6話 妄想親友
親友がほしい。
どんなことがあっても絶対に離れない完璧な親友が。
れんちゃんが離れていったあの日から、私の頭の中でその願望が生まれ、今現在まで消えた事が無い。これからもそれが敵う事はないだろう。だから、私は妄想に逃げる。妄想の中の親友なら絶対離れないから。
今までの妄想はボヤボヤしていたけど、ここ数日で急に解像度が増した気がする。妄想のコツを掴んだって事かな? 本当は悲しむべきなのだけど、なぜかちょっと嬉しい。やっぱりそれだけ親友に飢えているって事だよね。
最近の妄想親友は凄い。私が友達付き合いで長年溜めていたストレスにとうとう耐えきれなくなってどうしようもなくなっている時にスッと現れ、私の愚痴を聞いてくれて最後には『親友になる』宣言までしてくれたのだから。『このタイミングで反則過ぎ…』ってなって、思わず泣いちゃったよ。
妄想親友の顔はぼやけてよく分からないのだけど、どこか親近感があった。まるで知り合いみたいな… もしかしたら誰かと重ね合わせて妄想しているのかと思ったけど、声が変なダミ声になっているから誰がしゃべっているかは分かんなかった。
不思議な事にその人の発する言葉には、絶対感の様なものがあって逆らえない感じがした。それでいて、その人に従っている時はなぜか安心感がある。ただ、偶にやりたくない事を命令してくるからその時は反発するけど。
でも、その反発を受け止めた上で、私のやりたいようにやらせてくれるんだよね。さすが私の親友。…まぁ妄想だし、イタイっていう事は重々承知しているのだけど、止められないんだよね。
ちょっと私が体を動かすと太ももに痛みが走った。
なーんか最近足がやたら筋肉痛になるんだよね。特に動き回った記憶はないんだけど…。そういえば、夕方気づいたら汗だくになっているのは何でだろう? 代謝がめちゃくちゃ上がったとか? で、いつの間にか半袖・短パン姿になっているし…。妄想でボケーッとしちゃう時が多いから知らない間に運動していたりするのかなぁ? だとしたら、超助かるんですけど。運動苦手だし、嫌な思いせず健康に気を遣えるからね。
嬉しくなって体が少し動くと、椅子もつられてガタっと動く。
…あっ、私ったらまた授業中に浸りまくっちゃった…。集中集中…。
現実に戻って来た私の意識は黒板とノートを行き来した。
授業の終わり間際、先生が配ったプリントを回収する。どう見てもその量が多そうだった。
「プリント、持ちますよ」
「ありがとう、月鉤。いつも助かるよ」
「いえ…。職員室の先生の机まで運べばいいんですよね?」
「いや、会議室までだ。そこで他クラスのと集計する事になっているから」
「分かりました」
現在地は2階、会議室は1階にある。両手持ち状態なので足元の視界がやや不良。階段を下る時は注意しながら下り、会議室前に到着した。が、早速問題発生。両手が塞がっているからドアが開けられない。足で何とか開けようとするもうまくつま先が引っ掛からず、悪戦苦闘。そんな時、後ろから気配を感じたと思えば、ドアが急に開かれた。
「わっすれもの、わっすれもの~っと」
江口君?
「おっ、あった。やっぱりここに忘れていたか~」
奥の机まで行き、スマホをこれ見よがしにかかげる。私の目がおかしくなければ最初からそこにスマホは置かれていなかったはずだが。
「いや~昼休みにここで寝ていた時置いてきちゃったんだよねーうっかりうっかり。…あっ、月鉤さんじゃん。…プリント運びしていたの?」
「うん…」
「偉いね。プリント運びを手伝わない気遣い皆無な俺とは雲泥の差だ」
「……」
「じゃーね」
彼は逃げる様に去った。
あからさますぎでしょ。どんだけ不器用なんだ。
そのわざとらしさに思わず笑ってしまう。
また、助けられちゃったな。
彼の“これ”が始まったのはいつからだろう? 確か1年の秋頃からは始まっていた様な…いや、私が気づいていなかっただけでもっと前の可能性もあるなぁ…。
彼は私が困っている時にやって来ては、シレっと助けて去って行く。煙みたいに消えるから、助けられる側が意識しないと覚えていないくらい印象が薄い。それだけさり気無いのだ
この感じには覚えがあった。それは私の妄想の中にいつもある…いや、居るものだ。
そういえば、江口君とは昨日リミブレ話で急に仲良くなったなぁ。彼が話しやすいのは何となく分かっていた。だって、江口君と神童君の掛け合いっていつも緩くてとっても落ち着くもの。
ずっと眺めていても飽きないから、いつまでも見ていたいと思える。彼は神童君とは友達だと言っていたけど、私から見たら親友にしか見えない。そんな2人の空間にもし私が割って入る様に話しかけたら、せっかくの空間を壊してしまうんじゃないかって。だから、話しかけるのを躊躇し続けた。見ているだけで十分だと言い聞かせていた。
だけど、昨日は彼の方から話しかけてきてくれて、さらには私から話を引き出してくれた。まるで躊躇している私の背中をそっと押してくれる様に。そして、空間の中は外よりももっと充実しているって事を教えてくれるかの様に。
だからこそ思う。
彼ならこなせるかもしれないと。
私の親友を――。




