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1話 服従カードとストーカー

 深夜。人気のない路地裏に、ジャージ姿の小太り中年男性が、スーツ姿の若い女性の手を引きながらやって来た。


「よし… ここなら問題なくヤレルなっ!」


 手を放し、女性の体を舐め回す様に見ながら鼻息荒く言う。

その様子を虚ろな目で見る女性。


「あーもう辛抱ならんッ! 早く服を脱げ!!」

「畏まりました、ご主人様」


『ケイコク~ ケイコク~』


「うっせぇな。今いい所なんだよ!」


 男性が脳内に響く電車の車内アナウンスのような声を振り払いながら、視線を女性の方へ集中する。

 女性は目に少々の嫌悪感と眉間にシワを寄せ、拒否反応を示すが男性の言葉通りにスーツを脱ぎ、地面にパサリ。続けてスカートのファスナーを降ろしてパサリ。それから流れる様にシャツのボタンに手をやった。


「こいつぁすげぇや! やっぱりこのカードは本物だったんだ!!」


 荒い鼻息を継続させつつ、右手に持った黒いカードに向かって言う。それをズボンのポケットにしまった後、視線は右手から女性へ。脳内永久保管でもするかの様にじっくりと至近距離で堪能する。

 シャツがパサリと落ち、黒いブラジャーのホックに手を掛けようと瞬間、男性が慌てた。


「待て待て、そこでストップだ」

「…畏まりました」

「やっぱり下着姿ってぇのが、一番そそるんだよねぇ~」


 男性は鼻の下をのばしながら、女性の胸の谷間やら黒パンツの尻の食い込みなどを入念に確認する。女性はそれを制止することなく受け入れていたが、やはり表情の歪みだけは変わらない。


「じゃあ、早速―—」


 女性の胸元に右手をのばす。が、指先が触れた瞬間、急に右手を降ろして無言で数秒直立した――かと思えば、急に走り出してその場から消えた。入れ替わる様に、虚ろだった女性の目に活気が戻る。


「あれ…? ここはどこ…って、えぇ!?」


 自身が下着姿である事に驚き、急いで服を着る。そして首をかしげながらその場を後にした。



◇◇◇



 俺の名前は江口(えぐち) 千汰(ちいた)。身長170㎝、体重60と標準体型で、家から歩いて10分程度の志方(シホウ)高校に通う2年生。夢もなく趣味もないクソつまらない人間だ。毎日無気力で日々自堕落的に過ごしているが、学校にだけはなんとか毎日通えている。通い続けている理由は――


「千汰ぁー! 晩御飯できたからさっさと食べてしまいなさい」

「はーい」


 母の声で2階の自分の部屋から階段をおりてリビングへ。父は仕事でいつも帰りが遅い為、平日はいつも母と2人きりの夕飯となる。

 2人で「いただきます」と合掌して食べ始めた時、テレビで昨日のニュースが流れていた。内容は。昨夜○○ビル屋上から男性が飛び降りたというもの。救急車が来る前に息絶えており、特に争った形跡がなかった事から自殺とされている。

 

「○○ビルって隣町じゃない。しばらくあの辺通り辛くなるなぁ…」

「そうだね」


 気だるげに返事をし、黙々と食事を胃につめる。そして、食器を洗い終わって歯磨き。トイレをしてから自室に戻り、部屋を暗くしてベッドに入る。

これで今日のイベントは全て終了。この退屈な毎日が高校卒業まで…あと500日以上続くことを考えると億劫になる。

 人は誰しも夢や趣味などの生甲斐を持っているものだ。だから毎日を生きようと思える。だから、それがなかったら生きるのがどうでもよくなるのは必然。生きたいわけでもないし、かといって死にたいわけでもない。そんな時間に流されるだけの日々を過ごす。


 そんな俺に価値なんてのは間違いなくないだろう。


 こうして今日もゆっくりと瞼を閉じて一日を消化した



 何時間か寝た頃、急にどこかから小さな声が聞こえる。最初は気のせいかと思って無視していたが、その声はどんどん大きくなった。


「起きて!」


 男の子の幼い声に急かされ目を覚ますと、目の前には黒いタンクトップと短パンを着用した筋肉隆々で厳つい顔のスキンヘッド男性が立って――いや、飛んでいた。背中に生えた白い羽を羽ばたかせながら浮いている。そして頭上には白色に光る輪。あれってまさか…。


