19話 仕方がない事
“残り2日”、月曜日の朝。教室にて。
「おはよう」
「おはよーさ…って、おい!その顔どうした?」
「ちょっとやんちゃして」
「ちょっとってレベルじゃないぞ、それ」
「悪いが気にしないでくれると助かる」
「…分かったよ」
「ありがとう」
そのまま貞男と話していると、
「おっはよー2人共」
「おはよ」
彼女が俺の顔をジロジロ見て、
「うん、期待通りで安心した」
「そりゃどうも」
彼女は笑顔で別グループの下へ。
結局俺の顔を見てそれなりのリアクションをくれたのはこの2人だけ。あとはチラチラと見るだけだった。まぁ影の薄い奴に対する反応何てこんなものだ。
欲を言うなら反応すらしないでいてくれた方がよかったけど…。あっ、そういえば、学校の玄関で泉奈とすれ違った時、思いっきり見られたな。
あれはゴミをみる様な目だった。ある意味彼女もそれなりのリアクションをくれた1人なのかもしれない。
一方で、教室で月鉤さんと挨拶した瞬間から彼女の“好きな人”を探しに尽力する。女の子は好きな人に対し、声のトーンが上がったり、上目遣い・ボディタッチなどが多くなると恋愛解説動画であったので、交流する男子の中でそれらがないかを観察した。が、1人も見つからず、昼休みになった。
クラス内にいないのかもしれない。先輩・後輩の線もあるが、月鉤さん部活に入っていないからその可能性は薄い。同学年の別のクラス?ただあんまり他のクラスの男子とつるんでるところ見た事ないからそれも薄いんだよなぁ。
と、教室で貞男と昼食を食べながら考える。ふと目の前の人物を見た時、急に脳が何かを思い出す。
そういえば、貞男と俺が話している時、結構な頻度で月鉤さんがチラ見していたっけ。解説動画では“気になる人を知らない間に目で追っている”というのもあったし、これは間違いないかも。
彼女の好きな人は貞夫。俺の中で結論が出た。
あとは2人をくっつけるだけなのだが、それが難しい。貞男が彼女の事をどう思っているのか不明だからだ。好きなら両想いだから話は早い。が、貞男が彼女に対して好き動作をしている所を見た事ないのでその望みは薄め。
くっつけるには両想いにする事が必須なので、どうしても貞男に月鉤のことを好きになってもらう必要がある。
それなら俺から仕掛けてみるか。
「月鉤さんって気が利くし、誰とでも仲良く接しているから性格良さそうだよね」
「どうした急に」
「いやちょっとね。で、貞男はどう思うの?」
「まーその通りだと思う」
「だよな。それでいて容姿も清楚感を維持しておしゃれ過ぎない様にしているのもいいよね」
「ん?あぁ、そういえばそうだな」
「そんな感じで外見はおしとやかなのに、内面は強い意志のような軸をしっかりと持っていてかっこいいんだよね」
「あーそれはお前から毎日聞いてる」
「で、そんな月鉤さんを貞男はどう思うの?」
「まー凄いと思ってるよ。お前と一緒でな」
「そうじゃないんだよなぁ…」
「…?」
好印象作戦は尊敬方面へ。好意には向かなかったらしい。
失敗か。何日か続ければ好意に変換できそうだけど、1日でそうさせるのは厳しいな。
人の好意の高い壁を感じる。午後の休み時間でも、貞男に同作戦を繰り返すも空振りに終わった。
そういえば、これをやっている時、月鉤さんとやたら目が合った。そりゃ自分の事話している奴がいたら気になるよね。顔も赤くなっていたから恥ずかしさもあったと思う。
何か悪いことしたな。あとで謝っとこ。
◇◇◇
放課後、第二公園にて。今日は坂ダッシュの日。いつも通り月鉤とアップした後に坂の前へ。
「うし、やるか」
「ご主人様はやらなくていいです」
「何で?」
「その体でよく言えますね…」
「大丈夫だって」
「さっきのジョグ、右足を庇ってていつもより走るの遅かったのに?」
「う…」
「そうやって足引っ張られると迷惑なんですよ。黙って休んでなさい」
「いや、でも――」
『ケイコク~ ケイコク~』
えっ?何でこのタイミング?
ちょっとした言い争いで警告されたので驚く。
迂闊な発言をすればアウトになりそうなので、大人しくする事に努める。
「私の言う事、聞けないんですか?」
「聞けます…」
「よろしい」
大人しくした事でようやく現状が見えた。俺は昨日のケガや筋肉痛を引きづっており、体が悲鳴をあげている状態。それを無視して動けば、更に悪化する事も考えられる。本来自分の体なんだから自分で気づくべきなのだが、変な義務感に捕らわれ疎かにしていた。挙句の果てにはそれを彼女に気づかされる始末。
どっちがご主人様だよ…。
お手本にならない自分を反省。ここからは気持ちを切り替え、彼女の応援に尽力したい。その想いが言葉となって発せられた。
「何かしてほしい事はある?」
「そーですねぇ…」
品定めする様に体全体をジロジロ見られた後、
「じゃあ、膝枕してください」
「はい?」
「あ、もちろんダッシュ終わってからなんでご安心を」
「いやそういう――」
「ご褒美あると燃えるなぁ、がんばろ!」
聞いちゃいねぇ…。まず何で膝枕?男の膝枕とか誰得なんだよ…。親友の付加価値とか…んな、アホな!……でも、“ご褒美”って言ってたし、期待しているのは確か、なのか?
