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9話 善と偽善

 午前の授業が終了。午後は13時30分から近くの会館で芸能人の講演を観る事になっている。

 友達と昼食を食べた後、歩いて会館へ移動する。最近ようやく筋肉痛が和らいできたので、一時期に比べれば歩き方は大分マシになった。


 会館に到着したのは13時10分。やる事も無いので席に着いておく。


どこに座ろうかな?


 基本席は自由なのだが、緩い空気でワイワイやっている2人組を見かけたので友達を連れてその横へ。


「隣、いいかな?」

「あ、どうぞどうぞ。…で、さっきの話の続きだけど、俺のダブチ推しは揺るがんよ」

「チーズバーガー2個買った方が安くね?」

「お前は何にも分かっていない。微妙に風味と食感が違うんだよ」

「そんなに変わるか?」

「変わる変わる」

「ほぉー。そんなに自信あるなら今度目隠し食べ比べやろうぜ。チーズバーガー2個で作ったダブチと本物ダブチでさ」

「やめておけ。100%分かるからやるだけ時間と金の無駄だ」

「ああ、それでもいいぞ。とにかくやろう。で、条件は“当てたらタダ、外したら陸上部に入る“で」

「…いいか? もう一回言うぞ? 俺は100%分かる。やるだけ無駄。理解した?」

「理解した。だからやろう」

「1ミリも理解してねーじゃん。金の無駄になるだけだからやめろって」

「100%分かるんだろ? だったらいいじゃん」

「……あっ、何か急に降りてきた。今日から俺、照り焼き推しになるわ」

「あっそ。とりあえず、今日は入らないと」

「明日もな」


実家の様な安心感ってこういう感じなのかな。慣れない椅子だけど雰囲気はいつもの教室みたい。


 すっかり和んで友達と雑談していると、放送が入って辺りが薄暗くなり、舞台袖から芸能人が出て来た。この人は募金活動に積極的で年に何回かは現地に行って難民に会って来ている。その手の写真がこの人のSNSにあげられている。今日の講演でもプロジェクターでそれらの写真(今日は笑顔で握手を交わしている写真)を使って「貧しい人々を救いたいのです」と早速熱く語っていた。絵に描いたような善人ムーブ。誰もがこの人の事を優しい人間だと思うだろう。…不快だ。

 この人がやった事は、海外に行って難民と一緒に写真を撮っただけ。それで、テレビやこういう講演会で『救いたい』って言うだけ。具体的に難民の人達の環境を何一つ救っていないのだ。

 講演会のギャラは大体100万円。で、レギュラー出演するTV番組でもこの難民保護スタンスでギャラを稼いでいる。そして、SNSにそれ関連の画像をあげればイイネされて自分の承認欲求が満たされる。どう考えても、この人が難民の人達に救われているよね? 救いたいって言っているのに救ってもらっているのっておかしくないですかね? 弱者を道具として利用する。これで不快にならない人なんている?


 善者と偽善者の簡単な見分け方がある。それは見返りを求めるか、求めないかだ。見返りとは今回の講演の様なギャラや物も含まれる。また、『貧しい人可哀そう』『障害を持つ人可哀そう』と言う“だけ”の人も社会的価値のある善者称号を得る為にやっているから、見返りに含まれると思う。本当の善者はそんなアピールしないし、“やりたい”じゃなくて、もうやっている。例えば、国境なき医師団で今も現地作業している人達とかね。

 …などと考えていたら、いつの間にか講演も終わり、質問タイムになっていた。もちろん私は質問する事など何1つなかったので、暇になる。暇つぶしに、会場を見回すと、講演に感動して真面目に聞いている人、爆睡している人、ヒソヒソ雑談している人達が居た。真面目に聞いている人は偽善者の素質あるよ。

 偽善者はそこら中に居る。この会場の人も殆どが偽善者だろう。もちろん私も含めてね。反対に、見返りを求めない人は珍しい。そんな人、周りに――


 隣を見ると、腕組をして私と同じ様に不快感丸出しの表情になっている人が居たので、聞いてみる。


「どうだった、今日の講演は?」

「正直面白くはなかった。難民の人がダシに使われていたしね。それでこの人を開始早々嫌いになったよ」

「そっか」

「…ただ、お金を儲ける為だけにやっていると考えれば納得できるんだよね。この人はこの人なりに考えて今回の様に難民の人達が苦しんでいる姿を利用し、その共感から利益を得る方法を編み出したんだろうしさ。まぁさっきも言った通り、この人自体は嫌いなままなんだけどね」

「はは…」


 嫌いだからって一気に切り捨てずに相手の立場になって考える、かぁ…。沸点低い私に同じことができるかな?


