2話 親友(仮)
下校時間。月鉤と女子2人がグループになって帰って行く。俺は20mくらいの距離を保ちつつ行き交う通行人に紛れ込む。向こうは会話に夢中なので気づきもしなかった。
「今日この後ヒマー? 街行かね?」
「いいね、行く行く!」
「どこ集まるー?」
2人は乗り気だったが、1人だけ浮かない表情。最大限申し訳ない顔をしながら会話に入る。
「ごめん、私これから塾なんだ…」
「すっちーマジメー。そんなのサボっちゃえばいいじゃん」
「邪魔しちゃダメだよ。すっちーはウチらとは頭のデキが違うんだから」
「だーれが出来損ないだって? こいつめー」髪をクシャクシャして笑い合う。
「本当にごめんね…」
「良いって事よ。ウチ、器広いからゆるーす」
「ありがとう。また今度誘ってね」
「うーい」
この後、楽しそうに話す2人を笑顔で見送る月鉤。ため息をつき、疲れた表情で歩き出す。学校じゃ滅多に見られない…というか初めてみた表情だ。その表情でちょっと察した。そしてそれは“月鉤”という表札が遠くに見えた事で確信へと変わる。
嘘。まぁ誰でも苦手なものはあるから仕方がないよな。
納得している間に彼女が家のすぐ前に移動していたのでカードを左手に持ちつつ走り寄り、距離を縮める。足音に彼女が気づいて振り向くのと同時に――
「絶対服従」
目が虚ろになるのを確認。とりあえず、知り合いに2人で居る所を見られたらまずいから――
「着いてきて。距離は5mくらい空けながら」
「畏まりました、ご主人様」
10分ほど歩いて丘の上にある第二公園に到着。そしてそのまま林の中へ。ここなら知り合いも人もこないだろうって所まで来た。
「ちょっと聞きたい事があるから寄ってくれないかな?」
「はい」スッと歩き出す。
「ん? えっとぉ…? 近い近い!」
勢いそのままに顔の真正面まで来たので、慌てて少し離れてもらう。
心拍数を抑えてから本題へ。元気がない原因は帰りのやり取りで大体分かったからその経緯が知りたい。無理してまで上辺の関係を続けようとする理由を。だから質問内容も絞りに絞る。
「友達に執着するようになったきっかけを教えて欲しい」
「畏まりました」
彼女が眉間にシワを寄せる。どうやら質問内容はズレてなかったらしい。
同時に、脳内に『ケイコク~ ケイコク~』のアナウンスが響く。
これが抵抗ポイントの警告…。ってか、警告入るの早くね? この質問が嫌なのは知っていたけど、まだそれっぽい命令は一回目だろ? 俺、どんだけ嫌われてんだ…
自信をなくすのはさておき、彼女の話が始まった。
「昔、れんちゃんっていう親友がいたんです。れんちゃんとは小学校の頃からずっと一緒で、毎日のように2人で遊んでいました。あの頃は何でもかんでも2人で言い合えて楽しかったなぁ…。ですが、そんな楽しい時間は続きませんでした…」
手と声を震わせながらも話を続ける。
「中学3年のちょうど受験が終わった頃です。れんちゃんから急に『あんた、ウザいよ。もう2度と話かけてこないで』と言われました。愚痴を何度も聞いてもらっていたので、それが原因だと思って、これからは愚痴を控えることを約束し、必死に謝りました。ですが、一言も聞いてもらえず無視される一方…。めげずに何度謝っても結果は同じでした。どうやら親友だと思っていたのは私だけだったみたいで…。それから1週間くらい引きずって泣き続けました。一生懸命泣いたけど何も変わらず、心に大きな穴がポッカリと開いたまま。卒業したのもよく覚えていないくらいに。このままではダメだと思い、高校ではちゃんとやろうと決心しました。ウザくならない様に、誰にでも好かれる様に。そして、2度と失わない様に…」
「心の穴を友達で埋めようとしたわけか。だから無理して気遣いを続けているんだね」
「はい。今の私はそれが全てなので。だから、嫌でもやり続けないといけないのです」
「ありがとう。もう話さなくていいよ」
それを聞くと、彼女の眉間からシワが消え、緊張感も消えた。
ウザさ。つまらない話題を話し過ぎたり、空気を読めなかったりと色々ある。誰だってその要素は持っているものだし避けられないもの。故にそれがあるのは仕方のない事だ。だから、これに関してはどうでもいい。だが、もう一つの方はどうでもよくない。
それは親友。親友っていうのはどんな負の要素を持っていようと、それを笑って受け止めてくれるような対等な存在のはずだ。それがただウザいだけで離れていくかね?