カードを見ると黒色に戻っていた。昨日の仮説通りだとすると、このカードが赤色から黒色に戻る時は、服従者のしてほしい事をやった時。なので、膝枕が本当にしてほしい事だったという事になる。
まだ検証回数重ねてないから何とも言えないが、今は彼女がやる気満々で準備しているのでヨシとしよう。
俺が見守る中、ダッシュ1本目スタート。彼女が20mの坂を上り終え、上の方で何やら立ち止まっている。
どうしたんだろ?
立ち止まるとせっかく上げた心拍数が下がってしまうので連続ダッシュの効果が落ちる。週2でこなす彼女がそれを忘れるわけがないので、不自然さを感じた。
もしかして調子悪いのかな?
心配になり、駆け寄ろうと動き出したところで、彼女がこちらに向かって下って来たので立ち止まる。
「えぐっ…」
「えっ?」
「ご、ごめん…。えーっと、ご、ご主人様?」
「何かな?」
「今は坂ダッシュ中って事でよかっ…よろしかったですよね?」
「…あ、うん」
「で、まだ始めたばかりですよね?」
「うん」
分かり切った事を聞いてどうしたのかな?あと、少しよそよそしいような…?
さっきの坂の上の件といい、先程から様子がおかしいので心配になる。が、その後は何事もなく、10分間の坂ダッシュを終えた。終えた後すぐに彼女は地面へ横になる。相当疲れている様子。
いつもよりキツそうだな。まぁ毎回万全な状態で運動できるわけじゃないし、たまにはこういう日もある。逆に調子が悪い中、よくやり切ったもんだ。…あ、それでさっき『えぐっ…』ってぼやいていたのかぁ。
最初こそ違和感があったが、最後には納得。
そんなわけで、やり切った彼女を労う。
「お疲れ様」
「お、お疲れ様…です!」
変なテンション。…さておき、ダッシュはやり遂げたから――
「膝枕はどうする?今からやるの?」
「…何です膝枕って?」
「いや始める前、ご褒美にしてほしいって自分で言って――」
「そーでした!すっかり忘れていました!」
「…?」
「すみませんけど、それ無しでお願いできますか?」
「あ、うん。いいよ」
恥ずかしかったからその方が助かる。
彼女の気まぐれに感謝。
だが、これで彼女にご褒美と呼べるものがなくなった。
ここは申し訳程度に――
「それじゃあ、愚痴り合いしようか。昨日はできなかったしね」
「あっ、はい…」
ん?いつもなら嬉々として話してくれるのに。
待ったが、モジモジしており、話し出し辛そうにしている。それはまるで、服従初日のようだった。
マジでどうしたんだろ?…まぁ考えるのは後にして、今はこの状態を何とかしよう。
「まず俺からいくね?一昨日、夕方にスーパーで買い物していてね。買う物買い終わってレジ待ちしている時の話なんだけど、あの時間帯どこのレジも行列でさ。どこ並んでも5分待ちは確定っていう状況。で、ようやく前が2人になった所で俺の前に並んでいたおじさんが舌打ちし出したのね。レジでお釣りの小銭を探しているお婆ちゃんが居たから、それに対してだってすぐに分かった。歳をとるほど人って認知機能低下するから、周りの事って気遣えなくなるものじゃん?だから、お婆ちゃんのこの行動って確かに『おいおい』とは思ううけど、仕方がない事なんだよね。そんな仕方がない事にイライラしていても疲れるだけだから流した方が楽なんだけど、おじさんは違って『混んでいる時に小銭探すなよ』と思ったっていう。ただ考えてみると、これも仕方がないんだよね。今ってカードですぐ会計できるじゃん?それを使っている人からしたら、お婆ちゃんの行動ってわざわざ遅延行為をしている人にしか映らないもの。でさぁ、結局これってどっちが悪いのってなっちゃってさ…」
「…仕方がない者同士だからって事?」
「そう。考えてみたらこの場には本質的に悪い事をしている人はいなかった。それでとりあえず、この場をやり過ごす為に『この場の全てを“仕方がない”でまとめてしまおう』って割り切る事にしたんだ。ただ、これって処理しきれなかったって事だから、結果的に何かモヤモヤした気分は残っちゃってさ。…だから、今回この場でそのモヤモヤを発散させてもらったってワケ。…ってなわけで、ありがとね!おかげでスッキリしたよ」
「いえいえ」
最初こそ饒舌に愚痴り出した俺の姿を苦笑いしながら聞いていた彼女だが、途中からは相槌もしてくれていたし、聞く姿勢になってくれた。
「俺ばかりスッキリしても申し訳ないから、次は翠のが聞きたいな」
「……ほんとにいいの?」
「うん」
「…分かった。それじゃあ、昨日友達と遊びに行った時の話で――」
俺の程度の低い愚痴でハードルが下がったのか、そこからはしっかり愚痴ってくれた。やや顔を赤くして恥ずかしがるように。
少々の違和感。それは彼女の愚痴が進むにつれて大きくなる。
顔を赤くしていたのはなぜだ?いつもはそんな事ないのに。…そういえば坂ダッシュの時からおかしいんだよな。何か不調さがあるというか…。待て、不調だと!?
