始まり
『ゲームを開始します…、ゲームを開始します…』
機械声がスピーカーから流れていた。
僕はぼんやりとその声を聞いていた。頭がうまく働かなかった。
なんとなくゲームが始まる前のことを回想した。
「あの、美神君もトランプやりませんか?」
「やらない」
「あう…」
即答すると、学級委員長である栗林翔子は涙目になった。
「泣かない泣かない。だから言っでしょ、美神なんてほうっておけって」
「そうそう。あいつって1年の時もクラスの行事に全く参加しなかったんだから」
「何考えてんのかわかんないよな」
クラスの奴らが寄ってきて、栗林を慰め、僕の悪口を言う。小柄で気が弱い彼女は一見委員長には向いていないように見えるが、小動物を思わせる容姿やかわいい言動でクラスメイトから可愛がられているようだ。さしずめクラスのマスコットキャラクターのといったところか。
クラスで孤立している僕にわざわざ声をかけることからわかるように、誰にでも優しい。
クラスのまとめ役としては機能しているようだ。
(でも、もし緊急事態が起こったら)
例えばクラス間で殺し合いをしなくてはならない状況。例えば無人島でサバイバル。そういった状況ではもっと強力なリーダーが必要だ。力と知恵を併せ持ち、人々を従えるカリスマの持ち主。その近くには自然と異性が侍り…。
「…くだらない」
僕はは小さな声で吐き捨てた。
幼い頃、僕はヒーローになりたかった。
敵を倒し、皆から賞賛されるヒーローだ。小説とゲームが好きで、友達がいなかった僕は、一人で繰り返し夢想した。
高校2年生になった今、僕は正確に理解している。ヒーローが必要になる状況などやってこないし、仮にやってきてもヒーローになれる器じゃないってこと。
調子に乗って単独行動したあげく登場人物のなかで一番最初に死ぬキャラあたりがお似合いだろう。
かといって他人とコミュニケーションを取る気にもなれない。でも学校に通うという安定した環境を手放す気にもなれない。僕は中途半端だ。
今日は6月3日、水曜日。今は昼休み。
教室の窓からはサッカーボールを蹴る生徒の姿が見えた。もうすぐスポーツ大会があるからその練習だろうか。
教室には生徒たちが幾つかのグループで集まってコミュニケーションをとっていた。
昼休みは図書室に行くのが入学して以来の習慣だった。しかし。
(今日も彼女が図書室にいるだろうか)
そう思うと気が重くなる。だから教室にいることに決め、カバンからラノベを取り出た。
次の瞬間、教室が光に包まれ…
(そして今に至る、と)
光が晴れたとき、グラウンドや図書室にいて教室にいなかった生徒が出現していた。
そして窓の外は真っ暗になり、なにも見えない。全ての窓は閉ざされ、どんなに力を込めても開かない。
廊下へのドアも同じように開かなかった。つまり僕達、2年3組の生徒はこの教室に閉じ込められたってこと。明らかに超自然的現象が起こっていた。人を一瞬で移動させる技術など聞いたことがない。SF小説なら別だが。
『ゲームの説明を始めます。黒板を見てください』
音声が変わったのに気づき、僕は前をみた。
黒板はいつのまにか巨大な液晶パネルのようなものに変わっていた。そしてそこに大きく文字が表示される。
『Dreamer's Game』
『あなた達三鷹高校の学生は幸運にも"Dreamer's Game"に招待されました。喜んでください。あなたの願いを叶えられるチャンスを得られたのですから…』
静まりかえった教室を見渡してみた。喜びの顔など存在しなかった。混乱と不安が満ちていた。
『ゲームの内容は仮想空間"Dream World"での冒険です。あなたは剣や魔法を使ってモンスターと戦います』
『ゲームの目的は元の世界への帰還です。現在この校舎は異界に存在します。"Dream World"での冒険を通じてしか元の世界へ帰還することはできません』
『ゲームでの行動によっては、もとの世界へ帰還する際にあなたの願いを叶えることができます。例えば死者の蘇生、大金を得る、といったことを。その方法はゲームを進めていけば知ることができるでしょう…』
死者の蘇生、という言葉が発せられたとき、隣の席から異様な気配がした。思わず視線を向けると、その席に座る香山梨花が真剣な顔でスピーカーを睨んでいる。
少し気になった。
『"Dream World"へは"ポータル"という場所から移動できます。教室の前を見てください』
黒板の前に、7色に光る円筒が床から出現した。
『この中に入ると"Dream World"の各所へと転移できます』
『それではゲームをお楽しみください』
次話は月曜日までに投稿したい。