つーわけでそのれんちゃんとやらに1つだけ言えるのは――
「そいつ、親友じゃねぇ…」
「…はい?」
やっべ、思わず声に出しちゃった。目をパチクリさせて驚く彼女を見てふと思う。
彼女は知らないんだ。本当の親友がどんなものかっていうのを。
だったら教えてあげないとな。でもどうやって? 言葉じゃ伝わりにくいしなぁ…
そうだ――
「俺が君の親友になる」
「は、はい…?」
「今日から俺が君の親友になるって言ってんの。嫌でも命令だから拒否権ないからね」
10秒程の静寂を、彼女の重たい声が破る。
「…畏まりました、ご主人様」
俯いたままだ。
あれ? なんか泣いてね? よっぽど嫌だったって事かな?…“嫌”と言えば、さっき警告入っていたの忘れてた。その状態で重ねて嫌なことしたって事はいよいよって事だよな?
未知の危険に備え、とりあえず頭を抱える様にうずくまり、衝撃に備える態勢をとる。
なんだ? 何が起こる?
警戒していたが、数秒待っても何も起こらない…
いや、起こった。頭の上を何かが優しくなぞるような感覚。これは――
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ってか、何でよしよししてるの?」
「親友だったらこうやって慰めるだろうと思いまして… 嫌、でしたか?」
「あ、いや…驚いただけだよ。ってか、気遣ってくれてありがとね。おかげで大分安心したよ」
「そうですか。それはよかったです」
パァっと明るくなった笑顔からよしよしが続行される。
とにかく今の所、地獄行はないらしい。
これからどうしようか? 親友がなんたるか教えて…ってか、服従中は潜在意識だからちゃんと学習してくれるのかな? 一応記憶と関連してそうだからできなくはなさそうだけど時間かかりそうじゃね? となれば、今は現状を1つ1つ改善していくのが優先かな?友達に無理して合わせる一方でストレスが溜まっていくわけだから、その捌け口がいる。愚痴を聞きまくる所からやってみるか。ところで――
「いつまでよしよししているつもりなの?」
「…嫌、でしたか?」
「全然。続けて続けて」
よしよしと笑顔が再開。嫌がると彼女のストレスが溜まるであろうことを考慮し、続けさせるしかなかった。
数分後、少し落ち着きを取り戻した所で話を切り出す。
「せっかく親友になったわけだし、愚痴り合わない? 最近イラっとした事とか、今溜め込んでいる事とか話してスッキリしたいしさ。何でも話して良いよ? 何でも聞くしさ」
「はい…」
やや躊躇している様子。
そりゃそうか。今まで“ウザい”って言われるのが嫌で愚痴を封印してきたわけだから、抵抗があるに決まっている。なら――
「それじゃあ俺から話すね。…この前、第一公園を歩いていた時、燃えるゴミ用のゴミ箱に2ℓペットボトルが潰さずに膨らんだままの状態で捨て口にねじ込まれていたんだよ。その捨てた奴はマジで頭おかしいんじゃないかと思ったね。で、その後そいつの頭だと思ってそのペットボトルをメキメキに圧縮して捨てといた。もちろん隣のペットボトル専用ゴミ箱にね。他の人の事も考えないわ、文字もロクに読めないわ、こんな最低限の知性もない奴がどこかに実在していると考えるとゾッとするよ、まったく…。あ、俺からは以上」
彼女の反応は目を見開いての驚き。『そんな事でも良いんだ』とでも言い出しそうな目。とにかく、目を細めてドン引きする反応でなければ上々だ。
「聞いてくれてありがとね。何かすげースッキリしたよ。やっぱり誰かに話すのはいいわ~特にその相手が親友となれば爽快感が違うね」
