5話 ストーカー対ストーカー
放課後、今日も元気に月鉤の尾行を開始。
彼女が3人グループで和気あいあいとやっている姿を後方から距離をあけて追う。
笑顔が少しひきつってる。あいつらは苦手なのかな? …にしても、昨日とはえらい違いだ。
会話の内容は聞こえないが表情で雰囲気は察せる。会話を崩さない様に自己主張を捨て、合わせる事だけに集中。苦手な子達とも仲良くしないといけない。そんな人気者の辛さを改めて知れる良い社会勉強になった。
人気者じゃなくて良かった。
そう思っている内に時は過ぎ、彼女は2人と別れて1人になった。
彼女の近くにいるのはすれ違う通行人と1人のストーカーのみ…のはずだったが、今日は少し違った。
彼女の後方3mの距離を保ち、ニット帽を深くかぶったサングラスの中肉中背男が、先程から彼女をチラチラ確認しながらつけている。挙動からその目的は明らか。今日はこの場にストーカーが2人いるという事だ。
彼女の家を特定されてはまずい。ここで引き止めておかないと――
「何をされているんですか?」ポンと肩を叩く。
「なっ!? 何だ、ガキか…。どっかいけ。今忙しいんだ」
「”忙しい”って、”ストーカー”がですか?」
「ちっ、うっせーな」
すると、ポケットからナイフを取り出し、右手に持って『殺すぞ』と言わんばかりに威嚇してくる。やむを得ず距離を取らされた。
ナイフ持ちとか…。この人、本格的にやばいな。こんな人を放っておくのはまずい。
「通報しますよ」
「やってみろ。その前にやる」
通報は無理か…。自力で何とかするしかない。
幸い俺には服従カードという便利な道具がある。
…とはいってもこのカードじゃ、遠くに離れてもらったり、2時間拘束できるくらいで一時しのぎにしかならないからなぁ。…いや、使い方によるか――。
閃いた俺に向かってナイフを右手に突進してくる男。
距離を十分引き寄せてから――
「絶対服従」
男の目が虚ろになっている内にナイフを奪ってカバンにしまう。そして少し距離をとった。
「解除」
「…あれ?ナイフがない。さっきまで持っていたはずだ…。その表情…お前、何かやったな?」
「さぁ?」
「クソが!」
拳を掲げて走ってきた所を――。
「絶対服従」
再び距離をとる。
「解除」
「また距離が離されて…お前、絶対何かしているだろ!」
「さぁ?」
今度は無言のまま走って来る…が、結果は同じだ。
こうして男はループに捕まった。10回繰り返した後、息を切らせながら叫ぶ。
「ええい! 鬱陶しい!」
「そうでしょう、そうでしょう」
「調子に乗りやがって…。お前は何なんだ?」
「ただのストーカーです」
「はぁ?」
「あの子は俺の獲物ですから、近寄らないでください」
「気持ち悪い奴だな」
「お互い様でしょ?」
「一緒にするな変態」
「一緒ですよ。…とにかく、今後またあなたがあの子をストーカーしていたら、今回みたいに妨害しますから。何度も、何度でもね…。ストーカーがしつこくて厄介なのは、あなたなら十分に分かるでしょう?」
「ちっ…変態ストーカー野郎が。くたばりやがれ!」
男はその辺の物にイラつきをぶつけながら去って行く。
空き巣が固いセキリティの家をめんどくさがって狙わない様に、こちらもめんどくさがってほしい。一応俺のできる防犯対策はこれまでだ。
おっと、こうしている場合じゃなかった。
見失った彼女を走って追う。何とか家に入る前に追いつき、服従させることに成功した。
そのまま家で着替えてもらってから第ニ公園へ。そこまではいつも通り、少し距離を取って無言でついて来てもらう。
今日も知り合いに会わずに来れて良かった。
公園到着後、いつものをやる。
彼女は俺と目が合うと察してくれたのか、右掌を上にして腕を預けた。
「ありがとう。では早速」
1分間彼女の脈数をはかる。60以下か100以上だと異常らしい。
70…異常なし、と。次は――
目の下、むくみなど目に見えて分かる異常はないか探す。今日も何もなかったので一安心だ。
