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21話 悪口合戦

 “残り1日”。


 朝。通学路で珍しく泉奈に遭遇。睨まれてスルーされるのはいつも通りだったけど。


 教室で貞男と話しながらも祈る気持ちで待つ。その待ち人が教室に入って来た時は自然と目で追っていた。なぜかそれは彼女も。


「おっはよー2人共」

「おはよう」


 元気そうで安心。一気に肩の荷が下りた気分に。

 そこからはいつも通りをこなす。ただ、今日も貞鬼に彼女の好印象話をちょくちょくするのはいつも通りじゃないけど。


手応え無し…。すまんが俺にできるのはここまでだ、月鉤さん。


 本日最後の授業が始まり、隣の席の彼女に心の中で謝罪した。



 放課後の第二公園。服従済の月鉤と運動を終えた所。

今日が最終日という事で今までやりたくてできなかった事をやろうと思う。それは彼女とお互いの悪口を言い合うというもの。悪口程度では、親友は決して離れない事を認知してもらうといった彼女のトラウマ克服が目的。


 開始早々警告が鳴り、そのまま地獄行になる危険性があるので注意は必要だが、今後の彼女の事を考えれば、何としてもやっておきたい。

 この経緯を事前に彼女へ説明すると、なあなあになってしまうので、敢えて伏せていきなりやる事に。


さぁ言うぞ!


「なぁ翠」

「何です?」

「ずっと言いたかったことがあるんだけど言ってもいい?」

「どうぞー」興味半々といった様子。

「俺、翠のやせ我慢する所大嫌いなんだわ。こっちは気を遣わないといけなくなるし…何というか迷惑!ウザいからやめて欲しい」

「……」


 目を丸くして黙り込む彼女。黙り込んだのは、悪口にショックを受けての事なので、ここまでは予想通り。ただ――


ショックを受けているはずなのになぜ警告が鳴らない?どう考えても嫌な事言ったよね、俺。


 ここは予想外。だが、まだ追加悪口を言えるという事で、次の弾を口に込めて発射する準備をした…その瞬間だった。


「へぇーそーいう事言うんですかぁ。ふーん。だったら私も言わせてもらいますけどね――」


 急に鼻息荒く発言。どうやら先に発射されてしまう様だ。


「デリカシーが1ミリもないんですよ!人の心が無いのかってくらいに」

「嘘…」

「嘘じゃありません!現に距離感とか1つも気にしてないでしょ?」


そういえば…


 俺が思い当たる様な顔を見せた事で発車がかけられる。


「ほらね?気にしてなかった。そーいう所大嫌いです!」

「ご、ごめん…。今後はどうしたらいいかな?」

「そんな事も分からないんですかぁ?」

「は、はい…」

「呆れた…。そんなの、事前に合図を出すとか、声を掛ける様にすればいいだけの事ですよ?誰にでも分かる事です」

「すみません。誰にでも分かる事が分からなくて…」

「ほんとですよ。事前に知らせてくれれば、その…ちゃんと許しますし……」


 尻すぼみになる声と俯く顔。勢いが衰えたと思ったが――


「とにかく、今後はしっかり知らせる事。いいですね?」

「はい」

「よろしい。じゃあ、次はご主人様の察しの悪さについて――」


まだ続くのか…。


 この後、散々悪口を言われた俺は意気消沈した。ここまで一方的になるのは予想外。ただ、何だかんだここまで親友に反撃できているのだから、トラウマは克服したといえる。たたt数分程度でこの成果。これも予想外だったが、嬉しい予想外だった。

 悪口合戦が終わった後はいつもの雑談時間に戻る。こうして時間は過ぎ、この雑談時間が終わろうとしていた。


月鉤さんとこうして話すのもこれで最後か。最後に一言…なんて特にないな。『困った時は神童貞男を頼るんだよ』って言っても、服従中だから意味ないし。まぁそっちは貞男本人に伝えてあるから大丈夫だろ。じゃーあとは今後会えなくなることを伝える事くらいか――


