23話 地獄への一時
気づくと真っ白な空間。
天使がパチパチと手を叩きながらゆっくり歩いてくる。
「やぁやぁ、カード期限使い切りおめでとう。すぐに終わるかと思っていたから驚きだよ」
「期待に応えられなくて、何かすみません」
「本当にね。おかげで予定が狂った…と言いたい所だけど、これはこれで興があるんだよね。何せ30日もった人間は君が初めてだから」
「…そうですか」
「ん…?『何で自分だけなんだ?』って顔してるね」
「はい…。期限までカードを一度も使わない人が1人はいると思っていたので」
「あーそれは無理だよ。だって、渡した初日に使わないと地獄行になる様になっているからね」
「はい?カードにそれの説明ありませんでしたけど…」
「せっかく天使が直々に渡したものなのだから、すぐに使うのが常識だろ?常識をわざわざ説明するわけがない」
常識の押し付け過ぎる…。とりま、初日母さんに試していなければ俺はとっくに地獄へ行ってたわけだ。当時の俺ならそれで喜んでいただろうけど今は…。結果的に試していて本当に良かった。
「分かり切っている事だけども、初日以降もカードを頻繁に使うのが常識。だから当然、5日毎に総使用時間が3時間未満なら地獄行になる。まぁさすがに常識だけあって、これで地獄行になる人間は少ないよ。反対に、一番多いのは抵抗ポイントの上限越えによるもの。何せ、1ポイント目で警告、2ポイント目で地獄行になっているからね」
「あれ、2段階しかなかったのですか?」
「うん。しかも使用をやめてもポイントは蓄積したままで減る事はないから、それで焦って勝手に自爆してくれるんだよね。まぁ抵抗ポイントについては口頭で軽く説明してあげてるし、警戒できて当然。これで地獄行になるのは常識知らずの間抜けな人間だけってことさ」
ケタケタ笑う天使。ムカつきながらも疑問に思う。
抵抗ポイントが減る事はないって言っていたよな?
カードが赤色から黒色に戻る現象はこれまで何度もあった。これは紛れもなくポイントが減ったのを意味する。
天使が知らなくて俺が知らない要素は存在するのか?
答えは否。話の流れ的にこれも常識だと言われそうだ。なので、この事は自分の頭の中に留めておく。
「そういうワケで常識を守れる人間って意外と珍しいんだよね。だから、それを記念して君には特別にチャンスを与えようと思う…なーんて、今思いついた気まぐれなんだけどね。でも面白いでしょ?こういうの」
「……」
クスクスと無邪気に言う天使。この場面でのチャンスは言われなくても大体想像できる。それ故に嫌悪感が湧いてしょうがない。それはもちろん、命を自分のさじ加減で回しているという優越感に浸っているであろう目の前の奴に対して。
「無反応かぁー寂しいなぁ。そんなんじゃチャンスはあげないよ?」
「それでいいです」
即答。元々死ぬつもりだったし、現世に思い残した事も無い。それは日付が終わった頃にはちゃんと完全燃焼できたという自信があるから。
「意地張らなくてもいいのに。まぁ特別に聞かなかった事にしてあげるよ。何せ記念日だからね」
「そりゃどうも…」
「ノリ悪いねー。まーいいや。今はチャンスの説明っと…。えーっとね、今から君を1時間だけ現世に戻すから、誰か代わりの人間にカードを渡して来て。そしたら君の地獄行は勘弁してあげる。で、その人間を君の代わりに地獄行するから。どうだい?悪くない条件…いや、むしろ最高の条件だろ?君は助かるんだしさぁ」
自分の為に誰かを犠牲にするなんてできるわけがない。そもそも俺の様な無気力で生きる価値の無い人間の為に犠牲になる人がかわいそ過ぎる。それに俺には現世への未練がなく助かる理由が無い。よって、答えは最初から決まっている。
「そういうの結構っすわ。さっさと地獄に送ってください」
「本当にいいの?」
「はい」
「ほんとのほんとに?」
「はい」
「ちぇ、つまんないのー。せっかく助かるチャンスをあげたのにさー」
言った後、天使の顔が作り笑顔からニタリ顔に変わる。
「あー残念。せっかく身代わりを連れてきて喜んでいる所で地獄行にして、絶望で歪む顔を堪能できると思ったのになぁー」
助かる希望をチラつかせておいてからの堕とし。こいつの印象は最初にあった頃と何も変わらず一致。だからこそ、先程感じた嫌悪感が本物だと確信できた。
「じゃあ、チャンスタイムは終了。これから地獄に行ってもらうんだけど最後に言い残した事とかある?できれば命乞いがいいなー。それもとびきり見苦しいやつ」
性格腐り過ぎ。やっぱりこいつ本物だわ。
特に最後に言いたい事はなかったのだが、先程の“堕とし”でふとカードの使用説明のことを思い出したので聞いてみる。
「カードの裏の最後の方に書いてあった謎のポイントで助かる設定も嘘ですか?」
「最後の方?助かる?何の事?」
しらばくれやがって。白々し過ぎなんだよ。
「あー答えなくていいです。もう分ったんで」
「自己解決できるものを聞かないでよ。面倒だなー」
「すみません。…あっ!最後に言っておきたい事ありました」
「何、何?」
そんなの決まっているだろ?
「俺、あんたの事大嫌い」
「ふーん、あっそ。…だったらさぞかし無念だね。これからそいつに殺される様なものだから」
「そーっすね」
煽りが流され、やや不機嫌になる天使。いい気味だ。
地味に勝ち誇った顔をしていると、天使が口を開く。
「自動処理開始」
言葉の後、ポケットの中のカードが急に赤く光り出す。
「これでよし。…今から君を現世に戻す。そしたらカードの効果で君は自殺衝動にかられて勝手に死ぬ。その後、君の魂はもれなく地獄へ行くから安心して。あ、何で自殺すると地獄へ行くかは君達人間の作った概念に乗っ取ってこちらで決めた設定だから、恨むなら自殺が悪いとか言っている連中を恨んでねー」
そういう効果で地獄行になるわけね。しかし、解せないのが最後の言葉…。
自殺は良い事でも悪い事でもない。ただの行動だ。それを自分達の物差しで勝手に決めつけている人達が気にくわない。だから、今回天使が概念を外枠から考え、くだらないという見解をしているのが共感できた。
「じゃーねー」
バイバイと憎たらしい笑みを浮かべて手を振る。
先程は共感したが、決して好きになった訳ではない。奴への評価は変わらず――
「やっぱ、嫌いだわ」
俺も最後に奴と同じ顔をしてみせた。
すると――
「気に入った」
どこからか聞こえた声と共に、目の前の天使が急に動かなくなったかと思えば、頭の上の輪が黒色に。
「支配完了」
どこかのマッチョ男優吹き替え声優ばりに野太い声の主は、俺の後ろから歩いて来て横に並ぶ。
肌は肌色で坊主の幼稚園児くらいの子供。黒いサングラスと黒いタンクトップ、黒い短パンをはいており、背中からカラスの羽くらいの黒い羽が生えていた。頭の上には今の天使と同じく黒い輪が浮いている。
想像の姿とはだいぶ違うけど、流れ的に…
「あなたは悪魔ですか?」
「いや違う。我はただの天使アンチだ」
「えっ…?」
予想外の連打により、目が点になった。




