8話 プリンセス・ティアラ
第8話
翌朝。
宿の部屋で目を覚ますと、頭の中にアテナ様の声が響いた。
『おはよ〜ニケちゃん♪』
(おはようございます...朝から何ですか)
『次の行き先、決まった?』
(まだです)
『じゃあ決めてあげる♪ ドルチェの町に行きなさい!』
(ドルチェ...?)
聞いたことがあるような、ないような。過去の記録にあった気もするけど、思い出せない。
(なんでドルチェなんですか?)
『理由知りたい?』
(来た...)
いつものパターンだ。ここで「信仰度10消費ね♪」が来る。
『今日は特別に無料で教えてあげる♪』
(...は?)
『信仰度が稼ぎやすいから♪』
無料?この人が?
(本当ですか?)
『本当本当♪ あそこの絶品スイーツが...じゃなくて、とにかく行ってみて!』
(...今、スイーツって言いました?)
『言ってないわよ? 別に深い意味はないの!ないったらないの!』
怪しい。明らかに怪しい。
(逆に怖いんですけど。無料って)
『ひどーい♪ バジリスク戦で頑張ってたから優しくしてあげてるのに〜』
(絶対裏がある...)
でも、他に当てもない。
(...分かりました)
『やった〜♪ じゃあ気をつけてね〜♪』
通信が切れた。
...やっぱり怪しい。
いつもなら「理由気になる?なら信仰度10消費ね〜♡」ってぼったくってくるのに、今回は無料。
絶対なんか企んでる。
※
朝食を済ませ、三人で町を出た。
「ドルチェ?」
セレスティアが首を傾げた。
「あー...聞いたことあるわね。スイーツで有名なとこでしょ」
「私も聞いたことあるわ♡ スイーツで有名な町よね」
リリアーナが微笑んだ。
「スイーツ...?」
二人とも知ってるのか。私だけ知らなかった。
「行きたかったところなの♡ 楽しみね」
リリアーナが嬉しそうに言う。
「私も甘いものは嫌いじゃないわ」
セレスティアも乗り気だ。
「あら、セレスティアも甘いもの好きなの?♡」
「べ、別に好きってわけじゃ...嫌いじゃないだけよ」
「ふふ、素直じゃないわね♡」
「うるさいわね!」
...まあ、二人が喜んでるならいいか。
「でも、なんでドルチェなの?」
セレスティアが聞いてきた。
「アテナ様の...じゃなくて、えっと...宿屋の店主におすすめされたの」
「ふーん」
セレスティアが目を細めた。
「あんた、時々変なこと言うわよね」
「気のせいだよ」
「絶対気のせいじゃないわよ」
(バレそう...)
※
街道を歩いて数時間。
「ねえ、まだ着かないの?」
セレスティアが不満そうに言った。
「半日くらいって聞いてる」
「暑いんだけど」
「我慢して」
「喉乾いた」
「さっき水飲んだでしょ」
「足痛い」
「...セレスティア、100年引きこもってたから体力ないの?」
「うっ...」
「図星ね♡」
リリアーナがクスクス笑う。
「う、うるさいわね!引きこもりじゃなくて研究に没頭してただけよ!」
「100年も?」
「100年も!」
「ふふ、すごい集中力ね♡」
「褒めてないでしょそれ!」
森の中の道に差し掛かった時だった。
茂みが揺れた。
「来る」
私は構えた。
茂みから飛び出してきたのは、大きな狼だった。牙を剥き、こちらに向かってくる。
「私がやる——」
「待ちなさい!!」
生意気そうな声が響いた。
横から何かが飛び出してきた。
ピンク色の髪。ツインテール。小柄な少女。
少女は狼の前に立ち、剣を構えた。
「この私が相手よ!」
一閃。
狼は一撃で倒れた。
...強い。でも、私達でも倒せた。というか、倒そうとしてたんだけど。
少女が振り返った。
パンパン、と手を叩く。
どこからともなく黒いスーツにサングラスの男が二人現れ、少女を担ぎ上げた。
「危なかったわね。この私、Aランク冒険者プリンセス・ティアラ様が来たからには、もう安心よ!」
セレスティア「...っ」
リリアーナ「セレスティア、口元震えてるわよ♡」
セレスティア「いや、別に——」
口元を手で押さえた。肩が小刻みに震えている。
「——笑ってないわよ」
