25話 無茶な期待
「何なの?勿体ぶってないで教えてよ」
「え…?」
暗転から戻ると、目の前には月鉤と懐かしい話題が。まさかと思って時計を確認すると丁度0時。どうやら――
「助かったみたいだな」
「いや助かってないよ。答えるまで逃がす気ないから」
「いや助かったんだって」ポケットにカードがない事も確認。
「は?」
困惑する彼女に先程の出来事を話した。
「カードと天使の次は天使アンチかぁ…。あと、謎ポイントってマジで何?そもそも謎が謎だから意味が分からん」
「無理して理解しようとしなくていいよ。俺もまだ半分は夢みたいに思っているし」
「そうね…そうするわ。でもまぁこれでカード期限から解放されて助かったんだよね?良かったじゃん」
「え?あ、うん」
「何で嬉しそうじゃないの?助かったんだよ?」
「元々生き残るつもりはなくて、死ぬつもりだったからだと思う」
「はぁ?何それ!死んでも良かったって事?…あと、“思う”って他人事過ぎ!自分の事なんだよ?大事な命なんだからさぁ、もうちょっと真剣に向き合おうよ」
どうやら彼女の中での俺の命の価値は、俺の中での価値より大きいものらしい。それ故の意見ズレが発生していた。
自分の意見を通しても彼女に迷惑がかかるだけだから、ここは合わせた方がよさそうだな。
「軽率だったごめん。もう少し自重するよ」
「少しと言わずたっぷりして。江口君はそういう自分への配慮がただでさえ少ないんだから」
「分かった。…心配ありがとね」
「心配は当然よ。だって私達親友なんでしょ?」
「……。そうだったね」
「何驚いてんの?不快なんだけど…。もとはと言えばそっちから親友になろうとしたくせにさー」
「ごめんごめん」
「それ、聞き飽きた。…てか本当に悪いと思っているなら『これからも親友でいてください』って言うくらいの気概は見せてもらわないと」
「これからも親友でいてください」
「……。しゃーなしよ」
「ありがとう」
「うん。それでいいの」
よしよしと頭を撫でられる。服従状態でない彼女から撫でられるのはこれが初だ。
思えば彼女には助けられてばかりだ。今回の謎ポイントについてもそう。ポイントが貯まる方法は分からないが、それがカードと関係する事は分かる。よって、服従させている時の彼女や俺の何らかの行動がポイントを貯める要因となったと考えるのが妥当だ。とすれば、今自分がこうして生きていられるのは彼女のおかげなのかもしれない。
これはまた大きな借りができたな。一生かけてでも返さないと。
自分の中で新たな目標ができた。彼女に真の親友をつくり、好きな人とくっついてもらって将来幸せになってもらうという目標が。
そうと決まれば、明日…というより今日に備えなくては。
「月鉤さん」
「何?」
「わざわざ来てもらって申し訳ないんだけど、今からでも家に帰って休んだ方が良いよ。家まで送るからさ」
「うーん。そうしたいのは山々なんだけど今から帰ってもお母さん達起こして迷惑かかっちゃうんだよね。江口君もでしょ?」
「う、うん」
俺はもともと朝まで帰るつもりなかったけど…。
「だったら朝までここで一緒に過ごさない?2人で話していればすぐ朝になると思うしさ」
彼女にはゆっくり休んで欲しかったが、ここで寝ると風邪を引くので、まだそちらの方がマシに思える。なので、彼女の提案に乗る事にした。
彼女の言う通り、リミブレの話やら、くだらない愚痴を言い合っているとすぐ夜が明けた。6時になり、辺りが明るくなってからお互い家へ。
朝帰りの俺に対し、母が「制服もカバンも忘れるなんて馬鹿ねー」と御もっともな事を言って出迎えてくれた。父はそんな俺に「楽しかったか?」と気さくに話しかけてきたので、「もちろん」と答える。そして自分の部屋につくなり、机の上の手紙をクシャクシャにしてゴミ箱に捨てた。そして、彼女にメッセを送る。
『今家着いた。昨日はありがとね。体調は大丈夫?』
『私はよゆー。そっちは?』
『そっちよりよゆー。じゃあ、また学校で』
『うん』
メッセを送り終えた瞬間。またしても暗転が起こり、目の前に白い空間が広がる。
一体何だろう?まぁこれから良い事が起こらないのは確かだな。
ところが警戒予想は外れ、現れたのはあの天使アンチだった。
とりあえず、天使じゃなかったので安心する。
「さっきぶりだなぁ、人間」
「どうも」
「察しが良いお前ならもう気づいていると思うが――」
何も気づいていませんけど?
