード? パスワード? ……インストール?)
 スマートフォンを握る手が雨と汗で滑りそうになる。意を決した魅姫は、指示された手順とパスワードを鞄から出したノートに書き写すと、貼られたURLにページ移動し、英語で書かれたフリーソフトを数回ダウンロードし、インストール画面でパスワードを数回入力する。
 最後のパスワードを入れてログインボタンをクリックした途端、難解な英文と理解不能な記号が画面を塗り潰す。アプリが全て消え去り液晶が闇に包まれると、
 白抜きの文字が1行、現れた。
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 この世から消えたいか? この今から逃げたいか?
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 メール作成画面が自動で開く。相手が自分に質問をしてきたらしい。
(消えたいかって? 本当に死にたいのかって聴いてるの? なんで今更聴いてくるの? 私の事を疑っているの?
 私は死にたいから書き込んだのよ。でも…………本当は)
 魅姫は携帯画面を凝視する。メールの文字入力をローマ字に変更し、
 『逃げたい』と打ち込むと、件名を入れずに送信する。
 程なく不快な高音が鳴り響く。ハッキングをされたような、勝手に変更されたメール受信音。操作をしようにも、スリープモードもロック機能も、電源ボタンすらが壊れて動かなくなっている。
 震えながら画面を眺めていると、黒色の中に、おしゃべりではない文章が表示された。
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 0:00。 帝鷲町教会。 教壇前で黒い傘を持って待て。 遺書と金は不要
 1946
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