この後、親友3箇条復唱と3キロランニングを済ませて愚痴り合い時間に突入した。彼女は早速先程の帰り道での事を話題として話す。
「あの2人、『映える~』って言いながらしょっちゅう写真撮っているんですよ。で、SNSに速攻あげて…。それが物とかならまだしも私が映ったのもあげているんですよ?無断で。それが全世界の人に見られているって事自覚してないんですよ」
「身元特定されるかもしれないしね」
「そうです!まさにそれ!ご主人様からあの2人に言ってあげてくださいよ。お前等のやっている事は他人を不幸にする最低な行動だって。あーもう腹立つ!これだから他人の事を考えられない奴と一緒にいるのは嫌なんですよ。いるだけでストレスたまるから」
「お疲れ様…」
今日も絶好調な愚痴っぷり。友達に対するいつものぎこちない合わせ感が消え、溢れ出るほどのエネルギーを感じた。これが裏月鉤…いや、正確にはこっちが表か。と、怒涛の様に繰り出される愚痴に圧倒されながら思う。
「ご主人様、聞いてますか?」
「ああ、聞いてるよ」
「ここからがまたムカつくポイントなのでよく聞いておいてください」
「分かった」
チラリと今日の服従可能時間を確認。
”あと40分”。帰りの時間も含めた20分までの道は遠い。
最近走り慣れて来たから早く走り終えれているんだな。明日から距離を5キロにするか。
「聞いています?」
「聞いてるよ」
「ポイントだと事前に伝えているんですから、しっかり聞いてくださいね?」
「は、はい」
油断を許さぬ彼女。親友というのは時に厳しいものだと教えられた。
時間が来たのでそろそろ彼女の家に戻ろうと雑談を切り上げる。カバンを手に持つと、ジッパーの隙間からドサリと何かが落ちる。キラリと光る刃はストーカーの証、どうみてもあの時の凶器だ。
やばいの落としちゃった!
急いで拾おうとしたが、彼女に先を越された。
「落としましたよ?」普通に手渡される。
「あ、ありがとう…」
まずい!ナイフ持っている奴とかどう考えても危険人物だろ。変に恐怖心持たれると今後に悪影響が出る。何とか恐怖心を消し去らねば。と、とにかく今は間を埋めないと。ええい、アドリブでいくぞ!
「こ、こういうのを持っているとカッコイイというか、自分が強くなった気がして落ち着くんだよねー」
「……」真顔。
沈黙はやばいって…。いや…?意外とありかも。
俺はすぐにナイフを持ちながら自分がカッコイイと思うポーズをしまくった。ポーズの元ネタは大体漫画キャラ。それにドヤ顔も加える。なお、その間も沈黙は継続中。
いいぞ。確実に引いている!
イタイ奴認識させる事で、彼女は俺を格下認定する。格下相手に恐怖する事はありえないので、当初の目的であった恐怖心の消去はクリア。この後の展開として『人前でそういうのは絶対やらないでくださいね』と厳重注意されるだろうが、もちろんやらないから大丈夫だ。なぜなら――
今、もの凄く恥ずかしいもの。
ふぅ。と、スッキリ感を演出し、ポーズお披露目を強引に終わらせた所で、仕上げの一言。
「あまりの美技に沈黙ってわけかい? カッコよすぎてごめんね」
イタイ!イタ過ぎる!恥ずかしさで死にそうだ。
恥を忍んでやり切った甲斐があって、彼女はその後も沈黙を守り続けた。結果的に満足。ナイフをカバンにしまって今度は念入りにジッパーを閉めた。
「さっ帰ろうか」
「…ご主人様、2つ質問してもよろしいですか?」
2つ? 厳重注意したいのが2つあるのかな? まぁいいや。
「どうぞ」
「どうも。…では1つ目です。ご主人様は人を傷つけたいと思いますか?」
「何その質問? 思うわけないじゃないか」
「ですよね」
「…?」
「2つ目…何でポーズをとっている時、恥ずかしそうにしていたのですか?」
「えっと…久々にやったからだよ」
「ですよね」
「…?」
「質問は終わりです。帰りましょう」
「ああ…」
なぜか厳重注意はなし。少々ひっかかる所もあったが、彼女が上機嫌なのでヨシとしよう。