満足そうな顔を見せつけていると、彼女がおずおずと聞いてきた。
「本当に何でも聞いてくださるのですね?」
「ああ、聞くよ」
「…聞き終えた後もウザがったり、嫌ったりはしませんよね?」
「それは分からない」
一気にシュンとする彼女に一言付け加える。
「ただ、ウザかろうが、嫌な印象を受けようが親友は絶対やめない。何があっても受け止めるのが親友だからね。それだけは約束するよ」
俺が微笑むと彼女の沈んだ顔が一変して明るくなった。その顔はいつも学校で見る眩しさと一緒だ。彼女はその雰囲気のまま、やや恥ずかしそうに目を逸らしながら話始めた。
「この前街でスイーツ巡りをしていた時の事です。友達がクレープのクリームを舐めた指で、私のカバンについていたアクキーを触って『これかわいーね』と言ってきたんです。アクキーを褒めてくれたのは嬉しかったんですけど、その指で触らないでと。お気に入りで大切にしていたのでショックでした。普通、他人の物を触る時は綺麗な手の時だけにしますよね? 汚かったら触らない様にします…よね?」不安そうな声と視線。
「するする! ってか、分かるわ~それ。俺も似た様なのを中学の頃よくやられたもん」
「ご主人様もアクキーを?」
「いんや。俺はゲームのコントローラ。ちなみにポテチの油付な」
「うわ…。それは嫌になりますね…」
「まぁポテチがあった時点で察せなかった俺のミスでもあるからしょうがない面もあるよ」
「そうですか? そもそもポテチを触ったらヌルヌルになるのだから、それを考慮しておしぼりで拭きながらゲームを楽しむべきです」
「…ありがとう。何か救われた気がするよ。さすが月鉤さん、気遣いが徹底していらっしゃる」
「当然の事を言ったまでです。…あと、“月鉤”ではなく“翠”とお呼びください」
「えっ? 何で?」
「親友なら下の名前で呼ぶ。当たり前のことですよね?」
「つっても、ついさっき親友になったばかりだし早すぎない!?」
彼女の眉間にシワが寄るのと連動し、脳内でアレが鳴る。
『ケイコク~ ケイコク~』
「分かった…分かったよ!」
「おかしいですねぇ。『分かった』と言っておきながら、まだ一度も呼ばれていませんが?」
「翠!」
「よくできました、ご主人様」
笑顔で頭をナデナデされる。これではどちらがご主人様か分かったものではない。
それはそうと、この流れで俺の事も呼び捨てにする流れにならなくて良かった。服従中でも呼ばせすぎると、潜在意識下から記憶されて最悪服従させている事がバレるかもしれないから。彼女の現生活環境をどうにかするまではバレないでいたい。
ここで一旦カードを見ると“あと60分”とあった。ここから彼女の家の前まで戻るのに15分くらい。余裕を持ってあと20分になったら切り上げるのが良いだろう。なので、愚痴れるのは40分。愚痴を5、6個くらいは聞けそうだ。話しやすい雰囲気になっているので、これを大いに利用させてもらって彼女の愚痴を引き出す様に会話を持っていかないと。
「翠の愚痴、面白かったからもっと聞きたいなぁ。まだネタの方はある?」
「ありますよ。ですが、次はご主人様の愚痴を――」
「あるんだ。聞かせて聞かせて」
「そんなに聞きたいのでしたら――」
彼女はヤレヤレという感じで始める。が、表情は緩んでいた。
「それ分かるわ~」と「それでそれで?」で話を引き出し、話の区切りで「面白かった~別の話もあれば聞きたいんだけどまだある?」と次の話を催促。会話の主軸が彼女になる様に努め続けた。
