3話 腕相撲と100倍
腕相撲大会当日。
昨日の薬草クエストで色んな人に感謝されて、信仰度もそこそこ溜まった。
【現在の信仰度:11】
それに、アテナ様から耳寄りな情報も手に入れた。
(...今日、使う時が来るかもな)
「ニケ、早く行くわよ!」
セレスティアに手を引かれ、私は人混みの中を進んでいた。
「引きこもりのくせにこういう時だけ元気だね...」
「う、うるさいわね!珍しい本が売ってるかもしれないでしょ!」
「結局そっちか」
広場に近づくと、既に大勢の観客が集まっていた。
獣人、ハーピィ、リザードマン、ゴブリン、エルフ...様々な種族が楽しげに騒いでいる。
「さあさあ、皆さん!本日の力自慢大会、始まりますよー!」
マイクを持った猫耳の獣人が甲高い声で叫ぶ。
「対戦相手はこちら!我らがココナ町の女王、リリアーナ様です!」
歓声が上がる。
視線の先には——
赤い髪。紅い瞳。頭から生えた角。背中には小さな翼。
そして、何がとは言わないがでかい。
「竜人族ね。この世界で一番力が強い種族よ」
(知ってる。過去99回、誰も勝てなかった相手だ)
「ルール説明しまーす!」
司会の猫獣人が続ける。
「一つ!賞金額は最大100万z!参加者が勝った時の金額を事前に決められます!」
「二つ!負けた場合は同額、または同等の価値を支払ってもらいます!」
「三つ!魔法による身体強化はOKです!」
「四つ!レフリーの合図で開始、手の甲が台についたら負けです!」
体格のいい虎の獣人が挑戦する。掛け金10万。
「よーい...どん!」
一瞬だった。
ドスン。
虎獣人の手が、あっさり叩きつけられた。
次の挑戦者。熊の獣人。掛け金20万。秒殺。
その次。ドワーフの戦士。掛け金30万。瞬殺。
私は挑戦者たちの動きを観察していた。
レフリーの「どん」から、リリアーナが力を込めるまでのタイムラグ。
約0.3秒。
(...いける)
「次の挑戦者はいませんかー!?」
「はい」
気づいたら、手を挙げていた。
「ちょっ...ニケ!?」
セレスティアが目を見開く。
会場の視線が一斉に私に集まった。
「おお、小さい子が来たぞ」
「人間...?珍しいな」
「大丈夫か?怪我するぞ」
私は人混みをかき分けて、台の前に進んだ。
リリアーナが私を見下ろす。紅い瞳が興味深そうに細められる。
「あら...可愛い子ね。いくら賭けるの?」
「お金はない」
「え?」
「代わりに、私の命を賭ける」
会場が静まり返った。
「ちょ、ちょっと!命はやりすぎよ!」
司会の猫獣人が慌てて駆け寄ってくる。
「やめときな!リリアーナ様も困っちゃうよ!」
「私は本気だよ」
リリアーナが数秒、私をじっと見つめた。
そして——
「ふふっ」
楽しそうに笑った。
「気に入ったわ。あなた、度胸あるわね」
リリアーナは指を立てて宣言する。
「じゃあ、もしあなたが勝ったら、100万zあげる」
会場がどよめいた。
「100万!?」
「マジかよ!」
セレスティアが青ざめた顔で私を見ている。
「ニケ...本気なの...?」
「大丈夫」
私は台の前に座った。
「勝つから」
リリアーナが向かいに座る。私たちは手を組んだ。
レフリーのネズミ獣人が手を上げる。
会場が静まり返る。
「よーい...」
私は全神経を集中させた。
「どん!」
その瞬間——
【信仰度:11 → 1】
バチィッ!!
私の全身を青白い電光が包んだ。
世界が止まる。
いや、止まったように見えるほど、私が加速している。
リリアーナの瞳がゆっくりと見開かれていく。彼女が力を込めようとしている。
遅い。
私の腕が動く。
リリアーナの腕に、私の全力が叩き込まれる。
——抵抗すら、感じなかった。
ドゴォォォン!!
衝撃波が広がった。
台が粉々に砕け散る。
石畳にヒビが入る。
砂煙が舞い上がる。
その間、わずか0.08秒。
煙が晴れると——
リリアーナの手の甲が、地面に叩きつけられていた。
「...え?」
リリアーナが呆然と自分の手を見る。
「えぇぇぇぇ!?」
司会の猫獣人が叫ぶ。
「しょ、勝者...ニケ!!」
「うおおおおおお!!」
会場が爆発した。
「人間の子が勝った!?」
「嘘だろ!?」
「一瞬だったぞ!?何も見えなかった!!」
「100万z!!」
【信仰度:1 → 54】
勝利の瞬間、観客たちの驚きと感動が、信仰度に変わった。
(...ふぅ、うまくいった)
私は立ち上がり——
ガクッ。
「っ...!」
膝が笑う。足がガクガクする。
(やっぱり反動がキツい...)
