4話 共通の趣味
“残り25日”、今日は土曜日。
休日の月鉤の行動は把握していないので土日は諦め、普通に過ごした。
“残り23日”、月曜日。
学校では月鉤がいつも通り挨拶をこなしていた。動きがスムーズだったので、筋肉痛はこの土日で完治したようだ。
問題なく進んでいく日常。が、その中で金曜日の別れ際の事を思い出し、放課後が不安になる。そのままどうする事も出来ずに時間が過ぎていき放課後に。
やるしかないとたかをくくり、昨日と同じく彼女の家の前ですれ違い服従を成功させた。その状態になった瞬間、彼女の表情に怒りが現れる。
「この間はなぜ急に居なくなったのですか?」
やっぱりそこから入るよね。
「用事がある事を思い出しちゃって…。挨拶も無しに帰って本当ごめんね」
「そうでしたか。ですが、疲れていた割には随分と早く帰られましたよね?」
「ちょっと休んだらなぜか回復しちゃってね。いやー驚いたよ」
「へぇーそうでしたか」
細目のままジィーっと顔を覗き込まれる。目を合わせちゃダメだと本能的に思い、必死に逸らし続けた。
「…まぁいいです。ですが、今日は逃がしませんよ」
問題が先延ばしになっただけだけど、とりあえず助かった。
それにしても、そこまで言うって事は――
「…やっぱり、洗濯されるのは嫌?」
「当たり前ですよ! 汗って汚いじゃないですか。そんなものを洗ってもらうのは誰だって抵抗があるものです」
「それが親友でも?」
「親友だからこそです。親友にそんな負担かけたくないですから」
「確かにそうだな。ごめん、軽率だったよ」
「いえ、分かってくださればいいのです」
回収が無理となれば、ランニングは諦めるしかない。どうしたものかと考えていると、彼女が提案してきた。
「ご主人様、毎回貸してくださるのも申し訳ないので、シャツと短パンだけでもこちらで用意させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あっ、うん。いいよ」
助かった。洗濯問題はこれで解決だ。
「では、家に取りに行きますので少々お待ちください」
「うん…って、ちょっとタンマ!」
「…?」
家の外で待っている最中に10ⅿ以上離れられたら服従が解ける。解けてしまえば家の前に不審者だけが残る。
やばいねこれは。打開するには……あれしかないか…。
「俺も着いて行ってもいい?」
「……? はい、いいですよ」
嫌がる素振りがないのが、逆に罪悪感を煽る。
こんな形で家に入っちゃってごめん、月影さん。
「お邪魔します…」
「ただいまー」
「お帰り。あらお友達? 翠がお友達を連れてくるなんて珍しいわね。しかも男の子だなんて」
「お母さん、いいから奥に戻ってて! あと、友達じゃなくて親友だから」
月鉤母は「親友? あらあらまぁまぁ」と言いながら廊下の奥へ消えていった。絶対良からぬ勘違いをしている。
それを素の彼女に話されたら詰むのでマジ頼みますよ、お母様。
両手を合わせて祈るもその願いが届いているかは微妙だった。
2階の彼女の部屋前に到着。彼女は若干躊躇したように間を入れたが、グッとドアノブを捻り、部屋の中へ。特に部屋を紹介する事も無くまっすぐタンスの方に向かう。
紹介したくない何かがあったりして? なーんて、あるわけないか。
部屋をジロジロ見回るのはさすがにキモいと思ったので部屋に入らず、廊下で待つ。が、正面に本棚が見えたので、流れで確認してしまう。…漫画だ。あれはリミブレ(※)?
※リミットブレイカー(略:リミブレ)。週刊少年ステップ連載中の競輪スポコン漫画(既巻10巻)。大人気というわけではないが、コアなファンが多いので有名。
少し躊躇した理由はこれかな? 女がスポコン漫画好きだったら変っていう偏見を恐れての行動とか… そういえばさっきお母さんが『友達なんて珍しい』って言っていたな。これがあるから家に呼びたくなかったと考えるとすごく辻褄が合う…。何にせよ、この程度で嫌ったり、気まずくなったりはない。…丁度いい。この機会にそれをしっかり知ってもらうか。
「おっ、リミブレあるじゃん。俺好きなんだよね。特に8巻の主人公リミタが怒涛の追い上げ前に言う名台詞『“限界”っていうのはやめる言い訳の為の言葉だろ? なら俺に限界はねぇ。なぜなら俺は――』」
「「絶対にやめないからな!」」
まさかのハモリ。ビックリしたが、少し嬉しかった。
「私もその場面好きです。リミタが今まで越えてきた苦境や、努力して蓄積されたものが全てその台詞に込められている気がして、初めて読んだ時は思わず泣いちゃいました」
「俺も俺も。なんかこう、目にウルッとくるよね。あと、当然の様に鳥肌立ってたし」
「分かります! ゾクッときちゃいますよね」
「だよなぁ。あ、そうそう。リミタもいいけど親友・カイもいいキャラしてるよね」
「ですね。親友でありながらも良きライバルとしてリミタの前に立ち塞がる姿はなんかこう…熱いです」