“あと20分”。愚痴は5個聞き出せたので大満足だ。そして、最後ら辺は彼女も「それでですねぇ」と乗り気で話してくれたのが何よりうれしかった。その表情には最初の頃にあった愚痴を話す事に対する不安や恐怖が一切なかったからだ。
おっと、余韻に浸るよりも今は帰るのが先だ。
「今日はここまでにして帰ろうか」
「はい…」
残念そうな表情…あっ、やばっ。
「明日もやるからね」
「はい!」
輝く表情。警告はなし。助かった。
帰り道。「ちょっと考え事をしたいから、来た時みたいに少しだけ距離をあけて静かについて来てほしい」と伝えたのが彼女の親友への気遣い心にささり、素直に命令を聞いてくれた。おかげで何事もなく彼女の家の前まで到着。「少しそこで待っていて欲しい」と伝えて曲がり角に消えてそこからさらに距離を離す。
十分に距離と時間をとってから再び戻ると彼女の姿はなかった。どうやら無事に自動解除されたらしい。ホッと胸を撫でおろし、俺も家に帰った。
自室で月鉤の助けになりそうな情報を調べる。ネット検索や本棚にあるスポーツ医学の本を漁りながら呻いていると、あっという間に0時をこえた。カードをチラ見して“残り26日”を確認。とっとと寝る事にした。
瞼を閉じて色々と振り返る。彼女の愚痴の傾向…。汚い手で触らないでほしいといった共感するのと同じくらいに『そこを気にする?』と思ってしまう程の細かい指摘のような愚痴もあった。これこそ彼女の“ウザさ”の基であり、親友・れんちゃんが離れた原因。…しかし、小学校の頃からずっと一緒だったとすれば、中学の高校受験が終わるまでずっとその愚痴を聞き続けていた事になる。これってかなりの忍耐力と包容力が必要ではないだろうか。
れんちゃん、意外と気遣いできる良い子なのでは?…って、それなら絶交はしないはず。…よく分からんな。
気遣いといえば…気遣い上手の人は視野が広くて細かい所にも気づきやすいと聞くが、彼女もまさにそうなのだろう。気づき過ぎるが故に気にしてしまい、他の人の倍くらいの速度でストレスが溜まってしまうのだ。これは生まれ持っての性格もあるが、何より彼女の『嫌われたくない』という強い想いが周囲へ注意を促しているのではないだろうか。だとすれば、残り20日そこらでその考え方を変えさせるのは至難の業。考え方はそのままに、別の方法でメンタルケアする方法を考えないと。
当面の目的は彼女を精神的に自立させ、1人で過ごしても不安にならない状態にする事。本当はそれにあたり、俺のような仮の親友ではなくて、真の親友をみつけるサポートもできればいいのだが、これも残り20日程度では難しいので期待は薄い。
というか今更だけど、そもそも親友って何? 友達との違いは?
真面目に考えてみると概念が意外と曖昧過ぎてビビる。そんなはっきりしない状態なのに『親友になる』だなんてよく言えたものだと反省した。
あと、俺親友いないし、いた事も無い奴がどの面下げて言っているのかと。友達と呼べるのも貞男だけでほぼいないし…。待てよ? 友達でもない奴にいきなり『今日から君の親友ね』なんて言われたら嫌じゃないか? 好きでもない奴といきなり仲良くできるわけがないし…。だとしたら、何でカードの色が赤から黒に戻ったんだ? どう考えても赤のまま抵抗ポイント上限までたまって完全に地獄直行の流れだったじゃん。
自分がなぜかまだ現世にいるという訳の分からない結果。どれだけ考えてもそれっぽい答えは出なかったので、諦めて夢の世界へ逃げた。




