牢獄からの解放
「はつ、あんた頭いいねぇ。お母さんこんなもんなんにも分からんわ」
母は娘の100点の答案用紙を見ながらせんべいをかじり、あぐらをかいて言った。はつは、母親が羨ましくなった。自分のように競争しなくても、安住していられるからだ。
私は私。あんたとは違うんだ。はー。早く大人になって隠居したい。若者らしくないことを、はつは考えた。
私には私の道があり、世界がある。はつは、普通の女子高生が興味を持つものには目もくれません。それはアイドルや、性、恋愛、スマホ、コスメ、ファッション等です。はつは、朝から晩まで勉強、勉強、勉強です。
はつは学年トップの成績だ。でも、はつには友達がいない。勉強が出来るという事こそが私のアイデンティティなんだ。負けるわけにはいかない。誰にも、自分にもだ。はつは強くそう思っています。
勉強ではいつも一番であるという事が、私の存在を肯定してくれる唯一の事だ。だがこの事が極度のプレッシャーになり、はつはいつも追い詰められていた。
「お主、走れるかの」
はつの頭上で、いきなり話し声が聞こえた。
「ん?」
「お主じゃよ、お主」
はつは上を向いた。
仙人みたいな、ハゲた爺さんが雲に乗って浮かんでいる。
「うわ!」
「気づいたか。お主、走れるかの」
「走るって、どこへ?」
はつはドキドキしている。
「天国じゃ。わし、天国から落ちてしもうた。天国へ通じる道を教えるから、走って閻魔ちゃんに話してきてくれんか。神様が足を踏み外して、地上に落ちてしまったと」
「ってことは、おじいさん、神様?」
「そうじゃ」
「へー、びっくりした。神様ってホントにいたんだね」
「で、走るってどこに?」
「この道じゃ。えい!」
神様が杖を振ると、道が現れました。
「約10キロじゃ。そんなに遠くはないじゃろ」
「まあ。うん。わかった。なんか困ってるみたいだし。じゃ、行ってきます」
「待て待て。わしの身代わりとして、この人形を持って行きなさい」
「ふーん」
「これを閻魔ちゃんに見せればよい」
「わかった」
はつは人形をカバンに入れた。
「では」
はつは走り出した。
「すまんねー。頑張ってくれよー」
振り返ると、もう出発地点は小さくなっていた。
大丈夫。どんなところに通じているか知らないけど、10キロなんてすぐよ。はつは勉強に追い詰められていた自分を忘れていた。もしかすると、神様が不意に現れた事がはつの警戒心を弱めたのかもしれない。はつは何も考えず、ただ無心で走っていた。
頑張って神さまの頼み事をクリアしたはつは、ベッドの上で目を覚ました。
はつは、交通事故に遭い、生死を彷徨っていたのだ。
「はつ! あんた大丈夫!? 眼を覚さないから心配したよー!」
母親ははつに抱きついた。
「あれ? あたし、たしか天国への道を走っていて……。あ!カバン!」
夢じゃないなら、神様の人形があるはず。
「お母さん、あたしのカバン取って!」
やっぱり。夢じゃなかったんだ。
カバンの中には、神様の人形がありました。
なんか、いきなりで、刺激的な体験だったかな。うーん。いつもの世界がちっぽけな感じがするかも。無事達成出来たんだし、こんをつめなくても、自分を解放してやっても、意外とやれるじゃん。
はつは、夢ではあったが、非日常を経験した。日常に縛られることが、いかに小さなことか、思い知った。日常。それは勉強であり、自尊心であり、牢獄であり、精一杯背伸びしたアイデンティティだった。