「他の仲間の封印も解いて欲しい。今回はそのお願いをしに来た」
「そうですか…。分かりました」
助けてもらっている恩もあるから断れないよなぁ…。
「話が早くて助かる」
「いえ」
「それで、これがさっき奴らから奪ってきたカードだ」
「はい…って、2枚ありますよ」
「ああ、2枚だ」
「え?まさか…」
「そういうことだ」
何がそういう事?2枚とか無理なんですけど!
「あの――」
「既にカードにはお前の名前を登録したから、期限タイマーも作動済。30日後には我が自動処理を作動させるから封印解除については心配するな。お前はこの前通りにやればいいだけだ。あと、2枚の場合の注意点がある。同じ人間を長時間服従させると記憶障害を起こして自我が崩壊する恐れがあってな。それ故カードは1日2時間の使用制限なのだ。だから、カード2枚を使って同一人物を2時間以上服従させるのはお勧めしない」
「そうじゃなくって――」
「ああ、この空間の事か?これはあの世とこの世の狭間にある仮想空間だ。ここでは一切時が流れない。密会でよく使われる場所だ。ただ、あまり居続けると一生ここから出られなくなるのだがな」クククと笑う。
「いや、クククじゃなくって――」
「ああ、2枚なのはなぜかという事だろう?…我はお前に期待している。答えはこれで十分だろう?」
「いや十分じゃないです。てか、そもそもポイント貯める方法を知らないんで2枚は無理です」
「そういえば教える約束をしていたな。…だが、お前なら教えなくてもできると思うんだが…」
「教えてください!」
「…分かったよ。では方法を教える。方法は…待て、天使の気配がする。悪いがまた今度だ」
「ちょ――」
暗転経由で再び現実に戻る。ポケットには2枚の服従カードがあり、どちらも“残り30日”の表示があった。裏面の説明文をざっと読んだが、前回と書いてある内容は一緒で、最後の黄色い文字だけはなかった。どうやら、今回カードに封印されたアンチはあのアンチよりも粘り強くないらしい。
なーんて事はどうでもいいんだって。2枚だよ、2枚!しかも期限同じとかどう考えてもムリゲーじゃん。
しばし放心状態に。だが、こうしていても何も解決しないという事でとりあえず学校に行く事にした。学校に行けば、こちらが遠慮しても確実に助けようとしてくれるおせっかいな強い味方が1人居る。それを考えると、歩みが少しだけ軽くなった。
◇◇◇
学校の教室。
驚いた顔の貞男を見つけるなり、速攻で謝罪。
「長期旅行なんだけど延期することになった。お騒がせしてごめん」
「おう」
特に気にすることなく受け入れられたのが逆に罪悪感を煽る。
その後、彼から『昨日月鉤から電話があってさ』の話を聞く。それも罪悪感を持ちながら処理した後に彼女が来た。
「おっはよー!」
「おはよ」
オールしたのに、いつも以上に元気な気が…。
驚く俺の事などお構いなしに、彼女はいつも通り挨拶記録を更新する。それを見て日常の幸せを感じることができた。今朝貰ったカードについて彼女に話すと、間違いなくこの平和な光景が崩壊するので話さない方が賢明。俺はこのまま1カ月黙っている事を決意した。
――1限目後の休み時間。彼女に「ちょっと着いて来て」と言われ、そのまま空き教室へ。
「どう?あれから体に異変とかあった?」
「別にないけど…」
「そっか。話を聞く限り、天使に限らずアンチの方も大分胡散臭かったから、何か江口君に対して良くない事をやってくると思ってね。何もないなら良かったよ――って、何で顔引きつってるの?」
「別に」
この子鋭すぎだろ!