昨日、アテナ様から教わった技。その代償だ。
※
——回想。昨日の薬草クエスト後。
宿に戻る途中、アテナの声が頭に響いた。
『あっ、そういえばニケちゃん』
「なんですか」
『神力の"圧縮解放"について話したっけ?』
「...なんですかそれ」
『気になる?』
「まあ、一応...」
『ここから先は有料よ♡ 信仰度10消費ね〜』
「...聞きます」
【信仰度:21 → 11】
『いい子♪ じゃあ教えてあげる』
『普通に使えば、信仰度10で10秒間、神力を使えるでしょ?』
「はい」
『それをね、1秒に圧縮すると——10秒分の力が1秒に凝縮されるの。つまり10倍の力♪』
「10倍...」
『0.1秒に圧縮すれば100倍。一瞬だけど、とんでもない力が出せるわ』
なるほど。時間を圧縮して、爆発的な力を得る。
『ただしぃ〜?』
アテナの声がサプライズでも発表するかのように弾む。
『反動がキッツいわよ〜♪ 体に10倍、100倍の負荷がかかるんだから。使った後はしばらく動けなくなるかも〜?』
楽しそうに言うな。
「...リスクありってことですね」
『そういうこと♪ ご利用は計画的にね〜』
——回想終わり。
※
(信仰度10を0.1秒に圧縮...100倍の力で、リリアーナが反応する前に決着をつけた)
(作戦通り。でも、この反動...しばらく足に力が入らない)
「はい、100万zです!」
猫獣人が袋を持ってくる。ずっしり重い。
「あ、ありがとう...」
受け取ろうとして、またよろける。
さて、これで当分の生活費は——
「待って」
背後から声がした。
振り返ろうとした瞬間——
ギュッ。
抱きつかれた。
「え、え?」
逃げようにも、足がガクガクで動けない。
「私と結婚してもらうわね♡」
「いきなり何!?」
「竜人族の掟よ♡」
「え?!セレスティア」
「私も知らないわよそんな頭おかしい掟」
「当たり前でしょ、今私が作ったんだから♡」
「今!?」
「ちょっと離して...」
「やだ♡」
「あなた!私のニケを離しなさい!」
セレスティアが割り込んできた。両腕を引っ張られる。
「痛い痛い痛い!」
(足動かないから逃げられない...!)
「よし、俺も手伝うぜ!」
観客の一人がセレスティア側に加わった。
「じゃあ俺はこっちだ!」
リリアーナ側にも増える。
「「「引っ張れー!!」」」
(綱引き大会始まってる!?)
「ニケちゃんは私のー!!」
「私が先に見つけたのー!!」
リリアーナごと引っ張られていく。
【信仰度:54 → 50】
(下がった!?なんで!?)
『はーい♪教えてアテナ先生〜のお時間でーす♪』
アテナのふざけた声が頭に響く。
「なんの茶番ですか!?」
『なんで信仰度が下がったのか気になっちゃってるなーって思って♪知りたいでしょー♪』
「まあ、正直…」
『そう思って、気が利く上司アテナさんがニケちゃんの信仰度をあらかじめ頂いております♪』
「いくらですか」
『少しよ少し30ぽっち程♪』
「...さんじゅう?」
「泥棒じゃないですか?!アテナ様!」
『あら、なんか電波悪いわね。』
「アテナ様?」
『あれ聞こえないーい。』
「アテナ様?」
『もう、メッセージで説明するね。』
「アテナ!!」
『ごめんねーばいばあーい♪』
【メッセージ】
『モテると嫉妬されて信仰度が下がっちゃうぞ。以上♪』
PS.パスワードはかけておこう!信仰度、盗まれちゃうぞ♪
ニケちゃんの大好きなアテナ様より
(...パスワード、かけておこう)
結局、私はセレスティアとリリアーナに両腕を掴まれたまま、宿へと向かうことになった。
足がガクガクで自力で歩けないので、ある意味助かったけど。
リリアーナは最後まで離れようとせず、「今日から一緒に泊まる」と言い張った。
...100万zは手に入ったけど、なんだかとんでもないことになった気がする。
(続く)