「やっと起きた…。まったく、こんな事に時間をかけさせないでよね!」

「す、すみません…。えっと…、あなたは誰ですか?」

「天使に決まっているでしょ? 見て分かんないかな、もぉー!」


 あれが、天使…。


 情報量の多さに混乱しつつも何とか状況を理解しようと目の前の自称天使を観察した――が、やっぱり無理。諦めて俯く事にした。


「忙しいからサクサク進めるよ? まずこれを受け取って」


 クレカサイズの黒いカードを渡される。表には白い文字で大きく“服従カード ~あんなこともこんなこともし放題~”と書かれていた。右下には自分の名前も小さくある。


「あの…これって…?」

「察しが悪いね。見たまんまだよ。カードの所有者は誰でも服従させる能力を使えるようになるんだ。使い方は簡単で、カードを手に持って対象者に近づいたら『絶対服従』と言って指差すだけ。この時、30cmくらい近づいてないと効果がないから気をつけるんだよ。

やめる時は『解除』って言ってね。あと、服従させられるのは1度に1人だけだから欲張んない事。で、君は30日後に地獄へ行くことになっているからよろしくね」

「え…?」


 サラッととんでもない事言ったぞ、この天使。にしても、えらい急だ。俺、そんなに悪い事してたっけ?


「いやー最近天国人口が増えてきて、極楽施設拡大事業で絶賛人手不足中でね。一生こき使える地獄の罪人を労働力として有効活用しようって流れになったんだよ。善人は一生のんびり過ごせるし、罪人は一生罪滅ぼしができる。お互いウィンウィンな関係だと思わない?」

「は、はぁ…」

「ノリが悪いなぁ。そこは『そうですね』一択でしょ?」

「すみません…」


 イライラする天使にさっきから気になっていた疑問を投げかける。


「どうして地獄へ行く事になったのでしょうか?」

「はぁ? そんなの君が生きる気力の無いどうでもいい人間だったからに決まっているでしょ?」


 生きていても何の生産性も無いのなら死んでいても同じ事。それなら地獄で強制労働させた方が役に立つ。この答えには妙に合点がいった。同時に、役目が与えられた事に高揚する。

 それはそうと、あまりに非日常的な光景だったので、その証明に頬をつねってみた。頬の皮膚は何の痛みもなく伸びるだけ。俺は心底ガッカリした。


「あと、裏にごちゃごちゃ書いてあるけど全然重要事項じゃないし、読み飛ばしてくれてもいいからね。とにかく余生はそのカードを使って存分に楽しむことをおススメするよ。その為に与えたカードだしね」


 この天使が何をしに来たかは大体分かったけど、これ夢ですよね? という事は自分の妄想なわけでして…。だとしたらこのカードの名称って俺の潜在的な願望って事か? 恥ずかしすぎるんですけど…。

 

 俺は黒歴史を封印するかの如く、急いでカードを右ポケットにしまった。


 それから「バイバイ」と右手を軽く振りながら笑顔で飛び去る天使を、恥ずかしく反省する気持ちで見送った。

 

 

◇◇◇



 翌朝、カーテンの隙間から入る日差しで目を覚ます。ゆっくりと起き上がり伸びをする。いつもと変わりない朝。ところが、寝間着の右ポケットに感じる膨らみだけはいつもと違った。


夢だったけど、夢じゃなったって事ね。


 ポケットから取り出した黒いカードには夢で見た通り、頭の悪い名称が刻まれている。ふとカード左下に目線をずらしたことで思わず微笑んでしまった。カードの左上には赤い文字で“残り30日”と書かれていたからだ。


“残り1日”でないのが少し残念かな。


 俺が死に対して鈍感なのは、やり残した事も無いし、やりたい事も無く、未来の事など本気でどうでもいいと思っているから。

 その虚無感の中、カードの裏に視線を移すと、あの天使が言った通り、ごちゃごちゃと細かい文字で書かれてあった。が、文字が小さすぎて読めない。そう思っていた時、左下にに“拡大”という文字を見つけたので押す。すると、拡大された白い文字がプロジェクターの様に部屋の天井に映し出された。まだ通学まで時間はあるので読んでみる。



~カード使用にあたって~


●服従者はあなたの事を『ご主人様』としか呼べない


いきなり何、この設定は? メイド的な? 趣味悪くね?