 無駄に思えた講演が最後の最後で勉強になったし、今日は来て良かった。



◇◇◇



 俺が家に帰ると玄関には使い古された革靴が。これは――


「ただいまー」


 すぐリビングに行くと、ぼさぼさ頭の革靴所有者が座っていた。


「おかえりー」

「父さんこそおかえりー」


 目が垂れていて相当眠そうだ。やはり追い込み時期の多忙さは相当なものだったのだろう。さておき、この時間に帰ってきているという事は――


「仕事の方は一段落ついたの?」

「まぁな」

「そっか。お疲れ様」

「おう。…それより、最近元気に学校行ってるんだってな。母さんから聞いたよ」

「うん…」


“元気”って、俺は小学生か。まぁ昨年とかは惰性で行っていたものだからそう思われてもしょうがないか。


 とりあえず、それを言った父さんの顔が嬉しそうだったので“元気”なのは良い事だと思う。


なら、その源となっている月鉤さんには感謝だな。


 1カ月前は自堕落的に毎日を送っていたが、現在は彼女の成長を見守る事が生甲斐になって、それが毎日の活力になっている。登校し続ける動機しかり、彼女には助けられてばかりだ。

 自分の今の生甲斐を認識したことで、ふと父さんのそれも気になったので聞いてみる。


「父さんが休まず仕事に行く理由って何?」

「ぶっ…! どうした急に?」

「いや、ね?ちょっと聞いてみたくなっちゃって」

「…うーん。まぁ“家族がいるから”だな。あー分かってる、分かってる。ありがちな理由って事だろ? ただな?これしか浮かばないんだわ。だから、これが俺にとっての一番の理由であるのは確かだよ」

「そっか。答えてくれてありがとう」

「おう」


 少し恥ずかしそうにしながら答えてくれた声には確かな暖かさを感じた。それは、親である使命感から仕方なくやっているというよりか、自分が本当にそうしたくてやっているという想いが十分につまっていた。

 母さんがニヤニヤしながら台所で野菜を切っている。その表情でこの人も多分父さんと一緒なんだと思った。

 家族の為に頑張る事。この家族に俺は含まれている。俺は生まれた時から2人に助けられていた。子供だから当たり前なんだけど、当たり前過ぎて気づかないレベルにまでなっていた。


俺は大馬鹿だ。自分の事に必死でこんな大事な事を忘れていただなんて。


この瞬間から急遽、親孝行する決意をした。残り期限12日という短い期間ではあるが、やれるだけやるつもりだ。


 親孝行。まず思いついたのが、家事作業全般。料理は下手に作ろうとすると足を引っ張って余計に手間を取らせるだけだと思ったので、自分のできそうなもの…洗濯・風呂掃除・買い物をやる事にした。

洗濯は家族全員が風呂に入った後にまとめてする。その時に風呂の水を洗濯機に移動。で、洗濯中に風呂掃除を済ませればOK。脱水まで30分くらいかかるとして、その間に父さんの革靴を磨いたり、スーツのホコリ・シミ取りをするか。やり方は分からないので、スマホで調べて動画見ながらやればいいだろう。


 ある程度段取りを立てた所で確認作業に移る。


「明日から俺が買い物に行くから、買ってきてほしいものを書いておいてほしいのだけど」

「別にいいわよ。書くのめんどくさいし」

「スマホで送ってくれてもいいから。お願いします」

「…しょうがないわね」

「ありがとうございます」

「一応聞くけど、買う場所は分かってるの?」

「近所の3店舗の中で一番安いイイネマート。で、肉は昔からお世話になっている松井精肉店でしょ?」

「最低限は分かっている様ね。なら大丈夫か」

「うん。任せておいてよ」


 この後、洗濯と風呂掃除の件も交渉成立。洗濯物の干し・畳み作業はもたもたする事が指摘されたので、共同で行う事になった。父さんには「そんな事してないで、勉強するか早く寝ろ」と言われたが、「終ってからする」と強引に押し切った。


 初日こそ疎まれていたが、日を重ねるにつれ、それが消えていく。それはきっとこの行動が2人に“当たり前”と認められたからだろう。それが分かり、俺の顔は自然と緩んでいた。

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