1話 99回の失敗と100回目の挑戦
神界にも、上司というものは存在する。
「ニケちゃーん♪」
そして私の上司は、最悪のタイミングで現れる。
私の顔が青ざめた。
水晶球に映る映像——倒れた勇者の姿。その手には、鮮やかな赤い斑点のあるキノコ。
そして今、私は最悪の知らせを受け取った。
「99回目の勇者、毒キノコで死亡」
「アテナ様...あの...」
振り向くと、神々しい光を帯びて現れたアテナが、いつもと変わらぬ笑顔でこちらを見ていた。私の直属の上司である神、アテナ。
「ニケちゃん、世界また滅んだでしょ?」
優しい口調。でも、質問というより確認だ。
「...はい」
私の沈んだ返事に、アテナは小さく溜息をついた。
「何回目だったかしら」
「99回...です」
「あら、もうそんなに?」
軽い口調。まるで、お茶菓子を数えるような。
「アテナ様、これ、かなり深刻な状況なんですが...」
「分かってるわよ。100回目で失敗したら、全ての並行世界が消滅するんでしょ?」
アテナはあっさりと言った。
世界も、人間も、私たち神々も。全部。
「分かってるなら...深刻に考えてくださいよ」
アテナはにっこり笑った。
「分かってるから聞いてるのよ。で、どうやって死んだの?魔王に敗れたの?」
「...毒キノコです」
「え?毒キノコ?ニケちゃん、嘘は良くないよ」
「本当です!水晶球を見てください!」
私が水晶球を指さすが、アテナは首を横に振った。
「そんな子に育てた覚えはありません。勇者が毒キノコで死ぬなんて、ありえないでしょ?」
「でも本当に...」
「ニケちゃん」
アテナは優しく、でもきっぱりと言った。
「嘘ついた罰で、100回目はあなたが降臨しなさい」
「罰って...でも、神力が制限されてろくに戦えませんよ!」
「大丈夫よ。人気者になれば力が戻るから♪」
「人気者...ですか?」
「そうそう。人々に感謝されたり、尊敬されたり、好かれたりすればね。みんなの気持ちがあなたの力になるの。ニケちゃんなら簡単よ♪」
「簡単って...」
もう何を言っても無駄だ。この人、人の話を聞かない。
「...はい」
私は諦めた。
「よし、じゃあ決まりね♪さあ、行きましょ!」
「あの、まだ心の準備が...」
「じゃあね、ニケちゃん♪頑張って♪」
アテナの可愛らしい掛け声とは裏腹に、その蹴りは容赦がなかった。
「ぎゃああああああああああ!!!」
天界から人間界へと続く虹色の門を通り抜け、私の体は猛烈な速度で地上へと落下していく。
「せめて転移魔法で送ってくださいよぉぉぉ!アテナ様の鬼ぃぃぃ!」
叫びながら落ちていく私の視界に、深い緑に覆われた広大な森が映る。
ああ、あれが終焉の森か。
転生勇者が最初期に送られる場所にも関わらず「終焉」という物騒な名前がつく、魔物の巣窟。
99回、私はこの森を見てきた。勇者たちがどこで躓き、どこで死んだか。どの魔物が強く、どのルートが危険か。
そして今度は——私自身が、この森に降り立つ。
視界の端に、淡い光とともに何かが浮かび上がる。
【神力ステータス】
━━━━━━━━━━━━━━━
信仰度: 0
神力使用可能時間: 0秒
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「ゼロ...」
当然だ。誰も私のことなんか知らない。
地面が迫る。密集した木々の枝が見える。
「うわああああっ!」
ドスン!ガサガサガサッ!
木々の枝がクッションとなり、なんとか地面に落ちた。
「痛っ...!」
全身が痛い。神力が制限された今、私はただの非力な存在だ。
立ち上がろうとした時——
ゴォォォォォ...