月鉤さん、熱血系が好きなのね。こりゃ新発見だ。服従状態にもかかわらず、普段より饒舌になっていたし、この“好き”は間違いなく本物だね。
話を一旦区切り、ランニングの服装に着替えてもらう。その間は部屋の外で待機ついでに俺も着替える。数分後、ドアが開かれて早々リミブレトークが再開。結局トークを続けたまま第二公園に着いてしまった。知り合いへの警戒ゼロだったので、誰かに見られていない事を願おう。
そこからは昨日と同じく、健康状態確認→親友3箇条復唱→ランニング→愚痴り合いをこなす。あっという間に終わり、彼女の家前に到着。
「じゃあ、また明日…って、どうかした?」
「えっと、その…。すみません、何でもないです」
いや、そのモジモジ反応は何でもなくないだろ。
「えー親友3箇条の1つ目を言ってください」
「…気を遣わない」
「そう。今の自分は守れていると思う?」
「…いいえ、思いません」
「だったらやるべき事は分かるね?」
「はい…」
彼女は恥ずかしそうにしながらも声を絞り出す。
「明日もリミブレの話をしたいです…」
なんだ、そんな事か。
「いいよ。ってか、毎日でもいいからね。気が済むまで付き合うから」
「ありがとうございます」今日一の笑顔を見せる。
「いや、礼はいらないって。俺もリミブレ好きだから話せたら嬉しいし、お互い様だよ」
「私はお礼を申し上げたかったから申し上げたまでです。ですから、そちらの気遣いこそ不要ですよ。親友3箇条・1つ目です、ご主人様」
いたずらっぽく笑う。これはしてやられた。
そのままお互い笑いながらお別れした。楽しくなるであろう明日のこの時間を想像して。
◇◇◇
“残り22日”
今朝の挨拶で月鉤の顔を見た時、ふと昨日のリミブレ話を思い出したので、彼女が席に戻ってから仕掛けてみることにした。
「今週のリミブレ読んだ?」左隣がピクッと動く。
「まだだけど。というか、リミタリベンジ編から読めてないから最近の話が分からん。ざっくり流れだけ教えてくれよ」
「リミタが負ける」
「おまっ! 結果だけって最悪なネタバレじゃん。ガムを一回も噛んでないのに吐き出させられた気分だよ」
「おっ、例えうまいな。座布団ないからシャー芯1本やるよ」
「シャー芯よりあらすじをよこせ」
「やっぱり自分で読んだ方が良いと思うんだ。絵の躍動感と文字が合わさってこその作品だと思うし」
「もっともらしい事いいやがって。…何か無性に気になってきたから帰ったら電子書籍で買って読み切るわ」
「感想よろしくな。あ、一応俺の感想を先に言っておくと、リミタが負ける」
「それ感想じゃなくて結果な? うぜーからもう黙ってろ」
「分かった。でも、最後に一言だけいいか?」
「「リミタが負ける」」
ハモリ後、貞男に頭をはたかれてこちらは終了。
一方、反対側の方は窓側を向いており、1ミリも興味ないですよアピールをしていた。それが可笑しくって、笑いそうになる。
とりあえず、仕掛けの方はうまくいったみたいなので、これより実行に入る。
「月鉤さん、ちょっといい?」
「何かな?」
「貞男とリミブレの話をしていたら、黙っとく様に言われて消化不良なんだ。よければでいいんだけど、話に付き合ってくれない?」
「べ、別にいいけど」笑顔を無理矢理押し込める感じで表情筋がピクピク。
「ありがとう。えっとまず、リミブレってリミットブレイカーっていう作品名の略で、競輪選手を目指す男の子の人生を描いた漫画なんだ」
「へぇー」そんなの知っとるわ、と言わんばかりの細目。
「で、この漫画の5巻で自転車に乗るのが好きなのにレースで結果が出ないからってやめてしまおうとする友達に向かって主人公の言う台詞がいいんだよねぇ。何て言ったと思う?」
「なっ、何て言ったの?」表情にピクピクとウズウズが混ざる。
「『好きな事をやる時は思い切り…堂々とやるもんだ!』って言っちゃうんだよ。友達はその一言で改心して自転車に必死で乗り続け、主人公の良きライバルにまでなるんだ。俺、これを読んだ時反省しちゃってさ。そういえば、好きな事をやる時にいつも周りの目を気にして我慢している部分があったなって。それで自分を押し殺して普通になる様に努めていた。でもさぁ、好きって大事な事じゃん。普通は普通なだけで何もしてくれないけど、好きは何かこう熱いもの…活力みたいなのをくれる。だから、“普通”より“好き”を信じた方が良いって思う様になったんだ。例え好きが原因で周りから孤立する結果になってもね」
「……。そっか」
「ごめんね。長い話聞いてもらっちゃって」
「ううん…私にも何か反省する部分あったから…。何か…良かったよ」
「そう? それなら良かった」話を切り上げようと顔の向きを変えようとした時――
「…ねぇ。リミブレが好きな人の事どう思う?」
「リミブレ好きに悪い奴は居ないと思っているから、大袈裟だけど同志になれると思っているよ」
「そうなんだ…。……実はね、私も――」
この日を境に学校での月鉤さんとの会話が急増したのは言うまでもない。