不調と言えば体調不良。体調不良と言えば風邪。これはどう考えても予兆だ。
彼女はやせ我慢する傾向がある。ならば、俺に体調不良を告げずに誤魔化したがるのも納得できる。理由は“親友に心配をかけたくないから”とか、そういうのだろう。
馬鹿野郎。そういうのが一番心配かけてるんだって。
饒舌に愚痴りを続ける彼女を見て苦笑い。話が一段落したのを見計らって行動に出る。
「ちょっと失礼」
「っ…!」
彼女の右腕を取って脈拍確認。
早いな。坂ダッシュが終わって脈拍も落ち着いているはずなのに、これはやっぱり異常だぞ。次は……
彼女の顔をジッと覗き込む。数秒間かけてじっくりと。一つの異常も見逃さない様に。それで分かった事。
やはり顔が赤い。これは本格的に風邪かもしれないな。
「ごめん。少しじっとしていて」
「えっ…!」
さらに調べる為に、彼女のおでこに向かって手を挙げ、近づけた瞬間――
「ごめん帰る!」
「あっ…」
彼女は全速力で駆けて行った。
謎の行動。しかし、その行動が“体調不良を隠し通せないと考え、やむを得ず家に帰る事にした”と考えると納得がいったので、そう思う事にした。
距離を離されたので今頃服従は途中で切れているはずだが、自分の体調が悪いのなら家へ一直線に帰るだろう。
帰ったら一応メッセ送っておくか。
なんて考えながら、俺も家へ帰った。
◇◇◇
家に帰ると玄関に月3で見かける靴が。
俺は前回の反省を踏まえて「ただいまー!」と存在をわざと知らせる様に言う。すると、奥の方から「おかえりー!」と「では今日はこれで」「もっとゆっくりしていけばいいのに」が聞こえて、こちらに足音が近づいてくる。そして、その足音の主がこちらを一度も見ることなく横を通り過ぎた。
そういえば、大会まで後1カ月だっけ?
ふと思い出したので、後ろ姿に向かって「大会までケガしないようにな。応援してるぞ」と声を掛けたが後ろ姿はそのままだった。そのすぐ後に母が合流し、2人して見送る。
彼女が母に対して「また来ますね」と笑顔で返した所で俺の役目は終了。リビングへと向かった。そこで母に呼び止められる。
「泉奈ちゃん、あんたのケガを気にして来てくれたのよ。あとでお礼言っておきなさい」
「嘘でしょ?」
「何で嘘つく必要があるのよ」
「言われてみれば…」
「とにかく、お礼は必ず言いなさい」
「はい…」
正直するかしまいか迷った。しなくてもしたていで、母に話せば通る気がしたから。ただ、それだと嘘をついたこちら側が長時間モヤモヤに悩まされることになる。
あれ、地味にストレス溜まるんだよな。
俺はその地味な恐怖に負け、素直にお礼メッセを送る事にした。
『ケガの心配ありがとう。おかげで元気出たからもう大丈夫』
どうせ既読スルーされるだけなので放置して着替えていると、ピコンと鳴った。まさかと思い、スマホを見るとそのまさかの人物からだった。その内容は――
『バカ死ね』
約1年振りの返信がこれって…。まぁある意味予想はできたけども…。
変に期待したことで好感度があると勘違いしたから調子が狂っただけ。通常モードに戻った今では彼女の反応がしっかりと嫌悪感剥き出しになり、好感度が最低辺まで落ちている事を認識できたので大変喜ばしく思う。
とりあえず、泉奈に関しては俺が居なくなったら喜んでくれそうだし良かった。だから、特に何も伝えなくてもいいか。
一応、親に対しては手紙を書いている。内容は――
“今までありがとうございました。楽しかったです。これからもお元気で。”
という小学生並の文。何かごちゃごちゃ小難しい事を書くと受け取った側が変に思い出して吹っ切れなくなるので忘れやすいシンプルなものにした。多分母さんには『どうせ書くなら、もっとしっかりしたのを書きなさいよ』って死んだ後も説教されそうだけど。
明日の夜はこれを机の上に置いて…その後どうしようかな?
などと考えながら、目線をスマホに戻すとさっきの彼女の返信が。
「せっかくだし、何か返すか」
文は『死ね』とあるから、それに対して答えてみよう。
『ごめん。もう少しだけ我慢して』
あと一日だけの辛抱という意味を込めて。
ところが、このメッセを送った後、先程の泉奈のメッセが消え、俺の文だけが虚しく残った。なにせ、2日後の朝には彼女の心から怒りがさっきのメッセの様に消えて、スッキリしている事を願う。