「当然だけど明日から長期旅行で空けるから、しばらく1人でランニング頑張ってね」

「急過ぎ!普通そういうのはもっと早く伝えるものでしょ?特に親友に対しては尚更」

「ごめん。親友なら急なのにも受け入れてくれると思ってたもので…」

「限度があるんですよ、限度が。かぁーこれだからご主人様は!…で、どこへどれくらいの期間行くんですか」

「海外で期間は未定」

「何ですか、その曖昧な返答。自分探しの旅にでもいくつもりですか?」

「…その通り」

「ちっ…。まぁ何か目的があって旅に行くのなら止めませんよ。人生どう生きるかはご主人様の自由ですからね」

「ありがとう」

「一応言っておきますが、まだ怒っていますからね」睨まれる。

「はい」

「で、家族一緒に行くんですか?」

「俺だけだよ」

「ご両親、よく許してくれましたね」

「あ…まぁ死ぬほど説得したからね」

「そうですか。なら、帰って来た時のお土産話楽しみにしていますね」

「うん。ただ、あんまり期待しないでいてくれると助かる」

「旅に行く人間がこの程度のハードル上げに耐えられなくてどうするんですか?あー何か、本当に大丈夫か不安になってきた。そうだ、私も着いて行こうかな?」

「話、超期待しといて!」

「そうそう。最初からそう答えておけばいいんですよ」


 カードをチラ見。頃合いだ。


「じゃあ、帰ろうか」


 歩き出そうとした所、右腕を後ろからグッと掴まれ止められる。


「どうしたの?」

「本当の事を話してくれるまで帰しませんよ?」

「…何の事かな?」

「ご主人様は自分で気づいていないかもしれないですけど、嘘をつく時に右手を左手で握る癖があるんですよねぇ。さっきそれが出ていましたよ」

「えっ、嘘?」慌てて手の位置を確認する。

「ええ、嘘です。ただ、その慌て様は嘘ではありませんね。という事は本当に嘘をついていたということですか」

「……。何で鎌なんてかけたの?」

「“この人、ひょっとして嘘をついているんじゃないか”って思っただけです。まぁ女の勘ってやつですかね」

「怖いね、その勘。まんまとやられたよ」

「でしょう。ですから言い逃れは諦めて素直に話してください」

「悪いがそれはできない」

「あっ、ちょっと!」


 俺は全速力でその場から離れた。彼女と俺の総力差は明らかなので、それを知ってか彼女は追おうともしなかった。『ケイコク~ ケイコク~』と脳内に音声が流れたが、構わず走り続ける。10m以上離れた後もなお。

 彼女に絶対見つからない所まで来た所でようやく休む。激しい呼吸を整えてからカードを見ると色は赤色のままだった。抵抗ポイントが蓄積していて危ない状態だが、もう気にする事はない。なぜなら、今後このカードを使う機会はないからだ。同じ理由でスマホの電源も切った。


「最後はもうちょっと円満に別れたかったな」


 そう呟いて夕飯の買い物をして家に帰った。

 そして、最後の料理手伝い・風呂沸かし・洗濯物畳みを終えて家族で夕食を食べる。今日が最後になる事を伝えようとしたが、またボロが出ると厄介だと思って避けた。

 風呂に入った後、急に貞男に呼び出されて向こうの家に泊まる事になったと嘘をついて家を抜け出す口実をつくる。スマホはもう使わないので机の上に親宛の手紙と一緒に置いておき、腕時計をつけて外に出た。


 第ニ公園に到着。月明かりもあって辺りは特別暗くもなかった。そこから階段を昇って丘の上まで行き、ベンチを占領。1人で時が来るのを待つ。

 時刻は21時。あと3時間だ。

地獄行が決定しているのに落ち着いているのは、やり残した事が無いからだ。

元々やりたい事が無かった所に天使が来てカードを渡され、月鉤にそれを使った事でやりたい事が生まれた。そのやりたい事は最低限クリアした程度の達成度だったが、今の自分ができる精一杯をできていたので悔いはない。なので、地獄行の前に一足早く完全燃焼状態になり、1カ月前の無気力状態に戻っていた。


にしても暇だ。先送りしてくんないかな。


 そう思っていると、公園の階段を昇ってくる影を見つける。凄い勢いだ。


誰だろ?


 その影は階段を昇り終えると、辺りをキョロキョロし出した。そしてそれがこちらを向き、すぐさま距離を詰めてきた。


嘘だろ…。


 影は月鉤だった。息を切らせている。


「みぃ…、見つけたぁ…」息を急速で整える。

「どうしてここに?」



◇◇◇



 3時間前――


 気がつくと私は第2公園のベンチ前に立っていた。


また走りに行っていたんだ。


 すっかり習慣になっていたので、それに驚く事も無く自然に受け入れる。そして、ジャージのポケットに入ったスマホを確認し、ニヤリとする。


今日はどうだったのかなぁ?


