13話 私の親友②
今朝の言いたい事当てゲーム。あの後から一日中、頭の隅で考え続けていたけど、結局分からなかった。そもそも範囲が広すぎる。好きな事なのか、嫌いな事なのか、未来の事なのか、過去の事なのか、何も軸が定まっていないので、特定することが不可能に思えた。
気遣いプロ的には空気で察しろって事なんだろうけどなぁ…。
気遣い素人がこれ以上いくら悩んでもたかが知れている。そう思い、降参を言語化したのがさっきの『やっぱり分かりませんでした』だ。
彼女は俺が答えるのに期待していたからこそ連絡先を交換してくれたのだから、これにはさぞかしガッカリしている事だろう。
一応既読されたけど、このままスルーだろうな。で、ブロックかけられて明日からは挨拶以外無視と…
脳内シュミレーション終了。ただの挨拶記録更新の一部に戻るだけで、まだ服従カードでの活動はできるのでヨシとする。
母が最後にお風呂に入り終わった後のタイミングで洗濯開始。洗濯機の待ち時間に風呂掃除を済ませて、脱水までの時間暇しているとスマホにメッセが入っていた。月鉤さんからだ。
『何が?』
まるで気にしていないかのような返信。彼女の事だから俺の“分からない”を理解していないわけがない。なのに、敢えてこの様な返信をするというのは――
わざとしらばくれてるんだ。俺を傷つけない為に…。
このたった一言に、友好関係を守る為なら自分がちょっとくらい馬鹿に思われていいという彼女の熱い自己犠牲精神を感じた。
そりゃ周りから好かれるわけだ。
心から称賛。そして、その優しさに応える為に返信する。
『ありがとう』
『わざとやってる?』
今度はすぐに返信がきた。文脈的に俺の察しの悪さにキレている模様。ここは素直に謝罪だ。
『すみません。これが素なんです』
もちろん実力的な意味で。やや間があって…
『それってそういう意味でいいんだよね?』
つまり、彼女が俺を“察する能力のない雑魚”と認識するという意味。そんなの決まってる。
『もちろんです!』
『そっか。なら、何で敬語なの?』
『そうせざるを得ないからです!』
『今日はそういうキャラでいくって事ね。分かったよ』
いまいち噛み合っていない感じがしたが、“分かったよ”の後にニッコリ顔のやつが付いていたので、気分を害しているわけではなさそうだ。
と、ここで洗濯機のアラームが鳴る。一時中断だ。
『すみません。ちょっと空けます!』
『はーい』
洗濯物を干し終わり、自室へ。スマホを見ると満月の写真と『今夜は綺麗だねー』のメッセが。カーテンを開けてみると夜空には確かにそれがあった。同じくな感想を持ったので、それを撮って送った。
『ですなぁー』
『そっちも良いの撮れてるね』
『お陰様で』
『月ってどこで見ても形は同じなんだね。やっぱり空は繋がっているんだなー』
若干ポエマー入ってない?一応乗っておくか。
『ごらんよあの星達を。まるで空が宝石箱になったみたいだ』
『どしたの急に?(笑)』。
『ロマン路線に移行したのかと…』
『さっきの私の言葉、そういう風に捉えてたの?心外だなー』
『詩的で素晴らしかったですよ』
『はいはい。どうもどうも』
『その投げやり感、心外ですよ?』
『お互い様ですよ?』
『さすがですよ?』
『ちょい使い方怪しいですよ?』
『はい』
『急に素。もうちょっと頑張れたんじゃ?』
『無理ですよ?』
『おい!(笑)』
『そろそろ時間ですよ?』
『私はまだいけるよ?』
『スヤスヤ…』
『ここで寝ずにベッドで寝なさい』
『感謝。おやすみなさい』
『おやすみ。また明日ね』
いつまでも続けてしまいそうだったので早めにリタイア。これで彼女が寝不足で体調が崩れる様な事があってはならないから。
◇◇◇
朝の学校。私はいつものを終えて席へ。着いて早々、隣の人物の顔をチラ見して昨日のメッセのやり取りを振り返る。
最初は意味の分からない言葉から始まり、わざとだと思った。
実際本当にわざとだったんだけどね。素だって言ってたし。
あの言葉で彼が、自分から素をみせ、心を開いていることが分かった。そうしたのはおそらく、話しやすい雰囲気をつくる為。まるで私がやりとりするのに壁を感じているのを見透かしているみたいだった。
彼には感謝している。おかげでその後のやり取りが凄く楽になったから。なので、今夜もやろうと思う。だって凄く楽だから。
◇◇◇
自室で動画名“私の親友②”を再生する。
