表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/26

16話 私の気持ち

 土曜日の午後。私は昨日より早く部屋のテーブル前に座っていた。勿論スマホをセットして。


いやー今朝は緊張したなぁ。


 リミブレ最新刊発売日は毎回1人で本屋前に待っているんだけど、今回は違った。“私”が江口君と待ち合わせの約束をしたから。過去の動画を見ていなければ気づかなかった事。でも、“私”が私なら絶対気づくと思って残したもの。じゃないと彼にわざわざ時間指定までさせないだろうから。


全く、やってくれるねぇ“私”。


 そんなわけで、昨日の夜は明日の服や化粧やらで悩まされた。おかげでちょい寝不足だったけど、おかげで恰好はばっちりだったと思う。で、今朝は家に居てもソワソワするだけだからって、早めに用意して早めに家を出た。本屋には1時間前についちゃったから、そこからずっとウロウロしたり、スマホをいじったりして時間を潰してたっけ。それで散々待って、気づいたら今の状態だった。


私は頑張ったぞ。“私”はどうだ?


 期待に胸を膨らませ、新着動画を再生する。


 今回はショルダーバッグからスマホのレンズ部分をはみ出させた状態で撮影。録画は集合20分前からだったので集合時間付近になるまでスクロール。江口君が映った所から始める。


『お待たせ』

『あっ…。本当ですよ。こちらがどれだけ待ったと――』


”私”、めっちゃ待ってた事が恥ずかしくなったんだろうな。それにしても江口君、私の格好に対してのリアクションはなし?ちょっと傷つくなぁ。まぁ彼の鈍感さについては過去の動画で学習済みだから予想通りと言えば予想通りなんだけど、それでもちょっとは期待しちゃうよねぇ…。


 その後のリミブレトークで私も興奮しているといつの間にか本屋が開店。

 一切無駄のない動きで最新刊を手に取ってレジに運ぶ流れは我ながら見事だと思った。

 

 ここで2人の書いたろ系小説の努力論(?)についての話が語られる。


まぁ私も同じく、あの手のなんちゃって努力には飽き飽きしていたからビシッと言ってくれてスカッとしたわ。あと、江口君の本開いてアピール理論は笑っちゃった。

それにしても最後は貶していた作者の事もシレっと良い方向に持っていくのは何気に凄いよね。こうやって第三者目線で見てないと気づけなかったよ。


 動画は彼が帰ろうとした所を”私”に全力で怒られるシーン。


そりゃ怒られるって。


 なんて思っていると彼が急に”私”を見だした。


『今日はいつもより髪にツヤがあるし、整っているね』


部分的に褒めるのって恋愛テクでよくあるよね。チョロい子ならすぐ調子乗っちゃうだろうし…あ、”私”まんざらでもない反応してる。あ、髪触らせちゃうんだ…。って、あれ?何かこれ、明らかに乗っちゃってるよね?


 そんな”私”のチョロっぷりにガッカリしつつも動画は進み、彼がとんでもない事を言い出したシーン。


『翠は今、彼氏いるの?』


はぁ?いきなり何聞いてんだ?そりゃ”私”もその反応するって!この人、デリカシーとかないの?


 本屋とはいえ、男女が2人だけで集まるとなればほぼデート。だから私も今朝頑張ってきめてきた。それが分からない様な異性が存在するだなんて驚きだ。そんな珍種を発見した様な目で動画を見ていると、またしても――


『好きな人はいるのかな?』


「こいつ、マジいい加減にしろよ!」


 思わず声が出た。だが、動画は止まらない。さすがの彼も失言だと認識して謝罪訂正を入れていたがもう遅い。ここに記録が残っているのだから。

 彼はその後、逃げる様に公園への場所移動を伝える。黙って同意する”私”もどうかと思う。


一発腹に入れてもいいのでは?


 そんな事を思っていると”私”が――


『いますよ…』


「言いよった、この子…!」


 突然の言葉に愕然とする。流れ的に99%告白みたいなもの。それに対し、彼はどう応える。私の目は彼が次に発するであろう言動に釘付けになっていた。

 彼がこれまで”私”に尽力してきたのは、好意によるものと判断でき、そこに嫌いという感情はない。なので、感情は必然的に”そういう事”になる。つまり、この告白は通る事が始めから決まっているようなものだ。


あれ?遅くね?返事まだー?


 後は『俺も』と言うだけの簡単な事なのに時間をかけ過ぎている。私が注文が待ちきれない嫌な客態度をしていると、ようやく彼が口を開いた。


『よくぞ言ってくれた』


なんか思ってたのと違う。けど、これはこれで通ったって事だよね?いや、本当に通ったのかな…?


