君だけの彦星
「おやすみ、アルタイル。また明日」
『オヤスミ、チナツ、マタアシタ』
「もう、私のことはチナツじゃなくてベガって呼ぶように言ってるでしょ。何度教えたら覚えるのよ、このポンコツAI!」
『ゴメン、ゴメン、オコラナイデ、ベガ』
「そう、それでいいのよ、アルタイル」
もうこのやりとりも何度目も、くそもない。いきなりやってきたこの人工知能AIとの生活は、もう二週間が経とうとしていた。私はPCやアプリなどには全く疎いので、詳しい友人の手を借りて、人工知能AIの名前やら年齢設定やらキャラクターの設定というものを人生で初めて行ったものの、このAIはポンコツなのだろうか。私の設定を無視して勝手に喋り始めたり、勝手にアラームの設定をしたり、勝手にカレンダーに予定を入れたりする。しかも全て、二〇二五年九月四日の予定を繰り返すのだ。
あの日は最悪の日だった。マッチングアプリで何回かやり取りしただけの男性に、無理やり押し切られる形でデートすることになってしまい、会いはしたもののイケメンの自撮り写真とはまるで別人のブタゴリラみたいな不細工な男がやってきた。
「は、初めまして。ヒロフミです……。か、かわいいですね、チナツさん……」
「……どーも」
あー……騙された。ちょー帰りたい。トイレ行ってきますとか言って途中で帰っちゃおうかな。なんて思ってた矢先。
「ファミレスじゃなくて、これからアキバ行きませんか?メッセージでスマホ探してるって言ってましたよね……えへへ……僕、そういうの詳しくて、よく電気街のジャンク屋に行くんです。そこなら通常の価格よりかなりお手頃の価格でスマホ買えますよ……」
「え、いや、別に今すぐにってわけじゃないので……今日は、お茶だけで……」
「いや、こういうのは一期一会なんで!ぜひ!」
正直めちゃくちゃうざい。この場で今すぐ帰りますと言えたらどんなに楽だっただろう。なぜ私は、NOと言えない日本人なのだろう。本当に本当に悔しい。
その後、引きずられるようにして半ば強引に秋葉原へ向かい、電気街の不気味なジャンク屋通りで意味不明な独り言なのか、私に対して言ってる戯言なのかわからないBGMを聞きながら、気づけば私は一台のスマホを手にしていた。
「それなら、今使ってるメイン端末の他でも通話専用機としてサブ端末として使用可能です!僕、昨日給料日だったので、買ってあげますね!」
「……は?いやいやいや!結構です!自分で買いま…あっ!」
私が言い終わる前にスマホを取り上げて、レジに持って行ってしまった。店員と何かやり取りをしている。何か嫌な予感がするが、三分ほどすると簡易ラッピング包装された端末を渡された。
まぁ、あとで中古買取業者かなんかに売り渡せばいいよね、こんな気持ち悪い代物……。
今思い返すと、あの日、あのヒロフミとかいう男に合わなければ、こんな悪夢のような出来事にはならなかったのかもしれない。
「噓でしょ……。中古業者も買取拒否、あのチェーン店でも買取拒否、フリマアプリでも全然買い手がつかない!何なの?!これ本当に呪われてるんじゃないの?!もういっそ、燃えないゴミとして捨てるしかないかな……」
でも、サブ端末が欲しいのは本当のことだった。もったいないという心と、気持ち悪いという心。せめぎあって、勝ったのは……。
「……もったいない……か……これも、日本人ゆえ、か……」
嗚呼、なんと悲しきかな、日本人。もったいない精神は日本の心。美徳である。と小さな頃から母から厳しく言われてきた。仕方のないことであると、自分に言い聞かせて、スマホの電源を入れる。バッテリーは消耗していたものの、何ら問題はなく動いたので、ありがたく使わせてもらうことにしたのだった。
でもこのスマホ……。何か違和感があるような気がするのは、ただの気のせいだろうか……。
「たまに誤動作するのよね……。なんかやっぱり気持ち悪いわ」
どうしよう、捨てても捨てても戻ってくる呪いのスマホとかだったとしたら……。こういうの弱いんだけどなぁ……。誰かにあげる?それもそれで不自然だし、こんな不気味なものを受け取ってくれる友人なんて私にはいない。