動画は江口君の坂ダッシュ後から始まった。
「がっは…! し、死ぬ…」仰向けに倒れる。
「お疲れ様でーす。はい水ー」ペットボトルを垂直逆さまにする。
「ありが…ご、ごっバァッ! 馬鹿野郎、溺れさせる気かっ!」
「まさか。ここは陸ですよ? 溺れるわけないでしょ」
「いや、この量は溺れるから! 絶対殺す気だったよね?」
「いーえ。生き返らせるつもりでしたよ?」
「嘘つけ」
「本当ですよ。現に、今こうして元気にツッコんでるじゃないですか」
「…あ、本当だ」
「でしょう。……っ!」
画面内の私が何かを思いついたような顔を一瞬した後、ニヤニヤし出した…かと思えば、苦痛の表情になった。
「アイタタタ…」
「どうしたの?」
「さっきご主人様に疑われたショックでストレス性腹痛が発症しまして…」
「嘘!? そんなのあるの?」
「はい…この腹痛を治すにはご主人様に本気で謝ってもらう必要があって――」
「どーも、すみませんでした!!」
「土下座のモーション早っ! …それよりも、何で冗談だと疑ってくれないんですか? こっちはツッコミ待ちだったのに」
「だって、万が一本当だった場合が怖いじゃん」
「本当の訳がないでしょ?」
「そうか。じゃあ腹痛はないんだな?」
「当たり前でしょ」
「なら良かった」
「…プライドとかないんですか?」
「ない!」
「この人は…」
「いやー翠に何もなくて本当に良かったぁ」
「……。本当にこの人は…」
「ん? どうした? 目赤いぞ。季節的に花粉症か? すまんが、花粉はどうにもできんぞ」
「はぁ…」
「今度はため息? マジで大丈夫か?」
「大丈夫じゃありません。すっごく疲れました」その場で座り込む。
「さっきのダッシュのせいかもな。だとしたらちゃんと帰れるかどうか…。もしダメそうなら言ってくれ、前みたいにおぶるから」
「……。ダメなのでお願いします」
「分かった。例の如く匂いの方は我慢してくれ」
「……。はい」
「じゃあ、ストレッチして今日は早めに帰るか」
「嫌です。いつも通り愚痴で盛り上がりましょうよ」
「そっちの元気はあるってか。…分かったよ。やるからそんな目で見るな」
「はーい。…ご主人様、一旦立ちたいです」右手を彼に向かって伸ばす。
「あいよ。…って、おい! 急に引っ張んなって」
彼がバランスを崩して倒れ込む。それを“私”が抱きとめた。その顔は満足気に笑っている。
「危なかったですね」
「全くだ。こっちが引こうとしているのに、逆に引くやつがあるか」
「ごめんなさい」反省ゼロの顔。
「…ってか、ケガしてないか? 大分体重かけちゃったから心配だ」
「大丈夫ですよ。しっかり受け止めましたから」
「だから心配なんだ。どこか…腕とか腫れてないか…?」
腕を診察でもするかのように入念に確認する。“私”はそれを優しい目で見つめていた。
「ふー。一先ず大丈夫そうだな」
「だから言ったじゃないですか、大丈夫って」
「そうだが…翠は無駄にやせ我慢する時あるから信用できんのよ」
「無駄とは失礼な」
「我慢して放置して悪化ってのが、一番最悪なパターンだから、失礼で済めば安いものだよ。ケガはマジで怖いから絶対にしてほしくないんだ」
「……。ごめんなさい」今度はガチ反省の顔。
「分かればよろしい」
優しい笑顔で頭をポンポンされる。すると急に“私”が彼の胸に向かって抱き着いた。
「どうした?」
「何でもありません」
「いや絶対何かあるだろ。…何が狙いだ…?」
「はぁ…ご主人様って本当にアレですよね」
「え? “アレ”って何?」
「多分ご主人様が一生理解できないものです」
「一生だと…? すげぇ気になる。教えてくれないか?」
「嫌です」
「嫌なら仕方ないな」
「引くの早すぎません? もっと粘る所でしょ、そこは」
「でも、嫌なんだろ? だったら引くべきじゃん」
「…そういう所、嫌いです」
「それって、どういう所?」
「そういう所です」
「だからどういう所?」
「そういう所」
「だから――」
一時停止。
私は一体何を見せられているんだ?
私だけど私じゃないみたいな私がイチャイチャしている。
最高に訳が分からん。そしてそれを見て少しイライラしている自分も訳が分からん。彼の優しい所をみられて嬉しいはずなのに、正反対の気持ちになるなんて。
私だけど私じゃないのが悔しい、から…? あーもう!分からないよー!
結局このモヤモヤを落ち着かせるのに1時間もかかった。