リリアーナ「プリンセス・ティアラちゃんに悪いわよ♡」
セレスティア「ぷっ...あはは!」
ティアラ「何よ!そこのエルフ!馬鹿にしてるの!?」
「セレスティア、失礼でしょ」
「だって...ぷっ...プリンセスって」
「ごめんねプリンセスちゃん。私は女の子らしくて可愛い名前だと思うよ」
ティアラが目を見開いた。
「...!あ、あなただけは見込みがありそうね。名前だけ聞いといてあげるわ」
「私はニケ。こっちがセレスティアと、リリアーナ」
「ニケね。覚えておいてあげるわ」
「で、あなたはどこに向かってるの?」
「私はこの先のココナ町に用があるの」
「ココナ町?」
「バジリスクの特殊個体がいるらしいのよ。王都から討伐依頼が来てね」
ティアラが胸を張った。
「Sランク相当の魔物よ。お子様には荷が重いわ」
「私たちが——」
「はいはい、『私たちでも倒せる』とか言いたいんでしょ?」
ティアラが手をひらひらさせた。
(...この人、自分で言って自分で答えてる)
「無理無理、Aランクの私でも苦戦するかもしれない相手なのよ?分かる?特にそこのエルフ!」
セレスティア「...はぁ?」
「セレスティア」
「ニケちゃん」
リリアーナが小さく首を振った。
「言っても無駄よ♡」
ティアラ「まあ、ニケは素直でいい子ね。大人しく安全な場所にいなさい」
(私、一応あなたよりお姉さんなんだけど。まあ背丈は確かに小さいけど)
「...そう。気をつけてね」
私は適当に流した。
「当然よ。じゃあね、ニケ」
ティアラがパンパンと手を叩く。
「モブA、モブB、行くわよ」
「「はっ」」
黒いスーツの二人がティアラを担いだまま、走り去っていった。
「...モブって呼んでたわね、あの子」
セレスティアが呆れた顔で言った。
「本人たちはいいのかしら♡」
リリアーナが首を傾げる。
「いいわけないでしょ、普通」
「でも嬉しそうだったわよ?♡」
「あれが嬉しそうに見えるの?」
(...サングラスでいまいち表情が読めなかったけど)
「...行こうか」
私たちはドルチェの町に向かって歩き出した。
※
夕方。
ドルチェの町に到着した。
門をくぐると、甘い香りが漂ってきた。
通りにはスイーツ屋が立ち並んでいる。ケーキ、クッキー、チョコレート。色とりどりのお菓子が店先に並んでいる。
「素敵...♡」
リリアーナの目が輝いている。
「...悪くないわね」
セレスティアも満更でもなさそうだ。
「セレスティア、目がキラキラしてるわよ♡」
「してないわよ!」
「してるしてる♡」
「だから、してないって言ってるでしょ!」
「まずは宿を取ろう。明日、ゆっくり回ろう」
「そうね」
「楽しみ♡」
二人は名残惜しそうにスイーツ屋を見ながら、宿に向かった。
(...アテナ様、本当の目的はスイーツだったんじゃ)
まあ、いいか。二人が楽しそうだし。
※
その頃、ココナ町——
ティアラはギルドの受付嬢の前で固まっていた。
「ですから、バジリスクは昨日、討伐されたんです」
「...は?」
「若い女性三人組のパーティが倒しまして」
「三人組...?」
ティアラの頭に、さっきすれ違った三人の顔が浮かんだ。
銀髪の少女。金髪のエルフ。赤髪の竜人。
「ま、まさか...」
「おかげで石化していた冒険者たちも元に戻りました。本当に感謝しています」
受付嬢が頭を下げる。
ティアラの顔が真っ赤になった。
「お子様には荷が重いわ」
「特にそこのエルフ!」
自分の言葉が頭の中でリフレインする。
「...っ」
恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
「プリンセス様、いかがなさいますか」
モブAが尋ねた。
ティアラは拳を握りしめた。
「...追うわよ」
「は?」
「あの三人を追うの!ドルチェに向かったって言ってたでしょ!」
「し、しかし——」
「行くわよ!モブA、モブB!」
「「は、はっ!」」
ティアラは担がれたまま、ドルチェの町に向かって走り出した。
【現在の信仰度:36】
(続く)




