9話 味覚共有という名の搾取
第9話
翌朝。
ドルチェの町を三人で歩いた。
通りにはスイーツ屋が立ち並んでいる。ショーケースには色とりどりのケーキ、焼きたてのクッキー、宝石のようなチョコレート。
「どれにしようかしら♡」
リリアーナが目を輝かせている。
「私はあれがいいわ」
セレスティアが指さしたのは、山盛りのシュークリーム。
「...それ、一人で食べるの?」
「食べるわよ。文句ある?」
「ないけど...」
「ニケちゃんは何がいい?♡」
「私は...」
広場に人だかりができているのが見えた。
「あれ、何かしら?」
リリアーナが首を傾げた。
近づいてみると、看板が立っていた。
『ドルチェ名物!大食い大会!優勝者には【探索の羅針盤】を贈呈!』
「大食い大会...?」
「優勝商品、羅針盤って」
セレスティアが看板の横に飾られた商品を見た。
金の装飾が施された、豪華なコンパス。見た目は完全に骨董品だ。
「なにあれ、ただの飾りじゃない」
「方位磁針かしら♡ 豪華だけど...」
二人とも興味なさそうだ。
その時、頭の中にアテナ様の声が響いた。
『ニケちゃん、あの羅針盤、本当は特別な効果があるのよ♪』
(え?)
『欲しくない?♪』
(どんな効果ですか?)
『味覚共有してくれたら教えてあげる♪ 20ポイントね♪』
(味覚共有...?)
『私がニケちゃんの食べた物の味を感じられるの♪』
(それ、私に何のメリットが...)
『羅針盤の効果、教えてあげるってば♪』
(20ポイントは高すぎます)
『えー、でもお得な情報よ?』
(いりません)
『本当に?もったいないなぁ〜...魔王討伐に関わる重要な情報なのになぁ〜...』
(...)
『出し惜しみして100回目も失敗しちゃったらどうしようかなぁ〜...』
(っ...!)
それは卑怯だ。99回の失敗を持ち出すなんて。
『ニケちゃんのせいで世界が滅んじゃうかも〜...』
(分かりましたよ!)
『やった〜♪ じゃあチョコレートケーキ食べて!あそこのお店の!』
完全にしてやられた。
最初からこれが目的だったのか...。
※
三人でスイーツ屋に入った。
席について、注文したスイーツが届いた。
リリアーナの前には上品なフルーツタルト。
セレスティアの前には山盛りのシュークリーム。
私の前にはチョコレートケーキ。
「いただきます♡」
リリアーナが優雅にフォークを動かす。
セレスティアは早速シュークリームを頬張っている。
私もチョコレートケーキを一口。
...美味しい。濃厚なチョコレートの香りが口の中に広がる。
『おいしい〜〜〜!!!』
頭の中でアテナ様が叫んでいる。
『なにこれ!天界のスイーツより美味しい!!』
(そんなに...?)
『もっと食べて!もっと!』
(ちょっと、味わって食べたいんですけど)
『いいからいいから!次!次!』
強引だ。
私はケーキを食べ進めた。アテナ様の歓声が頭の中で響き続ける。
「ニケ、すごい勢いで食べてるわね」
セレスティアが呆れた顔で見ている。
「...ちょっと、事情があって」
「事情?」
「気にしないで」
二人が顔を見合わせた。
「...もしかして、甘いもの久しぶりとか?」
「え?」
「ニケちゃん、苦労してきたのね...♡」
リリアーナが哀れみの目で見てくる。
「いや、そういうわけじゃ——」
「遠慮しなくていいのよ。私のも食べていいわよ♡」
「違うから!」
『ニケちゃん、それ貰って!』
(アテナ様は黙っててください!)
「ごちそうさま」
私はケーキを食べ終えた。
『もう終わり...?』
(終わりです。信仰度20も使ったんですから)
【現在の信仰度:16】
『ケチ〜』
(ケチはどっちですか。で、羅針盤の効果は?)
『神力を込めると、探し人の方角が分かる道具よ♪』
(探し人の方角...)
普通に使えばただの方位磁針。でも神力を込めれば——
(もしかして、それって魔王を探すのにも使えるってことですか?)
『さぁ?♪』
含みのある声だった。
(...この人、絶対知ってて言わない)
『知りたい?♪ 5ポイント追加で教えてあげる♪』
(いりません)
『えー、いいの?』
(もう20ポイントも使ったんです。これ以上は無理です)
『ケチ〜』
(ケチはどっちですか)
でも、可能性はある。試す価値はある。
私は二人を手招きして、声を落とした。
「実は、あの羅針盤...魔力を込めると探し人の方角が分かるらしいの」
「へぇ、そんな効果が」
セレスティアが小声で返す。
「だから欲しくて...」
「じゃあ私が優勝してあげてもいいわよ」
「本当?」
「120万zの魔法書買ってくれるならね」
「120万!?」
「嫌なら自分で頑張りなさい」
無理だ。そんな大金出せない。
「...リリアーナ、お願いできない?」
「私?♡」
リリアーナが首を傾げた。
「ニケちゃん、誰を探したいの?」
「...大事な相手」
「大事な相手...?」
リリアーナの目が鋭くなった。
「女?男?」
「いや、その...複数人いて、男も女もいる、かも」
「複数...!?」
リリアーナが固まった。
「ニケちゃん...浮気者だったの...?」
「違うから!全然違うから!」
「私、参加しないわ」
リリアーナがプイッと顔を背けた。
「え、なんで」
「ニケちゃんの浮気相手を探すお手伝いなんてしないもの」
だめだ。リリアーナは頼れない。
セレスティアに頼んだら120万。
...自分で出るしかない。
「じゃあ、ちょっと参加してくるよ...」
「あら、自分で出るの?」
セレスティアがニヤッと笑った。
「私も出るわ」
「え、なんで?」
「大食いには自信あるの。優勝したら羅針盤、あんたにあげてもいいわよ」
「え、いいの?」
「その代わり、120万の魔法書ね♪」
「だから無理だって...」
「じゃあ自分で勝ちなさい」
セレスティアがニヤッと笑った。
「私に勝てたら、の話だけど」
「...負けないよ」
強がってみたけど、正直キツい相手だ。
※
大食い大会の受付を済ませた。
参加者は5人。
私、セレスティア、そして見知らぬ三人の大男たち。
「なんか...場違い感がすごい」
「気にしないの。勝てばいいのよ」
セレスティアが自信満々に言う。
「あんた、そんなに食べれるの?」
「舐めないでよ。100年間、食っちゃ寝の生活してたんだから」
「それ自慢になってないよね」
「うるさいわね」
司会者が前に立った。
「それでは、ドルチェ名物・大食い大会を始めます!」
観客から歓声が上がる。
リリアーナが観客席から手を振っている。まだ少しむくれた顔だけど。
テーブルの上には、山のようなシュークリームが並んでいた。
「制限時間は30分!一番多く食べた方が優勝です!途中で席を立った場合は失格となります!」
席を立ったら失格...。
「それでは——始め!!」
大会が始まった。
(続く)