地面が振動する。
「まさか...」
木々を薙ぎ倒しながら、巨大な影が迫ってくる。
ルフ。全長20メートルを超える巨大な肉食鳥。
「ギャアアアア!!」
「いきなり!?」
私は走り出した。
『ニケちゃーん♪』
頭の中に声が響いた。
「アテナ様!?近くにいるんですか!?」
辺りを見渡す。誰もいない。
『違うわよ〜。天界から直接お届けしておりま〜す♪ あらあら、鳥さん大きいわね〜』
「そうなんですよ!今、見ての通りちょっと色々と無理なんで、後にしてもらっていいですか!!」
『あ、そうだ!ニケちゃん!さっきの毒キノコの話、本当だったわ〜♪』
「ちょっと!話聞いてました?!てか、見えてるんですよね今の状況!?」
『水晶球見たの♪ごめんね〜』
木の陰に飛び込む。ルフの嘴が木に突き刺さる。
「謝るなら助けてください!」
『えー、でも降臨しちゃったし〜』
「誰のせいですか!」
『あ、大事なこと言い忘れてた!私ね、』
「後で!」
『大事な話なのにな〜。信仰度5で教えてあげようと思ったのに♪』
「あのー…私、信仰度ゼロなんですけど!」
『あれ?降臨ボーナス的なのあげなかったっけ…、あれ?…、あー…まあいいっか、そしたらまた溜まった頃に連絡するね♪ニケちゃん頑張って〜♪』
「降臨ボーナス、絶対忘れてるでしょ!」
(完全な沈黙)
「...切れた」
「...なんなんだ、あの神様」
ドンッ!
誰かにぶつかった。
「きゃっ!」
「痛っ!」
金色の長い髪。尖った耳。エルフだ。
「何なのよ、あんた!」
「逃げて!後ろ!」
「は?」
「ギャアアアア!!」
ルフが迫ってくる。
「なっ...!」
「説明は後!走って!」
二人で走り出した。
「ちょっと、何であんなのに追われてるのよ!」
「知らないわよ!落ちてきたらいたの!」
「落ちてきた?意味が分からないわ!」
「私も分からない!」
「何よそれ!」
ルフが距離を詰めてくる。
「ねぇ、あんたこのままずっと逃げ続けるつもり!?」
過去の記憶によると…湖だ!
「湖!湖に行けば何とかなる!」
「何とかって何よ!」
「いいから走って!」
※※※※※
湖に辿り着いた。
「はぁ...はぁ...で、どうするの?」
「魚を捕まえる。手伝って」
「は?」
「いいから!」
私は服を脱いで湖に飛び込んだ。
「ちょっと!」
神の身体能力で魚を捕まえ、岸に投げ上げる。
「...すごい泳ぎね」
エルフも渋々手伝い始めた。弓で魚を射る。上手い。
「あんた何者よ」
「ただの旅人」
「嘘ね」
10匹揃った時、地響きが近づいてきた。
ルフが現れる。
「来た...!」
エルフが弓を構える。
「待って、攻撃しないで」
「は?」
私は鳥語で叫んだ。
「ギャギャ、ギュウウウ!」
ルフが首を傾げている。
「...何してるの?」
「鳥語で話しかけて...」
「通じてないじゃない」
「ギャ、ギャギャ...」
「あの...俺、人語で話せるんだけど」
「「え」」
ルフが普通に喋った。
「発音が悪くて何語を話してるのか分からんかった」
「...最初から言ってくださいよ!」
エルフが呆れた顔で私を見ている。
「...あんた、何なの」
「ただの旅人...」
「で、何?魚くれるの?」
「あ、はい!全部差し上げます」
「...私たちは食べないんですか?」
「魚の方が美味いからな」
即答だった。
「...チョロい」
「ほんとにね」
さっきまで必死に逃げてたのが馬鹿らしくなってきた。
ルフは10匹すべてを平らげると、満足そうに言った。
「美味かった。ありがとうな」
【信仰度:0 → 5】
ルフは森の奥へと去っていった。
「ふぅ...生き残った」
私はその場に座り込んだ。
「...説明してもらえる?」
エルフが腕を組んで私を見下ろしている。
「あんた、空から降ってきて、鳥語喋って、異常な泳ぎして。何者なの」
「えっと...」
「私の名前はセレスティア。あんたは?」
「ニケ...です」
「ニケね。とりあえず、私の小屋に来なさい。話はそこで聞くわ」
(続く)