●服従能力はカードを所持している時だけしか使えない


そういえばそんな事を説明されたっけ。



●服従者から10m以上離れると自動的に服従状態が解ける


遠隔行動させられないって結構な重要事項じゃない? それにこれを知らず使ってやらかす人もいそうだし、わざわざそうなる様に仕向けているような…。


●カードを思い浮かべながら「こいこい」と言うと手元に現れる


落としてなくしても大丈夫ってわけね。てかこのカード、異様に硬い。何製なんだろ?とりあえず、折れたりかけたりする心配はなさそうだ。



●カードの文字は所有者以外には見えない


ただの黒いカードに見えると。



●服従した対象者の頭の上には天使の輪が現れる。その状態の者に重ね服従はできない


重ね服従…他にもこのカードを持っている人が居るって事かな?まぁ“生きる気力の無いどうでもいい人間”が俺以外に居ても不思議じゃないし。…ちょっと気持ちが楽になったかも。



●服従可能時間は1日2時間まで。越えた段階で地獄行


時間制限…まぁやばい能力だから当然か。ってか、解除うっかり忘れたら終わりじゃん…。

サラッと重要事項の説明を省く…なるほど。あの天使、普通に信用できんな。



●服従者は潜在意識で行動する


要は無意識って事ね。



●服従者に対し、あなたの顔や声、体全体は特殊加工処理される


顔にモザイク入ったりとか? 身バレ防止対策っぽい。



●服従解除後、服従中の記憶は習慣行動の記憶に置き換えられる


『あの時何してたっけ?』っていう違和感から探られることを防ぐ為だろうな。結構徹底しているね。ただ、服従直前の記憶は残る訳だから目の前で服従させた場合はヤバそうだ。服従させる時は気づかれない様にさり気無くやる必要がある。…結構難しくね?



●服従させればさせるほど支配力が薄まる


同じ対象者を何回も服従させたらって話か。てか、薄まるって命令も聞かなくなるって事? 最悪バレる事も考えられるな。



●対象者や他人に外傷を与える様な行動を命令できない。した場合、即地獄行


喧嘩が強い人に悪人をやっつけてもらうみたいな漫画っぽい事はできないわけね。ちょっと残念。



●対象者の嫌がる行動をさせる度に抵抗ポイントがたまっていく。一定量を越えると警告が10秒入り、カードが赤く変色する。その状態でポイントが上限値を越えると即地獄行


えっちぃ事をやろうと考えていた人にとっては最悪な縛りだな…。さておき、この縛りがある事で服従者に対して気遣いが必要になった。これだと使うのが不自由極まりないし、カード名称のやりたい放題できる感じのノリは何だったんだ…。



● ××ポイントを5ポイント貯めたら助ける。××ポイントの集め方は――


 ここだけ文字の色が黄色なのは何か意味あんの? あと、ポイントの前の部分が文字化けして読めないんだけど、結局何のポイントなんだ?一応集め方を書こうとしてくれたのはいいけど、カード右端ギリギリだから途中できれちゃってるし。これじゃあ分かんないよ。


 疑問だらけの最後の文。一応“助ける”とあるので、流れ的に地獄行を免除してくれるものだと推測。ただ、助ける為の項目なのに適当な感じで書かれているので、信憑性はなさそうだ。

 というか、そもそも天使の言動やカード説明文が曖昧過ぎる。まともに説明する気がないという事は本当にこちらの事(カード所有者)はどうでもいいと思っているのだろう。ならば、そんな者の為にわざわざ救済処置は不要。そう考えると、最後の文は、わざと助かる方法をチラつかせ、期待させてからの堕としである可能性が高い。つまり、地獄行の回避方法など最初からなく、地獄行は確定と。

 それにしても、残り寿命をわざわざ知らせるのってうまいよなぁ。期限を設けることで、こうしちゃいられないって焦る。焦っているから使う前にカード裏の説明文なんて読まない。結果、簡単にカードの罰則で地獄行になる。人間の脆い心理を利用した誘導。こういう所は、さすが天使様ってことなのかな?