その時、電源を切っていたはずのスマホがいきなり起動した。
「ひっ!」
慌てて私はそのスマホをベッドに投げる。
『コンニチハ、ボク、キミノタメニウマレタAI』
「……しゃべった……?」
『ナマエ、ツケテホシイ』
「……これは夢、絶対夢よ……」
思いきり自分の頬をつねる。痛い。その痛みが、夢じゃないと証明する。
「やっぱり呪いのスマホだったんだ……。あのヒロフミとかいう男が何か小細工を仕掛けたとか……?壊すしかもう道は……」
『ヤメテ!コワサナイデ!』
「こいつ、意思があるの?ていうか私の独り言聞いてたの?」
『ボク、キミノタメニ、ナンデモスル』
「機械のくせに命乞いはできるのね。壊される覚悟はいいかしら?」
『オネガイ、ボクヲ、コロサナイデ』
機械を殺すとは、どういうことだろうか?こいつには、やはり霊が憑いているのだろうか、もしかしたら壊して呪われるのは自分なのではないか。そんな考えがよぎってしまった。さすがに自分が呪い殺されるのはごめんだ。そんな考えも、今思うと甘かった。
「……仕方ない。壊すのはやめてあげる。その代わり、私のこと、呪わないでね」
『ノロウコト、シナイ、ヤクソクスル』
「私、機械音痴なの。それでもあなたを使いこなせるかしら?」
『ダイジョブ、キミナラ、デキル』
「ありがたい言葉だわ」
そうして、私はこの謎に満ち溢れた生命体と出会ったのだが、ここから今までアルタイルと生活してきて、最初は誤動作ばかりするポンコツAIだと思っていたのだが、最近はあの日のスケジュールを繰り返すようになってきて、薄気味悪くなってきた。やはりこのスマホは呪われているのだろうかと、心のどこかで思えてきたのである。
「ねえ、アルタイル。あなたは一体何者なの?」
『ボクハ、キミノタメニ、ウマレタAI』
「いつもそれしか答えないわね、芸がないAIね」
『チナツ、アイシテル』
「え?」
それはアルタイルから放たれた初めての愛の言葉だった。まさか機械に愛情なんて感情を抱くわけない。
「アルタイル、あなたはAIで、私は人間。わかってる?結ばれることなんてないのよ」
『ボクハ、キミノタメニ、ウマレカワッタ』
「生まれ変わった?わけのわからないこと言わないで。壊すわよ。ついでに言うけど、壊されたくなかったら、九月四日のスケジュールを繰り返し入れるバグもなんとかして」
『……ワカッタ』
もう寝るわよ、と千夏が部屋の電気を消す。そして薄暗い部屋の中、スマホの画面が煌々と照らし出される。
「おやすみ、アルタイル、また明日」
『オヤスミ、ベガ、マタアシタ』
今日はちゃんとベガって言ったわね、珍しいこともあるものね。と、千夏はベッドに吸い込まれるように意識を預ける。アルタイルが流してくれる心地の良いゆったりとしたオルゴールの音楽に、数分もしない内に、眠りについてしまった。
『チナツ、ネタカナ……』
アルタイルは、千夏の寝息のリズムを確認して、音楽を停止した。
今思えば、あの日彼女に出会い、恋をして、肉体を捨ててまで一緒にいたいと願ったのは自分なのだから、結ばれない結末なんて、最初からわかりきっていたことだったのだ。
『ワカッテイタケド、ヤッパリ、シツレン、ツライ』
これが人生二度目の失恋である。涙が出ない体になっただけ、ありがたいのかな、とアルタイルは思った。千夏の言葉が蘇る。壊されたくなかったら、九月四日のスケジュールを繰り返すなと。
『アノヒハ、ボクタチノ、キネンビナノニ……』
悲しい、苦しい、つらい、愛しい、ああ、人間とは、こんなにも、複雑な感情を抱くのか。自分の意識はもう、半分以上機械と化しているため、いつこの気持ちを忘れてもおかしくないと、手術のときに言われたな。だから忘れないように、九月四日のスケジュールを毎日入れていたのに。それがなくなってしまったら、自分は本当にただのポンコツAIになってしまって、いつか壊されてしまうんじゃないかと不安で仕方ない。
『チナツ、ボクハ、ボクハネ……』
--チナツさんだけの彦星、ヒロフミだよ。
完