 彼の鈍感さが頭を過ぎったので、この事象では決定的な確証は持てなった。そしてその不安は、動画が進むにつれてどんどん大きくなる。そうなったのは彼が未だに手を繋ごうともしないから。通ったのなら景気づけにそういうのをしてもいいはずだ。なのにしないという事はそういう事ではないだろうか。

 反対に”私”の方はその機会をつくろうと必死で手を握るタイミングを窺っていた。こうやってみると悲しい光景にしか映らず、胸が締め付けられる思いになった。諦めた様に悔しさを呟く”私”に対しせめてものエールを。


頑張れ”私”、負けるな”私”。


 もちろん過去なのでこの応援が反映される事なく、無情にも動画が進んでいく。


 ところが、公園に着いた時、今日一の奇跡が起こった。なんと、彼が”私”の手を握ったのだ。そして、”私”も握り返す。


「おぉ、やったじゃん”私”。報われて良かったぁ」


 そのまま2人仲良く丘の上へ。

 着いた途端、彼がいらん事を言い出した。


『どうしたじゃなくって、階段昇りきったでしょ?』


エスコートしていただけなのね…。まぁ善意があるのは素晴らしいと思うよ?でも、こういう時くらい空気読もう?今のはひどすぎるって。…にしても”私”、うまいこと話逸らしてるなぁ。


 彼にはガッカリ、”私”には感心。

 そうこうしていると、”私”がとんでもないプレーを魅せる。


『そーいう所ですよ』


上目遣いからのこの笑顔は反則。私ってこんなに可愛かったの?


 思わず自画自賛するほどの出来に心底驚いた。さすがの彼もこれには少し動揺している様子。その証拠にまたくだらない事を言って”私”の機嫌を悪くしていた。

 再起は無理かと思われたその時、今度は彼がとんでもないプレーをする。


『ご主人様、急にどうしたんです?』


「いや、ホントにそれ!急にどうした!?」


 ”私”の顔を覗き込む彼。しかも真顔で。それも距離がどんどん近くなっている気がする。


『悪い、今いい所なんだ。じっとしていてくれるか』


さっきまで散々ガッカリさせておいてからのこの積極性。ギャップ、エグ過ぎない?これ、相当な破壊力だよ?ほらほら!そりゃ”私”もそうなるわ。


 目を瞑ったのは明らかにアレ待ち。これだけ顔を近づけてきているのだから誰がどう考えてもそうなる。今までの失態はすべてこれに決定的な破壊力を持たせる為の伏線だったと考えると恐ろしい。


「江口君、とんでもないな…」


 最後には最悪だった印象を反転させる彼の手腕には脱帽だ。そうやって感心し、確定されたビジョンを待つ。…が、いくら待てどもそれがやってくることはなく、10分が経過してしまった。

 ”私”は緊張で頭がおかしくなって放心状態になっている。そこへ彼が一言。


『ごめんな、翠』


「は?ふざけんな!何謝ってるわけ?謝るくらいならすればいいじゃん!おあずけくらってる”私”の身にもなってあげろよ!」


 画面に向かって暴言を浴びせるも画面内にそれは届かない。

 彼の評価はまた反転。その後は何事もなく動画が終了したので、その評価が覆る事はもうなかった。

 そういえば、明日の夕方も会う事になったらしい。これ以上評価が下がらないで済む事を心から祈っている。


 改めて考えると、私が私の知らない所で勝手に動いているというちょっと怖い状況。しかもその中で誰かとイチャついているなんて普通ならまともな精神で居られないだろう。ところが私は今、まともな精神を保っている。それはその誰かというのが彼だから。

 彼が私の為に行動しているのは動画から伝わってくるので、見れば見るほど彼への信頼が高まっていく。そんな彼だから、私に変な事をするなんて考えられないし、安心しているのだと思う。

 そんな事もあってか、最近は動画内の私をついつい応援してしまう。第三者的に観られている事もあって彼女が彼に対してどういう感情を抱いているかも分かるからだ。“私”の体が勝手に使われている感があるけど、“私”がそういう行動を取る理由にも納得いっているのでそこに不快感はない。


そりゃあ、これだけ献身的に尽くされていたら誰でもこうなるって…。


 訂正。納得と言うより仕方がないといった表現の方が正しい。なので、仮に“私”が今後彼とそういう仲に進展したとしても文句は言わず、黙って祝福するつもりだ。そう考えると、“私”も私の親友っぽい。不思議な感覚だ。“私”を理解した所で私について考える。


私は彼の事をどう思っているのだろうか?