 感心しつつ、ボチボチ時間が迫っていたので身支度してリビングへ。


「おはよう。…父さんは?」

「もう仕事に行ったわよ」

「早っ。夜帰ってくるの遅かったはずなのに…」

「今、納期間近で踏ん張り時なんだって」

「うーん…踏ん張り時が大事なのは分かるけど、体壊したら終わりだよね」

「そうだけど、そういった無茶を強いられるのが社会だから仕方がないわよ」

「どうにか皆がラクに仕事できる社会にはならないものですかねぇ?」

「皆がラクばっかりして我慢しなかったら、終わらない仕事が増えて社会が回らなくなるでしょう?ある程度の我慢は必要なのよ」

「そうなのかなぁ…?」


 母の話は一理あったが、どうにも納得できなかった。朝食中もそれについて考えていたが、どうもしっくりくる答えが思い浮かばなかった。 

食べ終わり、食器を台所に持っていく時、ポケットの膨らみが太ももに触れる。『そういえば…』と、俺はついカードを試してみたくなった。食器を片付けるついでに、カードを左手に持ちながら隣で食器を洗う母に指を差す。


「絶対服従」


 母の目が虚ろになったかと思えば、頭上に丸型蛍光灯のようなものが現れた。


「天使の輪ってか? 形がベタ過ぎるだろ…」


 苦笑いしつつ検証を始める。


「右手と左足を挙げて」

「畏まりました、ご主人様」


自分の親にご主人様って呼ばれるの、絵的にきついな…


 俺が渋い顔をしている間に母は命令通り、右手と左足をあげてみせた。巣の状態でこれを言ったら「あんた何言ってんの?」と白い目で見られるだけなので、効果は本物らしい。


「ご苦労様、元の姿勢に戻って」

「はい」

「…一応もう一つだけ試してみるか。何が良いだろう?」


 すると丁度テレビから「織田信長の生まれ故郷にやってまいりました~」の声が聞こえたので利用させてもらう。


「次は織田信長のマネをお願い」

「敵は本能寺にあり!」


ぜ、是非も無し…。でも、おかげで洗脳行動には対象者の記憶が関係する事が分かった。ナイス、母さん。


「解除」


 母の目に活気が戻った。途切れることなく動いている事から、服従中の行動は記憶の中でうまい事処理され、なかったことにされたらしい。一応確認してみる。


「さっき何してたか覚えてる?」

「さっきっていつ?食器洗う前の事?」

「あ、うん」

「テレビをボーっと眺めていただけよ。あんたも一緒に見てたでしょ?」

「そうだね」


 俺に命令された記憶がなくなっているのを確認。カードに書かれていた事は本物だった。あらためてカードを見てみると、右上に“あと118分”という文字が浮かび上がっており、使いきらないと損感を出していたが、さっきの検証でお腹いっぱいになったので、その数字が今後減る事はないだろう。運悪く服従に興味のない所有者にあたってしまった有能カード君には心から同情する。



◇◇◇



 学校の教室。最後列の自分の席に座ると右隣のイガグリ頭の男が軽く手をあげて声を掛けてきた。彼は神童(しんどう) 貞男(さだお)。中学校から一緒の友達で、陸上部期待のエースだ。身長は俺より5㎝高い。


「おはよーさん。今日も目が死んで…ないな。何か良い事でもあった?」

「ちょっとだけな」

「そいつはよかった。そのついでに陸上部に入らないか?」

「どういうついでだよ…。 何度も言うけど、入る気ないから」

「今日は駄目っと」

「明日も駄目だからな」

「そいつはどうかな? 明日はまだどうなるか分かんないんだぜ?」

「分かるよ…」

「いーや、分かんないね。未来は不確定だもの。とにかく明日も誘うからな」

「…好きにしろ」

「ああ、好きにする」

 

 微笑む貞男に顎に手をやってため息で応答。こいつとは高校1年の時もクラスが一緒。そして、このやり取りもその頃からずっと続いている。これの他にも続いている事が1つある。“それ”が教室前方からこちらに笑顔をみせてやって来た。


「おっはよー2人共。今日も仲良いね」

「だろ?」

「…いや、普通だから」

「ふふ、私にはどうも普通以上だと思うけどなぁ?」

「ザッツライト!」

「ノー。イッツフーリッシュアンサー」


 カタコト英語のしょうもない掛け合いにわざわざ笑ってくれている心優しき女の子は、月鉤(つきかぎ) (すい)。セミロングの黒髪とクリクリしたかわいらしい目で小柄という男子が好きそうな外見をしている。それに加え、誰にでも隔たりなく話すという高い社交性も持ち合わせており、女子からの人気も高い。その影響力は他クラスにも及ぶほどで、まさに小学生の頃に聴いた『友達100人できるかな?』を実現させたような人物だ。

 

 彼女は俺達2人の相手を適当に済ませた後、自分の席(俺の左隣りで窓際)にカバンを置いて他のクラスメイトにも挨拶しに行く。続いている事のもう一つはこれだ。彼女とも1年の時に同じクラスだったが、それから毎朝クラスメイト全員に挨拶するというのを続けている。最初は『何かやけに愛想の良い子だなぁ』程度の印象だったが、それが積み重なれていくことで『何て意志の強い子なんだ…』と、印象が尊敬へと変わる。