 ここ最近の一番楽しみな事になってしまった“私”の動画チェック。必ず自分の部屋で見る事にしている。じっくり楽しむ為でもあるが、見ていて猛烈に恥ずかしくなる可能性があるから、というのが主な理由だ。


 家に帰り、シャワーを浴びて自室へ。テーブルにスマホをセットし、正座をする。深呼吸してから動画フォルダを確認。


新着動画は、っと。おっ、あった。ん…?動画名が“たすけてわたし”になってる。いつもの“私の親友”じゃない…。


 ただ事ではないと思い、急いで動画を再生する。


 冒頭は私の部屋。いつも通りだったので、スクロールして飛ばしていく。そしたら、いつの間にかラスト5分を残すのみになった。が、ここでも楽しそうに話す彼が映し出されているだけだ。


通り越し苦労って事?変なドッキリを仕掛けられただけだったりして。


 “私”は意外とお茶目。イタズラである事は十分に考えられる。

 強張っていた体の緊張を解き、ふぅーっと肩を撫でおろした…時である。流れが変わったのは。

 なんと、彼がいきなり海外旅行に行くと言うのだ。しかも明日から。


「急過ぎでしょ!親友だったらそういうのは…あ、“私”も同じ事言ってる」


で、場面はいつの間にか許す流れに。


そこはもうちょっと怒っていて欲しかったかな。


 なんて思っていると、“私”が彼の嘘を鎌かけて見破った。何でも、“女の勘”が働いたんだって。私は働きませんでしたけどね。女じゃないって事かな?…さておき、彼が何か隠し事をしているという。それを今から解き明かすって所で彼が取った行動とは――


「全力の逃げ?情けな…」


 親友として…いや人としてあるまじき行動。心底彼にはガッカリした。


いくら話したくないからって、人をおいて逃げるかね普通…。


 ムシャクシャする余韻をたっぷり残した所で動画が突然停止。おそらくこのタイミングで“私”が動画名を変更したのだろう。それを私へのメッセージとする形で。

 バトンはしっかり受け取った。これから何をすればいいかは明白。私は“私”のやり残しをする。つまり――


「江口君を捕まえて、隠し事を聞き出す」


そうと決まれば即行動。彼に電話した…が、出ない。まぁ予測はしていたから次だ。彼の家がどこにあるかは知っているからそこに向かう。部屋着を着替えて直行だ。


 “江口”と書かれた表札。インターフォンを鳴らすと彼の母親が出て来た。


「夜分に失礼します。江口く…千汰君はいらっしゃいますか?…あ!私、彼の友達で同級生です」

「あらそうなの。でも、わざわざ来てくれたのにごめんなさいね。あの子、さっき友達の家に泊まるとかで出て行ったのよ」

「その友達って…?」

「神童君よ。…あ、待ってて、今住所教えるから――」

「け、結構です。それだけで十分ですから」

「そう?」

「はい。えっと…色々とありがとうございました、失礼します!」

「はいはい、気をつけてね」


 笑顔で手を振る彼の母を背に駆け出す。


 改めて考えると凄いお母さんだった。私が家に来たのはスマホで連絡が取れないからってすぐに理解してたし。しかも、わざわざ家に尋ねてきたからって、初対面でも一応信用できる人間だと認識。だから、友達の家の住所を教えても大丈夫だと判断したんだろう。そんな事を考えつつ、神童君に電話する。こっちはちゃんと出てくれた。


「もしもーし、どうした?」

「夜遅くにごめんね。江口君ってそっちにいるかな?」

「そっちって、俺の家にって事? いないよ」

「じゃあ、江口君が泊まりに行くって事は聞いてるかな?」

「いや聞いてないよ」

「そっか…」


これも薄っすらと予想はしていた。これからどうしたものか…。


「あいつ探してんの?…って事はスマホに繋がらないってことだよな?」

「う、うん!」

「あいつの家には…行ったんだろうな。だからこうして俺に電話かけてるわけだし…」

「……」


彼の母親といい、彼の友達といい、彼の周りは察しの良い人しかいないのか?


「どこにいるんだろうな?見当つかねーわ。ただ、あいつの活動範囲って狭いから、“よくいく場所にいる“のは確かなんだけど、それって自分ちってことだからなぁ…」


よくいる所……あっ、


「分かった!」

「うぉっ」

「神童君ありがとね」

「…え?…ああ、良かったな。じゃあ、すぐ見つけに行きなよ」

「うん!」


 通話を切り、よくいく所を目指した。

 そこは神童君も私も知らない場所で、彼と“私”だけが知っている場所―—


 第二公園だ。



 走り続け、目的地の入り口に到着。彼の姿はまだ見えない。ただ居場所はもう分かっている。そこへ向かう為、階段を昇る。丘の上が見えてくるにつれ、彼の姿もみえてきた。


ようやく…やっと――


「みぃ…、見つけたぁ…」

「どうしてここに?」


はぁ?そんな分かり切ったこと今更聞く? 

そんなの――


「親友だからに決まっているじゃない!」


私は“私”の代理でここに来た。だから今の私は“それ”なんだ!


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