 良い人だと思っているのは確か。ただ、その先はよく分からない。今はまだ――



 その日の夜。


 風呂上がりに彼からのメッセが入っていた。


『リミブレ最新刊買った?』


一緒に買いに行ったじゃん!…と言いたい所だけど、動画の事を知らないから仕方ないよね。知っているのに知らないフリするのも面倒だなぁ…。


 このメッセは私への話題振り。“リミブレ好きなら当然買ったよね”的なやつ。だから私はそのていで返信しなければならない。


『もちろん買ったよ』11巻の表紙を撮って送る。

『さすがリミブレファン』


 すると、彼からも似た写真が。


『買ったんだ』

『ファンだからね。ただ、俺はどちらかというと作品よりも作者のファン』

『稲目先生(※)の?』


※リミブレ作者の稲目(いなめ) (あきら)。不幸体質で、今まで数々の困難を乗り切っている。その様子は各巻のあとがきで語られており、“友人に試しにやってみなよと勧められたFXで1000万溶かす”や“交通事故に巻き込まれて全身複雑骨折”、“隣の家から出火した火事で家が全焼”などがある。


『うん。普通の人なら再起不能になるような目に合っても、毎回立ち直っているのが単純に凄いと思うし、今後の先生の動向が気になる』

『てか、先生のそういう所はリミタっぽいよね。案外先生の自己投影的部分もあったりして』

『それはあるかも。創作物って、作者の考え方が反映されるものだから』


考え方の反映かぁ。そういえば…。


 思い出したのは午前の動画。あの時は“私”が散々彼に振り回された。その仕返しをしたくなったので、こちらから仕掛けてみる事にした。


『江口君は何か作ってたりしないの?』

『しないよ。そもそも創作意欲がないからね』

『じゃあ、趣味は?』

『なし』

『好きな事は?』

『なし』

『好きな人は?』

『いないよ』


誘導的に答えさせる事には成功したけど、激しく失敗した気分。何かごめんね、“私”。てかこの人、何のためらいもなくこの質問に即答するとか、こういうのにホント興味がないんだなぁ。


 私は“私”を不憫に思った。今後のアタックが一筋縄ではいかない事を想像して。

 哀れみの目をしていると、ピコンとスマホが鳴る。


『ただ、尊敬する人はいるよ』

『稲目先生の事だよね?』

『うん。それともう1人』


あー私の事か。


 ニヤニヤしながら返信。


『誰?』


 彼の返信が急に止まる。今までは即答だったのに。


困ってる困ってる。


 で、1分くらい経ってからようやく――


『ごめん秘密』


意外と初心な所あるのね。


 一応意識はしてくれている様だ。形は違えど。とにかく、“私”の勝率が全くのゼロでない事を知れて嬉しい。


『いつか教えてね』

『これは墓場まで持っていくつもりだから無理』

『そっか、残念』


 彼にとってはそんなにも重要な秘密を知ってしまっているので、謎の優越感が湧いた。


『月鉤さんの好きな人は?』


こいつ、懲りてないのか…!


 優越感は消え、怒りが湧いた。

 舌打ちしながら返信する。


『いないよ』


私は、ね。


 なぜかこの次の返信にも謎の間があった。


『変な事聞いてごめんね』

『いいよ。先に聞いてるの私だし』

『フォローありがとう』

『いえいえ』


こういうのは気づく癖に、どうしてデリカシーのない事をサラッと言えるんだろうね。


『そうやって誰にでも優しくできる所いいよね』

『普通だよ』

『いやいや普通できないって。あと、そうやって謙遜できるのも』


急に何だ、この褒めの嵐は。


 慣れない状況にタジタジになっていると――


『俺は好きだよ。月鉤さんのそういう所』


「こいつ、いきなり何言って…!」


 思わず声が出てしまう。顔も熱い。どうしてくれるんだ、この気持ち。

 一旦落ち着つく為に深呼吸。冷静になってみて、先程の彼の言葉がそういうのではなく、単純な褒めである事に気づく。これは彼の普段の行動や言動から考えれば明らかな事…なのだが――


この流れでそれは反則だって。誰だって勘違いするわ!


 またしても彼のデリカシーのなさにイライラする私。どうしてもそれが消えなくって、今日は私から先にリタイアメッセを送る。


『もう寝るね』

『おやすみ』


 スマホをテーブルに置き、ベッドへダイブ。イライラと一緒にこのドキドキも消えてほしいと、心から願うのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