平静を装う為に、挙動を減らして一点だけ見つめる。
「ふーん。なら、何で目を逸らすの?何もないなら堂々としてればいいじゃん」
「そうだね」目を見つめる。
「はい、何か隠し事しているの確定」
「え?何で分かったの?」
「私の”堂々として”に反応したから。別に堂々とする必要はないのにわざわざそうしようとしたのは、自分の潔白を証明する為。それって自分は何か疑われる様な事をしているって自分で言っているようなものだよね?」
「あっ…」
「まぁここまでではまだ6割程度だったから、本当に確定したのは鎌かけ後だけどね」
蛇に睨まれた蛙状態になった俺は、逃げる事も隠す事もできなくなり、隠し事だった2枚のカードの件を説明する。
「どうしてそういう大事な事を隠すのかなぁ?」
「月鉤さんの日常生活に支障が出ると思って…」
「それを知らない事の方が生活に支障が出るわ!ってか、1カ月隠し通す気でいたって事は、また自分の命を軽視していたって事だよね?全然反省してないじゃん!」
「ごめん…」
「だからそれはもういいって!言葉じゃなくて行動や態度で示してよ」
「はい」
「はぁ…。で、1日2時間以上服従させるとマズイって話だっけ?それ一旦無視しちゃってさ、2枚分私に使えばよくない?服従経験者の方が謎ポイント貯まる確率高いと思うしさ。私なら耐えられ――」
「そういう問題じゃないんだよ」ガシッと肩を掴む。
「…っ!」
「月鉤さんこそ自分を軽視すんな」
「ごめん…」
「いいよ、もうしなければ。…それより、これからどうするかだけど貞男に頼んでみようと思うんだけど、どうかな?」
「支配するなら気心知れた人の方がやり易いって事ね。うん、いいんじゃないかな?」
「まぁカードには多少危険性があるからそれを説明した上で断られたらそのまま諦めるけどね」
「絶対断らないよ、神童君なら」
「はは…だよねぇ。一応言っておくけど、月鉤さんも嫌だったら――」
「私がそれで退くと思ってんの?」目力で圧をかけられる。
「思ってないよ。ちょっと言ってみただけ」
「あっそ」
怖っ。ニ度とこの振りはしないでおこう。
昼休み。屋上には俺と月鉤、貞男だけ。
早速貞男にカード関連の情報を全て話した。さすがに情報過多で途中から聞き返しがなくなっていたが、一応は自分の中で受け止めてくれた模様。
やや落ち着いてから貞男が言う。
「期限30日…なるほどな。それで旅行に行く事にしたわけか」
「うん。そうい――グッホ!」腹パンをもらう。
「だったら最初からこの理由を話せよな」
「ごっ、ごめん」
「いいよもう。さっきのでチャラにしてやるから今後二度とこういう事はするなよ」
「ああ」
旅行の話を聞いた時から、何か隠し事をしている事に薄っすら気づいていたのだろう。だから、朝はすんなり聞き入れたのだ。そしてその状態でこの説明を聞いたなら――
そりゃあ、腹パンもしたくもなるわ…。
俺が納得していると、貞男の目線が俺の顔から手に持っていたカードに移る。
「服従カードねぇ…。そうだ、試しに俺にかけてみてよ」
「えっる…ああ、分かった」
彼に近づく。
「絶対服従。…俺の事分かる?」
「いえ…、でもどこかでお会いした気はします」
「当たり。俺、千汰。よろしくな」
「ご主人様が…?」
「ああ。信じられないか?」
「ええ、急な話なもので…。えっと、よろしければ、私の事はどう思っているか聞かせていただいてもよろしいですか?」
「頭と体が固いのが取り柄のスーパーお人好しの馬鹿野郎」
「……。なるほど、どうやら本当のようですね。信じましょう」
「おう」
何か圧がかかってしゃべりにくそうなのは支配力がまだ効いているせいだろう。回数をこなして行く事で月鉤のように楽に話せるようになるとみた。それよりも前に彼女が言っていた『どこかで会った気がする』という情報が役立った。これは対象者が既に自分の知り合いなら、例えカードの特殊処理によって俺の姿や声が俺と認識されなくても雰囲気で察してくれるという事。これで初対面時における対象者の不安を一気に解消する事ができる。
今回はそれがうまくハマって良かった。これでこれからの謎ポイント貯めは少し好転するだろう。そんなことを考えつつ、俺は上機嫌で服従を解除した
「ん?もしかして、俺今服従してた?」
「ああ」
「すげーな。全然記憶にないわ。てか、服従状態中は無意識になるっていっていたよな?」
「うん」
「って事は、ゾーン状態にいつでも入れるって事じゃね?練習の時使ったら最高じゃん」
「そこと結びつけるのすげーわ。さすが陸上部」
「いや、これは運動部の奴なら誰でも思いつく事だろ。…あ、もちろん大会では使うつもりないから安心しろよ」
「フェアだねぇ」
「だって、条件が対等じゃなきゃ勝ってもつまらないだろ?」
「そうだな」
チラリと彼女を確認するとうんうんと頷いていた。やはり、こういう熱い話題は好きな様だ。