続けるという意味では貞男も凄いのだが、クラス全員に毎朝話しかけるのは難度が違う。誰でもできるが、簡単にマネできないもの。それを余裕な顔してやっているからこその尊敬だ。

 俺が学校に通い続けている理由はそんな彼女の勇士を見る為である。彼女がこれを続ける限り、俺も通い続ける。だって、難しい事を続けている彼女と比べたら、通い続けるって簡単な事もできない俺は情けなさ過ぎるから。

 そんなわけで、彼女からの影響でわずかばかりの役目を与えてもらった俺は今日も学校に来ている。こうして考えると俺の存在意義は彼女に委ねられているのかもしれない。


「あのグループでラスト。今日もやり切るかぁ、さすがだ」

「月鉤か?」

「え? あっ、うん」

「お前、毎日見てるよなぁ。飽きないの?」

「全然。だって、凄い事をやっているもの」

「月鉤の事、好きなのか?」

「……。そっちの好きではない」

「ふーん。でも、気にはなるんだろ?」

「もちろん。どうやって話題収集をしているのかとか、どのタイミングで話に入るのかが気になる。あと他にも――」貞男に力強く肩を掴まれる。

「頼むからストーカーにだけはなるなよ?」

「ストーカー? こっそり尾行して情報収集してバレるって輩だろ? 大丈夫。俺はバレるなんてヘマはしないから。バレなければストーカーにはならない」

「…分かった。見つけた時は俺が責任を持って捕まえてやるから安心しろ、サイコ野郎」

「悪いが、お前には一生無理だよ、とっつあん」


 チャイムが鳴り、ストーカー対象が隣の席に戻って来た所で一旦幕切れ。



◇◇◇



 3限目・数学の授業中、ふと隣の月鉤を見る。授業を真剣に聞きながらノートを書く姿は輝いて見えた。その姿は眩しく光り――って、めっちゃ日光当たっとる。

 今日は快晴で窓からの日差しが強いものだから2限目からカーテンが大活躍していた。ところが、今はそれが風によってずらされて丁度彼女に当たるようになっている。日の差し場所が自身の隣ならすぐにカーテンを閉められるが、前の席横からの光となると対処し辛い。閉めるには、立ち上がって直接閉めに行くか、前の席の人にお願いしないといけないからだ。どちらにせよ、授業を一時中断するような感じとなり、無駄に注目を浴びて少しだけ恥ずかしい思いをする事になる。

 さすがに眩しさに耐えきれず、ソワソワし出す彼女。その瞬間、机の中からクリップを取り出し、立ち上がってまっすぐカーテンの隙間の方へ。そして、クリップでとめて隙間を塞いだ。クラスの視線がこちらに向くが、気にならない。俺に自尊心・羞恥心はないからだ。

 

 席に戻ると彼女がこちらを向いて囁く。


「ありがと」

「いや、こっちも眩しかっただけだから」


 その笑顔。彼女は隙間を塞いでも眩しいままだった。



◇◇◇


 

 次の日。カードの表示は“残り29日”になったが、


「おっはよー」

 

 月鉤のいつも通りは変わらない。



――次の日“残り28日”


「おはよー」


 変わらず。


――次日“残り27日”


「おはよ」


 少し変わりはしたが、連続挨拶記録は続く、が…


「元気ないのが心配だ」

「元気ない時くらい誰にでもあるって。風邪気味なんじゃない?」

「いや、風邪気味程度であの子の振る舞いは変わらんよ。過去にもそういう日は何回かあったけど、どの日もそれを感じさせない様に振る舞っていたもの」

「周りに心配をかけない為の気遣いがエグイな…。ってか、それをしっかり見ているっていうのもヤバくね? やはりストーカ――」

「今はそれ所じゃないだろ。元気のない原因をはっきりさせるのが先だ」

「直接聞けば?」

「あの子の性格上、言わないに決まっている。変に気を遣われることを拒むだろうし、『ちょっと寝不足なだけ』とかそれっぽい事を言われるだけだよ」

「分からず仕舞いかぁ。結構難しいな」


 2人で悩んでいる中、ポケットの中にあったものの感触で表情が晴れる。


「意外と難しい事でもないかも」ニヤリ

「現行犯逮捕」

「まだ何もやってねーよ…」


 そう。やるのはこれからだ。

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